おかけになった感情は、現在使われておりません

日を跨ぐ瞬間は人それぞれ

並ぶ数字に意味はない

誰かにとってのおやすみは

誰かにとってのおはようだ

 

雨のち晴れの木曜日

メキシコからの着信は無視

セージを焚くのは心のため

気を許すと飲み込まれるから

 

ソファーに座って耳を澄ます

冷蔵庫の音が動く合図

雑音が減ってちょうどいい

 

深夜過ぎに家を出て

静かになった通りを走る

月が見えなくても問題ない

空にいるのはちゃんと知ってる

 

帰路を忘れたシーイーグル

食べ残した時間をつついている

暗闇に佇む信号は灯台

三色に光って先を照らす

 

おつかれさん

いつもごくろうさん

投げる言葉は挨拶代わり

 

カジノの赤い看板を超え

バッツの匂いをくぐり抜け

昼に染み付いた汚れを払う

 

十字路脇のヘビースモーカー

あなたの笑顔が大好きだよ

夜にひざまずくブラックジョーカー

あなたの祈りが叶いますように

 

草や酒があなたを救うなら

それはそれでいい

アシッドでもそれは同じ

善も悪も人それぞれ

同じ箱には収まれないんだ

 

”we're all in this together”になって久しいが

いつまで経っても馴染めない

迫る思いがしつこくて

口に入れても飲み込めない

 

右も左も

表も裏も

正直そんなのどうでもいいんだ

色々強制になっちゃったけど

あなたが何を信じていようが

打っていようが打っていまいが

好き嫌いの基準にならない

私はあなたが好きだから好きで

あなたのことが嫌いだから嫌い

それ以上でも以下でもない

 

手の中にあるのはシンプルなソウル

それはかけがえのない大切なもので

それは誰かが奪えないもの

私はそれがあればいい

それがあれば怖くない

 

生まれ直したこの国で

これまで長い時間を過ごした

名前を変えたこの国で

沢山の感情を抱いて捨てた

何もかもが姿を変えたし

随分遠くまでやってきたけど

引き返そうとは思わない

I got used to 取捨選択

これが私の歩く道

 

深夜過ぎの空気を纏って 

静かになった家に帰る

ひとりと五匹が眠る部屋

聞こえる寝息が命の証

生きる意味がそこにある

 

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祈ってる

お前が行きたかった国に行くまで祈る

お前が欲しがってた車を買うまで祈る

お前が撮りたかった映像を撮るまで祈る

お前が入れ込んでた女優が売れるまで祈る

お前の子供が二十歳になるまで祈る

 

大丈夫

祈ってる

上がっても下がっても祈ってる

 

借りパクしたCD

はやく返せよ

借りパクした写真集

はやく返せよ

 

また夏が来るぞ

今年もやっぱり帰れそうにない

溶けたスイカバーもお預けだ

 

また夏が来るぞ

今年もベイスターズは優勝しない

だったらお前も帰ってこないな

 

真っ暗な道を歩いてると

蒸し暑い夜を思い出すんだ

なかなか燃えない蚊取り線香

生温くなった三ツ矢サイダー

サンダル履くのもダルいから

裸足のまんまで寝そべった

 

今でも数字を数えてる

決まった時間にアラームをかけて

7、8、9でボタンを止める

 

なんもかんも昔のまんまで

なんもかんも変わってしまった

 

忘れるから生きていけるって人は言うけど

忘れなくても生きていける

 

大丈夫

祈ってる

上がっても下がっても祈ってる

酔ってデカいこと言った夢が叶うまで

これから先も祈って生きる

 

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赤い電球にオーバーヘッド

赤い電球にオーバーヘッド

今から夜をひとつ壊す

赤い電球にオーバーヘッド

隠れた悪意を蹴り飛ばす

 

期限切れの言葉を連れて

空のない街を歩く

コンビニ代わりのフードコート

コールドカットを口に頬張る

 

蔑んだ視線

気にしない

威嚇する罵声

聞こえない

 

ここはペラペラの紙の上

見せかけだけのワンダーランド

 

誰かの都合でヘイトが生まれ

誰かの都合で美談が生まれる

現代のジャンヌダルクは忙しい

カメラの外では動かない

 

七色の旗に人は集まる

真っ黒な旗にも人は集まる

誰も彼もが拳をかかげ

正義だ平等だと叫んでる

セレブに政治家

スポーツ選手

神輿の上で平和を謳う

悲劇にもスポンサーが付くんだよ

ファッショナブルであればあるほど

 

丁度よさが欲しいんですよね

心が痛んでも傷つかないやつ

適度な距離を保ちながら

泣いて怒って忘れられるやつ

きっとそれは映画みたいなもの

もしくはスーパーに並ぶ惣菜パン

トングで掴める手頃な悲しみ

だから海のむこうに視線を向ける

そんなことより

近場に悲しみはありますよ

暗くて地味でオシャレじゃないけど

あなたの近くに転がってますよ 

教室に

職場に

家庭内に

駅に

道端に

ご近所さんに

ほら あなたのすぐ近く

実際に手を伸ばせる悲しみです

実際に寄り添える悲しみです

いりませんか?

そうですか

いりませんか?

そうですか

 

赤い電球にオーバーヘッド

今から夜をひとつ壊す

赤い電球にオーバーヘッド

隠れた悪意を蹴り飛ばす

 

速さを進化と捉えてから

いくつもの感情が姿を消した

答えばっかり求めるから

正解以外は価値をなくした

コンプライアンスで固めても

いじめや事件はなくならない

 

枠の中で列を作り

その美しさを競ってる

枠の中で列を作り

数センチズレたと喚いてる

 

だだっ広い場所に座ってたい

誰もいない水平な場所

学校の校庭が最高だけど

今じゃ不審者になるもんな

深夜のガストもなくなって

誰でも買える自販機もなくなった

全部取られて

全部撮られて

枠に収まれと迫ってくる

踏み絵を踏めなきゃ交われない

踏み絵を踏めなきゃ進めない

 

赤い電球にオーバーヘッド

今から夜をひとつ壊す

赤い電球にオーバーヘッド

隠れた悪意を蹴り飛ばす

 

期限切れの言葉を連れて

空のない街を歩く

コンビニ代わりのフードコート

コールドカットを口に頬張る

 

蔑んだ視線

気にしない

威嚇する罵声

聞こえない

 

ここはペラペラの紙の上

見せかけだけのワンダーランド

 

頭上に輝く眩しいライトは人工物

その光には惹かれない

地上に堕ちた星は白いコンバース

それ以外は何も知らない

 

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レット・イット・ビー

 街の七不思議のひとつになるのが、この計画を立てた理由だった。

 僕がそう思うに至ったのは、ジャンピングマンの存在が大きい。ジャンピングマンとは、毎夜僕らがタバコを吸う為に集まっていた田んぼ道に現れる男で、ビートルズのレットイットビーを歌いながらジャンプして進むという習性を持っていた。

 ジャンピングマンは幽霊とかもののけの類ではない。れっきとした人間だ。最初にその姿を目撃した時は驚いたが、危害を加えてくる人ではないと分かってから、彼の存在はいつも見る風景の一部になった。

 ジャンピングマンが飛び跳ねるスポットと僕らがたまる場所は、そんなに離れていない。距離にすると十五メートルくらいだ。彼が道端に座る僕らのことを認識しているかどうかは分からない。でもきっと、そんなの彼にはどうでもいいことなのだろう。ジャンピングマンはジャンピングマンの理由があって夜遅くに人気のない田んぼ道で飛び跳ねている。暗闇の中で一心不乱に跳ねている訳など、本人しか知らない。それは多分、僕らがここに集まる理由を僕らしか知らないのと同じなのだろう。

 

   ***

 

