反省文

両耳にかかる水圧。目を閉じてるから光はなくて、とにかく重くて息苦しい。

 

光を掴んだ気がした。

こじ開けた穴に腕をねじ込み、チャンスの尻尾を掴んだ気がした。

先が見えた。そう実感したから眠くならなかった。ずっと頭が興奮して、睡眠なんて必要なかった。

景色を変えるんだって意気込み、期待を寄せて広げた手のひら。

そこには何にも残ってなかった。

 

2020年4月2日

状況は何も変わっていない。

何の進展もみえないまま、グルグルその場を回っているうちに世界は変わり、後戻り出来ない事態になった。

オフィスと机が与えられた代償は誰もいない街に向かう行為で、慣れない仕事を頭に詰め込み、消毒液に囲まれて毎日が過ぎていった。

この選択が逃げだったのだと気付いたのは、ついこのあいだの真夜中で、情けなさが湧き上がって自分が心底嫌いになった。

 

昇進は、かぜ薬だ。

即効性があり熱を下げるが、その根本をなおしてはくれない。

服を変えたことで気持ちが変わった。正直なところ、承認欲求が満たされたのだ。のしかかる責任の重さはあったが、自分の決断で事を進められる充実感があった。くだらないしがらみを解体し、搾取も甘い蜜も全て壊した。

気分は月9の主人公。90年代のドラマみたいに勧善懲悪を遂行した。

これが欲しかったものだ、これが求めた結果なんだ、そう言い続けて朝を迎えたが、コーヒーを飲むたびにため息が出た。

 

生まれてから日本を出るまで、何ひとつやり遂げられなかった。「努力をすれば報われる」という合い言葉を小、中学校で否定され、高校で日常を捨ててからは、「普通」の人たちを恨んで生きた。

今は分かっている。ただの逆恨みだ。

どこからどこまでが環境のせいで、どこからどこまでが自分のせいだという線引きが見えずに、弱さを売って人様の善意を食べた。

いつも人の目を見ていた。自分がそうしていたように言葉は嘘をつくから、動く黒目を見つめていた。

ずっと認めて欲しかった。親や兄弟や友達、殴ったり金を取ってきた奴らからでさえも、生きる価値がある人間だという許可が欲しかった。

そんな感情がこびりついてるから、承認されることが嬉しかった。

そう、単純に嬉しかった。

多少モヤモヤしているが、走っていける道を見つけて靴を履いた。そうじゃないだろうと心が言ったが、小さな声を無視してシャツとジャケットを着た。

純粋な希望や向上心でもない。望んだ形で埋められなかった承認欲求の穴を、ポジションというコンクリートで塞いだ。

移住したのを機に「真人間」になろうともがき、紆余曲折の末に手にした承認は、消毒液で拭いたらあっけなく消えた。ここ何ヶ月か前に産声をあげたCOVID-19という名の混乱は、物凄いスピードで成長していき、自負と同じ薄さをしたコンクリートをいとも簡単に吹き飛ばして私を再び穴へと突き落とした。

 

身動きが取れない穴の中で、見たくもない自分を目にする。

人の目ばかりを気にする自分。

バランスを取ろうとする自分。

聞こえのいい言葉を吐く自分。

打算的に動く自分。

誰かの背中を追ってるつもりが、誰かと比べて己の価値を決めてる自分。

何だこれは。何なんだこれは。

たくさんのものを得たつもりだったが、言い訳のカードを増やしただけだ。

何だかんだ言ったって、結局、私は逃げたのだ。

 

本当に申し訳ありませんでした

もう二度と自分は自分を裏切りません

 

ひとりになった部屋の中で何度も声を出す。

口に出してバカらしくなる。これで何度目の決意表明だ。いったい誰に謝って、何に誓いをたてている。

どうしようもなくバカらしく、どうしようもなくくだらない。

今更何を飾る?

そもそも真人間って何だ?

バカらしい。

本当にバカみたいだ。

 

他人に預けた言葉を戻そう。

元を辿れば、自分に向けての言葉のはずだ。

黒でいい。

そもそも生まれは真っ黒だ。

だから黒いままでいい。

それが言葉になるのなら、何をしたって消えないはずだ。

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恥なんか、多摩川に捨てた

「なぁ、ダメ元で聞くんだけど、『付かず離れず』って、どんな感じの関係を言ってるのか分かるか?」

「付かず離れず? 何だ急に」

「大したことじゃないんだけど、ちょっと気になってね」

「何の雑誌だ?」

「え?」

「お前が変なこと聞いてくるときは、大体雑誌が出所だ。何の雑誌の情報だ?」

「何って、ホットドッグプレスだけど」

「やめとけ。ホットドッグプレスは素人が手を出す雑誌じゃねぇ」

「何だよそれ」

「お前な、ホットドッグプレスなめんなよ。あっこから正解見つけられんのは、カルバンクラインのトランクス履いてる奴らだけだ。諦めろ」

「諦めるもなにも、まだ何も言ってないだろ」

「『いつの間にやら急接近 付かず離れずのアプローチ』だろ? お見通しだよ」

「お前だって読んでんじゃねーか」

「俺のはジャケ買いだ。一緒にすんな」

「それ、言ってて恥ずかしくないか?」

「恥なんか多摩川に捨てた。で? 質問はなんだ?」

「だから、付かず離れずの関係。分からないならいいよ」

「そう簡単に諦めんなよ」

「さっきは諦めろって言ったろ。発言ブレブレだな」

「細かいなぁ。臨機応変に行こうぜ、21世紀なんだから」

「都合のいい脳みそだな」

「まぁあれだな、『付かず離れず』はひとことで言うと、チェリオだ」

「は?」

「間違ってもコーラじゃねぇぞ。あれの売りはハイタッチできる関係だからな」

「何の話をしてんだよ」

「分かんねーかなぁ。だったら図書室をイメージしてみろよ。俺の言ってることが分かるから」

「図書室? うちの学校か?」

「どこだっていいよ。とりあえず、部屋に入るとこからな」

「オッケー。じゃあ……はい、図書室に入ったぞ」

「よし、まずは受付な。カウンター越しにいる図書部員は午後の紅茶だ。細かく言うと、ミルクティーとストレートティーのふたり。レモンティーは陸上部だからここには登場しない」

「ん? 午後の紅茶?」

「頭に浮かぶ疑問は、一旦端っこに置いとけ。続けるぞ」

「疑問しか浮かばないが、了解した」

「いいか、ミルクティーとストレートティーは感じ良く対応してくれるが、各々の仕事を全うしているだけだ。プロフェッショナリズムを優しさと捉えちゃいけない。よって、付かず離れずではない。理解したか?」

