空ではなかった

「あれは空だ」

 

ずっと長い間 

その言葉を信じてきた

 

当たり前のように植え付けられた常識を

疑った事なんてなかった

 

 

2017年 6月15日

 

遠く見上げた先にあるものは

とてつもなく大きな手のひら

 

青く着飾っているけれど 

あれは空ではない

 

 

頭のおかしな人の裏にいるのは

誰だ

コトを起こして恐れを引き出し

操ろうとしているのは 

誰だ

 

目の前で繰り広げられる寸劇は

私が生まれて見てきたものと変わらない

 

 

思い通りにしたいから

殴る

他校の奴らから守ってやっていると

ゆする

「お前らの為になる」と理不尽なルールを

作る

近いうちに抗争があると

煽る

 

「恐怖」という名の目隠しは

視界と思考を奪い取る

 

 

弱いものを叩くのが人の性ならば

喜んで人間を辞めよう

 

家族の形を定めるのなら

望んでその輪を抜けよう

 

戦争を放棄できないのなら

泣く泣く故郷を捨てよう

 

 

もう

争いはたくさんだ

 

受けた暴力が残したものは

痛みと恨み

 

薄めて口に含むまで

何十年も掛かった記憶

 

ドンパチやって解り合える

そのイメージが浮かばない

 

 

空が見たい

押さえつけてくる手のひらではなく

高く伸びる

空が見たい

 

f:id:yoshitakaoka:20170617223432j:plain

届いて欲しいお知らせ(追記しました)

本日から来週の月曜日までの間、Amazon Kindle ストアで販売している自分の電子書籍「五厘クラブ」の無料ダウンロードキャンペーンを行います。

 

この作品は、自分にとって特別なもので、強い思い入れがあります。

幾つかアイデアはあったのですが、一番初めに出すものは、これだと決めていました。

大袈裟ではなく、自分の人生を救ってくれた「五厘クラブ」と名のついたグループの物語。

 

この作品で表現したかった思いは、心を込めて表すことが出来ました。

 

是非、皆様に読んで頂きたいです。

 

以下に作品の内容と、Amazon や、ブログ内で頂いたコメントを紹介したいと思います。

 

作品内容:

「五厘クラブがこの世に存在していた証に、生前葬をする」
リーダーの提案で、クラブ発足二十周年の会合で行われることになった生前葬に参加するため、オレはカナダから日本に戻る飛行機の中にいた。


同じ団地に住む四人組、通称「オリジナルフォー」から始まった五厘クラブ。ファミコン、ひょうきん族、ゴムボール野球で作られていた日常の黄金比が、メンバーの一人であるイシハラの引っ越しをきっかけにして崩れ始める。


フランスパンを自転車の前カゴに突き立て、疾走していったイシハラの母親。
漫画のように、ケイゴの口から吹き出された豚キムチラーメン。
調理室裏でツヨシを囲んだ誉め殺し大名ゲーム。
そして、姉の存在から広がった影。


葬儀で担当することになり作成した五厘クラブの年表を通して、オレはその一つ一つの記憶と向き合うことになる。

 

コメント:

「登場人物のキャラクターがそれぞれはっきりしていて、会話のテンポも良く面白かったです。フランスパンが登場するシーンや、調理室裏の場面、車に刻むメッセージなど思わず吹き出しました。部活の顧問へのお礼参りや、不良グループへ立ち向かう時のリーダー達との結束などストーリー展開の暗い場面でさえ、ただ重苦しいだけでは終わらずに友情の熱さがうまく表現されていたと思います。こんな友達がいたら自分の学生時代も楽しかっただろうなと思いました」

 

 

「物語の流れがテンポが良く進み、幼い頃から大人になるまでのエピソードや心の葛藤が、その年代に応じて上手く表現されていました。
友情がテーマだけど、恋愛や家族でしか理解できない負い目のような感情も描かれていて、とても興味深かったです。
キャラクターの個性も魅力的で、会話や情景描写にユーモアがあって笑えました。
きっと好きになるキャラクターがいます!
10~30代後半の方にお勧めかな。。。」

 

 