「いつになったらちゃんと覚えるんだろうな」

 ぬるいアスファルトの上にあぐらをかいてジャンピングマンの跳躍を眺めていると、頭の上から声が聞こえた。

「え?」視線を真上に向けると、サダの尖った顎が見えた。

「レットイットビーだよ。ちゃんと歌ってんのサビだけだろ。それ以外はウォウウォウばっか。あれ、絶対に覚える気ないよな」

「そんな簡単に覚えられる訳ないでしょ。英語なんだから」アカリはぼやくようにそう言って、道路に寝っ転がった。

「そりゃそうだけど、もう何回目よ。いや、何回っていうか、何百回目よ」

 サダの気持ちは分かるが、それは違う。人間の脳みその構造を理解してない。

「サダ、お前、『悪魔くん』ってアニメ覚えてる? 子供の頃にやってたやつ」

「あぁ。水木しげる先生のだろ。よく観てたよ」

「その主題歌で、『エロイームエッサイム エロイームエッサイム』ってやつがあったでしょ?」

「あったね。『エロイームエッサイム エロイームエッサイム』な」

「その後の歌詞、ちゃんと言える?」

「え、その後? えー、何か呪文みたいなやつだったよな。メロディは覚えてんだけど歌詞までは出てこないな」

「出てこないでしょ。じゃあ、サダもジャンピングマンと一緒だよ。分解すると、『エロイームエッサイム』の部分はキャッチーだから誰でも覚えられる。だからジャンピングマンの『レリビー』と同じ。でも、その後に続く呪文みたいなやつは意味不明な上にリズムが速くて難しい。だからそこはジャンピングマンが濁す『ウォウウォウ』と同じなんだよ」

「セーヤ、お前、無茶苦茶なこと言ってるぞ。何を発言しても自由だけど、そこだけはちゃんと分かっとけよ」

 とても大事なことを伝えてくれてると思うのだが、見上げたサダのシルエットがホームベースのように見えて集中できない。

「ねぇ、ジャンピングマンってさ、不思議だと思わない?」体を起こしたアカリが、僕とサダの前に座ってワザとらしく腕を組んだ。

「何、急に?」僕もアカリの真似をして、それっぽく腕を組む。

「いいから答えてよ。不思議か不思議じゃないかって言ったら、どっちだと思う?」

「ジャンピングマンが不思議じゃないなら、世の中の不思議はみんな消えてなくなるよ」

「あのさ、普通に不思議だって言えばいいじゃん。そういうとこ、気持ち悪いよね」

 アカリが両目を三日月にして威嚇してきた。

「今更何を言ってんだよ。当たり前だろ。こいつは気持ち悪さのベテラン選手なんだから。年季が入ってんだよ。例えるなら九回裏の抑えに出てくるソン・ドンヨルだ。あの高速スライダーは簡単に打ち返せるレベルじゃないぞ」

「何その例え? 意味分かんない。言っとくけどね、あんたも相当気持ち悪いから」

 アカリの言葉を受けて、サダが嬉しそうに微笑む。薄暗い中に浮かぶ稲荷寿司のような顔は、ホラー映画に出てきそうな面持ちだ。

「とにかく、ジャンピングマンは物凄く不思議でしょ。それなのに七不思議に入ってなかったの。おかしくない?」

「いつもそうなんだけど、説明が足りない。何、七不思議って? 入ってないって何?」

 アカリの話はピースの足りないパズルみたいだ。

「緑奥市の七不思議。ツキネットのスレにあって見てたんだけど、誰もジャンピングマンのこと話題にしてなくてーー」

 アカリの話を遮るように、少し離れた所でレリビーのリピートが始まった。

「ほら、どう考えたって不思議の塊でしょ? 何で入ってなかったのかなぁ」

「緑奥市の七不思議って何があんの?」サダが鼻をほじった手で目を掻いた。

「えっと、楓山の動く巨大石と、桜台の無限自動販売機。あと、竹命宿のゴルフバッグ女。他は、あぁ、大佐木の人面松もあったなー。茜橋にも何かあった気がするけど、思い出せない。まぁそんな感じのラインナップなんだけど、大佐木の人面松よりジャンピングマンの方が絶対に不思議じゃん。なのにさー、納得いかないなぁ」

「竹命宿のゴルフバッグ女なんて聞いたことないぞ。何かヤバそうだな。やっぱあれか? ドライバーとか持って襲ってきたりすんのか?」サダの手が目から鼻の穴に戻った。

「知らない。興味あれば自分で調べれば。とにかく私のポイントはジャンピングマンが七不思議に入ってないのが納得いかないってことなの」

「確かに納得いかないね。ジャンピングマンは間違いなく緑奥市の七不思議だ。見てみなよ、あんなに飛び跳ねてるんだから」

 話をしながらジャンピングマンの勇姿を目で追う。折り紙で折ったカエルみたいにピョンピョン跳ねながらウォウウォウ唸っている姿を見つめていると、フと憤りに近い感情が湧き上がってきた。

「ダメだ。ダメ。こんなのフェアじゃない。あんなに叫んで跳んでるのに、七不思議に入らないなんておかしいよ。よし、決めた。僕らでジャンピングマンの仇を討とう。これ以上、彼に無駄跳びさせてたまるか」

「は? 何言ってんの? 何、仇って。ジャンピングマン、ピンピンしてるじゃん」

「アカリ、こういうのはさ、頭で理解しようとしちゃダメなんだよ。こっちは感覚で話してるんだから。そもそもお前が問題提起してきたのがきっかけでしょ。ちゃんと責任とって協力してよ」

 ハーフパンツのポケットからタバコの箱を取り出し、印籠をかざすようにアカリに向けた。

「何そのタバコ? どういうこと? ていうか、何? 私のせい? 変な責任なすりつけるのもほどほどにしてよね! ……で、何するの? どうせくだらないこと計画するんでしょ?」

「くだらないかどうかは分からないけど、考えてみる。少し待ってて」

 頭の中をかき混ぜて使えそうな場面を掴む。今回の場合は足し算じゃ届かない。少し疲れるけど掛け算が必要だ。

「別に今答えを出さなくてもよくない? 家に帰ってじっくり考えればいいじゃん」

 アカリはそう言うけど、そんなことをしたら逆効果だ。時間が経てば経つほど浮かぶアイデアの色が薄くなってしまう。

「うーん、オッケー。まだ漠然としてるけど作れた。サダ、サダもこの計画に乗ってくれるんでしょ?」

「何をすんのか分かんないけど、俺はノーとは言わないからな」

「じゃあ決まり。これから僕らはジャンピングマンの仇を討つことを目的に、緑奥市の七不思議を塗り替える。それで、その方法なんだけど、やっぱりインパクトが大事だと思うんだよね」

「何だ? どっか爆破でもしようってのか?」サダの顔が再度お稲荷さんになる。

「それ、インパクトどうこうの前に犯罪じゃん。七不思議に入る前に、然るべき公共施設に入ることになるよ」アカリは潰れた虫を見るような目でサダを睨んだ。

「サダ、顔がしわくちゃになってる。あのね、爆破なんかするわけないじゃん。アカリの言う通り、公共施設には入りたくないから犯罪行為はしない。そういうことじゃなくて、えっと、そう、何が大事かって話をしてたんだ。だから、まずはインパクトが大事で、次に重要なのが知名度だと思うんだよね。どんなにインパクトがあっても誰もその存在に気付かなかったら話題にもあがらない。我らがジャンピングマンのようにね」ジャンピングマンが先ほどまで飛び跳ねていた真っ暗な田んぼ道に視線を移して続けた。「知名度は大事だけど、知られすぎてもダメなんだ。毎度お馴染みじゃ不思議でもなんでもないからね。噂では聞くけど、詳しくは知らない。十人中三人は目撃したことがあるくらいの感じがベストだよね」

「打率三割か。なかなかの強打者だな」サダがエアーバットを構えて素振りを始めた。

「何でもかんでも野球に例えるのやめてくれる? 話がややこしくなる」おかっぱの髪をかき上げたアカリは、オレンジ色のライターを擦ってタバコに火をつけた。

 チョコレートのような匂いが辺りに漂う。アカリの吸うタバコは、なぜか甘い香りがする。

「まぁ例えは何でもいいんだけど、その三割をキープするのが七不思議のスターティングメンバーに入る条件だと思うんだ。それを叶えるインパクトと知名度、その二点を考えて頭に浮かんだのが踏切なんだよね」

「お、話があさっての方向に走り出したな」サダがエアーバットをブンブン振り回した。

「まぁ、聞いてよ。僕とサダは原付があるけど、アカリはチャリでしょ。だから場所は必然的に近場になる。で、何で踏切かって言うと、それは知名度にかかっていて、つまり、この場合の知名度は不思議の目撃頻度になると思うんだ。なるべく人に見られるべきだけど、見られ過ぎてはいけない。そうなると自然と場所の条件は絞られてくるんだよね。だから踏切ってことになるんだけどーー」