「いや、全く」

「ちゃんとついてこいよ。それで、受付を通過したお前の目に飛び込むのは、笑顔で話をしているグループだ。そいつらはファンタな」

「ファンタ?」

「そう。爽やか炭酸のファンタ。ファンタの社交性は高いぞ。そんでもって距離も近い。お前サッカー観るのか? 海外の、あのセリエなんとかって言うやつ」

「俺がサッカーの話なんかしたことないだろ」

「だったら情報仕入れといた方がいいぞ。目が合ったら話を振ってくるからな」

「マジかよ。ファンタ怖いな」

「怖くない怖くない。関係性のドアが開けっ広げなだけで、爽やかなグループだ。話振られてよく分かんなかったら、ジーコとかアルシンドの名前を出せば何とかなる」

「ジーコかアルシンドな、分かった」

「まぁ、そんなこんなだから付かず離れずで言うと、ファンタグループも違う」

「ちょっと待て、アルシンドだっけ、アルシエンドだっけ?」

「そこで止まるな、置いてくぞ。とにかく、ファンタ集団の脇を抜けると、窓際に佇む生徒がいる。その子がポッカな」

「窓際の子がポッカね。で、ポッカの何?」

「ポッカはポッカだろ。説明不要のビッグネームだ。何か問題あるか?」

「いや、商品名が続いてたから、そういうもんなのかと」

「おい、こっちは想像で話をしてんだからな。想像の世界に方程式があってたまるか」

「オッケー、オッケー。それで、ポッカがどうした?」

「だから、窓際で佇んでんの」

「うん……え、それだけ?」

「それだけって、お前、ポッカに失礼だろ。ちゃんと想像しろよ、図書室だぞ。窓際にポッカが佇んでたって何の問題もないだろ」

「ポッカを擬人化するとややこしいけど、まぁ、確かに佇んでてもおかしくないな」

「きっとさ、理由があってそこに立ってんだよ。だから、付かず離れずなんか言ってる場合じゃねぇ。そっとしといてやろうぜ」

「あぁ、そっとしとくけどさ、ふれないんだったら何でポッカを登場させたんだよ」

「俺なりの敬意表明だ」

「答え聞いて更に疑問が増えたよ」

「ちゃんと集中しろよ。本題に近づいてんだから」

「集中したって、お前の話は理解不能だぞ」

「で、次。歴史の本棚の奥で、紙に魔方陣描いてる生徒がいるだろ」

「いるだろって言われても、いるのか?」

「あの子はサンガリアだ」

「サンガリアって、『いち、にぃ、サンガリア』のサンガリアか?」

「あぁ。そこくるかって角度から新商品を召喚する、あのサンガリアだ」

「今回も会社名だけか?」

「同じ理論を何度も言わせんな。それはそうと、お前、サンガリアの企業スローガン知ってるか?」

「いや、『いち、にぃ、サンガリア』は耳に残ってるけど、スローガンはちょっと」

「『はてしなく自然飲料を追求するサンガリア』だ。これ、凄くないか? こんな突き抜けてるスローガンは、そうそうお目にかかれないぞ」

「『いち、にぃ』のポップ感とは打って変わっての重量感だな」

「そりゃそうだろ。『はてしなく』追求してんだからな。『いち、にぃ』と同じノリじゃ出来ねぇよ」

「確かにな。で、そのサンガリアは何してんだ?」

「そりゃ、はてしなく魔方陣を描いてんだろ。詳しくは分からねぇけど」

「何で話してる本人が定かじゃねーんだよ。お前の世界の話だろ?」

「まぁでもよ、俺は好きだぜ。周りから理解されなくても、自分の興味を追求している人は。その『好き』が本物なら、自然と光って見えるしな」

「お前の好みはどうでもいいけど、付かず離れずはどこにいった? ていうかさ、何でこの話の登場人物は飲み物とかその会社なんだ? 清涼飲料水じゃなきゃいけないのか?」

「質問が多いな。心配すんな、こっちはちゃんと考えてキャストを選んでんだから。それに、今回は説明を分かり易くする為に身近な飲み物を使ってんだよ」

「じゃあ、お〜いお茶は?」

「あ?」

「俺にとって身近な飲み物は、お〜いお茶だ。お前の分かりにくい話を理解するには、自分の基準が必要だ。ここにお〜いお茶を入れるなら、何の役になる?」

「勝手に脚本を変えようとすんな。まったく、しょーがねぇなー。お〜いお茶? お〜いお茶は、司書だ」

「司書か。オッケー。じゃあ、ジャスミン茶は?」

「何? ジャスミン茶? ジャスミン茶は……古文の教師だ」

「オロナミンCは?」

「体育教師だ」

「ただの連想ゲームになってんじゃねーか」

「連想ゲームじゃねーって。こっちはちゃんと考えてんだから」

「じゃあ、ダイドーは?」

「ダイドーって、会社はなしだろ」

「窓際に佇んでるポッカがいるだろが!」

「分かってるよ! ダイドーは転校生!」

 「完全に思いつきで言ってんな」

「失礼だな。そんな訳ねぇだろ」

「だったらポカリは?」

「ポカリは、野球部」

「部活にまで手を広げたか。みさかいねーな。それに、ここは図書室だろ? 司書はいいとしても、何で図書室に文化部と運動部が大集合してんだよ。オールスター感謝祭か?」

「グダグダうるせぇなー。野球部は窓から入ったボールを探しにきただけ、ジャスミン古文はダイドー転校生に図書室を案内してるだけだ。それぞれ理由があってこの部屋にいるんだよ」

「ふざけんな、窓から野球ボールが入ったんならポッカに直撃じゃねーか! どうしてくれんだ!」

「大丈夫だ、サンガリアがいる。何の為に魔方陣描いてたと思ってんだよ」

「都合よくサンガリアを使ってんじゃねー。勘違いすんなよ。お前のストーリーの穴を埋める為にサンガリアが魔方陣描いてんじゃねーからな」

「鬼の首を取ったみたいに騒ぐなよ。話が進まねぇじゃねーか」

「お前がむちゃくちゃなこと言ってんからだろ」

「とにかくよ、サンガリアから視点を移そうぜ。ほら、歴史の本棚の左にある長机を見ろよ。隅に座って分厚いJRの時刻表を読んでる生徒がいるだろ。あれが付かず離れずのキーパーソン、チェリオだ。話が脱線して長くなったが、とうとうご本人さんの登場だぜ」

「モノマネ番組みたいだな」

「お前、今ちょうど2Bの鉛筆が折れただろ?」

「は?」

「あのな、お前は今、チェリオと同じ長机に座って何かを書こうとしてんの。そんで、手に持った2Bの鉛筆の芯が不幸にも折れちゃったんだよ。どうすんだ、大変な状況だぞ!」

「お……おぉ。でも、俺シャーペンしか使わないんだけど」

「ピンとこないなぁー。設定では鉛筆しかないんだよ」

「分かった、分かった。はい、たった今、手に持った2Bの鉛筆の芯が折れましたよ〜」

「お前、俺のことバカにしてるだろ」

「バカにしてんじゃねー。あやしてんだよ」

「あやされてんのか。怒るべきなのかどうか、ギリギリのラインだな。まぁいい、そんで、お前は折れた鉛筆を手に持って呆然としてんだ。なんたって、鉛筆はそのいっぽんしかないんだからな。こりゃー困ったことになったぞ。今とんでもなく素晴らしいアイデアが浮かんで、それを書き残さなきゃいけないのに肝心の鉛筆がない。発想は生モノだからな、今書かなかったらそのアイデアは泡のように消えちまう。さぁーどうしよう。目の前真っ暗で、頭真っ白よ。困った困った。あぁー、困った困った」

