「おい、おいっ! シンスケ! ちょっと何やってんだよ! こっち!」
「おぉ」
「『おぉ』じゃねーよ。遅れてきて何ボォーッとしてんだよ」
「ケンジ、お前、元気か?」
「は? 何だそれ? そんなことより、他に何か言うことあんだろ。ほら、昨日のやつ。ちゃんと聴いてたんだろ?」
「お前が元気そうで、本当に良かったよ」
「だから何なんだよそれ。気持ちわりーな。あ、あれか? 俺が先に『殿堂入り』して悔しいんだろ? いやー、気持ちは分かるよ。分かるけど、そこは大人になれって。俺だってお前のが先に読まれた時はマジかって思ったけど、ちゃんとファンタ買って祝ってやったろ? でもさ、昨日のやつ、あれマジで面白かったろ? 田中なんか爆笑してたもんな。あの瞬間はテンション上がったなー。ラジオ越しに空気が伝わってくるっていうかさ、おぉ! ていう感じが分かったもんね」
「あぁ、『爆笑問題カーボーイ』のやつか。お前あれ、本当に喜んでたもんなぁ」
「『喜んでた』って何だよ? 勝手に過去にすんなよ。俺は今喜んでんの。ナウだよナウ。分かってねーなー」
「ごめん、ごめん。悪かった。そうだな。うん、おめでとう。お前が喜んでるのを見て、俺もすっごい嬉しいよ」
「シンスケ、お前、何か裏があんだろ。何だ? あ、ダメだぞ、金なら返せねーぞ。バイト代入るの来週だからな。疑ってんなら財布見ろ。ほら、500円ちょっとしか入ってないだろ」
「別に裏なんかねぇよ。ていうか、お前、そういうとこ相変わらずだなぁ」
「何だその返し? 久しぶりに会った親戚のおじさんみてーだな。おい、親戚のおじさん気取るなら、何か奢ってくれよ。何かご馳走してくれてこその、親戚のおじさんだからな」
「あぁ、いいよ。殿堂入りのお祝いもあるし、何でも好きなの買ってやるよ」
「え! マジで? それマジで言ってんの? もう聞いちゃったから撤回できねーぞ」
「撤回なんかしねぇって。いいよ、何がいい?」
「はぁ? どうしたお前? 暑さで頭おかしくなったんじゃねーの? え、本当にどうした? マジで怖いんだけど」
「反応が大袈裟だよ」
「いやいやいや、だってお前だよ? 腹空きまくってた俺に、チョコデニッシュをひと口もくれなかったお前だよ? ガストで山盛りポテトを独り占めした、血も涙もないお前だよ?」
「いつの話をしてんだよ」
「ついこの間の話だろーが!」
「分かった、分かった。今回はちゃんと買ってやるから、何がいいんだよ?」
「おいおい、マジでどうにかしちまったみてーだな。まぁいい。じゃあさ、JPS買ってよ。あの、タクちゃんの親父が吸ってるやつ。あれ、いっかい吸ってみたかったんだよね」
「JPSかぁ」
「この前、やっと売ってる自販機見つけたんだよ。つばき台の坂の上に薬局あるだろ? そこの裏にある酒屋。あそこだったら殆ど人こねーから、制服のまま買っても問題なさそうだしな」
「あれ、そういえばタクちゃんは? 今日こないのか?」
「彼女んとこだよ。一昨日も昨日も今日も彼女。あのクソヤロー、マジで集まり悪くなった。生意気にピッチなんか持ちやがって」
「彼女って、確か、クミちゃんだっけ?」
「クミちゃん? 誰だそれ? サトミって子だろ。青南高の。ほら、とんでもねー厚底ブーツ履いてる子。駅で何回か見かけたろ」
「あぁ、あっちの子か。茶髪のね」
「『だっちゅーの』の右側に似てる子だ。ていうか、『あっちの子』って何だ? あのクソヤロー、まさか二股でもかけてんのか? はぁ? ふざけんなって。まじで許せねー。おい、シンスケ、JPS買ったらブックオフ行こうぜ」
「ブックオフ?」
「先週あいつから借りた電気グルーヴのアルバムあるだろ、あれ売っちまおうぜ」
「最低だな、お前」
「当然だろ。二股かけた罰だ。それと、ルール破って童貞を捨てた罰でもある」
「完全な逆恨みだな」
「天誅だよ。天誅」
「意味分かんねぇよ。まぁ意味分かんねぇけど……やっぱり、お前はお前だな」
「何だそれ? 新手のなぞなぞか?」
「なぁ、ケンジ。本当に悪いんだけど、俺もう戻るわ」
「はぁ? 戻る? 何言ってんの? JPS買ってくれるって言ったじゃねーかよ」
