アチラとコチラ (完結)

 

 

3つ目

 

出来過ぎた展開に、都合の良いタイミング。

この話をもし小説として書くのなら、プロットの段階で大幅に修正しなければいけなくなるだろう。

まるで、ご都合主義の王道を行くようなストーリー。3つ目の岐路は、そんな事例の連続で作られていった。

 

2つ目の岐路で「たまたま」アパートのドアが開いたことにより、コチラの世界にとどまった私は、何とか高校を卒業し、自分を取り巻いていた煩わしさから逃げるようにしてカナダのバンクーバーへと渡った。

バンクーバーでの顛末や、1つ目の岐路となった、私を拾ってくれたグループの詳細などは以下に書かれているので省略します。

はい、宣伝でございます。

 

五厘クラブ

五厘クラブ

 

 

ともかく、異国で勉強する楽しさを知った私は、帰国後に大学へ進んだが、自ら勝手に上げたハードルにつまずき、行き場のない感情に飲み込まれてそこを中退することになった。

それからは、先の見えない毎日が続いた。

生きるために単発の仕事をし、呼吸をするために食事を取る日々。やられていた頃のように眠れない夜が多くなり、心のバランスを徐々に崩していった。

一方通行の救いを求めて訪れた大学病院の精神科に打ちのめされた私は、無色透明の時間の中で、いつしかカナダという国にすがるようになった。

 

あそこへ戻れば、全て上手くいく。

あそこへ帰れば、未来が見える。

 

何でも良かったのだと思う。

ただ、四六時中一緒にいたメンバーが社会に入っていくのを横目で見ていた当時の私には、カナダしかなかった。

あの時、真っ暗な現状が怖くて仕方がなかった。何もないことが恐ろしくて、先を照らしてくれる光を強く求めていた。

変化を切望しているはずなのに、変化を起こす勇気がない。そんな私の背中を押した、いや、蹴ったのは、後に嫁となる人だった。

何故だかは分からないが、彼女は人生を変えるタイミングが来る瞬間を知っていた。

 

「おい、来たぞ」

「ここで飛べ」

「早くしろ」

 

自分の中に抱えたものを処理できず、過去と現在に押し潰されていた私の後頭部を叩き、背中を蹴った。

彼女の後押しを得て重い腰を上げた私は、現地の小学校で日本文化を紹介するという留学プログラムを利用して、オンタリオ州にあるストラトフォードという街へ赴任することになった。

 

岐路

 

ストラトフォードは一風変わった街だった。

人口約3万人の小さな街だが、国際的に有名な芸術祭が毎年4月から10月まで行われている影響で、古き良き街並みが廃れずに維持されている稀有な場所だった。

地元の小学校に赴任していると言ってもボランティアなので勿論収入はなく、生活に余裕はなかったが、メインストリートを歩いているだけでも印象的な景色に出会える美しい街だった。

 

私はその街で、とても不思議な体験をした。

 

ストラトフォードでの滞在が半年ほど過ぎたある日、日本からメンバーのひとりが訪ねてくることになった。

無収入だったので外食など殆どしなかったが、海を越えて会いに来てくれる友人をもてなす店は、味も良く値段もリーズナブルなダイナーと決めていた。

しかし、彼が到着した次の日の昼に目当ての店へ向かうと、入り口のドアには「Sorry, WE'RE CLOSED」という看板がかけられていた。

そんなはずなかった。

彼が来る前にダイナーの定休日は調べていたし、到着したのも真昼間のランチタイムだったので、店じまいをするには早過ぎる時間だった。

条件的に他の選択肢など用意していなかった私の頭は真っ白になったが、閉まった店の前にいても仕方がないので、友人の提案に乗り、メインストリートを歩きながら入れそうなレストランを探すことになった。

身の丈にあった店を求めて彷徨っていると、友人がある建物の前に立ち止まり、「ここにしよう」と指をさした。

彼が示したレストランは外観が地味で、何度もその道を通っているはずなのに記憶に残っていない店だった。

パッとしない見た目に加え、何だが古臭い感じを覚えたので他にしようと勧めたのだが、友人は聞く耳を持たずに店のドアを開けた。

店内に入ると、先客は誰もおらず、外から見るよりも広いダイニングルームがその閑散とした様子に拍車をかけていた。

サーバーに渡されたメニューに載っていた品は、サンドウィッチやバーガーなど一般的なものだったが、その店の壁にかけられている絵がとても変わっていた。そこにあったのは、ヨーロッパ風な内装に不似合いな日本画だったのだ。