「お前の煽り方、とんでもなく下手だな」

「まぁ聞け。そんでな、そんな状況で為す術もなく下を向いて口半開きになってるどうしようもないお前の視界に、ススゥーと何かが滑り込む。おい、それ、何だと思う?」

「え? ごめん、ちょっと聞いてなかった」

「おい、人の話ちゃんと聞けよ! こっちはノーギャラで話してんだぞ!」

「こっちはノーギャラで話聞いてやってんだ。文句言うな」

「だから! ススゥーって机の上を滑ってきたの! ススゥーって! 消しゴム大サイズで、端っこに丸い穴が空いてて、削り刃が付いてる。お前それ何だと思う? なんと、携帯鉛筆削り器だぞ。まさに地獄に仏。驚きだろ?」

「驚かねーよ。長い説明の中にヒント満載で、ほぼ答え言ってたからな」

「バカ野郎。こっちは小道具の話なんかしてねーんだ。ブツの出所の話をしてんだよ。物事を俯瞰してみろ。ススゥーを逆再生して行き着く先は、チェリオだ」

「はぁ」

「返事に気持ち込めろよ。これ、ちゃんと考えるとすげーことだぞ。何の面識もないお前の為に、チェリオは自分の削り器をススゥーとお前の目の前に滑り込ませた。蛍光ペンを持った右手でJRの時刻表に線を引き、空いてる左手でカーリングのストーンを投げるみたいにススゥーっと。しかも何も言わずに。そんな芸当は一朝一夕で出来る代物じゃねぇ」

「なぁ、お前が今ダラダラ垂れ流してる妄想話と、俺が聞きたい付かず離れずの関係は、いつかくっつく時がくるのか?」

「お前何言ってんだよ! 今の時点でくっつくどころか、ガッチガチに絡み合ってるだろうが! いいか、今回チェリオが取った行動は『付かず離れず』の素晴らしい見本だ。気軽に声をかけるわけでもなく、かといって困ってるお前を見捨てるわけでもなく、あくまで自然体で行動を起こした。お前な、ゴミを見るような目で俺のこと見てるけど、お前はチェリオと同じことができるのか? 確か、お前のボーリングのハイスコアは68だよな? その腕前じゃ、鉛筆削り器は明後日の方向にサヨナラしてジ・エンドだ。そんでもって、お前がガーター出して床に落ちた削り器を誰が拾うと思う? ファンタだよ。これで分かっただろ。付かず離れずの極意は、付け焼き刃じゃ会得出来ない。とにかく、カルバンクラインのトランクスを履いて出直してくることだ。まずはそっから始めようぜ」

「あのさ、今更聞くのも何なんだけど、お前が履いてるトランクスは何なんだよ?」

「あぁ? 今の話と俺のトランクスが何の関係があんだよ」

「いや、関係あるだろ。長々講釈垂れたんだ、お前のトランクスはもちろんカルバンクラインだよな?」

「関係ねぇだろって。何のトランクスを履こうが人の自由だろ。まぁ、そうは言っても、別に隠す必要もないけどな。俺が今日チョイスしたのはハネスだ。もちろんカルバンクラインも持ってるけど、ハネスのアットホーム感が気に入ってる」

「ハネス?」

「あぁ、ハネスだ。知らねぇのか? めちゃくちゃ有名なブランドだぞ」

「ハネスって、どうやって書くんだよ」

「どうやって書くって、ローマ字だよ。Hからはじまるやつ。綴りは忘れちゃったよ。あ、そうだ。今日着てるTシャツもちょうどハネスのやつだから、背中のタグを見てみろよ。お前もロゴ見れば分かるよ。結構流通してるブランドだから。ほら」

「オッケー。じゃあちょっとしゃがんで体勢低くして。うーん、あのさ、なんか掠れててよく見えないから、もうちょっと姿勢低くして。そう、これでよく見える」

 

『Hanes(ヘインズ)』

 

「あ……おぉ。あー、オッケーオッケー。おぉ、分かった。あの、ありがとう。もういいよ。もう大丈夫」

「見たことあんだろ。確かアメリカのブランドだ」

「おぉ、あるある。アメリカのな、うん」

「ハネスもそうだけど、同じアメリカ繋がりでフルーツバスケットも気に入ってるな」

「フルーツバスケット?」

「ほら、リンゴとかグレープとかがバスケットに入ってるやつだよ。あれだよ、名前聞いたことなくてもロゴ見れば分かると思うぜ。これもビッグブランドだからな」

「あぁ……あれー、あれな。あのー、今日俺その、フルーツオブザルー……フルーツバスケットのTシャツ着てるよ」

「え、マジで? あれいいよなー。バスケットに入ってるフルーツのロゴも可愛いし」

「あぁ、そうだな。あのー、あれだな。何か、ごめんな」

「は? 何だよ急に。何で謝るんだよ」

「いや、いいんだ。うん、俺が悪かった。そうだ、気晴らしにナカネベーカリー行こうぜ。気を遣ったら小腹減ったし」

「何に気を遣ったんだよ。まぁいいけど、でもあれだぞ、いつも言ってんけど、今の時間に行ってもレーズンパンしか残ってねぇぞ」

「問題ねーよ。今日はレーズンパンでいい。いや、むしろレーズンパンがいい」

「珍しいな。よし、じゃあ行くか」

「おい、今日は奢れよ」

「は? 何で俺が奢んなきゃいけねーんだよ」

「これは気遣い代だ。理解出来ねぇなら、お前が話したチェリオの部分をなぞってみろ。俺の言ってることが分かるから」

 

***

 

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メープル通りの白樺荘

白樺は、親父にとって特別な木だった。

小さくて狭い実家の裏庭にあった白樺の木。周囲の景色に馴染まないその様子は、四畳半に寝転がるペルシャ猫のようだった。

「サラサラって葉っぱの音を聞いたら、北海道かどっかの避暑地にいるみたいだろ」

窓を開けられる季節が訪れると、親父は決まってそんなことを口にした。

青が褪せて、くたびれた水色に変わった網戸。私はそのライトブルー越しに、すくっと伸びる白樺を見ていた。

風が吹いて葉音がしても避暑地にいるようには思えなかったが、「避暑地=北海道=別荘=金持ち」という刷り込み教育を受けたおかげで、私の中の白樺の地位は、ヒマワリよりも高かった。

幹が虫に食われているのが分かり、安全のために切り倒すことが決まった時、親父はとても寂しそうな顔をした。

 

命あるものは、いずれ朽ち果てる。

命ないものも、消えてなくなる。

 

実家に白樺があった頃、指が簡単に入ってしまうブルーハワイ色した扇風機も現役で作動しており、生ぬるい風を提供してくれた。

ブラウン管の中では、オノデン坊やが未来と遊んで、サトームセン がタップダンスを決めており、スポーツ刈りでいつも同じジャージを着ていた私は、薄い麦茶か粉ポカリを飲みながらタッチの再放送を観ていた。

あの時、私が眺めた世界はもう存在しない。

あれだけ夏に愛されたチューペットさえ、いなくなってしまった。

 

時代は進み、時は流れる。

過ぎた時間を思い、感傷に浸っているのではない。ただ、命あるものもないものも、いつかは記憶となり、忘れ去られ、消えていくという事実を見つめている。

 

だから書き残す。

消えてしまうものを、なくなって欲しくないものを、書いて出して残していく。

それが私の存在証明。私の思いの再放送。

 

前置きが長くなりましたが、Amazon Kindleストアで、電子書籍「メープル通りの白樺荘」を出版しました。

小説の舞台は、カナダのオンタリオ州というところです。移住して今年で14年、この国で感じた思いを書きました。読んで頂けたらとても嬉しいです。

 