「うん。だから、はい、これ。ちょっとデザイン違うけど、1000円は1000円だから自販機で使えるはずだ。これでJPS買ってくれ」
「え、何これ? 偽札? いやー、これは流石にマズいだろ」
「偽札じゃねぇよ。デザインは違うけど、本物だ。自販機で使うなら問題ねぇよ」
「えぇー、マジかよー。これ、めちゃくちゃ危ないやつじゃん」
「なぁケンジ、今から俺が言うこと、真面目に聞いてくれないか?」
「偽札渡すやつの話なんか真面目に聞けるかよ。じゃあよ、話は後で聞くから、これ本当に使えるか一緒に試しに行こうぜ。いやー、何かワクワクすんな」
「申し訳ないけど、俺は一緒に行けない。もう時間がないんだ。だからーー」
「あれか? また、あいつが家にくんのか? ひとんちのことだからどーこー言えねーけど、あんまし奴に関わんねー方がいいぞ。変な仕事に使われるだけだぞ。ヒロさんに探り入れたけど、いい噂は聞かねーよ。おばさんが入れ込んでんのは知ってんけど、いっかいちゃんと話してみた方がいいぞ」
「ケンジ、ありがとう。でも、そのことじゃないんだ」
「はぁ? 意味分かんねーよ。だったら何なんだよ」
「あのな、まず、お前が凄い心配してた恐怖の大王だけど、問題ない、来年になっても空からは何も降ってこないよ。安心しろ、1999年に世界は滅亡しない」
「は?」
「それで、こっからが大事な話だからちゃんと聞いてくれ。いいか、この1998年から2年経った後の2000年7月9日に、お前は緑奥市に行くことになる。ある人の家に頼まれた物を運ぶことになるんだ。いいか、2000年の7月9日だ。その日、絶対に頼まれた物を運ぶな。7月9日、お前は絶対にその人の家に行っちゃいけない」
「シンスケ、俺はお前が何をしたっていいと思ってる。除光液の匂いを嗅ごうが、何をしようが、それはお前の勝手だからな。でもな、絶対にクスリには手を出すな。おまえんちにくるようになった奴が、お前をどう脅そうと、何を強制しようと、絶対にそういったものに手を出しちゃいけない。最近ナカノさんとかが売ってる、ラッシュとかマジックマッシュルームもやめとけ。『合法だ』って言ってるけど、やべーって話を聞くから、手を出すな。友達として忠告する。もう手を出してるなら、今すぐ使うのをやめろ」
「ケンジ、いいかよく聞け、俺は正気だ。ちゃんとした頭でお前に話している。なぁ、頼むからちゃんと聞いてくれ。お前も俺のことを友達と思ってくれるなら、俺の言うことを必ず守ってくれ。2000年7月9日だ。それがどんなに断れない仕事でも、絶対に行くな。お前がその人にどんなに世話になってても、お前のケツを持っててくれてても、絶対に物を運んじゃいけない。絶対に、絶対にだ」
「……分かった。2000年7月9日な。よく分かんねーけど、分かったよ。だから、お前も約束を守れよ。今手元にあるやつは全部捨てろ。絶対に手を出すな、分かったな?」
「あぁ。分かったよ。でも、安心しろ。俺は何にも手を出してねぇよ」
「やってる奴に限ってそう言うんだよ」
「とにかく、俺はもう戻るけど、約束だからな」
「あ? 何だお前? 何やってんだ? 何でクソ暑いのにマスクなんかつけてんだ?」
「あぁ、馬鹿げてるだろ。馬鹿げてるけど、残念ながら、俺が戻る世界はこれをつけなきゃダメなんだ。クソ暑いのにな」
「あのさぁ、さっきからさ戻る戻るって言ってんけど、一体どこに戻るんだよ?」
「2020年」
「シンスケ、感謝しろよ。お前の頭が本格的におかしくなっても、俺が友達でいてやるからな。大変だと思うけど、いつか悪魔の誘惑を克服できる日がくるから。まぁとにかく、明日も集まりにこいよ。そんな状態だと、この先が心配だから俺が監視してやる」
「ケンジ、こうしてお前に会えて本当によかったよ。心の底から嬉しかった。お前が俺との約束を守って2000年7月9日を超えることができたら、その時は向こうの世界でまた会おう。大丈夫、今より世界がおかしくなってるけど、まだ笑えることが沢山あるから」
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