「「五厘クラブ」拝読しました。思春期から大人へ成長する過程が力強く、時にユーモラスに書かれていました。 少し前までの背徳(不倫やら、詐欺やら)だらけの小説とは違い、人の内面と社会的問題をテーマにしながらも清々しい読後感でした」

 

 

「ただの青春ものではなく
人とのつながりをとても感じられた作品でした。
自分が関わってきた人を大切にしたいな…と
改めておもいました。
また、違う作品も読んでみたいです」

 

 

このブログで何度か書いているのですが、人に読まれてこそ、作品は呼吸ができると自分は思っております。

この無料期間中にダウンロードをしてもらい、皆様に読んで頂けたら心から嬉しいです。

そして、もしよろしければ、読んでくださった感想を教えて頂けると大変ありがたいです。

 

宜しくお願い致します。

 

Amazon Kindle 「五厘クラブ」リンク:

https://www.amazon.co.jp/dp/B01LB7NQ0G

 

追記:

一部、文字化けしている箇所がありましたので、修正しました。

6月10日、土曜日の朝には修正版のダウンロードが可能になる予定です。

申し訳ございませんでした。

 

* キャンペーンは終了いたしました。期間中にダウンロードして頂いた方々、自分の記事を紹介して下さった方々、ありがとうございました! 

 

f:id:yoshitakaoka:20170608150456j:plain

こんな場所が欲しかった

ずっと前から

こんな場所が欲しかった

 

ただ顔を合わせるだけでは

目にする事が出来ない世界

 

挨拶を交わすだけでは

晒してはくれない世界

 

何を思い

何を考え

何を表現するのか

 

頭と心にある世界を

電波に乗せて表に出し合い

生まれた感覚を交差させる

 

ずっと前から

こんな場所が欲しかった

 

自分とは違う言葉の文章

異なる思考で描かれた作品

粒子のスクリーンに溢れる模様は

幕の下りないロードショー

 

はめるレンズが変わるから

写真を通して覗く景色も

全く別のものになる

 

それらをこの目に出来るのは

決して当たり前の事ではなく

感情をくれるキャッチボールは

掛け替えのない瞬間だ

 

幾度となくスレ違い

分かり合えずに距離が離れ

時間を掛けてはまた近づき

弱さと引き換えに理解を引き出す

 

深夜のファミレス

帰りの駅蕎麦

慣れないカクテルを流し込み

初めて内側に触れられる

 

そんなプロセスを踏まずとも

覗かせてもらえる頭の中

ただただ有難くて仕方がない

 

 

ずっと探していた場所

ずっと欲しかった場所

 

 

押入れの布団に挟んだ詩集を

ここでは隠さなくていい

 

溜め続けた小説のプロットも

理由を付けて破かなくていい

 

どうしても忘れたかった記憶も

もう そのままでいい

 

「趣味程度だ」なんて

自分を裏切らないでもいい

人生をかけて楽しんでいるんだ

嘘で誤魔化さなくていい

 

この世に生まれたものに息をさせる

胸を張って呼吸をしてもらう

 

 

もう二度と殺しはしない

 

 

出番を待つ記憶とアイデアを

もっともっと言葉にしたい

 

生きていける場所があるならば

紡いできたストーリーを外に出したい

 

 

衝動に激しくせっつかれ

体はくるっと背を向ける

 

仕事から帰って服を脱いでも

眠くならなければいいのに

 

炭水化物を口にして

ノートとペンを胸に抱き

ソファーに寄りかかる午前二時

 

一瞬閉じたつもりの瞼

ハッと気付いてこじ開けると

時空は歪んで午前六時

 

ぼんやりと浮かび 

漂うイメージ

消え去る前に紙に書き

白いブラインドをゆっくりと開ける

 

静かな歩道を照らす朝日

しばらく光に見とれていると

「缶詰を開けなさい」と猫が足を踏む

 

ピンと立ったステッキの尻尾に 

「今日は寝ない」と強く誓い

庭の楓に手を合わせる

 

f:id:yoshitakaoka:20170525152243j:plain

取っ払う

枠には入れなかった

 

入らなかったのではない

 

入れなかったのだ

 

 

はじき出されて 何を想う

普通を横目に 何を想う

 

 

付いたレッテルはどうでもいい

それが意味をなさない事は 

ここまで生きて身に染みた

 