以下があらすじと商品ページのリンクになります;

https://www.amazon.co.jp/dp/B084LD72GV

 

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シラフで他人を虐める奴より、キマって揺れてる奴がいい

透明な枠でもがいてる

 

自由だ自立だって叫んでも

何かに怯えて後ろを見るんだ

 

一日の終わりに目を瞑る

十字も切らないし手も合わさない

ただ黙って祈りを捧げる

 

当たり前である事に涙を流し

当たり前である事に苦しさを覚える

 

いつも何かを追ってんだ

 

降りてきたイメージとか

残って消えない場面とか

 

麻痺しない感覚が付きまとう

気にならないって強がっても

眠れぬ夜が増えるだけだ

 

吐き捨てられた声が居座り

思考と行動の邪魔をするから

音楽でそいつを溶かすんだ

 

何が心を突くんだろう

何が気持ちを急かすのか

 

ルールばかりが街に溢れ

普通の群れが道を塞ぐ

道を外れた感情よりも

同調の方がよっぽど怖い

 

何だって良いと思ってる

飲もうが

吸おうが

打とうが

それこそ何だって良い

 

それらの全てをやらないが

やってる人に文句はない

 

こっちにとって重要なのは

表に出てくる言動だ

 

シラフで他人を虐める奴より

キマって揺れてる奴がいい

 

善悪は誰が決めるんだ

色で分かれて決めるのか

 

人種差別も

ヘイトスピーチも

声がでかくて耳障りだ

 

美談も背徳も紙一重

判断するのは人間だからね

 

上手くやってるつもりなんだ

少なくとも乱れちゃいない

 

付けた仮面も肌に馴染んで

自然に笑えて握手もできる

 

だけど

それでは足りないんだ

 

突き動かすものが声をあげる

ドアを開けろって騒いでる

 

生きてきた意味や

やられてきた意味

終わりに出来ずに帰った日

 

答えの出ない問いを並べて

どうにかしろって頭を揺らす

 

抑えが効かない真夜中は

ひたすら言葉を書き殴る

 

誰かの弱さが誰かの背中を押す

そんな負のエナジーはいらない

 

やりたきゃ自分でやればいい

自分で背中を押せばいい

 

誤魔化したって埋まらない

逃げ出したって逃げきれない

 

目を開けるのは意思表示

 

蜘蛛の糸を掴む代わりに

思いを綴って歩いて行こう

 

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「放課後のジェットリー」は眠らない

「何でその名前なんだよ?」

「何が?」

「ラジオネーム。変だろ、それ」

「変じゃねーよ。ちゃんと計算して付けた名前だぞ」

「『放課後のジェットリー』が?」

「いいか、ラジオネームってのはインパクトが命だ。名前八割、内容二割って言うだろ。そんだけネームは重要なんだよ」

「そんな比率、聞いたことねぇよ」

「考えてみろ。何百枚の応募から選ぶんだ。ジャブを何発撃ってもしょうがねーだろ。はなからストレートだよ」

「そういうもんなのか」

「あぁ、そういうもんだ」

「じゃあ、インパクトはいいとして、何でその名前なんだよ? お前、ジェットリー好きだったっけ?」

「いや、別に」

「だったら何で?」

「好きとか嫌いとかじゃねーんだって。ちゃんと法則で付けてんだから。いいか、『放課後のジェットリー』って聞いて、何を思い浮かべる?」

「何って、ふざけた名前だなぁって」

「違うんだよ。そうじゃなくてさー。オッケー、じゃあ分けて考えよう。なら、『放課後』って聞いて何が浮かぶ?」

「放課後? えー、放課後、放課後。放課後の……魔術師?」

「金田一かよ。随分古いな。時空超えてんじゃん」

「いや、それくらいでしょ、放課後で連想するものは」

「ダメ。全然ダメ。こりゃ、一回テストしねーとな」

「何だテストって?」

「お前の思考パターンのテストだよ。そんじゃー、『名探偵』だったらどうだ? 何が浮かぶ?」

「名探偵は、コナンだろ」

「不正解」

「何、これクイズなの?」

「クイズじゃねーよ。でも不正解。じゃあ、『工藤』は?」

「工藤? えー、工藤は、新一……かな」

「また不正解だ。コナンに新一って、お前の頭の中、青山先生ワールド一色じゃねーか」

「当たり前だろ。名探偵に工藤だったらどう考えたってコナンだろうが」

「違うんだよ、しょうがねー奴だなー。じゃあ、最後。『毛利』で浮かぶのは?」

「だから誘導尋問だろ。どのバス乗っても青山ワールド行きじゃねぇか」

「お前が勝手に乗ってるだけだろ! 勝手に乗車して文句言って、とんだクレーマーだな。青山先生に謝れ」

「青山先生関係ないだろ。とにかく、今までの流れなら小五郎も蘭も引っ掛けだろ。じゃあ、元就。毛利元就。……いや、ど真ん中はきっとハズレだ。やっぱ元就やめて、輝元でいく」

「輝元? 跡取りか? まー、お前がどんだけ家督相続させようが、残念ながら不正解だ」

「ていうかさ、その無茶苦茶なクイズの答えあるのかよ」

「だからクイズじゃねーって。クイズじゃねーけど、模範解答はあるぞ」

「何だよ模範解答って。何かいつもの面倒くさいパターンになってきたな。なぁ、その答え聞かなくていいからさ、コンビニ行こうぜ。腹減ったから何か食いたい」

「マジかよー。この時間のコンビニはやめとこうぜ。まだクラスの奴らいるって」

「いるかなぁ?」

「四時過ぎたばっかだろ、絶対にいる。イマムラなんかに見つかったらうるさくなるぜー」

「まぁ、確かにな。この前も買ったばっかのライフガードをパクられたし」

「なー、やめとこーぜ。触らぬナントカにナントカだ」

「ナントカ多過ぎだろ。ボカシまくって何だか分かんねぇよ」

「分かんねーままでいいんだよ。あれだ、腹減ってんならナカネベーカリー行こうぜ。今ならタイムセールで安くなってんぞ」

「この時間に行ってもレーズンパンしか残ってないだろ」

「いや、今日はチョココロネがある気がする。気がするっていうか、ある。とにかく行こうぜ」

 

***

 