「ねぇ、その話、長い? もしかしてとんでもなく長くなるやつじゃない?」アカリはサラリーマンのように煙を吐いて言った。

「うーん、どうだろう。あと五分くらいで終わると思う」

「てことは、二十分だな」

 凄いサダ。大正解。付き合いの長さに裏打ちされた完璧な時間予想だ。

「二十分はやだ。長過ぎる。なるべく手短にお願い」

 サラリーマンになったアカリの煙に甘さはない。

「分かった。じゃあ要点だけ言う。七不思議になる場所は、この田んぼ道をあがっていった先にある踏切。目撃者になってもらうのは電車の乗客。その踏切で僕はジャンピングマンになろうと思う。踏切の音が鳴っている間、ずっとジャンプするつもりだけど、さすがに本家みたいに前には進めないからその場で飛び跳ねる。インパクトのことを考えるとただジャンプしてるだけじゃ弱いから、半裸に革ジャンを着て跳ぼうと思う。ちょうど去年、親戚からもらったのが押し入れにあるし、夏に革ジャンはアンバランスだから記憶に残りやすいと思うんだよね。下を脱いだら捕まっちゃうから、ブリーフタイプの水着を履く予定。その格好だったら万が一職質受けても『プール帰りです』とか『家にクーラーがないんで涼んでます』って言えば問題ないでしょ。夏に水着でいたって何もおかしくないもんね」

「革ジャンはどう説明すんだよ」

 笑いを堪えているのか、サダの表情がベチョベチョに溶けたアイスクリームみたいになっている。遠くで見たら確実に逃げ出したくなる代物だが、近くで見たら妙に安心する顔の作りになっているから不思議だ。

「革ジャン? 何の問題もないでしょ。『プール冷えしました』って言えばいいんだよ。ちょっと唇を震わせとけば辻褄が合うし」

「あのさ、さっきから何言ってるの? 情報量が多くて何にも頭に入ってこない。全裸とか言ってるし」

「全裸なんか言ってないよ。半裸だよ、半裸。アカリ、ちょっと考えたら分かるでしょ? 全裸で外にいたら逮捕されるよ。全裸と半裸を一緒にしないでよね」

「私には同じように聞こえるけどね」

「違うって。そこには天と地の差がある。雑草売っても捕まらないけど、大麻売ったら捕まっちゃうでしょ。それと同じ」

「うん、分かりやすい例えだ」サダが手を叩いた。

「あんた達、完全にバカだよね。私も頭悪いけど、あんた達を見てると自分がまともに思えるわ。なにげに嬉しい。ありがとう」アスファルトにタバコの火を押し付けたアカリは、うなだれるように頭を下げた。

「礼を言うならジャンピングマンに言ってよね。飛び跳ねる行為は僕が考案したものじゃないから」

「分かった。今度会ったら伝えとく」アカリは僕のすぐそばに向けて唾を吐いた。

「危なっ。アカリ、鬱憤を吐き出すなら自分の近くにしてよね。だから、えーと、あぁそうそう、そんな訳で踏切が鳴ってる間じゅう飛び跳ねるんだけど、闇雲に跳んだって効率が悪いと思うんだ。だからジャンプする時間を固定するつもり。毎日同じ時間、同じ場所で目撃するジャンピング半裸革ジャン男。どう? どっからどう見ても七不思議でしょ?」

 完璧だ。僕は嬉しくなって膝を叩いた。

「間違いない。間違いないんだけど、レリビーはどうするんだ? ジャンピングマンの意思を継ぐならレリビー、もしくはウォウウォウは外せないだろ」

 確かにサダの言う通りだ。でも、踏切でレリビーとウォウウォウを叫んだって、乗客には聞こえない。

「いや、サダの気持ちは分かるんだけど難しいね。うん、やっぱダメ。レリビーもウォウウォウも却下。電車の乗客に届かなきゃ意味ないよ」

「でも何かしなきゃな。ただ跳んでるだけじゃ芸がないだろ? あ、じゃあさ、ピースしようぜ。ジャンプしながらダブルピース。何かよくない? 『こちら世界平和を訴えてます』みたいなメッセージを込めれるじゃん! おっ、我ながらこれはいい案だ。セーヤ、やれよ! ダブルピース!」

 アカリはさっき僕らのことをバカだと言ったが、本当のバカ野郎はサダだ。真直ぐでまっさらでバカを極めている。爽快感にも似たこの感じは、長年バカをやってきた者だけが醸し出せるものなのだろう。

 「分かった。やるよ。サダがそこまで言うなら、ダブルピースやる。『イェイ! イェイ! ブイブイ!』みたいなやつでしょ? うん、イメージは掴んだ。あの感じでやればいいのね」顔いっぱいに笑みを浮かべ、その両サイドにダブルピースを添える。

「そうそう、その感じ。分かってくれてありがとう」

「ねぇ、気持ちの悪い会話終わった? あぁー気持ち悪っ! 寒っ。何か寒い」アカリは着ている長袖Tシャツの裾に両手を隠した。

「まぁ、そういったリアクションになっても仕方がないよね。アカリを責める気はないよ。ともかく、半裸革ジャンダブルピースまで決まったから、あとは決行時間ね。ヤンキーが本格的に出てくるのがだいたい十時以降だから、それまでには確実に終わらせときたい。てなると、九時半くらいに通過する電車に合わせればいいのかな。どう思う?」

「九時半は遅過ぎると思うよ。私、学校行ってた時そのくらいの電車で帰ってきてたけど、あんまし人乗ってなかったもん」さっきしまった両手を裾から出したアカリは、スナック菓子をつまむ感覚でソフトパッケージからタバコを取り出した。

「じゃあ、八時四十五分くらいは? あんまり早過ぎるのもやだから、その辺りはどう?」

 踏切を通り過ぎる電車のスピードを考慮すると、目撃者は多いに越したことはない。

「どうなんだろう。詳しくは知らないけど、九時半よりはマシなんじゃない」

「オッケー。じゃあ、正確な時間は後で調べるけど、八時四十五分くらいを目安にしよう。目標車両は、大佐木駅から緑奥駅にやってくる上り電車ね。あ、そうだ。アカリ、お前ん家に懐中電灯ってある?」

「懐中電灯? うーん、あー、あるよ。黄色くてダサいのだけど」

「ダサくて全然いいから、持ってきてくれない? さっき思いついたんだけど、決行場所の踏切辺りって薄暗いじゃん。飛び跳ねてるのを照らすライトが街灯だけじゃ弱いと思うんだよね。だから、懐中電灯を使って僕が跳んでる姿を照らして欲しいんだ。アカリ、悪いんだけど、その仕事引き受けてくれない? 座りながら照らすだけの簡単なお仕事です」

「何か詐欺の求人広告みたいだね。まー、いいよ。照らすだけでしょ? どうせ暇だし」

 よし、いいぞ。頭の中のイメージがどんどん具体化してくる。

「ありがとうアカリ。それで、サダ、お前は僕とアカリから少し離れた場所で原付に乗ったまま待機してて」

「何だよ、俺だけ舞台袖かよ」大袈裟に広げたサダの腕がアカリの太ももに当たった。

「ちょっと! 汗がつくから触れないでよ!」

 アカリのサンダルがサダの腹にめり込む。相変わらず素早い反撃だ。攻撃を受けたサダが「ウッ」と声を出すと、アカリは自分が蹴られたような顔をして下を向いた。

 アカリは人に触られるのを極端に拒む。みんなはそれを異常だと言う。僕とサダは、アカリが何故そう反応するのかを知っている。だからおかしいとは思わない。でも、知らない人がアカリのことをおかしいと思うのは仕方がないことだと僕は思う。みんなはみんなの世界を生きて、みんなの常識の中で暮らしているからだ。

 感覚でしか分からないが、僕らはきっと、みんなと同じ世界に入れない。みんなが住む世界は、びっくりするほど上下左右のズレがない。僕らがそこに無理やり入ろうとすると、頻繁に体調が悪くなる。ずっと前にサダが部屋から出られなくなる病気になったことがあるが、それは無理をしてみんなの世界のドアを開け続けた代償だと思っている。

「ごめんね。ごめん」うつむいたアカリが、布団の中で聞くラジオのような音量でささやいた。

「ウッス、励みになりまーす! 励みになりまーす!」サダが愛おしくてしょうがないといった顔で蹴られたお腹をさすった。

「フッ! 何でそんな顔するの? 蹴られてるのに。変なやつ。変態。サダの変態」

 垂れた目を細めて下唇を噛む。アカリの嬉しそうな顔はいつも決まっていて分かりやすい。

「えー、話を続けます。サダが舞台袖にいるのはちゃんと意味があるの。サダは警備員の役なんだから。全然人気のない場所だから平気だと思うけど、もし僕が飛び跳ねてる後ろから車やバイクが来たら、原付のライトをハイビームにして知らせてほしい。その時は、僕もすぐ横に止めてある原付に乗って踏切待ちしてるように振る舞うから。誰かに間近で見られちゃ七不思議もへったくれもないからね」