目の前にあるアンバランスさが気になり、サーバーに飾られている絵のことを尋ねると、彼女はそれが日本画であると話し、このレストランのオーナーが日本人であることを教えてくれた。

私は自分の耳を疑った。

仮にこの街がトロントやバンクーバーなら特別な話ではないのだが、アジア人を見かけることすら珍しいこの場所では、話の意味合いは大きく変わる。

サーバーの女性に自分の反応の意味を伝えると、彼女はオーナーを呼んでくると言い、店の奥に消えた。

少しして私たちの前に現れた初老の男性は、「こんにちは」と言って頭を下げた。

「ご旅行ですか?」そう尋ねてきた彼に、私はこの街での自分の状況を話した。一通り会話が終わった後に名前を聞かれて答えると、彼は驚いた顔をして私を見た。

私たちは、同じ名前だったのだ。

 

白人が人口の大半を占める典型的なイギリス系の街で、目星をつけていた店が原因不明の臨時休業。訪ねて来てくれた友人が代わりに選んだ地味な店は、日本はおろか、オリエンタルな趣は微塵も感じない外観をしているのにも関わらず、主人が何故だか日本人で、しかも私と同じ名前だった。

 

それだけでも随分と出来過ぎな話だが、自分の娘が出た小学校で日本文化を教えている何処の馬の骨かも分からない日本人に興味を抱いてくれたその方は、私と、無収入状態で無謀にもこちらに呼び寄せた嫁に大変親切に接してくれた。

同じ名前を持つオーナーとの出会いも奇跡的だったが、彼の奥さんと知り合えたことも私の人生の大きな糧になった。

満州生まれの彼女は、私がそれまで生きてきて会ったことのないタイプだった。

常に凛としていて底が深く、自然体で風のような印象を持ちながらも、決して消えない炎のように力強い意思を感じる人。性別や年齢を超え、「こんなふうに生きたい」と思える人だった。

ある時、オーナーと奥さんは、どうにかしてカナダに残りたいと考えていた私にある街の名前を出して、そこに行ってみたら良いのではないかと提言した。そこは、小学校の夏休みに赴任先の校長夫婦に連れて行ってもらった場所で、「いつか、こんな所に住めたら」と嫁と話していた街だった。

 

彼らの言葉に導かれるようにして移ったその街で、私はビザの延長をしてもらえるスポンサーを見つけることが叶い、オンタリオ州では難しいと言われていた永住権に関しても、申請をする丁度良いタイミングでその制度が変わり、無事に取得することが出来た。

 

数々の偶然の先に、想像もしていない形で出会った人から告げられた街へ越して広がった道。

歩いてきた道のりを眺めるたびに、姿のない大きな存在を感じずにはいられない。

 

嫁と出会わなければ私は重い腰を上げずに、四畳半の部屋に居続ける世界を生きたのかもしれない。もっと言うと、嫁が受けた検査結果の誤診がなければ、当時の私は結婚を決めていなかっただろう。

つまり、彼女に背中を蹴られていなければカナダには戻っていない。そうなると、日本から友人が訪ねて来るイベントは発生せず、不思議と閉まっていたダイナーも、彼が何故か指差した店に入る分岐もなくなる。

いや、違う。そのポイントじゃない。

岐路はもっと前、この話は更に遡り、逆再生するように流れながら全て繋がる。

 

始まりは、やはり小田急線の車内からだ。

あの日、たまたま車両を変えたことにより幼馴染と顔を合わせた。そして、その時期にたまたま入院していたグループのリーダーと縁を持った。このふたつの要素が重なり、私は私が死んだ世界ではなく、私が生きている世界を選んだ。

それから、あの夜たまたまアパートのドアが開いたことにより、私は自分の手を赤く染める世界を回避して、今を生きるルートに乗っかった。

 

1のイベントが発生しなければ2は起きず、3の世界は消滅する。

振り返ると、その全部が紙一重で恐ろしい。

恐ろしいが、同時に有り難くて仕方がない。

だから手を合わす。心の底から感謝する。

 

分岐して消滅して繋がって、ひとつになる人生。

 

私は今、私が生きている世界を生きている。

 

 

***

 

 

《お知らせ》

 

最後の最後に、もうひとつ宣伝です。

 

