ミレニアム前後のセレナーデ

シーブリーズを首もとにふりかけた女の子が、あぶらとり紙で頬についた98年を拭き取った。クラスで目立つグループに入っていた生徒は、だいたい「よーじや」を使っていて、1、2年前まで愛用していた白いルーズソックスの代わりに、シュッとしたラルフのハイソックスを履いていた。

売れている音楽を悪だと勘違いしていたあの頃の私は、借りてきたアイデンティティにならって3、4番手がイケてるのだと信じて疑わず、シーブリーズでもギャツビーでもなくGymを選んで、暇さえあればプシュープシューとノズルを押していた。

どうしようもなく息苦しくて、嫌なことばかりだった毎日。それでも笑ったり笑われたり、騙したり騙されたりしながら、窓の外を眺めて6時間目が終わるのを待った。

行ってもいいコンビニと行ってはいけないコンビニを見分けるのがあの頃を生き残るコツで、何も知らないうちは誤って魔窟へと足を踏み入れてしまい、入り口付近を占拠する鬼たちに「パーティー券」と呼ばれる紙クズを押し付けられ、バイト代をむしり取られたりした。ここなら安全だろ、と向かったデイリーヤマザキでさえ、曜日と共に移動するノマド的な鬼に捕まることもあり、全く気が抜けなかった。

ジョーダン狩り、エアマックス狩り、リーガルのローファー狩り、紺色ラルフのベスト狩り、クロムハーツ狩り(手が届く代物ではなかったが)などといった世紀末の名に相応しいワイルドワイルドウエストの荒野に放り込まれた私は、ラッシュの小瓶が転がる駅前を抜けて、完全自殺マニュアルが平積みになったヴィレッジヴァンガード脇でミスティオを飲み、身分証提示を必要としない合法と非合法がごっちゃ混ぜになった世界をすっ転びながら生きた。

デスクトップでもラップトップでもタブレットでもなかったアンコ型の「パソコン」はあの当時まだまだ遠い存在で、四角いセンティーAの殻を破り、小型化に成功したPHSを手に入れても、ライトグリーンに光る狭いスクリーンは世の中の不思議を何一つ教えてはくれなかった。

目に見えるもの殆どが不透明だったミレニアム前後、距離で言えばSiriよりも一太郎の亀の方が断然近くにおり、私は所轄の刑事よろしく、とにかく足を動かして街を彷徨い、雑誌をめくっては漠然とした情報を集めて、DA.YO.NEの向こう側にある宝物を探し求めた。知らないということは時として幸せなことであり、何百何千のレビュー代わりに信じるのは自分の感性で、CDのジャケット買いを繰り返しては、ナンバーワンになり得ないもっともっと特別なオンリーワンを見つけ出せたぞ、と自惚れられる自由さがあった。それは服や映画も同じで、下北のシカゴで古着を買えば、その服のデザインがどうあれ、めちゃくちゃオシャレに感じたし、金曜ロードショーの常連作品以外の映画を鑑賞すれば、とんでもなくディープな世界に浸れた気がした。四畳半の薄暗い部屋に閉じこもっていても、ソニーのヘッドホン越しに人間発電所やペーパードライヴァーズミュージックを耳に流せば、気分はMTVトップチョイスになれた時代だった。

10代後半から20代前半のセレナーデ。深夜過ぎに終わったバイト帰りの国道で2000年サングラスをかけた集団とすれ違った時、自分自身の今後も含め、本当に何もかもが漠然としていた。予想に反して1999年に世界は滅びず、勝手に世紀だけが変わってしまった社会で生きていく見通しがつけられなかった私は、だんだんとその場限りの快楽に逃げるようになり、新しい時代と歩調を合わすようにスピードを上げていく周りの人たちを羨んでは悪態をつき、布団の中に潜るようになった。

絶対に戻りたくはないけれど、所々ではちゃんと楽しかった日々。大嫌いで吐きそうな日々だったけれど、不透明な分ワクワクが多かったミレニアム前後。

あの頃に対する拒否感が薄れていき、浮かべる場面が増えていくほど、記憶は思い出に変わり、とんでもなかった時間に対して愛おしさが生まれる。

歳を重ねれば「あの頃」と踊れるものだと言われたことがあるが、あながち嘘でもないらしい。

これから世界がどうなろうとも、記憶が思い出に変わっていくのなら、生きていくのも悪くない。

今年の3月から見てきた混乱とも、いつの日かステップを踏める日がくるのだろうか。

どうして良いのか分からない規制が並び、手足を縛られた感覚に押し潰される時もあるけれど、近い将来、2020年前後のセレナーデが歌えることを願って、今日も眠りにつきたいと思う。

 

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