「え、その時私はどうすればいいの?」アカリが早口になる。

「アカリはチャリがあるでしょ。アカリも近くにチャリを止めておいて、それに乗ればいいんだよ。そしたら全然怪しくないから」

「隣に半裸で革ジャン着てる男がいても怪しくない?」

「僕の格好についての対策は説明したでしょ。職質受けたって平気なように設定してるんだから」

 僕が立てた計画に抜かりはない。大丈夫だ。

「踏切待ちしてる振りって言っても、原付に乗るんだったらヘルメットはどうするのよ? 本当に警察が来ちゃった場合、服装のことはどうにかなってもノーヘルのことは誤魔化せないでしょ」アカリがオセロに勝った後みたいな口調で言った。

「メットは……あれだよ、ほら、すぐに被るっていうか、流れでっていうか……分かった! 被る。最初から被っとく。メットしたまま飛び跳ねたら鬼に金棒でしょ。倒れた時の安全対策にもなるしね。まさに一石二鳥だぁ!」

 焦ると声が大きくなる癖を直したい。小学生みたいで嫌だ。

「セーヤ、半裸革ジャンにヘルメットって、お前もう立派な妖怪だな。悪魔くんの後ろに並んでても違和感ないよ。よーし、じゃあ歌うか! せーの、はい! エロイームエッサイム、エロイームエッサイム、さぁバランカバランカ呪文をーーあっ! あー! やべー! 思い出した! バランカだ! エロイムエッサイムの後の歌詞。バランカだよバランカ!」

 サダが取り乱してくれたおかげで僕の焦りが目立たなくなった。『木を隠すなら森の中』って言葉は本当なんだな。

「サダ、落ち着けよ。落ち着けって。それにしてもよかったな、思い出せて。これで今夜もぐっすり眠れるな」

「本当だよ! あー、マジでよかった。グッジョブ、俺! やったぁー!」サダは優勝したレーサーのように両手を上げた。

「もーうるさい。サダっ! うるさい! また蹴るよ!」アカリが両手で耳を塞いだ。

「じゃあそういうことで、早速、明日から実行しよう。集まる時間は、そうだなー、八時くらいにここで。アカリ、ダサい懐中電灯忘れないで持ってきてね」

「自分で言うのは問題ないけど、人に言われると何か腹たつなぁ」アカリは立ち上がって腰に手を当てた。

「セーヤは革ジャン忘れんじゃねーぞ」原付にまたがったサダは、ヘルメットのツバを後ろにして被った。

「バカ言わないでよ。ユニホーム忘れる野球選手なんかいないよ」

「だからさー、何で野球ばっかに例えるの? あんたら野球なんかしたことないじゃん。そもそも運動なんかしないよね」アカリの眉間にシワがよる。

「僕はサダの真似してるだけ。サダは? 何で野球ばっかに例えるの?」

「何でって、そんなの真剣に考えたことないよ。何だろ? 分かりやすいからじゃない。サッカーはずっと動いてるから難しそうだろ。バスケはルール分かんないし、バレーは試合中に選手がとっかえひっかえ変わって目が回るじゃん。だから消去法で野球なんだよ」

 サダは無意識のうちに球技という枠の縛りを自分でかけている。いつか時間がある時に、その縛りを解いてあげよう。

「これ以上あんたたちの話聞いてると、もっと頭悪くなりそうだから帰るね。明日八時だよね? じゃ、おやすみー」こちらを見ずに、声だけを投げかけてアカリが去って行った。

「おう、おやすみー!」サダが手を上げてバイクを発進させた。

「おやすみ」

 最後に残るのが嫌なのに、いつも見送る側になってしまう。三人でいる時は暗さなんて気にならないのに、ひとりになった瞬間に夜中の黒さが気にかかる。

 暗闇の中にいたくはないけど、家に帰るのはもっと嫌だ。あんな気持ちの悪い連中のすみかに戻るなら、夜に浸かっていた方がまだマシだ。

「あー、あー、あー、」

 闇を切り裂く手っ取り早い方法は音だ。音は生きてるから周りの空気と共鳴する。そうしてできた生の隙間に、夜は入ってこれない。声を出し続けている限り、黒に食べられる心配はないのだ。

 

   ***

 

「サダー! そっちはどうー?」

「こっちは問題なーい! 誰も来てないぞー!」

 「アカリ、今何分?」そばでしゃがむアカリに声をかける。

「えーっと、三十九分。そろそろじゃない?」

「よし、分かった」アカリの答えを聞いて、僕はアキレス腱を入念に伸ばした。

 八時四十六分、緑奥駅着の上り列車。この踏切から駅までの距離を考えたら、いつ電車が来たっておかしくない時間だ。

「アカリ、懐中電灯のようーー」

 

 カン カン カン カン カン

 

 僕が喋り終わる前に警報機の両目が赤く光り、遮断機がゆっくりと下がってきた。

 来る。電車が来る。

「アカリー! 懐中電灯スイッチオーン!」凄い音で鳴き続ける警報機に負けないようにお腹の底から声を出す。

 下から突き上げる形でライトを浴びると、右奥の暗闇からビームのように伸びる光が見えた。

「来るぞー! 来るぞー! じゃあ、跳びまーす!」

 眩しい灯りを顔に受け、満面の笑みで地面を蹴る。

 

 イェイ イェイ ブイ ブイ

 イェイ イェイ ブイ ブイ

 

 ガタンゴトン、ガタンゴトンという爆音と体に響く振動を感じながら、イェイブイのリズムをキープしてひたすら跳び続けた。

 

 カン カン カン カッ

 

 尻つぼみに警報機が鳴き止み、降参したように遮断機が両手を上げる。

 苦しい。それがまずはじめに感じたことだった。何両編成の電車か定かでないが、跳んでいる間は気が遠くなるほど長い時間に思えた。

「ハハハハッ! キャハハハハハ!」

 甲高い笑い声がすぐ近くで聞こえる。出どころであるアカリに視線を向けると、文字通り腹を抱えて笑っていた。

「不謹慎な。面白いことなんてひとつもないでしょ。ていうか、懐中電灯消してよ。眩しい」

 アカリが身をよじっているせいで、不規則で不快な光の線が僕の顔を刺してくる。

「ちょ、ハハハッ! 何ヒィッ、ハッてるのよ! ヒッ、ハァーハハ! あー、もー。ちょっとやめてよー。あー、笑い疲れた。あぁ、もうやだ」ライトを消したアカリは、人差し指で目尻を拭いた。

「何だー? 何があったー?」原付を飛ばして後ろからサダがやって来た。

「アカリに笑われてるの。失礼だよね。こっちは真剣にやってるのに」

「あんたね、笑うなって方が無理なのよ。サダは距離があるから分からないでしょうけど、間近でみたらヤバイんだから。プリップリしたお尻を揺らして、めっちゃくちゃ笑いながらピースしてるの。『フンッ、フン』って息漏らしながら。プッア、ハハハァッ! やっぱダメ! 私無理!」

 性懲りもなく笑い始めたアカリは、右手でアスファルトをバシバシ叩いた。

「サダ、僕はいっぱいいっぱいで見られなかったけど、どうだった? 乗客の中で僕のこと見てる人いた?」

「いやー、それは分かんないよ。だって電車速いもん。ビュンだよビュン。あ、でも、見てるっていうか、窓際に殆ど人が立ってなかったぞ。空いてるからみんな座ってんじゃねぇ?」

「えー、本当に? うわー、がっかりだよ。あんなに跳んだのに。あのさー、跳んでみて分かったけど、跳ぶって凄い疲れるんだよ。すっごい体力使う。正直、ヘトヘトだよ」息を大きく吐いて、ヘルメットの紐を外す。これを毎日繰り返してるジャンピングマンは只者じゃない。しかも彼の場合、僕と比べ物にならないくらい長い時間を跳んでいる。これはとんでもないことだ。タバコをふかしながら適当に彼のジャンプを眺めていた今までの自分を叱ってやりたい。ジャンピングマンは七不思議なんて小さい枠に収まる男じゃない。筋金入りのアスリートじゃないか。