Amazon Kindle ストアで、電子書籍「橋の上の神様」を出版しました。

心を決めた日を切り取り綴った、五つのストーリーです。
読んで頂けたら嬉しいです。

以下が作品のリンクになります:

 

橋の上の神様

橋の上の神様

 

 

アチラとコチラ (2つ目)

 

2つ目

 

駅前の公衆トイレ

風が強い静かな夜

階段で見た腕時計

 

記憶に強く残っている場面がある。

それは匂いや音を伴い、時間が経っても薄れることなく頭の中に存在し続ける。

私が経験した2つ目の人生の岐路は、そういったいくつかの場面の先に用意されていた。

 

1つ目の岐路を通して拾われたグループに参加するようになっても、学校では変わらず呼び出しを受けていたが、そのことに対する自分の心持ちは変化した。何というか、外側と内側を分けて考えられるようになったのだ。

ヤラレている私だけが、私じゃない。そう思えるようになれたのは、避難所という居場所を確保したことにより、どうしようもない愚か者という役柄以外でいられる時間が増えたのが大きかった。

四六時中仲間に会い、何事もなかったかのように服や音楽の話をしていると、自分が新しく生まれ変わったような気持ちになれた。

 

笑顔を見せる度に、蘇る自尊心。

仲間たちとの楽しい時間が増えれば増えるほど、自分の殆どを形作る情けなさを消し去りたいと願うようになっていった。

 

岐路

 

集まりのメンバーたちに合わせて、流行りのスニーカーや皆が好きだったCD、PHSなどを欲するようになり、それらを購入する金が必要になった。

仲間たちと出会い、学校での体面をあまり気にしなくなっていた私は、当時やっていた新聞配達の配達部数を増やすことにした。勤務時間は夜中から朝方になるので、今まで通り登校することは不可能になったが、そんなことはどうでもよかった。

説明を受けた金額を稼げれば、通常通り週3日の上納を入れても、メンバーたちと同じような服を着て、彼らと変わらない生活ができる計算だった。

 

大幅に増えた配達先のひとつに、どうしても許せない奴の自宅があると知ったのは、順路帳に沿ってルートを確認している時だった。奴の家の近くまでは、荷物や現金の手渡しなどで何度も訪れていたので見間違うわけがなかった。

憎くて仕方がなかった奴の自宅に新聞を配る。それはまるで、悪い冗談のようだった。

深夜、新聞を手にして、奴が寝ているであろう家を見据える。きっと奴の人生には、眠れない夜などないのだろう、そう考えると収まらない怒りが心を占めた。

奴の家へ配達をする度に積み上がっていく憤り。繰り返された暴力と人格否定によって壊されたはずの復讐心を強く認識した私は、そいつの家へ新聞を配った後に向かいのアパートの階段をのぼり、奴の家を見つめるようになった。

 

物事の全ては、紙一重なのだと思う。

人生を変えてしまうトリガーは至る所に撒かれていて、誰かに引かれる瞬間を待っている。 暗い穴への誘導は巧妙で、気付いた時には動けなくなっているのだ。

 

何故そんなことが起きたのか分からないが、奴の家の前に張り付くようになってから少しして、顔見知り程度だった人物からナイフをもらった。もらったというか、目の前でカバンを開けられて、その中にナイフを押し込まれた。

どう頭を働かせても、どうしてその人物が私にそんなことをしたのか今でも理解できない。その時の私の状況を彼が知っていたとは思えないし、そもそも彼とは話をするような間柄でもなかった。もしかしたら、彼は彼で何かトラブルを抱えていて、そのナイフを処分したかったのかもしれない。それに誰かが彼に入れ知恵でもして、何をしても問題なさそうだという理由で私を選んだのかもしれない。ただ、仮にそうだとしても、やはり納得できない。単純にナイフを処分したいのであれば、わざわざ私なんかに預けなくても、どこかの山や川に捨てればいいだけの話だ。

どの角度から考えても彼が取った行動は不自然だったが、当時の私は、渡されたナイフを捨てずに、持ち続けることを選んだ。

 

そのナイフは、私にとってのトリガーだった。

煮え切らない私の背中を押すきっかけ。ストレートに「やれ」と言われている気がした。

その出来事を機に、配達時に携帯していた百円ライターをオイルライターへ変え、小型のオイル缶を携帯するようになり、作業用のカッターナイフを、渡された折りたたみ式ナイフに変えた。

 

オイルライター、オイル缶、火を広げるための新聞紙、そして、上着のポケットに入れたナイフ。

 