付けられたレッテルも気にしない

そんなものは

他人にひとときの優越感を与えるだけだ

 

でも 人は忘れていく

どんどん気にせず 忘れていく

 

ならば

すり寄った時間は幻か

抱えた苦悩は無駄死にか

共存しようと付けた飾りは

もはや無用の長物か

 

 

だったら

枠には収まらない

 

収まれないのではない

 

収まらないのだ

 

 

ネクタイは締めなくていい

いつかそれで首を括るのなら

 

傘は差さないでいい

いつかそれで他人を突くのなら

 

男にも女にもならなくていい

その役割に押しつぶされるのなら

 

 

雨に濡れても

そのまま歩こう

 

寒くないのなら

このままずっと歩いていこう

 

大丈夫

もう その枠は要らない

 

無理して中に居なくても

確かに存在していけると

時間を掛けて分かったのだから

 

f:id:yoshitakaoka:20170525152525j:plain

電子書籍を出しました

AmazonのKindleストアで電子書籍を出しました。

タイトルは「私が私をやめたなら」です。

このブログで発表した作品に加筆をして、内容をまとめ直したものが中心になっております。

 

生まれただけでは息を吸えない。

読んでもらえて初めて呼吸が出来る。

 

どんな形でも世に出た書物は、誰かに読まれてこそ生きていけると自分は思っております。

自分の発信したものが誰かの目に触れてもらえる、自分にとってこれ以上の喜びはありません。

眠くて仕方がない時でも、嬉しくって嬉しくって小躍りします。

朝日に向かって小躍りです。

まさに、至福なのです。

 

「書く」という行為を通して、自分はたくさんの感情を受け入れてきました。

色々なことがありましたが、どうにかこうにか前を向いています。

 

目をつむり、内側に溜め込むだけの期間はもう終りです。

自分の体に刻みこんだもの、後ろを向いてただひたすら逃げた末に戻ってきた道の過程を言葉にしたい。

ここにいますと手を振るために、思いを出したい。

 

届けたい言葉があります。

自分が受けたのと同じような問題の渦中にいる人にもいない人にも、伝えたい気持ちと記憶があります。

生きてきた証を文字に込めました。

 

読んでいただけたら、嬉しいです。

 

私が私をやめたなら
私が私をやめたなら
posted with amazlet at 17.04.28
YOMA CREATIONS (2017-04-26)

高橋名人チルドレンよ、永遠に

 

高橋名人チルドレンよ、なぜ呼び出してくれなかったのだ?

私のツーコンのマイクは、常にオンにしておくと言ったのに

 

まぁ、いい

こうしてまた顔を見せてくれたんだ

細かい事は言いっこなしだ

さぁ、早いとこファミコンのコントローラーを握ってくれ

 

高橋名人チルドレンよ、時は確実に進んでいる

手始めに、そのシャネルズみたいなメイクを落とそうか

なんなら、その手首に付いたジャラジャラしたモノも外そう

君たちはもう、アムラーでもシノラーでもない

 

高橋名人チルドレンよ、流行など一瞬の夢だ

その煌びやかな幻は、まさに青いカセットのアイスクライマー

脇目も振らず氷を砕き、必死の思いでクリアしても

その先にあるのは、見覚えのある1面だ

そんな終わりの見えない無限ループに流されてもよいが、惑わされてはいけない

 

高橋名人チルドレンよ、年齢は気にしなくていい 

年をとったら落ち着こうなんて、誰かが勝手に決めたルールだ

人様に迷惑をかけるのが、若さの象徴ではない

  • ドラえもんドンジャラで、初めて役が揃ったトキメキ
  • 夜通しプレーしたUNOで、最後の最後に来たワイルドドロー4後の握り拳
  • 桃鉄で桃太郎ランドを購入した達成感
  • パラダイス銀河を真似て踊った高揚感

こういった衝動を引っ括めたのが、きっと若さだ

それは年を重ねて枯れるものではない

 

何? そんなものは無くなってしまったって?