「やっぱレーズンパンしかなかったじゃねぇか」

「あぁ。てことは、俺らまた貯金したな」

「はぁ? 何の話だよ」

「運だよ、運」

「何だ、頭おかしくなったか?」

「分かんねーのか? ラックだよ。ラッキーって言った方が分かるか」

「そこじゃねぇよ。何だよ貯金って」

「だからな、もしあそこでチョココロネがあったとするだろ。そしたらお前、今日の分のラックを全部使っちまってたとこだったぞ」

「はぁ」

『はぁ』じゃねーよ。ピントこねーなー」

「ピンとくる方がどうかしてるだろ」

「とにかく、俺らは今日もラックを貯めたぞ」

「お前の言う通りだと、今までの分で俺たちの貯金額は凄いことになってるな」

「あぁ、ちゃんと数えたらとんでもねーぞ。何年、いや、何十年分のチョココロネだ」

「全く嬉しくねぇな」

「チョココロネで考えるからだろ。もっと上をイメージしろよ。そのために想像力ってのがあるんだから」

「チョココロネ植え付けたのお前だろうが。まぁ、いいや。あー、何かダルいなぁ。何かないの、レーズンパン以外で、何かさ、パッとするようなこと」

「あるわけねーだろ。そんなもんあったら、商店街の隅っこでレーズンパンかじってねーよ」

「だな」

「あぁ、今まではな。だが、これからは違うぞ。なんつったって、イカしたラジオネームがあるからな」

「だから『放課後のジェットリー』だろ? それ使って何か変わるとは思えないけどな」

「お前は何にも分かってない。インパクトの黄金比なめんなよ。近いうちに俺のラジオネームでFMとAMに革命を起こす。言うなれば電波ジャックだ!」

「はぁ」

「だから『はぁ』はやめろって。それから死んだ目で俺を見るな。やめろ、その目をやめろっ!」

「いや、適切な対応だろ」

「ていうかさ、さっきの説明終わってなくない? 確か模範解答で止まってんだろ」

「えー、もういいよー。いつものくだらない話になるだけだろ。もう帰って寝たい」

「帰れねーだろ。今日、火曜だぜ。今帰ったらヤってる最中の可能性大だろ」

「うわぁ、今日火曜じゃん。マジで最悪」

「酒くせー熊ヤローにデレデレしてる母ちゃんの顔を拝みたくなければ、俺の模範解答を聞いておくべきだな」

「もー、マジでめんどくせぇ。めんどくせぇけど、奴の顔見るんだったら、お前のくだらない話の方がマシだ」

「だろぉ?」

「『だろぉ?』じゃねーだろ。何でテンション上がってんだよ。あー、何かムカつくなぁ。お前の楽しそうな顔が特にムカつく」

「まぁ、イライラするな。ジュース奢ってやるからよ。パックのレモンティーでいいか?」

「勝手に安い方にすんな。ダメ。パック禁止令。ライフガードでよろしく」

「しれっとグレードアップしてんじゃねーよ。しょーがねーなー。四畳半育ちは注文が多くて困るよ」

「お前だって四畳半だろ! ゴタゴタ言うと、からあげクン追加すんぞ」

「おー怖っ。四畳半の欲望は底なしだな。てか、買ってきたら俺の話聞けよ! こっちはイマムラに見つかるリスク背負って行くんだからよ。ギブアンドリターンだからな」

「それを言うならギブアンドテイクだろ。ブタゴリラかお前は」

「つべこべうるせーよ! 走るからもう聞こえねーぞ!」

 

***


「で、何だよ模範解答って」

「お前、食い過ぎだって! さっき一個食ったろ。ふざけんなよ、無限に湧いてくるもんじゃねーんだぞ、からあげクンは」

「分かったよ。これで最後だから。だから何なんだよ、模範解答。コナンとホームズ以外に名探偵で浮かばないだろ?」 

「いくつだって浮かぶだろ。ミツヒコアサミとか、コースケキンダイチとか」

「何でコシノジュンコみたいに呼ぶんだよ」

「敬意だよ、敬意。国際的に名が知れてるからな。でもそういった顔ぶれも正解じゃない。有名過ぎて意外性がない」

「有名じゃダメなのか?」

「あぁ。それじゃみんな答えられるからな。だから、これぞってチョイスが必要なんだ。その法則でいくと、名探偵は神宮寺三郎だろ」

「ジングウジサブロウ? 誰だそれ」

「あぁ? 神宮寺三郎を知らないのか? データイーストの貴公子だぞ」

「データイースト? 貴公子? 何の話をしてんだよ」

「お前んちファミコンなかったのかよ。あの当時のアドベンチャーゲームって言ったら、ポートピア連続殺人事件と新宿中央公園殺人事件だろ」

「ポートピアは知ってるけど、その、神宮寺の方はちょっと」

「お前それ、神宮寺好きを公言して、御苑洋子を知らないって言ってるようなもんだぞ」

「その例えが分かんねぇよ」

「まぁ、だから俺が言いたいのはそんな感じの意外性だ。おぉ、そう来たかってチョイス。それが必勝の法則だ」

「俺が神宮寺三郎を知らない時点で、その法則は崩壊してるだろ。まぁいいや、じゃあ工藤は?」

「公康だ」

「キミヤス? 工藤公康って、西武にいたあのピッチャーの? ん? それ意外性あるか? 結構有名だと思うけど」

「こっちは辿り着く難易度の話をしてんだよ。いいか、言葉を聞いて最初に浮かべるのはアニメのキャラクターか芸能人だ。それこそお前が言った工藤新一とか、工藤優作とか、芸能人だったら工藤静香がいるだろ。そういうのを差し置いて、公康がくるか?」

「いや、野球好きだったらむしろ真っ先に公康だと思うけどな」

「こないだろ! 工藤兄弟を押しのけて、背番号47を選ぶかよ」

「工藤兄弟だったら、公康の方が……」

「屁理屈はいい! はいっ、次!」

「出た。強制終了。調子悪い時のWindows XPばりだな。じゃあ、毛利は何だよ。小五郎でも蘭でも元就でもないんだろ。どんな意外性がくるんだよ?」

「毛利つったら名人だろ。それ一択以外に何もないだろ」

「毛利、名人? 毛利名人?」

「またかよ! お前どっかに小学生時代の記憶落としてきたんじゃねーの? 高橋名人のライバル、コロコロのサンバイザーを着こなせる、あの毛利名人だよ」

「あの、って言われてもな」

「お前、ピンとこないにも程があるぞ。チェリオ飲んでやり直してこいよ」

「ていうかさ、その模範解答って、お前が好きなもの並べてるだけだろ。意外性って言うか、ただの好みのような気がすんだけど」

「何だ? またクレームか。文句言うならそのライフガード返せ」

「これはくだらない話を聞いてやる代わりの給料だろ。すり替えんなよ」

「とにかく、ただの好みで言ってんじゃねーの。何度も言うように、黄金比にのっとった法則なんだぞ」

「ここまできたら詐欺にしか聞こえないな」

「詐欺じゃねーよ! 人聞き悪いな。意外性の要素を組み込んだ静と動の法則、どっからどう聞いたって科学だろ!」

「慌てぶりが半端ないな。詐欺ご飯の上に、胡散臭さをふりかけてるみたいになってんぞ」

「ふざけんなって! 放課後の響きが哀愁で、ジェットリーが躍動感。はいっ、静と動にインパクトまで合わさった黄金比、記憶に残ること間違いなしだろ! お前な、冷静に考えてみろ。これがもし放課後のモーガンフリーマンだったら、哀愁プラス哀愁になるだろ。そしたらどうなる? 哀愁と哀愁が隣同士になって、哀愁と哀愁が喧嘩するだろ」

「哀愁哀愁うるさいな」

「揚げ足とんなって! お前、そんなに馬鹿にすると、お前のために考えてきた必勝ラジオネーム教えてやんねーぞ」

「いらねぇよ」

「え?」

「そんなのいらねぇ」

「え……いらねーの?」

「あぁ、いらねぇ。だって必要ねぇだろ。ラジオに投稿なんかしねぇんだから」

「え? お前、ラジオに投稿しねーの?」

「しねぇだろ。てか、どんだけうろたえてんだよ。目が泳ぎ過ぎだろ。そんなに驚くことか?」

「驚くっていうか……ショックだろ。だって、ラジオだぜ。みんな大好き、ラジオだぜ?」

「好かれてんの前提で話すなよ。そりゃ、お前みたいに好きな奴もいるだろうけど、みんなじゃないだろ。カレーじゃないんだし」

「カレーと一緒にすんじゃねー!」

「何で怒ってんだよ! 意味分かんねぇよ」

「カレーと一緒にするからだろ! 香ばしさで誤魔化す奴と同じ枠に入れんな。いいか、ピリ辛で香ばしいとな、シーチキンを肉と勘違いするんだよ。で、半分過ぎたぐらいで気付くんだ。『あ、これ肉じゃねぇな』って」