私の願望を叶えるための道具が揃い、私はトリガーに指をかけた。 

 

新聞紙の束にオイルをかけて火をつける。燃え上がった炎が全てを焼き尽くしてくれたら文句無し。例えボヤになっても、奴を燻り出せればそれでいい。私はヘルメットを深くかぶった新聞配達員。夜の景色に溶け込み、野次馬としてその場所にいても何の違和感もない。もちろん、外に出てきた奴の背後に立っていたっておかしくはない。

ポケットに忍ばせたナイフを右手で握る。呼吸を整え、煙が出ている家を見ている彼に近づき、真後ろから首を目掛けて刺す。

頭でイメージした一連の動作を繰り返し再生する。映像が定まった後は、駅前の公衆トイレの個室で動きを確認し、流れを体に叩き込んだ。

狭い空間にこもった独特の臭いとカビだらけのタイル。蜘蛛の巣に絡まった蛾の死骸が強く残って今も消えない。

 

その日は、風が強い日だった。

いつもは遅くまで電気がついている近くの家も真っ暗だった。

条件は全て揃っている。後は気持ちを決めるだけ。それは分かっているのになかなか覚悟が決まらず、向かいのアパートの2階から長い時間奴の家を見つめていた。

今まで受けた仕打ちを頭でなぞり、定まらない気持ちを固めていく。

午前2時40分、午前2時45分。腕時計を凝視して自分との約束をする。

2時50分になったら、何が何でもやろう。

そう決心した。

 

約束の午前2時50分。

心を決めた私は、駆け足でアパートの階段をくだり1階におりた。その瞬間、階段の真裏にある部屋のドアが開き、若い女の人が出てきた。

私の様子がおかしかったのか、もしくは、こんな時間に人がいるとは予想していなかったのか、その女の人は私を見て小さな悲鳴をあげた。彼女の声を聞いて、部屋の中から男の人が出てくる。彼は一旦私に対峙してから、アパートの前にとめていたスーパーカブに顔を向け、軽く頭をさげた。

「新聞配達の人だよ」

男の人がそう言ったのを聞いて、私は急いでバイクに戻り、エンジンをかけて走り出した。

今まで何度も、同じ時間帯にこのアパートに来ていたが、人と遭遇したことなど一度もなかった。丑三つ時の住宅街、計画を立てた時点で人に出くわす可能性など考えておらず、ましてやあんなタイミングで誰かと鉢合わせするなど想像もしていなかった。

 

顔を見られたことが、とにかく怖かった。

偶然会ったカップルに、こちらの魂胆など分かるはずがないのだが、内側にある殺意を見透かされた気がして頭が真っ白になった。

決めた覚悟を失った私は、自ら抱え込んだ悪意が恐ろしくなり、逃げるようにしてコンビニへ向かった。

 

それから、私が行動を起こすことはなかった。

我に返ってからのうろたえを目の当たりにした後では、憎悪を持つことさえ身分不相応に思えた。

己の行動で状況を打破できないと痛感した私は、決して頼りたくはなかった方向からの助けで救われるまで、従順なカモとして金と自尊心を奴らに提供し続けた。

 

物事の全ては、紙一重なのだと思う。

あの日、あのタイミングでアパートのドアが開くまで、私は私ではなくなっていた。

午前2時40分、45分、50分。時間が過ぎるごとに、それまでの焦りが取れて気持ちが落ち着いた。感情が暗い落とし穴にはまっているようで、身動きは取れないが何故か心地よかった。

もしも、あのまま邪魔が入らずに奴の家へ行けたなら、火をつけたのだろうか。

もしも、あのまま正気に戻らず、怨恨に体を動かされたままだったら、ナイフで刺したのだろうか。

あれからずっとそのことを考えているが、答えは出ない。

 

あの夜の「もしも」の先は分からないが、あの時、「たまたま」アパートのドアが開いたことで、私の世界は2つに分かれた。

 

私が生きている世界。

私が生きている別の世界。

 

私は今、私が生きている世界を生きている。

 

(続く)

 

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アチラとコチラ (1つ目)

並行世界、パラレルワールド。

呼び名は何だっていい。滑稽な話に聞こえるかもしれないが、私はそういった世界の存在を信じている。

私が生きている世界、私が生きている別の世界、そして私が死んだ世界。

宗教的な話や非科学的な話をしたいのではない。ただ、そう考えるようになったきっかけが、今まで生きてきた中で3つあった。

 