バカを言っちゃいけない

1度味わった感情は、消え去ることはない

大丈夫

今はコンクリートと同化して見えなくなっているだけだ

チュッパチャプスを舐めて息を吹きかければ、たちまち輝き直すはずだ

 

高橋名人チルドレンよ、無理に笑顔を振りまく必要はない

君の周りを囲む人達に、どうにかして合わせようとしなくていいんだ

その人のことが嫌いなら、嫌いなままでいい

ただ、距離を保つだけでいい

いがみ合い、足を引っ張り合う先に待つものは

チョロの首吊りだ

そんなドラマの結末は、これっぽっちも望んではいない

視聴率が20パーセントを越えようとも

そんな最後は見たくない

私が求めているのは「ぼかぁ死にぃましぇん」と叫び、顔中を分泌液まみれにしている中年の美しい泣きっ面だ

 

高橋名人チルドレンよ、これから先も生きていこう

確かに、月9のような毎日は続かない

ユージ・オダ主演ドラマのような、分かりやすい立身出世も無いかもしれない

でも、思い出してみよう

私たちが子供の頃に見ていた物語を

  • キン肉マン ドラゴンボール ときめきトゥナイト
  • お金がない 17才 101回目のプロポーズ
  • グーニーズ バックトゥザフューチャー 星の王子 ニューヨークへ行く

そう、私たちはハッピーエンドで育った

途中で困難や挑戦があっても、最後は決まってハッピーエンドだ。

 

何? 人生そんなに甘くないって?

確かにそうかもしれない

でも、あのノストラダムスも世紀末の予想を当てられなかった

どうせ見通せない未来なら、あの日のハッピーエンドを描いてみたい

 

高橋名人チルドレンよ、私は喋りすぎた

君の希望通り、この辺でおいとましよう

でも、最後にもう1つ

しつこいようだが、忘れないでほしい

私が必要になったなら、ファミコンのツーコンを手に取ってくれ

私のマイクのスイッチは、常にオンだ

 

私は言葉を届けたい

 

溜めに溜めた思いがある

繋ぎ続けたストーリーがある

終わることのない想像がある

 

だから、呼びかけてほしい

その声が聞こえたなら、セーターを肩にかけ素足のまま革靴を履いて、君に言葉を届けよう

 

f:id:yoshitakaoka:20170303162643j:plain

(初代ファミコンは素敵なゲーム機。僕らに不親切な分、想像力との相性はバッチリです)

嫁に頭が上がらないわけ

2月14日、カナダでは今日がバレンタインデーでした。

この日は大好きなチョコレートの日であると同時に、自分たちの結婚記念日でもあります。

同じ名字になってから11年目の記念日、自分は今年も仕事でした。

 

籍を入れる時、忘れないようにと分かりやすい日を選んだのですが、こちらに来て2人ともホスピタリティ業界に就職したこともあり、このアニバーサリーを満足に祝えていない状態が続いています。

嫁さん、正直すまない。

 

カナダでは(きっと、他の英語圏の国々でも)夫婦間のバランスを表す決まり文句に:

「Happy wife, Happy life (嫁が幸せなら、自分の人生も幸せ)」というフレーズがあります。

あくまで個人的な見解ですが、自分はこの慣用句に白旗を上げて100%同意します。

 

結婚して、今年で11年。

タイトルにもある通り、自分は嫁に、全く頭が上がりません。

 

今ここで「嫁」なんて気安く言ってますが実際の心情的には嫁さん、いや、嫁様です。

上の一文を冷静に見ると、ドMさんが書いているイメージしか湧きませんが、自分は決して、Mさんグループに属している訳ではありません。

では、なぜ自分が「嫁様」などという言葉を用いたのかは、以下の「夫婦間のパワーバランス推移」を見ていただければ分かってもらえると思います。

 

嫁と一緒になって11年、そしてカナダに移住してからも、同じく11年が経ちます。

つまり自分は、こちらに来るホンの少し前に、彼女と籍を入れました。

出会って半年で決意した結婚。

ちなみに婚姻届を出した時点のパワーバランスは、「50:50」のイーブンです。

 

結婚してすぐ、自分は嫁に背中を押され、以前記事で書いた小学校へ1年間の任期で赴任しました。

ここでの仕事はボランティア。給料は出ません。

まだこの時は移住するとは決めておらず、尚且つ、帰国してからのプランはありませんでした。

今、振り返ると、完全な暴走行為です。

結婚して2ヶ月しか経っていないのに、自分の背中を押す嫁も嫁ですが、行く方も行く方です。

先の事は、なんとかなる。

当時は何の根拠もなく、お互い本気でそう思っていました。

「若さ」とは、一種の麻薬です。

ということで、自分の無謀な選択にも関わらず、この時点での力関係も奇跡の「50:50」キープです。

 