「何の話をしてんだよ。知らねーよ、お前んちのカレー事情なんか」

「馬鹿野郎。こっちは、どれだけショックだったかっていうのを噛み砕いて説明してんだよ」

「そうか。本質まで噛み砕いた馬鹿がいたってことは理解したよ」

「手加減なしだな。鬼かお前は」

「鬼じゃねぇから話を聞いてやってんだろーが」

「だからな、お前のラジオネームは俺のと発想が被らないように、法則その二を使うことにした」

「勝手に進めてんじゃねぇよ。だからいらねぇって」

「貰えるもんは貰っとけよ。後で感謝する日がきっとくるぞ」

「絶対にない」

「そう決めつけるな。旅先とかであるんだよ。まぁそれでな、法則その二はリバイバル枠だ」

「リバイバル枠?」

「あぁ。昔流行ったのが急にまた流行ったりするだろ。ほら、たまごっちとか、あれだ、あのー、たまごっちとか」

「限定的だな」

「それで、そのリバイバルネームに苗字をつけると完全無欠になる」

「苗字? 田中とか、佐藤とか?」

「いや、そういうんじゃなくて、キャッチコピーみたいなやつ。例えば、『帰ってきたウルトラマン』とか。苗字の場所にあるやつ」

「苗字の場所ではないけど、言いたいことは分かる」

「それで、その二つを兼ね備えた名前を考えてきた。発表してもいいか?」

「拒否しても言うんだろ」

「そう、必勝の法則を取り入れたその名前は、『遅れてきたドッチーモ』だ」

「……ごめん。どう反応していいか分からない」

「好きに喜びを表せよ。何なら歌ってもいい」

「歌わないし、そもそも喜んでない」

「内弁慶か?」

「突っ込みたくもないが、使い方間違えてるぞ。なぁ、またピーピー言われるんだろうけど、ドッチーモって何だ?」

「ピーピーなんて言わねーよ。お前んち、テレビなかったもんな」

「14インチ馬鹿にすんな」

「あったなら見てたろ。タッキーと鈴木京香が出てたCM」

「いや、だからな、CMの前にドッチーモって何だよ」

「おい、そっからかよ。ちょっと頭使えば名前で連想できんだろ。ドッチーモ、どっちーも、どっちも。ほら、これでもう分かんだろ?」

「それで分かったらエスパーだ」

「マジかよ。こんなの『バナナと言ったら黄色』レベルだぞ。『どっちも、だからドッチーモ』てことは?」

「『てことは?』じゃねーよ。ムカつくな。これ以上引き伸ばしたら、話聞かねぇぞ」

「悪かった悪かった。怒んなって。答えは、PHSにも携帯にもなる魔法の機械、どっちにもなるからドッチーモ。可愛い名前だろ?」

「何か、そのおちゃめ感が癪に触るな。それで、そのドッチーモがラジオネームなのか?」

「違う。それじゃただの懐かしネームになる。『遅れてきたドッチーモ』が正式名称だ。『ちょっと遅れましたけど、20世紀から帰ってきましたよ』ってニュアンスを込めてる。言うなれば銭湯で飲むコーヒー牛乳みたいなもんだ」

「今言った説明、ひとつも共感できなかったわ」

「お前の頭の固さにビックリだよ。本当に何も感じない? ほら、親しみやすい近所の兄ちゃん的な空気」

「俺が感じるのは、話しかけちゃいけない近所の不審者的な空気だ」

「おい! 謝れ! とにかく、俺に謝れ!」

「ビックリした! 大きな声出すなよ。だって……」

「だってじゃない! 謝れ!」

「ちょ、え、分かったよ。すいませんでした」

「分かればいい」

「何だよ、急に」

「とにかく、その名前にすると『ドッチーさん』って呼ばれる可能性が高くなる。そうなったらこっちのもんだ、ドッチーさんだぞ、子供から大人まで幅広く親しみやすいマスコット的な存在になれる。それに、名前の響きもCMに出てたタッキーを連想させて一石二鳥だしな」

「いや、無理だろ。強引に寄せた分、本家との差が明確になってる」

「発言が後ろ向きだなー。『遅れてきたさん』じゃなくて、『ドッチーさん』だぞ、最高じゃないか! こっちなんか『放課後さん』だっていうのによ」

「『ジャットリーさん』だと色々問題になるからな」

「まんま本人だからな」

「間違いない」

「それにお前のラジオネームは局を選ばない優れものだぞ。俺のは名前的に深夜寄りになるけど、お前のは『お早うネットワーク』枠も夢じゃない。これヤベーな。『ビバリー昼ズ』枠もいけんじゃないか」

「盛り上がってるとこ全部ぶっ壊すようで悪いんだけど、出さねぇから。俺、ラジオ投稿しねぇから。申し訳な……いや、何で謝ってんのか全く分からないけど、ごめん、そのラジオネームいらない」

「分かったよ、分かった。語呂が嫌なんだろ? リズムがいまいちって思ったんだろ。実はさ、俺も薄々感じてたんだ。うん、オッケー。分かった! お前がそんなに言うなら俺も本気出す。新しいラジオネーム、今度は黄金比をばっちり入れて考えてきてやるよ。全くしょーがねーなー。本気出すってなると、徹夜だな。今夜は忙しくなるぞ! 明日までには用意してやるから、どこに投稿するかちゃんと決めておけよ!」

 

***

 

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ここにいるよ

 駐車場のライトに照らされた車体が汚れている。

 泥で出来た線を指先で擦り、ユウタは運転席のドアを開けた。

「はい、ミルクティーとチョココロネ。ミニクロワッサンはなかったから、代わりにチョコデニッシュ買ってきた。好きだったろ?」

「うん、ありがと。デニッシュか、確かによく食べてたね」

「違うのがよかったか?」

「ううん。これでいい。ありがと」

 ミサキは受け取ったビニール袋を足元に置き、ショルダーバッグから財布を取り出した。

「いくらした?」

「いいよ、別に」

「いくらよ?」

「いいって。大したもんじゃないから」

「こういうの、ちゃんとしたいから。いくら?」

「ミサキ、いいから。お前、そういうとこ何にも変わんないな。菓子パンぐらい黙って受け取れよ」

 ペットボトルの蓋を開けたユウタは、お茶を一口飲んでから座席にもたれかかった。

「分かった。ありがとう」

「中身はあれだけど、見た目は、少し変わったな」

「え?」

「だから、外見。でもまぁ、普通に考えてそうだよな。あれからもう五年だもんな」

「そうかなぁ。別に変わってないと思うけど。しばらく見てなかったからじゃない?」

「なぁ、ミサキ。何で帰ってきたんだ?」

 嗜めるような口調で話したユウタの声が聞こえ、ミサキの体は固まった。

「電話で話した通りだよ。仕事を辞めたから」 

「仕事辞めたからって、帰ってくることないだろ」

「分かってる。ただ、近くに用事があったからちょっと寄っただけ」

 ミサキは手に持っていたデニッシュを袋に戻した。

「長居なんて、するつもりないよな?」

 ゆっくりと声を出したユウタは、確認するようにミサキの顔を見た。

「ないよ」

「持ってる荷物、多くないか? 向こうの部屋は引き払ったのか?」

「少し前にね。でも大丈夫、ここに戻る気なんてないから。さっきも言ったでしょ? 近くに用事があったから来ただけ。それに、この前の電話でユウちゃん相当落ちてたでしょ。それが少し気になって」