不思議な出来事、そこで別れた世界。

 

1つ目

 

あの頃、全てが真っ暗でどうしようもなかった。

増えていく上納に、終わらない暴力。どれだけ働いても高校生のバイトでは限界があり、家の金にも手をつけはじめていた。学校、家や街、どこにも居場所はなく、呼び出されることばかり気にして毎日を過ごしていた。

何度も心を折られた。でも、私も人を傷つけた。

手に入れた弱さを使って、たくさんの人に迷惑をかけた。だが当時の私は、そのことに罪悪感を抱いていなかった。

(これだけのことをされてるんだ。弱さを売って何が悪い)

そう、考えていた。

周りも自分も、何もかもが嫌で堪らなかった。恐怖と不安で睡眠を取るのが困難になっていたある日、私は授業中に吐血した。

もう、心も体も限界だった。

 

何もかも投げ出して逃げればよかったのだと、今は思う。

でも、当時はそんな考えにならなかった。

家の場所を知られている以上、逃げてもいずれ捕まる。捕らえられたが最後、倍の仕打ちが待っているのは想像に容易かった。それに、あの時私は「世間体」というものを強く意識していた。

クソみたいな仕打ちを受けている自分が恥ずかしくて惨めで、その事実をどうにか誤魔化そうと必死になっていた。だから、不登校などもってのほかだった。

 

顔に目立つ傷を付けられた時、私は担任の先生に呼ばれた。目の下に目立つくまがあったので、今までも何度か呼び出しを受け、その都度適当な言い訳をしていたのだが、この件については追及が激しく、誤魔化すことは不可能だった。

全てを公にした後の復讐を恐れた私は、実行グループの名を告げる代わりに、家族を売った。

 

その日の帰り道、私は私を終わらせようと決めた。

 

原付バイクで向かった近所の山。

脱いだジャージを木に括り付けて見渡す緑。

下着姿で輪っかを抱え、何も出来ずに泣いている自分がそこにいた。

 

階段をのぼれなかった日を境に、私は何者でもなくなった。抗うことも、隠し通すことも、自ら終わらすことも叶わず、ただ目の前のものに頭を下げ、何も変わらない毎日を受け入れるだけの者になった。

 

岐路

 

あの日、学校帰りに乗った小田急線の車内で幼馴染と行き合った。

その日、私は「たまたま」いつも乗る最後尾に近い車両ではなく、前の方の車両に乗り込んだ。

あの時どうしてそんな行動を取ったのかは分からない。他よりも乗客が少なく、安全地帯だと知ってて決まった車両を選んでいた当時の状況を考えると、なぜ自分がそんなことをしたのか見当がつかないが、私は「たまたま」車両を変えたことで、疎遠になっていた彼と鉢合わせした。

入院している友達の見舞いに行く途中だった幼馴染は、私の目のくまの理由を質問した後に、一緒に病院に来ないかと提案してくれた。

彼の誘いを受けて訪ねた病室、足にギプスを付けてベッドに横たわっていた男はこちらを見て、「そっちが入院した方がいいよ」と言った。

 

「たまたま」変えた車両に、「たまたま」疎遠だった幼馴染が乗っており、その時期に「たまたま」大きな怪我を負った幼馴染の友人がいた。入院していた彼は、幼馴染が遊んでいたグループのリーダー格であり、私はその時の出会いをきっかけにして彼らの集まりに拾われた。

そして、そこが私の避難所になり、居場所になった。

 

今でも、あの時の感情を思い出す。

自力で事を成し遂げられなかった私の次の候補地は、国道246だった。

自ら終わらせないのであれば、他力で。

とにかく、何でもいいからどうにかしてどうにかしなければ。

そんな焦りに似た気持ちが、ずっと心にあった。

 

幼馴染をきっかけにして拾われたグループに入っていなければ、今の私は確実にいない。彼らと出会ったことにより、私は常に誰かと行動を共にして生活するようになった。

あの時、「たまたま」車両を変えたことにより、私の世界は2つに分かれた。

 

私が生きている世界。

私が死んだ世界。

 

私は今、私が生きている世界を生きている。

 

私は無宗教であるが、神様はいると考えている。

便宜上「神様」という言葉を使ったが「並行世界」と同じように、呼び名は何だっていいと思っている。

目に見えない大きな存在。

元々、懐疑的な性格なのでそういったものに対して疑いの目を向けていたが、2つ目、そして3つ目の岐路を通して、名前を知らない「何か」の存在を信じざるを得なくなっていった。