赴任地であるストラットフォードでは、当初、同僚の先生の家に住んでいましたが、学校が夏休みに入り、「こんな経験は、もう二度と出来ないかもしれないから、自分が居る間に生活しにきなよ」と、金もないのに一丁前に嫁に声をかけて呼び寄せてからは、その先生が所有するアンティークハウスに二人で住まわせてもらう事になりました。

 

街の中央を流れる大きな川沿いにある、アンティークハウス。

こう、文章に書くと何とも素晴らしい響きなのですが、そのドリームハウスは、何と現在進行形で改装中でした。

しかも、その直し具合が半端なく、アンティークハウスの名に恥じぬ、築80年はいっているのではないか、と思われしき建物を「リホーム」などという言葉が泣いて逃げ出すほど分解して「リビルド」していました。

その上、アンビリーバボーなことに、その改装は業者がやってるのではなく、同僚の先生の旦那さんが彼の弟と二人で仲睦まじくスローなペースで作業していたのです。

 

全く、終わりが見えない。

というか、絶対、終わらない。

 

つまり、玄関あけたら、「柱もねぇ、壁もねぇ、床板まともにハマってねぇ」という、リアル吉幾三ワールドでした。

そんな訳ですから、もちろん室内は「テレビもねぇ、ラジオもねぇ、インターネットは何者だぁ?」となっており、とても21世紀とは思えない新婚生活を、そこで送る事となりました。

(ネットは後で先生の旦那さんが「隣の家の無線LANを拝借」という荒技を無断で実行し、供給される事になります)

 

大きな家だったんです。

今までの人生で目にした事が無い程の大きな家だったのですが、1階、3階全域、及び屋根裏、地下の簡易キッチンを除く全てが改装のため使用不可で、唯一、残された2階が、自分たちの居住スペースとなりました。

 

当時、非常に少ないながらも家賃を払っていたので、この状況に文句を言う事も出来たのでしょうが、他にツテもアテもない上、1年目で英語に自信がない自分は「文句を言わない日本人」を見事に演じきってしまいました。

自分の体たらくと、幾三ハウスでの居住に嫁の不満が一気に上がり(当然です)、ここで初めてパワーバランスが動き、「60:40」になりました(もちろん、60が嫁です)。

この当時の記憶は、以後、何度も振り返る事になるのですが、思い出すたびに、嫁に対して「大変、すみませんでした」という思いしか浮かばなくなります。

 

決して、日本で裕福な暮らしをしてきた訳ではないのですが、あの1年間の生活は、文字通り「きっつきつ」な毎日を繰り返していました。

書き出すと、とても長くなってしまうので省きますが、1つ例えるならば、二人の初めての結婚記念日のディナーは、ウエンディーズ(日本にあるのかは分からないのですが、マクドナルドと同じファーストフード店です)のハンバーガーセットでした。

あの時、「今日は贅沢したね」なんて言わせてしまい、本当に、申し訳ございませんでした。

そんな状態で過ごした1年間(彼女にとっては約7ヶ月)が終わると、夫婦間のバランスは、「70:30」になっておりました。

もちろん、異存はございません。

自分が好きで来て、思い付きで長期間、呼び出してしまったのですから。

 

さて任期が終わり、「幾三ハウスよ、さらば」という時に、今度は自分が「カナダへ移住したい」と言い出しました。

大変、自分勝手です。

でも、ここに賭けたかったんです。

貧乏はしたけど、この1年間のインターンで、物凄い収穫がありました。

情熱を注げば注ぐほど、成果として現れる。

授業にしても、英語にしても、自分が打ち込んだ分だけ、伸びて、そして周りが結果を評価してくれる。

自分が何者だった、なんて関係なく、自分が打ち出した結果を、皆が見てくれる。

この社会で、生きていきたい。

その思いは日に日に強くなっていきました。

 