「ーーいてる? ちょっと、セイヤ、聞いてるの?」いつの間にか笑い終えていたアカリが僕の正面に立っていた。

「何が?」

「何がじゃないよ。ほら、はやく着替えなよ。その格好で居続ける必要ないでしょ。族に見つかったらさらわれちゃうよ」

「本当だ。ありがとう、とりあえずそうする」原付のメットインを開けて、取り出したハーフパンツを急いで履いた。

「それで、どうすんだ? もっと人に見られたいなら跳ぶ時間を変えるか?」サダがタバコに火をつけて言った。

「そうした方がいいと思うんだけど、せっかく決めたんだし、この時間でいく。毎日同じ時間、同じ場所に出現するのが七不思議への第一歩だからね」

「分かった。とりあえずこれでやり続けるか」親指をクイっと上げたサダは、おちょぼ口からフゥーと長い煙を吐いた。

 

   ***

 

 人気のない踏切の前で飛び始めてからしばらく経つが、緑奥市の七不思議スレに『半裸革ジャンヘルメットジャンプ男』のことが書かれることはなかった。でも、僕にとって、そんなのどうでもいい話だ。こんなことを言うと、毎日協力してくれているアカリやサダからドヤされるので口が裂けても本人たちの前で言えないが、僕の興味はもう、七不思議から離れてしまった。ジャンピングマンの仇を討とうと跳び始めたのがこの計画の始まりだったが、押し売りのような形で彼の無念を晴らすよりも、ジャンピングマンの跳躍そのものにどう近付くかが、最近のメインテーマになった。 

 自分が跳ぶようになってから、ジャンピングマンのジャンプを見る目が変わった。注意深く彼の一挙手一投足を観察すると、その跳躍がいかに美しく、そして機能的なのかということに気付けるようになった。

 彼のジャンプには無駄がない。一見、ただヌボッと跳んでるように映るのだが、余計な踏ん張りがない分、一回の跳躍にかかる負荷が少ないように思える。きっと同じリズムで長時間跳び続けるカラクリは、そこにあるのだろう。

 飛び跳ねるフォームも大事な点のひとつなのだが、僕が最も注目するようになったのは、彼の着地の仕方だ。ジャンピングマンの着地は、僕の着地と大きく違う。僕のジャンプは足が地面を蹴るタイプで、着地した瞬間にエイヤッと力を込めてアスファルトを蹴っている。力一杯地面を蹴飛ばすおかげで高くは跳べるのだが、膝への負担が大きくてすぐに疲れてしまう。体力を温存しようと跳躍力を弱めると、途端にみすぼらしく低いジャンプになってしまう。

 僕の力任せのやり方と違って、ジャンピングマンの着地はとてもスムーズだ。まるで跳び上がったその力を膝で吸収するかのようにスゥーっと地面に足をつき、その反動を利用して浮くようにジャンプする。何と言うか、指揮者が操るタクトの動きのようにタンタンタンと優雅に舞っている。その様がとても美しく、見惚れるほどの動きなのだ。

 彼のフォームを頭で繰り返し再生して脳みそに焼き付けた後、僕は強制的に跳び方を変えた。ジャンピングマンの形をそのままなぞることは不可能だったが、極力真似するように意識を集中した。そうして何回か跳んでいると、息の上がり方に変化が起きた。飛び跳ねる際に疲れるには疲れるのだが、以前のような息切れを起こすことがなくなったのだ。少し前はジャンプしながら乗客の様子を注意して見たり、跳んでる最中に考え事をすることなど不可能だったが、今はそれが可能になった。その証拠に、一度、座席に膝を乗せた状態でこちらを見ている子供と目が合ったことがある。毎日のことで動体視力が上がったのも理由のひとつかもしれないが、そんなことは今まで一度もなかった。

 心に少しのゆとりを持って飛び跳ねるようになってから、僕はジャンプの最中にレットイットビーを歌うようになった。もちろんこれは、乗客に向けて歌っているのではない。お師匠さんであるジャンピング先生への敬意というのが理由のひとつで、もうひとつは自分の意志だけじゃ湧き上がらない勇気をもらうためだ。不思議なことにレットイットビーを口ずさみながら飛び跳ねると、誰かに励まされているような気分になる。はじめのうちは気のせいだろうと考えていたが、歌えば歌うほどブルブルと心が震え、「やってやる」「今にみとけよ」といった気持ちがフツフツと、そして力強く芽生える。電車が過ぎ去った後に激しくガッツポーズをするようになったのは、奮い立った思いをどう処理していいのか分からないからだった。そんな僕を見て、アカリとサダは「ジャンピングハイに取り憑かれた」と言って茶化すのだ。

 

「七不思議のスレに載った!」とアカリから知らされたのは、夏の終わりが近付いた日の夕方だった。

 コンビニで買ったスイカバーをメットインの中に入れっぱなしにしていた自分に腹を立てたサダが、灼熱にさらされたアスファルトの上を裸足で歩くという自傷行為をしていると、道の先から「チャリンチャリン」という鈴の音を響かせて、自転車を立ち漕ぎしたアカリが勢いよく現れた。

「載った! 載ったよ! うちらついに緑奥市の七不思議のスレに載った!」

「キッ」とブレーキをかけたアカリの目尻は下がり、短い前歯は下唇を噛んでいる。本気で嬉しい証拠だ。

「え? あっつ! マジで? あっつ! え、あっつ!」サダが阿波踊りのような動きで応じる。

「サダ、何バカなことしてんの。ま、いっか! 今日はサダのバカさなんてどうでもいいもんねー。 そんなことより載ったのよ! 載ったの! いやー、長い道のりだったねー。だってみんな全然気付かないんだもん。そろそろ自演投稿しようと思ってたけど、その必要はなかったね!」

 アカリが嬉しそうだと、こちらも嬉しい。

「何て、な、何て書かれてた?」サダがつんのめる勢いで前に出る。

「それがさー、『ロックな過激派男』ってダサい名前が付いてた。大佐木〜緑奥間の農道で、過激派のロックンローラーがジャンプしてシャウトしてるって説明付きで。みんないい加減だよねー。こっちは満面の笑みでピースしてるっていうのに」

「何だよ、ロックな過激派って! あ、あれかー、ヘルメットが裏目に出たか。半裸で革ジャンもロックになっちゃってるし。下半身よく見てみろって話だよ」裸足の自傷行為をやめたサダは、メットインから溶けたスイカバーを取り出して足の裏に当てた。

「やっぱり先週の花火大会の日が決め手だったね。どの車両も満員だったもん。あそこで相当な数に見られたんだなー。あれ? セイヤ、あんただけ温度差違くない? 何? 嬉しくないの?」

 腕を組んで仁王立ちしたアカリが不思議そうな顔で僕の目を覗いてきた。

「嬉しいよ。だって、これで目標達成でしょ。ジャンピングマンの仇は討てたね」

 目標達成。ということは、もうジャンプする必要がなくなる。アカリとサダの援護を受けながら誰の目も気にしないで飛び跳ねられる権利をなくすことが、自分でも驚くほど悲しかった。

「あ、あれか。嬉し過ぎてどうしていいか分かんなくなっちゃってるんだ。まぁそうだよねー。実際跳んできたのはセイヤだからね。セイヤ、本当にお疲れ様」

『お疲れ様』引退勧告を受けた野球選手は、こんな心境になるのだろうか。まだ投げれる、まだ打てる、まだ跳べる! そうやって足掻いても、社会はプレーし続けることを許してはくれない。

「引退試合させてくれないかな? 後もう一回。今夜、最後に跳ばせてくれないかな?」

 せめて自分の手で引導を渡したい。僕はアカリとサダの顔を交互に見た。

「七不思議載ったのに、まだ跳びたいの? あんたも好きよねー」アカリが笑みを浮かべて首をひねった。

「俺は大賛成。やっぱけじめってのは大事だからな。ド派手に一発、跳んで締めようぜ!」握った拳を空にかかげたサダは、その腕をすぐに下ろし、溶け切ったスイカバーの袋を開けて中の液体を口に流し込んだ。

 

   ***

 

 誰もいない薄暗い田んぼ道に、生ぬるい風。ヘルメットの紐をきつく締めた僕は、お世話になった踏切に頭を下げた。

「アカリ、今日はちょっと大きめの声でレットイットビーを歌うけど、気にしないでね」

 僕の顔を懐中電灯で真っ直ぐ照らすアカリに声をかける。

「いいよー。最後なんだから、あんたの好きにしな」アカリは慣れた手つきでライトを操り、光で丸い円を描いた。

「サダー! そっちは問題ないー?」

「おぉー! いつも通り、誰もいないぞー! セーヤー! 思う存分、ぶっ放してこーい!」暗闇の入り口にいるサダが大きく手を振った。

「セイヤ、来るよ」

 アカリの声に反応して顔を前に戻すと、右の奥からいつものビームがゆっくりと現れた。それを合図に鳴き出す警報機と、腕を下げて幕を上げる遮断機。それぞれが熟練の職人のような動きでショーの開演を手助けした。