 

〈続く〉

 

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Aの中で、Bを見る

 

制限があっても、与えられた中で花を見つける。

 

まだ大洋ホエールズが生きていた頃、私はコントローラーが絶対に回ってこない「ファミコン応援係」という役を与えられていた。

 

仲間に入れてもらえるアイテム、ファンタオレンジを献上して、所定の位置に座る毎日。
表向きはプレイヤーに声援を送っていたが、頭の中ではブラウン管から流れるゲーム音楽を使って遊んでいた。

 

当時のお気に入りは、ネズミ警官がトランポリンを使ってはしゃぐ「マッピー」。

AメロとBメロの頭に「ミスするなら 金返せよ」と、夢のない歌詞をつけ、それをループさせて声を出さずに歌った。
曲が転調してから「トゥントゥントゥン」と続くメロディラインが気持ちよかった。

 

そんな脳内歌謡ショーは、曲のテンポがあがると一旦終わり、ツインビーへと移行するのが常であった。

 

その行為が、あの時、私が見つけた花。
薄暗い中で咲く、一輪の赤い花だった。

 

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***

 

 

喜怒哀楽。
四つ柱のバランスの大切さを強く感じる、今日この頃です。

 

こちらではお久しぶりですが、青いハトの世界では、詩、散文などを毎日書いております。
よろしければ覗いてみてください。

 

 

出し続ければ開くって、本気でそう信じてるよ

仕事着を通して見渡す街に

暮れも明けも存在しない

 

夜になったら

ただ忙しく

朝になれば

ただ煙たい

 

鏡を見つめて息を吐く

固まった頬を揉みほぐす

 

ウィードが溢れる帰り道

赤い目玉が笑っている

 

こちらを睨んで吠える狼 

立てた中指をしまってくれ

 

憂いを晴らすクリアホワイト

何粒飲めば楽になる?

 

違う

それじゃない

 

欲しい景色はそこにない

 

メシアもいない

糸も垂れない

 

だから私は書いていく

 

どうやったって消えない思いを

 

言葉に変えて書いていく

 

 

 

***

 

 

皆様、こんにちは。

こちらメープル荘は、二時間前に年が明けました。

2018年は私の書いた文章を読んでくださり、本当にありがとうございました。

深く感謝いたします。

 

今年も、どうぞよろしくお願いします。

 

21世紀型 交換ノートをやっています。

よろしければ、是非。

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こんにちは

So this is Xmas

And what have you done

 

何をしたのかと問われれば、「生きてきた」と答えよう。

 

五匹の猫がヒーターの通気孔を塞いでいる午前三時半。

丑三つ時の四角い部屋には、離婚記念で空を飛んできた義理の母が寝息を立てている。

約一ヶ月の滞在。

長い長い拘束生活から解放されたのだ、是非ともピザやポテト、ハンバーガーなどを頬張ってゆっくりしていって欲しいと思う。

 

 

ドアが開き、内へ潜って区切りをつけて、しばらくその場を回った後に、障子を破って部屋を出る。

今年は、そんな一年だった。

 

新宿から乗って、物思いにふけていたら、もう相模大野。

今年は、そんな速さで過ぎていった。

例年通り、二、三ヶ月ちょろまかされている感覚だ。

 

歳を重ねて、「変化」という言葉が好きになった。

変わることは失うことではない、今は無理せずにそう思える。

 

ここ最近、私はたくさんの「こんにちは」をした。

見える範囲を広げたいと望み、今まで通りの線を跨いで、多くの人たちの言葉に触れた。

それはとても興味深く、とても刺激的だった。

 

何と言うか、それはまるで、21世紀型交換ノート。

レンズが変われば、ビジョンも変わる。

上下左右、どこでも広がっていくんだ。

 

有り難い景色に、感謝。

 

***

 

ケーキもチキンもないけれど、お知らせがあります。

 

本日、25日(火)から29日(土)の午後4時まで、Amazon Kindleストアで販売している電子書籍「歩けばいい」の無料ダウンロードキャンペーンを行います。

(2018年度 Amazon × よしもと「原作開発プロジェクト」優秀賞受賞作品)

 

たくさんの気持ちを込めました。

この機会に是非、読んでみてください。
よろしくお願い致します。

 