「俺が? 何の話だよ?」

「サカマキのおじさんのこと。あんなに落ちてたの、電話するようになって初めてだったから」

「そうか。何か悪かったな」

「いいよ別に。思ってたよりも元気そうで安心したから」

 

 コンビニの入り口付近で制服を着た三人の学生がはしゃいでいる。その様子を横目で見たユウタは、大きく息を吐いて視線をフロントガラスに移した。

「モリタはまだ入ってるけど、タハラとカジタニが出てきた」

「そう。カジタニは分かるけど、タハラまで?」

 ミサキの声のトーンが上がった。

「あぁ、俺も驚いたよ。たったの五年。想像以上の速さだ」

「二人ともまだこの街に?」

「いると思うよ。実際に見たわけじゃないけど、狭い街だからな。色んな話が入ってくるよ」

「そうだろうね。タハラなんてあの親だから、一生働く必要ないしね」

 ミルクティーの香りが仄かに漂う車内で、ミサキは「バカみたい」と呟いた。

「あの二人が出てきたせいで、また事件の話題が増えた。朝から晩までうるさいもんだ。しかしどうして人は人の噂が好きなんだろうな。ただただ、迷惑だ。結局変わんねーよ。何年経とうが、この街は」

「そもそも、何でこっちが身を隠すような生活をしなきゃいけないのよ。私たちは被害者でしょ? あることないこと書かれたことだって、訂正されたじゃない。なのに何でまだ陰口叩かれなきゃいけないのよ」

 ミサキの声が薄暗い車内に響く。後に続く沈黙が圧となり、辺りの空気を薄くした。

「イメージだよ。一度ついたイメージは、いくら洗っても落ちやしない。それが本当だろうが嘘だろうが関係ないんだ。特にこんな街じゃな」

 ユウタが言葉を吐いてから少しして、隣から笑ったような声が聞こえた。それは微かだったが、確かに聞こえた。

 不可解な音に引き付けられるように顔を向けると、ミサキが力の抜けた笑みを浮かべていた。

「さっき被害者って言ったけど、私は違う。私は、一緒。ユウちゃんはそうじゃなくても、私はあいつらと一緒。違いなんてない」

 ミサキはそう言って、首を振った。

「一緒って、どういうことだ?」

「一緒は一緒。それが分かったから、怖くて仕事を辞めたんだ」

「だから、どういうことなんだって。それ、ちゃんと説明しろよ」

 湧き上がる苛立ちを抑えるように、ユウタはペットボトルに入ったお茶を飲み干した。

「ごめんね、ユウちゃん。やっぱり、ひとりで抱えるの無理みたい」

「何で謝んだよ。とにかく、どんな話でもいいから話せよ」

 ユウタは深呼吸をひとつして、まっすぐ座り直した。

「本当に、ごめん。……電話でもよく愚痴を聞いてもらってたけど、半年前くらいに二人の先輩が辞めてから環境が酷くなったの。担当する利用者も増えるし、泊まり込み勤務も増えるしで、もう限界だった。そんな時、新しく個室で入ってきた認知症のお婆さんがいてね。その人が、夜中に何度も私のことを呼び出すの。最初はちゃんと部屋に行ったよ。何か緊急だったら大変だからね。でも、そのお婆さん、私が行くと、口を半開きにしてこっちを見てるだけなの。『どうしたんですか?』って声かけても何にも言わなくて。呼び出す時は、ちゃんと話せるのに。そんなことが何度か続いて、呼び出しも無視するようになってたんだけど、違う利用者さんがトラブル起こして大変だった夜に、また連絡があって。私、頭にきて、部屋に行って怒鳴ったの。でも、結構強く怒ったのに、その人、何の反応も示さなくて。またいつもの、ボォーっと口を半開きにしたまま。何かその姿を見てたら、無性に腹が立って怒りを抑えきれなくなった。私、気付いたら、そのお婆さんの頭を叩いて、手の甲を凄い力でつねってたの」

 下げていた顔を上げたミサキは、気持ちを落ち着かせるように両手で顔を擦った。

「あぁ、とうとうやっちゃったって思って。次の日に問題になって呼び出されるのを覚悟してた。だって、前に十年以上勤めてた人が、利用者さんの顔を殴って家族からのクレームでクビになったことがあったから。でも、私は何のお咎めもなかった。だから、私は仕事を辞めなかった。ここで辞めたらこの街を離れて築いてきたものが全部無くなっちゃう気がして怖かった。またあの日々に戻る気がしたから」

「大丈夫か?」

 ミサキの呼吸が浅くなったことに気付いたユウタは、彼女の目を覗き込んだ。

「大丈夫。それで、結果的に私は仕事も、そのお婆さんに関わることもやめなかった。もう絶対手をあげないって、その時は心に誓うんだけど、日々のイライラが溜まって呼び出された夜は、私、また同じことをしてた。しかも、今度はもっとズルくなって、ぶたない代わりに体の目立たない部分を思いっきりつねることにした。そうすると、そうするとね、凄いスッキリして……私、その時、自分がモリタたちみたいだなって思った。今でも夢を見るの。夜、真っ暗な廊下を歩いている自分の姿を。そのお婆さんの部屋を目指して、誰もいない廊下をツカツカツカって、こう、前傾姿勢で歩いてる。彼女の部屋の手前に資料室があるんだけど、そのドアのガラスに私の横顔が映るの。目が据わってて、何ていうか、獲物を狩る前の動物みたいな顔。映ってるのは私の顔なんだけど自分じゃないみたいで、とにかくその顔が、襲われた時に見たモリタたちの顔と一緒だった」

 早口でまくしたてたミサキは、息を整えて祈るように両手を組んだ。

「そこを辞める最後の週は、毎日そのお婆さんの部屋に行くようになってた。何でか分からないけど、毎日やられてるのに、お婆さんは私を呼び出した。それで部屋に行くといつも通り口を開けてるんだけど、私が一歩一歩近づくと、急に思い出したかのように怯えた顔になるの。最後の日の夜も、そんな風に彼女の部屋に行って、近づいて座ってからふくらはぎの裏を目一杯つねったの。いつもはね、そのお婆さん『うぐぅぅ』とか『あがぁぁ』とか言って耐えてるだけなんだけど、その日は、こっち向いて『ごめんね、もう大丈夫だよ』って言ったの。心臓が止まりそうなくらいビックリして、そのお婆さんの顔を見たら、泣いてた。そして、すごい優しい顔で、私の頭を撫でたの。私、つねってるのに。私の頭全部を、ゆっくり、何度も撫でてくれて……」