「セイヤ、跳びな」

 僕の出番はアカリのキューで始まる。体全体の力を抜いて、自分が羽毛のような軽さになったイメージをする。

 地面を蹴るのではなく、弾く。跳んだ重力を利用して沈んだ分、浮き上がる。

「ウォウ ウォ ウォ ウォウ ウォ ウォ ウォウォ ウォウォウォーウォウォウォ ウォーウォウォーウォウォウォ レリビー」

 弾む。浮かぶ。弾む。浮かぶ。弾む。浮かぶ。弾む。浮かぶ。

「ウォウ ウォ ウォ ウォウ ウォ ウォ ウォウォ ウォウォウォーウォウォウォ ウォーウォウォーウォウォウォ レリビー ダンダンダン」

 両足が地面に触れる度に、勇気が生まれる。レリビーと叫ぶ度に、誰かに励まされているように感じる。

「レリビー レリビィー レリビー オ〜 レリッビィー ウォウ ウォーウォウォウォウォ レリビィー ダンダンダン」

 歌えば歌うほど、跳べば跳ぶほど心が震える。そしていつも通りのメッセージが心に浮かんでくる。

「やってやる」

「今にみとけよ」

 

 ずっと言いたかった言葉がある。

 その言葉をぶつけたい相手がいる。

 怖いからなかったことにしてきた。

 恥ずかしくて情けないから、なかったことにしてきた。

 ずっと蓋をしてそっぽを向いたら、いつの間にか消えていると願っていた。

 でもなくならない。昼間は姿を隠しても、夜になるとやってくる。

 

「オー レリビー! レリビィー! レリビー! オ〜 レリッビィー! ウォウ ウォーウォウォウォウォ レリビィー!」

 

 ずっと言いたかった言葉がある。

 今なら言える。レリビーとジャンプが力をくれる。

 

「今にみてろよ」

「僕んちに入り込んだ悪魔、今にみてろよ」

「僕の母さんを女に戻した悪魔、今にみてろよ」 

「僕の服を脱がした悪魔、今にみてろよ」

「僕の体を触った悪魔、今にみてろよ」

「僕の口に汚いものを咥えさせた悪魔、今にみてろよ」

 

「オー レリビー! レリビィー! レリビー! オ〜 レリッビィー! ウォウ ウォーウォウォウォウォ レリビィー!」

 

「やってやる」

「やってやる」

「全部ひっくり返してやる」

「お前らが僕から奪ったもの、全部まとめて取り返す」

「今にみてろよ!」

「今にみてろよ!!」

「今にみてろよ!!!」

 

「オー レリビー!!! レリビィー!!! レリビー オ〜 レリッビィー!!! ウォウ ウォーウォウォウォウォ レリビィー!!! イィィィー!!!」

「ダンダン」

「タータッタ タータッタ ターターター ピィーピッピ ピーピッピ ピィー ピィー ピィー」

 

「セイヤ、もういいでしょ。電車とっくに過ぎてったよ」

 「アカリ、レットイットビーの意味って何だっけ?」

「え? 知らないよ。だって英語でしょ? ……え? え! 何で? 何で泣いてるの? え、ちょっとセイヤ、何で泣いてるのよ? えー、え? 何で、どうしたの? 何で何にも言わないの? ちょっとサダー! 助けてー! セイヤがおかしくなっちゃった!」

「ブォーン」というエンジン音がした後に、サダが凄い勢いでやって来て「ガンッ!」と道にバイクを倒した。

「どどどどうして? どうした? どうしよう? 何で? な、何でアカリが泣いてんの?」

「私じゃないよ! セイヤ! セイヤが泣いてるから私も泣いてるの!」

「ん? ん、セイヤが泣いてるから私も泣いてる。ん、ん? セーヤ、セーヤ! どうした! どうしたらいい? どうして欲しい?」

「サダ、レットイットビーの意味って何だっけ?」

「え? レットイットビー? えー、あのー、えー、分かんない。あ! あの、分かんないけど、多分、大丈夫だぞって意味なんだと思う。分かんないけど、大丈夫だって、もう大丈夫だって歌ってんだと思う」

「そっか。大丈夫か。もう大丈夫って歌ってるのか。なんだ。そっか。よかった。よかったー」

「そうだ。そうだ、そう。セーヤー、大丈夫だぞー。ほらー、もう大丈夫。アカリー、お前も、お前も大丈夫。ほらー、大丈夫だぞー。お前だって、もう大丈夫。お、俺もぉー、俺もー、大丈夫。もう大丈夫になったー。もうねー、俺らは大丈夫なんだから。もう平気だからねー。もう痛くもないし、怖くもないからねー」

 サダの顔が涙でグシャグシャになっている。

「セーヤも、アカリも、俺も、大丈夫。もう大丈夫。だからね、だから、い、今は嬉しい。大丈夫だから嬉しいの。セーヤー、ほら、ハイタッチ! 嬉しい時にはハイタッチだろぉ? ほらぁ! 手ぇ出せぇぇぇー!!! いくぞー!」

 

 パンッ !

 

「おらぁー! つぎぃぃぃ! アカリもいくー……あっ! あのね、うん、アカリはハイタッチしなくて大丈夫。ほら、アカリ、もう大丈夫だからねー。ごめんねー。ごめん……ごめんなさいっ!」サダはアカリに土下座をした。

「手、拭いて。服でゴシゴシして」

 ゆっくりと顔を上げると、赤い目をしたアカリがとても強い顔をしていた。

「え、でも、それじゃ……」

「サダうるさい! いいから徹底的にゴシゴシして! セイヤも、あー、セイヤはその服でゴシゴシしないで。セイヤはいい。セイヤはそのまま」アカリの頬がピクピク動いた。

「あんたたちは片手づつ上げて、私からいくから、絶対に動かないで。私のタイミングでいく」そう言い終えたアカリは目を閉じて深く息を吐いた。

「……よし、いける。もう怖くない。大丈夫、いける。いく。準備はいい? 思いっきりいくよ! よし、はいっ!」

 

 パパンッ !!!

 

 誰もいない踏切の前で、強烈な痛みを伴った大きな音がした。

 街灯の薄明かりの下で鳴った炸裂音は、まるで遠くで聞こえる打ち上げ花火のようだった。

 

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1998年3月某日の深夜、発泡酒をぶっかける

区切りをつけるという行為は、とても大事なことだ。

今いる場所、状況、従事している事柄から距離を取り、関わり合いを断つ。それは何かを成し遂げた後でも、中途半端な状態でも構わない。とにもかくにも「終わり」と決めて、さよならするのが重要なのだ。

去年の3月から区切りをつけられない毎日を生きている。でもそれはきっと、私だけではないのだろう。

北国特有の長い冬が終わり、街中いたる所に色が付いて木々も青々としてきた。ひと足先に自然界が衣替えを終えても、人間界に住む私は足踏みしたままだ。

半地下にある職場の窓から気持ちよく晴れた日を見上げていると、さまざまな思いが頭に浮かぶ。喜怒哀楽バランス良く湧いてくるのならこの上ないが、最近はそうもいかない。猫で頭を満たそうとしても、新しい生活様式へと変わっていく社会への不安が思考を覆う。

好きな音楽をかけても頭に響かない時、私は心に残っている昔の場面を思い返す。そうすると、まとわりつく圧迫感が幾分ましになる。

ついこの間、整理できない「区切り」について考えていた時に浮かべたものも、忘れずにとっておいた20年以上前の記憶だった。

 

私は、1998年の3月を心待ちにしていた。

それは真っ黒だった高校生活が終わる月であり、逃避先として選んだカナダのバンクーバーへと出発する月でもあった。

やっと終わる、やっと逃げれる、やっと息ができる。私はドロップアウトすれすれだった状況からどうにか卒業まで漕ぎ着けられたことにたいそう浮かれ、のぼせ切ったようになっていた。

「優勝だ! 優勝した!」

嬉しい、の最上級を優勝だと捉えていた当時の私は、居場所をくれた仲間たちに優勝記念にビールかけをしようと提案した。熱にやられて周りが見えなくなった優勝男の戯れ言なのだが、彼らは案外すんなりとこの発案を受け入れてくれた。

 

(以下の内容は、今よりも規制が緩かった時代のお話です。もしくはフィクションです)

 