以下がダウンロードリンクです。


https://www.amazon.co.jp/dp/B079ZWVHTF

 

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残った欠片との別れ 

雪が降った木曜の朝8時、ブラックももひきをはいた私は、リクライニングチェアーに腰掛けて、口を大きく開いていた。

 

目の前にはマスクをしたインド系歯科医。

彼のタレ目に見守られ、これでもかとリピートされるクリスマスソングに包まれながら、残り1本になっていた私の前歯は勢いよく引き抜かれた。

 

たくさん打たれた麻酔のせいで痛みはなかったが、歯がなくなった後、何とも言い表せない寂しさを感じた。

 

診察が終わってトイレに寄った私は、口をニカッとあけて鏡を見た。

何だかなぁ、という気持ちが心を覆う。

こんな羽目になった原因は分かっている。しかし、その時の私は、30代で全ての前歯とさよならすることになるとは思ってもいなかった。

 

私の前歯は、入れ歯だ。

抜き差しするタイプや、両脇の歯で支えるブリッジタイプではなく(支える歯が欠けているため、不可能)、口内の形状に合わせて、上の歯茎にカパッとはめる形をとっている。

 

カナダ(オンタリオ州)の医療費は基本無料だが、歯に関してはその制度が適応されない。

そのため多くの会社では、国がカバーしないビジョンケアやデンタルケアなどが含まれているベネフィットを従業員に提供しているのだが、取得するのに色々な制約があり、勤めていれば誰でも支給されるというものになっていない。

ベネフィットを利用せずに個人で歯の治療を進めようとすると、この国ではとんでもなくお金がかかるのだ。

 

こちらに移住して初めて入れ歯を作った時、私は何のベネフィットも持っていなかった。

もちろん働いていたのだが、当時勤めていた会社に人権などという言葉は存在せず、生きていくのに必死で声を上げる術も知らなかった私は、外国人労働者のど真ん中をいく扱いを甘んじて受けていた。

 

なので、診察後に告げられた金額を聞いた時は、悪寒がした。

 (全額負担治療、マジでおっかない)

 私は、そんなおっかない思いをして作った入れ歯を、いちど失くしたことがある。

 

食事を取る際、私は入れ歯を外す。

カパッとはめた入れ歯の隙間に、食べかすが入り込む感覚が嫌だからだ。

 

「外したら、失くさないように専用のケースに入れてくださいね」

 

真っ白な歯をした受付スタッフに渡された、アマガエル色をしたケースが何だか好きになれず、雪のように白い歯をしたお姉さんの言い付けを守らずに、その辺にある紙ナプキンに外した入れ歯を包む癖がついていた。

 

頭ではダメだと分かっていても、なあなあでことを済ます。

外した歯をケースに入れるという、ほんのひと手間を嫌がった無精な私に、天罰が下った。

 

それは、ショッピングモールのフードコートで軽食をした際の出来事だった。

いつものように紙ナプキンに入れ歯をくるんだ私は、それを、食べていたサブウェイの袋の横に置いた。

通常ならポケットにしまうのに、何故に何故だか、その日は無造作に「ポイっとな」してしまったのだ。

何も考えず、トレーの上にあるものを全てゴミ箱に投げ捨て、車に戻ってから青ざめた顔でポケットをまさぐった私を、凍った目で見つめ続けた妻の顔が今でも忘れられない。

今思い出しただけでも、寒気がする。

 

私はサブウェイの袋と一緒に入れ歯を捨ててから、カレッジを挟んで、2回転職をした。

色々と思うところもある現職だが、今回の新しい入れ歯も含め、オファーしてくれているベネフィットで治療費をカバー出来ることは、素直にありがたいと思う。

今でも支払っている学生ローンの価値を感じる瞬間だ。

 

 

雪が降った木曜日、残った前歯がグラグラした状態でレントゲンを撮った。

出来上がった写真を眺めたインド系歯科医は、優しい目をして「抜きましょう」と言った。

それを聞いた私は、1本残った前歯に対して、申し訳ない気持ちになった。

 

痛い思いばっかりさせてきた。

喧嘩で殴り合い、などといった武勇伝ならば、この歯も少しは報われたのだろうか。

そんな派手な話もなく、立ち向かうことも出来ずに、ただただ、痛く辛い思いばかりをさせてきた。

 

キャッチャーミットでもないのに、投げられた硬球を受け止めた顔面と歯。

「顔面ストラックアウト!」と騒ぐ声が耳に残っている。

 