嫁は「ご飯を食べさせてくれるなら、どこでもいいよ」と言ってくれました。

神です。

パワーバランス「80:20」確定です。

でも、そんなのバッチこいでした。

彼女は日本で、しっかりとした学歴も職歴もあって、失うものがない自分とは状況が圧倒的に違っていました。

 

嫁は、自分に人生をくれました。

自分には出来ません。

彼女は、とても強い人です。

 

 うまく言えないのですが、嫁は、いつも違う場所にいました。

以前、付き合っていた彼氏が事故で亡くなってしまった影響からか、彼女はいつも「生と死」を深く考えながら生きてました。

 

夏休みに自分を訪ねてこちらに住むようになってから少しして、彼女は持っているビザで無料になる、子宮がんの定期検査を受けました。

「年が年だから、一応ね」彼女はそう言っていましたが、結果は「陽性」でした。

英語も満足に喋れず、周りに家族も知り合いもいない、異国の地で受けた結果。

その後、何度か検査を受け直しましたが、結果は同じです。

ビザで医療費がまかなえるという事で、彼女は最初の手術をこの地ですることを決心しました。

手術といっても一番初めに行われたのは、全身麻酔もかけないもので、自分も側にいれました。

話せる人が自分しかいない国で、ベットに横になる嫁。

手を握ったら、泣きそうな顔をしましたが、泣きませんでした。

 

しばらく時が流れ、何度か術後の検査をパスしましたが、また引っかかってしまいました。

今度はオンタリオ州で一番大きい、がんセンターです。

そして、今回の手術は全身麻酔をかけられるようでした。

 

「私がちゃんと目を覚ますように、祈ってて」なんて言うものだから、色々なことがイメージできて泣けてきました。

 

自分に彼女が以前経験したような「喪失」を受け止められる覚悟も度量もありません。

自分に出来ることは、祈る事と、亡くなってしまった彼氏に、嫁を守ってください、と必死にお願いする事でした。

 

手術が終わって目を覚ました嫁は、「甘いものが食べたい」と言いました。

彼女は、本当に強い人なのです。

 

嫁は自分の過去にあるものを全て受け入れてくれた、初めての女性でした。

やられ方や暴力の差は違えど、彼女も随分長い間自分と同じような経験をしていて、そしてそういったものとずっと戦ってきた人でした。

この人と一緒に人生を変えたい、この人と一緒に先を見て見たい。

彼女の中にある強さに触れて、自分は一緒になる決意をしました。

 

嫁は手術の事があった後でも、「この地で自分と生きていく」と言ってくれました。

 

彼女は、人生をくれました。

その対価として、一生「100:0」でも構わないと、嫁がくれた言葉の意味を噛みしめました。

 

こちらに来てから、何をするにも、どこに行くにも2人でした。

最初の1年、英語が上手く話せず、心ない人に馬鹿にされ、幼稚園児のように扱われても、2人でいれたから、何てことはありませんでした。

カナダに残れる道を模索して、ほぼ一文無しで引っ越した時も、嫁がいたから心配ありませんでした。

生きていくため、毎日、長時間働く期間がありましたが、とにかく先が楽しみでした。

お金貯めて、カレッジ行って、仕事と勉強の両立がキツかったけど、2人だから、何とかやってこれました。

嫁は移民後に、学校を2つ出て、今はカナダで一番に選ばれたスパで働いています。

 

自分の限界を、いつも簡単に壊してくれた嫁。

「情けないね、あんたの実力、そんなもんなの?」

そう言われ、悔しくて、自分の思い込みを破ってきた。

もう道がないと思えた時も、そんなもの自分で作ればいいと言い放った嫁。

生きていてくれて、本当によかった。

 

彼女は嫁であり、家族であり、一緒に生き抜いてきた戦友であり、親友で、恩人なのです。

 

「Happy wife, Happy life」

バレンタインの朝、自分の机の上に置いてあったブルボンアルフォート。

自分にとっては、どんな手作りチョコレートよりも意味のある宝物でした。

 

f:id:yoshitakaoka:20170215200203j:plain

(ストラットフォード時代の散歩道。物凄く寒かったけど、その分、綺麗でした)

© Copyright 2016 - 2018 想像は終わらない : 高岡ヨシ All Rights Reserved.