各々のバイト代と相談し合った結果、飲まないんだから発泡酒でいいだろ、となり、免許を取ったばかりの小金持ち友人の運転で量販店に向かった。最悪無理なら自販機巡りになるなと考えていたが、無事に数ケースの発泡酒をトランクに積み込むことに成功した。今でも印象に残っているヨタヨタ運転で小金持ち友人宅へと戻った私たちは、発泡酒の上にビニールシートを被せて夜がふけるのを待った。

1998年3月某日深夜、私たちと発泡酒が乗る車はいつもの集まり場所である国道沿いの公園に到着した。

人影がないことを確認して、トランクから酒の箱を運び出す。事前に示し合わせていた通り、殆どのメンバーはそれぞれの高校の制服に着替えを済ませていた。

「残したくないから、制服は終わった後に燃やしてしまおう」それが私たちの計画だった。

自然と円陣を組むような形でスタンバイして、手に持った発泡酒を勢いよく振る。

「優勝おめでとう!」

「おめでとう!」

みな口々にそう叫び、深夜の発泡酒ぶっかけ祭りはスタートした。

私のイメージでは華々しく「イェーイ!」となる予定だっだのだがそうはならない。正確には、ならないのではなく、なれなかった。スプラッシュしたアルコール液が目に入って痛い。いや、痛いなんてものではない激痛で目が開けられなかったのだ。それまで生きてきた中で優勝した経験もビールかけをした経験もなかった私にとって、この激痛は想定外だった。

これは、テレビで観たやつと違う。「イェーイ!」とピースして笑う野球選手のイメージは開始直後に崩れ去った。

発泡酒をぶっかけ合って分かったのだが、まず襲ってる感覚が「痛い」で、その次に忍び寄るのが「臭い」だった。これも予想外だったが、発泡酒漬けになった制服が臭くってたまらない。何だか、人の気力を奪い取る臭いだった。

抱いていた華やかな絵面とかけ離れた発泡酒ぶっかけ祭りは、目や皮膚を刺す痛みと異臭のコラボレーションでトランス状態になり、奇声を発しながら痛臭水を浴びせ合う狂乱の宴と化した。

祭りの後に訪れるものは虚無感だと相場は決まっている。

もちろん私たちが催した奇祭も例に漏れず、全ての缶を弾けさせた後に残ったものは、何とも言えない虚しさと痛みと臭みだった。

口数も少なく、持参したゴミ袋に黙々と空き缶を入れる我々の姿は優勝した者のそれではなく、一回戦敗退で甲子園の土を拾う高校球児そのものだった。

3月は冬ではないが夏でもない。どう考えても、異臭を漂わせてびしょ濡れで外にいる時間でないことは明白で、寒くて仕方がなかったことを覚えている。

「燃やす」と宣言した手前あとに引けず、罰ゲームのような感覚で制服を脱いで一箇所にまとめ、ホワイトガソリンをかけて火をつけた。そう、確かに着火したのだが燃えない。燃えるはずがない。少し頭を使えば分かるのだが、びっしょびしょに濡れた衣類は火をつけようがびしょびしょのままなのだ。 

痛くて臭い思いをしたのに燃えてなくならない制服。何の反応もなく横たわるその様子は、自分の高校生活そのものを表しているようだった。

 

想像通りにはいかず、成仏できない感情は中途半端な不燃物になった。それでも、ベタついた発泡酒を熱いシャワーで流したその日、一旦の区切りはつけられた。何も解決していなくても、背中を向けて逃げ出すことができたのだ。

あれからずいぶん時は流れ、私は色々なことに区切りをつけて生きてきた。縁やタイミング、猫や人に助けれられ、奇跡的に自分を捨てずにやってこれた。

今、目の前に、どう区切りをつけて良いのか分からない事柄がある。背伸びをして先を見通そうとしても真っ白で何も見えない。

どうなるんだろう。どうするんだろう。そんな思いばかりが顔を見せる夜が続く。

区切りをつけたいと願っている。

そんな日が来ることを願っている。

傷つかず、傷つけず、押し付けず、押し付けられず。そんな形でトンネルを抜けられたら、今度こそ発泡酒ではなく、盛大にビールでぶっかけ合いたいと思う。

 

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それは、「未来」という魔法だった

「未来」という言葉に希望が含まれていた少年時代、ブラウン管の中にはサトームセンのジャガーや、オノデン坊やが息をしていた。

元気があった街の本屋にはジャンプやマガジン、コロコロやファミ通といったカタカナの少年誌が平積みされており、高橋名人や毛利名人が競ってファミコンの腕前を披露していた。

私は、アナログとデジタルの狭間に生まれた。

機種変更やモデルチェンジを含め、今までなかったものが生まれ、そして消えていった様を数多く見てきた。それらは私にとって、「未来」という魔法だった。

 

ビデオデッキ

世に出た後に、随分遅れて我が家にやってきた未来機器。

一言でいうと、タイムマシーンだった。

どうでもよいCMを録画し、すぐに再生する。そうすると、ついさっき見た映像がそっくりそのまま画面に流れた。

ボタンひとつで時間が操れる角ばった箱は、夢でしかなかった。

このドリームマシーンのおかげで、巨人戦の裏番組を後で視聴できるというミラクルが発生した。

 

ゲームボーイとスーパーファミコン

何ともいえない大人の事情で手に入れることになった超小型モノクロファミコン、ゲームボーイ。入手経路が微妙だったために見てみぬフリをしていたが、いつのまにか虜になった。魔界塔士サガとの出会いで夜更かしを覚え、朝と夜が入れ替わったのもこの頃。極小の音量でラジオを聴きながら夜中にピコピコボタンを弾く近未来生活は至福以外の何物でもなかった。

「未来ボックス」であるファミコンを凌駕した「超未来ボックス」スーパーファミコンは、全てが規格外だった。

ボタンが4つ。しかも色付き。パッと見、m&m'sのチョコレートが埋め込まれているように感じるコントローラーは、欲張りを具現化したかのようなデザインだった。

先代であるファミコン同様、ゲーム応援係に回ることが多かったが、ブラウン管に映し出された立体感に魅了された。

 

テレビデオ

はじめてのバイト代をつぎ込んで手に入れた未来。

テレビとビデオが一体になった奇跡の融合体。

これひとつで砂壁の四畳半が月9に出てくる華やかな部屋に姿を変えた(気がした)。

テレビデオさえあれば、襖が破けていてもオシャレルーム。小田原と書かれた提灯がぶら下がっていてもオシャレルーム。橋本真也のポスターが貼ってあってもやっぱりオサレなルームになった。

ある程度のものは何とか誤魔化せてしまう七味唐辛子のような未来を手に入れたことで、長年相思相愛だったラジオと距離が出来てしまった。

 

PlayStation

未来の終着駅、すなわち、欲張りの終着点。

オープニング画面なんて、なんなら映画じゃないか。

カセットがCD? なんでCDに映像が入るんだ? え、カセットじゃなくてソフト?

新しい情報の群れが一斉に飛び込んできて回線がパンク状態。プールから水が溢れ出す感覚で、理解を完全に超えた瞬間。

映像欲が落ち着いた後は、もっぱらサウンドノベルやアドベンチャーの虜に。応援係にならなくてよいゲーム。自分のためにするゲーム。

PS版の弟切草、かまいたちの夜に時間を捧げ、神宮寺三郎とトワイライトシンドロームを抱きしめて部屋に籠もった。

 

セガサターンとドリームキャスト

せがた三四郎と湯川専務が運んできた未来。

小学生の頃にメガドライブを持っていたセガ贔屓の友人がゲットした進化版。

あの当時、セガとソニーはコーラとペプシのような関係だった。少なくとも私はそう感じていた。だからセガが作ったゲーム機はプレーステーションと同じ世界にはいない。何というか、コーラを飲んでいる自分とペプシを飲んでいる自分が同じ空間にいないように感じる現象と一緒で、セガのゲーム機とソニーのゲーム機は、パラレルワールドのように決して交わることのない線の上を進んでいる感覚を覚えた。

こちらの世界では姿を消したセガサターンとドリームキャストだが、あちらの未来世界では2、3、4と続編機を出しているに違いない。

 

CD-ROMという未来型円盤に収録された、Ken Ishiiの"Extra"

ミュージックビデオは、歌手が歌って踊るものだと思っていた。もしくは海岸線を物憂げに歩いたりするものだと。そんな自分の思い込みを打ち砕いた未来型円盤に収められていた映像。