タレ目の歯科医が手に持つツールに力を込めた時、あんなにボロボロだった前歯は、ミキィィと音を立てて踏ん張った。

 

 

もう、いいよ。

 

ご苦労様。

 

長い間、痛い思いをさせてごめんなさい。

 

もう、踏ん張らなくていいよ。

 

ありがとうございました。

 

 

上唇の裏全体に麻酔の感覚が残ったまま、家の駐車場に車をとめた私は、運転席のドアを開けずにその場に留まった。

 

クソッタレ。

 

言葉に言い表せない寂しさを、クソッタレが飲み込んでいく。

 

クソッタレ。

クソッタレが。

クソッタレどもが。

 

予想していなかった怒りが、とめどなく湧き上がる。

 

心が乱れて収まりがつかなくなった私は、シートを倒して浮かぶひとつひとつの場面に悪態をつき、クソッタレを浴びせた。

 

見える景色が雪白で覆われたその日は、静まった車内でクソッタレに溺れた。

 

 

私は、こちら側で声を上げる。

溢れ出た声を、書く。

書き残す。

 

クソッタレの渦中にいる人

クソッタレを引きずって生きている人

クソッタレを終わらせようとしている人

クソッタレのせいで自らを絶とうとした人

そのままいってしまった人

 

そういった感情の横で、私は声をあげる。

その人自身になって書けはしないけど、私は、私が受けてきたクソッタレを背負って、思いを書く。

 

 

区切りはつけた。

20年続いた感情のクソッタレは、10月の終わりに応募した作品に全てぶつけた。

 

でも、 区切りをつけたって横にいる。

怒りと憎しみだけじゃ終わらせない。

 

クソッタレだけに取り込まれるのは悔しいから、その先を書く。

その先にあったものを、しっかりと書く。

 

プラスもマイナスも、頂いた感謝と共に全部出す。

そして、強く願う。

 

どんなにこんがらがった中で生きていても、先を見続けている人たちに幸を。

真っ暗に囲まれて、先を見れない人にも幸を。

理不尽なゲームに搾取されている人たちに幸を。

暴力、非暴力に限らず、やられてる人たちに幸を。

戦う人たちにも、戦わない人たちにも幸を。

 

 

最後に。

私は、入れ歯を舌先で外して口の中で動かす癖がある。

カパッとはめたフリッパーを、コロコロと横にスライドさせる動きだ。

カナダの永住権を取った後に、私は政府が援助している移民学校に入学した。

そこは、私のような新規永住権取得者たちよりも、たくさんの国から亡命してきた難民の方たちの割合の方が多い場所だった。

バックグラウンド、文化、言語、置かれている状況など、何もかもが違う人たちが一堂に会するその場所は、何というか独特な空気が漂っており、ある程度期間が経っても、なかなその雰囲気に溶け込むことが出来なかったが、はめていた入れ歯が、その輪に入る突破口を開いてくれた。

 

ある日、いつも通り授業中にコロコロと入れ歯を動かしていたところ、隣に座るソマリアからの移民のお兄さんが私の肩を叩いてきた。

 

「キャンディー、くれよ」

 

キャンディー? 

彼の言っている意味が分からず、しばらくその場で固まっていると、その人は右手で私の口を指差してもう一度、声を出した。

 

「キャンディー、持ってるだろ。キャンディー、くれよ」

 

彼の意図を理解した私は、コロコロムーヴを一旦とめて、舌で入れ歯を外し、チロっと唇の間から義歯を覗かせて言った。

 

「これは、入れ歯です。キャンディーではありません」

 

目を開いて、一瞬キョトンとした彼は、すぐさま手を叩いて大きく笑った。

正確に言葉で表すと、爆笑だった。

笑い転げた彼の様子に引き寄せられて人が集まり、その結果、私は先生を含む、クラスメートの前でコロコロ動かしてチロっと覗かせる入れ歯曲芸を何度もやらされることになった。

とても単純な動きなはずなのに、やる度にウケる。

熟練の鉄板芸の如く、国の枠を飛び越えてドッカンドッカンわきまくる。

笑わせているというよりも、笑われているので、どうもスッキリとしない気分だったが、皆が心底楽しそうにしている様子は、見ていて悪い気分はしなかった。

 

関係性の距離が縮まった、入れ歯芸。

それは、憂鬱の種だった入れ歯の存在意義が少し変わった出来事だった。

 

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