 ミサキの涙腺が緩んで、顔がグチャグチャになった。

 それから、ミサキはしばらく泣いた。声を出さずに、肩をゆらして泣いた。

「あいつらの中にあるものが、私の中にもある。それが分かった時、怖くて堪らなくなった。このままだと私がそいつらに食われてなくなっちゃう。同じになっちゃうって思った。だから辞めた。これ以上、私があいつらと一緒になるのは絶対に嫌だったから仕事を辞めて、アパートも出た。ごめんなさいって、いつも祈ってる。本当に申し訳ないことをしてしまったから」

 両手を固く握ったまま話し終えたミサキは、深くうなだれた。

 

 小さな呼吸を繰り返すミサキの肩越しに、閑散とした駐車場を見る。

 胸が締め付けられた状態で、ユウタはその空間にミサキの浴衣姿を浮かべた。

 高校二年の夏。初めて二人で出かけた場所は、地元の夏祭りだった。幼い頃から実家の二階で見る花火が一番綺麗だと思っていたが、その日目にした花火は、今まで見たこともないような美しさで夜空を照らしていた。

 事件が起きたのは、それから十ヶ月後のことだった。

 同じクラスの男子生徒三名に襲われ、集団強姦の被害にあったミサキは、その日を境に学校から姿を消した。

 犯人たちが正式に逮捕される前に、ユウタは警察署から呼び出しを受けた。取り調べを受けていた実行犯の三人が口を揃えてユウタの名前を出したからだ。

『コイズミユウタから日常的にいじめを受けており、今回の強姦も彼の指示によるもので断れなかった』

 学校では犯人たちの供述と真逆の立場に置かれてたユウタは、自分にかけられた嫌疑を即座に否定したが、彼らの証言を裏付ける生徒が現れて話がややこしくなった。

 その時は普段のユウタの状況や、犯人たちが行ってきた悪事などを詳しく説明してくれる先生がいて事なきを得たが、彼らが逮捕されてからも、犯人たちの冤罪説やコイズミユウタ真犯人説、さらにはミサキとユウタが企てた美人局説などといったデマの数々がネット上に書かれた。

 狭い街で尾鰭が付いて広がっていく噂。事情をよく知らない人たちにとって、そのゴシップは甘い蜜だった。高校生たちが起こした事件というセンセーショナルな見出しに加え、この話題が地域社会に浸透していった背景には、犯人の一人であるタハラの父親が地元の名士だという事実も少なからず影響していた。

 

「ユウちゃん、これ」

 ミサキはゆっくりと上体をあげ、ズボンのポケットから一枚の紙を出した。

 

 

出来ることなら、理性を捨てるな

出来ることなら、飲み込まれるな

出来ることなら、恨んで生きるな

 

 

「おじさん家に行ったのか?」

 言葉を出した後に、ユウタは息を飲んだ。

「うん。お線香をあげに。その紙、車の鍵の下に畳んであった。どうやってあんなものを手に入れたか分からないけど、トランクにあったものは全部処分したから」

 ミサキが言い終わるのを待たずに、ユウタは目を見開いた。

「処分したって、どこに?」

「玉鈴川に捨てた。大丈夫。ちゃんと、周りに人がいないのを確認して捨てたから」

「捨てたってお前、え? あれ手に入れるのにどれだけ苦労したことか……」

「ユウちゃん、嘘ついててごめん。どうやって切り出していいか分からなくて。本当は、サカマキのおばさんから連絡をもらったんだ。ユウちゃんのことと、セダンのトランクに入ってるもののこと。おばさんすごい心配してた」

「お前、何でだよ。お前が帰ってきたら――」

「ユウちゃん。ユウちゃんは、あいつらみたいになっちゃダメ。気持ちはありがたいけど、復讐なんてしなくていい。そんなことしたら、この街に溢れているデタラメな噂を後押しすることになる」

「でもそれじゃ、あん時潰された気持ちがーー」

「ねぇ、私はここにいるよ」

 ミサキは体勢を変え、ユウタを正面に見据えた。

「私は生きて、ここにいる。まだ死んでない。だから復讐なんてしなくていい。私は生きてるから」

 ミサキは頭を下げて続けた。

「実はずっと考えていることがあって。あいつらが出てくる頃にしようと計画してたんだけど。ユウちゃん、私と一緒に外国に逃げない?」

「外国?」

「別に悪いことしてないから逃げるって表現は変かもしれないけど、この街っていうか、もういっそのこと、この国から逃げるの。それで、誰も私たちのことを知らない場所で生きてく。それが全部を断ち切る手段だって思うんだけど、ダメかな?」

「ちょっと待って。え、何言ってんの?」

「大丈夫。すぐにって訳じゃないから。本当はすぐにでも行きたいけど、予定してたお金が貯まってないから、もう少し働かなきゃいけない。ビザのこともあるから、あと一年後くらい」

「ミサキ、ちょっと待て。急すぎて頭が追いつかない」

「だから、すぐにじゃないよ」

「いや、そういうことじゃなくて」

「ダメかな?」

「ダメ……な訳がない。ダメな訳がないんだけど、その前にはっきりさせなきゃいけないことがある」

「何?」

「もうそんな機会はないって思ってたけど、いつか伝えたいってずっと思ってた」

 一旦、誰もいない駐車場を見詰めたユウタは、息を吐いてミサキに向き合った。

「かたをつけなきゃいけないって生きてきた。それがけじめだって。別にこの街に未練なんかない。ある訳ない。俺とお前が生き直せるなら、海外だろうがどこだろうが構わない。どこだって行く。どこでも行くから、だから、俺ともう一度付き合ってくれないか」
 

 頭を下げたユウタの肩に沈黙が乗っかる。

 その重たい感覚に耐えきれなくなり顔をあげると、大人びた表情をしたミサキがいた。

 

「何言ってるのユウちゃん。しばらく離れたけど、私たち、一度も別れてないよ」

 

 

 

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あんたやあんた達の歌をうたおう

灰色の壁に投げた石が
影になって夜に溶け込む

 

盗んだ菓子を頬張っても
離した思いは戻らない

 

帰れなかった校庭で
お前は何を見ていた

 

蹴飛ばされた帰り道で
お前は何を見ていた

 

騒がしい国道に消された叫び
ジェスチャーだけじゃ掴めなかった

 

首にかけてた銀の鍵
パンクしたままの黒い自転車

 

あんたがいた場面も空気も
忘れた瞬間に消えるんだろ

 

だったら俺はここに残って

あんたやあんた達の歌をうたおう

 


もう戻らないと家を出て
二時間後にはガラスを叩いた

 

片耳だけで踊るピアス
くたびれた香水は煙草に負けた

 

環境のせいだって
借金のせいだって
暴力のせいだって

 

癒えない傷を舐め合っても
カサブタにさえならなかった

 

財布に残った映画の半券
隠した手紙に何を書いた

 

手首に引かれた赤い線
眠剤の先に何が見えた

 

山になったキャスターの吸い殻
指で弾いたスリーナンバー

 

あんたがいた場面も空気も
忘れた瞬間に消えるんだろ

 

だったら俺はここに残って

あんたやあんた達の歌をうたおう

 


受けたマイナスは黒い種だ
忌み嫌って潰すなら
水をやって生かせばいい

 

いびつな花が咲こうとも
決してその首を刈ってはいけない

 

どんな形や色をしていても
きっとあんたを照らすから

 

 

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