衝撃だった。生まれてはじめて、頭の中を撃ち抜かれた。

未来を纏ったMVを観たその日から、音楽に対しての価値観が覆された。

 

Windows 98とNINTENDO64

そのミュージックビデオを流したパソコンという新未来型マシン。

新聞配達業務に削られ、高校から遠ざかっていた頃に出会った正真正銘のフューチャーマシン。未来を超えた先にあったリアルフューチャー。アンコ型ボディに搭載されたテクノロジーに触れて、世界がおかしくなった。

最先端すぎて扱えない。所有者であった友人も同様だったようで、ネットサーフィンというものを実行しては波に飲み込まれ、電子の海の底に沈むのが常だった。

そんなパソコンと、3D世界を四つのコントローラーで遊べるタコ足配線未来ゲームNINTENDO64を抱え込んでいた小金持ちの友人部屋に居座るようになり、家にいる時間が極端に減った。

未来に触れると、それまでの生活が一変してしまうんですね。

 

ポケベル

制服のポケットに入れた未来。

公衆電話というアナログ機のボタンを早打ちして信号を送る優れもの。まさに過去と未来のコラボレーション。

持ってることにステータスを覚えてしまい、ポケベルが鳴らなくてもバイト代をつぎ込む羽目に。本来の存在意義を忘れたポケット未来はコレクターズアイテムと化した。

クラスで目立つ子はだいたい薄型ボディのテクノジョーカーを装備しているか、センティシリーズをキラキラデコレーションでシノラーくるくるにしていた。

そういう時代だった。

 

PHSと携帯電話

PHS。又の名をピッチ。

言葉の響きが既に未来。三文字の疾走感がポップでキャッチーでフューチャー。

ポケットに忍ばせていた鳴らない旧未来を取り出し、細長の新未来に入れ替える。

機体にきらめくASTELの文字。あやしく光るグリーンライト。アンテナを空に伸ばせば、狭い教室を飛び抜けられた(気がした)。

ベルからピッチに進化しても、黙っている時間ばかりなのは通常運転。それはニューエラという大気圏に突入した携帯電話になっても同じで、高校を半ば放棄して稼いだ新聞配達の銭を、試しに鳴らすだけの着信音や誰も見ることのない壁紙に貢ぐ生活を送った。

四畳半で開くハーフノートジャズのページ。がっつり課金されて四和音でダウンロードする『我が心のジョージア』を流して悦に浸っていた。

私はアムラーにもシノラーにもハマダーにもなびかない、そんな未来を生きるのだと息巻いて、テレビデオで擦り切れそうな『さんぴんCAMP』を観ていた。

携帯電話に付けたストラップは桃屋のごはんですよ。それが個性だと思っていた。

 

iPodと少しのiPhone

iPod。今まで気が触れたように未来、未来と繰り返してきたが、私の中ではこのデジタルオーディオプレイヤーがこれまでで一番のフューチャーショックだった。

これぞ、未来。いや、未来というか宇宙。だってカセット(ソフトor CD)を入れなくていいんだもん。

時代の最先端に触れてみようと背伸びしてMDを買った自分をこんちくしょうと恨んだ。あと少し待てば宇宙が掴めていたではないかと。

Windows 98とNINTENDO64を所持していた小金持ちの友人のiPodをいじり倒しては、中央のサークルをクルクル回すたびに聞こえるカチカチ音に酔いしれていた。

シノラーくるくるが混沌とした時代の傾奇者だとしたら、こちらのクルクルは時代という概念を超越したスペースフロンティアだった。

真っ平らな液晶画面で全てを完結させるiPhoneやタブレット端末も疑うことなく宇宙なのだが、その全てが初代iPodのアップデート版に思えてしまって、カセットいらずのクルクルジュークボックスの時に受けたビッグバン級の衝撃を感じることは出来なかった。

 

iPodの未来的大爆発以降、私のビックリドッキリ未来は止まってしまった。

いわゆるひとつの大人になった訳でも、何にでも冷めてしまった訳でもないのだが、オノデン坊やと遊んでいた時に描いていた未来予想図は霧が晴れるように消えてしまった。

私のドキワクが立ち止まってからも当たり前のように時代は進み、新しいテクノロジーもたくさん登場した。AIを筆頭に、自動運転や顔認証、いつでもどこでも繋がれるSNSに、電子決済。ドローンも空を飛んでいるし、スーパーでは普通に培養肉が売られている。

スライドとタップだけで殆どの用事は済んでとても便利になった。でも、何かが違う。うまく説明できないのだが、心の中に「こんなんじゃない」感が常にある。

胸がおどらないというか、しっくりこないというか、とにもかくにもこんなんじゃないのだ。

すっきりしない違和感をかき分けて探しているのは、金曜ロードショーで観たバックトゥザフューチャーや、夢中で読んだ漫画の中にあった未来。ドラゴンボールのエンディングテーマの言葉を借りるとしたら、「ロマンチック」な未来なのだと思う。

24時間365日誰かと繋がれなくてもいい。世界中どこにいても自分の居場所が誰かに伝わるアプリもいらないし、スライドとタップだけで生きていけなくても構わない。

ソファーに寝転んでポチッと出来る便利さよりも、ロマンチックが欲しい。

バケツいっぱいの混乱をぶちまけたかのような現状の先に何が待っているのか分からないが、未来という言葉を聞いて希望を抱き、魔法にかかったような気持ちになれる世界で私は生きたい。

 

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人間と悪魔を分ける線

寝る前に開いたページで見つけた記事を、放っておくことは出来なかった。

全ての人間が人間のまま生きているとは思えない。実際、人間の皮を被った悪魔を何人も見てきた。「未成年」「未熟さゆえの過ち」「集団心理の暴走」この事件にそれっぽいフレーズは幾らでも付けられると思うが、そんなものは知らない。加害者たちの行動の意味を見つけようとしても、個人的にはそんなものがあるとは思えない。記事で書かれている行為は人間のそれではない。卑劣で残酷で鬼畜な行為。それ以上でも以下でもない。

清廉潔白に生きるべきだなんて考えは持っていない。そんな風に生きてこれなかったし、生きたいとも思わない。マイナススタートでも、紆余曲折があっても、どうにかこうにか立っていればいい、そう思って生きている。事情や状況は人それぞれだ。どうしようもなく流せない日は呑めばいいし、打てばいいし、巻けばいいし、吸えばいい。人に迷惑がかかる云々言う人は言う。それはその人の物差しであって、こちらの物差しではない。もっというと、人間どうこうと書いているが、なんなら人間じゃなくてもいいとさえ感じる日もある。あまりにも周りの考えや行動に馴染めない時、「自分は人間じゃないんだ」と思うだけで、気持ちが軽くなり呼吸が出来るようになる。そういった具合に十人十色の思考が入り乱れても、「線」というものはある。これもこちらが勝手に決めてることなのだが、その線は自分の中で確実に存在する。実際の暴力、及び、言葉の暴力を使って追い込み、人の心を折る。それだけでは飽き足らず、真っ二つになった心を粉々になるまで踏み潰す。そういった行為は引かれた線を飛び越える。人間と悪魔を分ける線を。

記事を読んでいる間、心が痛くて堪らなかった。性を使った継続的な脅しと暴力、そして絶望した後の諦め。書かれている内容が記憶と繋がって、悔しさと怒りで涙が出た。

痛みや恐怖や屈辱は、どれだけ歳を取っても消えない。錠剤や瞑想、タッピングなどで薄めても頭と体に染み付いていて取れない。真っ黒くなった感情は怒りを誘発し、自己嫌悪を連れてくる。そうした負のサイクルに陥っている時は、線を超えて悪魔になった奴らの顔が決まって浮かぶ。

今回の事件の加害者たちは、少年法に守られて刑事責任を問われることはなかった。人一人を死に追いやっても、彼らの時間は止まらず、進み続ける権利を保証された。

この事件に限らず、それが現行の法律判断だから仕方がない、などと思ったことは一度もない。そんなこと思えるわけがない。以前、何とも出来ないやるせなさと向き合おうとして、「じゃあ、またね」という話を書いた。どんな思いが湧き上がっても飲み込もうと決めて進めたが、書き終えた時に心から感情移入できたのは、復讐に対して葛藤を抱く主人公よりも復讐をやり遂げた登場人物の方だった。それが現時点での線を超えた悪魔への本音であり本心。そこに年齢は関係ないと思っている。

軽装でマイナス17度の外へ出た14歳の女の子。

記事の中にあった彼女の写真と描かれた絵を心に刻む。

彼女が生きたこと、そして死を選んだことを忘れない。

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