お前のザイオンは、どこだ?

昨日の記事の続きです。

yoshitakaoka.hatenablog.com

小太りバドワイザーに無理を聞いてもらい、地下の騒音地獄から抜け出した自分は、1階の角部屋で人間的な生活を手に入れました。

「下はうるさかっただろ。悪い奴らじゃないんだ。ただ、若いだけだ」

1階に移った日の夜に、キッチンで顔を合わせたBさんは、そう言って顔をほころばせました。

Bさんは、この寮で初めてヤマン挨拶をしたガッチリ体型のジャマイカンです。

しばらく1階で生活して分かったのですが、常にタンクトップを着て筋肉を前面に押し出しているBさんは、この階のまとめ役のような人で、彼の周りには常に年齢層が高めのジャマイカンもしくはバルベディアンがいて、夕食時には大所帯でテーブルを囲んでいました。

 

自分は地下にいる時から、キッチンで料理を作っては速攻で自分の部屋に運び入れ、いつも1人で食べていました。その方が気分的に楽だったのです。

ですので、寮の住人とは1階に移ってくるまで挨拶以外は殆ど会話を交わしませんでした。得体の知れないものをキッチンで作っている以外は、バスでしか見かけないアジア人。彼らにしてみたら自分は、何の掴み所も無かった住人だったと思います。

そのことが、自分が呼ばれていた呼び名である、「チャイナ」に現れています。

 

前回の最後の部分でも触れましたが、以下が社員寮での自分の名称変化図です:

チャイナ → ジャパン → サムライ → サムライヨシ → ヨシ → ミスターヨシ

 書いてみただけでは意味が全く伝わってこないので、一つ一つの名称解説と共に、寮で起きた変化を書いていきたいと思います。

 

チャイナ

いつも通り、気合を入れて素早く作った料理(ほぼ、辛ラーメン)を持って、速攻部屋に戻ろうとした自分を呼び止めるように聞こえた「ヘイ、チャイナ」の声。

振り返ると、Bさんが立っていました。

「ヘイ、チャイナ。今からみんなで飯を食うから、お前もテーブルに混ざれ」

チャイナ……。なんてこった、俺の事じゃないか。

憮然とした気持ちで促されたテーブルへ向かい、座る場所を探していると、向かいにいた猫背のおじさんが「チャイナ、ヒア」と言って手招きをしました。

「あの、すみません。チャイナってなんですか?」

なんてこった、な呼び名をこれ以上、受け入れたくなかった自分は、奥に座るBさんに理由を聞きました。

「ん? お前はチャイナじゃないのか? 地下の若い奴らがお前をそう呼んでたぞ」

あは、そんな風に呼ばれていたんだ。知らなかった、全く。

Bさん、そして隣の部屋だったP君、初日の挨拶で自分が言った名前なんて覚えていませんよね……ヤマン。

自分が研修に行ったホテルはアジア人が極端に少なく、何人かの中国人とフィリピン人は見かけましたが、日本人は1人もいませんでした。

別に中国人に間違えられるのが嫌なわけではありません。見た目は同じですから。ただ、事実と違うことが嫌なのです。しかし、自ら交流を避けていたこの寮で、自分が何人に思われていようとも仕方がありません。

いますぐ訂正せねば。

「自分はチャイナ出身ではなく、ジャパンです、ジャパン!」

2億4千万の訴えよ、届け。

「ジャパン? お前は、ジャパン出身なのか? 悪かった、知らなかったよ」

 

ジャパン

訂正は出来ました。皆も、「おー、なんだジャパンかぁ」と理解してくれたようだったのですが、呼び名が「チャイナ」から「ジャパン」になっただけで、そこから先に進みません。

「ヨシです」と繰り返し伝えたのですが、その場はまだしも、1日、2日過ぎると、「ジョシ」「ジョセ」「ホゼ」など、なぜか最終的にスパニッシュ系の名前に落ち着いてしまいます。その都度、訂正して直してもらうのですが、面倒になるのか、いつのまにか「ジャパン」という振り出しに戻ってしまうのが続きました。

ヨシという名前は、カナディアンにはめっぽう強いのですが(マリオの国出身のグリーンモンスターことヨッシーは、こちらの表記では Yoshi と書かれます。ですので、ネームタグマジックで大人も子供も掴みはオーケー。Nintendoさまさまです)、カリブ海の国々の方には馴染みが薄いようでした。

ということで、ジャパンがしばらく幅を効かせます。

 

サムライ

歴史が大好きな自分ですが、先祖はもちろんサムライではなく、京都で瓦を焼いていたらしいです。

そんな自分が「サムライ」と呼ばれるに至った経緯は、Bさんの強すぎる思い込みでした。

1階に移っても、天気が悪い日以外は、ほぼ毎日瞑想をしに公園へ行っていました。滞在する時間は減りましたが、それが日常のルーティーンだったのです。

そんなある日の公園からの帰り道、入り口前でタバコを吸っていたBさんが自分を呼び止めました。

「おい、お前はいつも何処に行ってるんだ?」

「そこの公園です」

「そこで何をしているんだ?」

「瞑想をして、リラックスしています」

「瞑想? 何だ? ジャパニーズスタイルのやつか?」

「違いますよ。何スタイルだか分かりませんが、自分の好きなようにやっています」

「どんな風にやっているか、ちょっと見せてくれ」

「はぁ……」

自分はいつもやっている通り、足を緩い座禅のように組んで座りました。

「おい! 俺はそれを知っているぞ! サムライだろ、それ」

「サムライ? ではありません」

自分はBさんにサムライについて簡単な解説をし、座禅瞑想スタイル=サムライではないことを説明しました。

が、しかし……Bさん、自分の話、全く聞いてない。笑顔で「サムライ、ヤマン」とグータッチする始末。

早速、飯を食いながら仲間に言いふらしたBさん。

バイバイ、ジャパン。ハロー、サムライです。

 

サムライヨシ

これは、Bさんだけが使っていた名称です。テレビ、映画を通してワールドワイドな認識をされている「サムライ」の破壊力は凄まじく、言いやすいのか、それともただ言ってみたいのかは分かりませんが瞬く間にその呼び名は、地下の若い子たちを巻き込んで広がっていきました。

「ヘイ、サムライ」「ヤマン! サムライ」「サムライ、ワァツァップ」

 うーん。すこぶる居心地が悪い。呼ばれる度に斬りつけられる感覚。名前負けもいいとこです。

これはきっと、英国の方が、ジョン、ポール、ジョージ、リンゴなどの名前ではなく

「おい、ビートルズ」「よっ、ビートルズ」「元気かい、ビートルズ」と呼ばれるのと同じなのではないでしょうか。

やっぱり、止めてもらおう。

そう心を決めてBさんの元へ向かった自分は、熱意をもって「自分は、サムライではない」と力説しました。しきりに頷きながら話を聞いてくれたBさんは、それじゃあこれはどうか、と「サムライヨシ」を代替案に出しました……。

Bさん、全く分かってない。

自分たちは、果たしてちゃんと意思疎通が取れているのか、自分の英語力を疑いました。ちなみにこの「サムライヨシ」、無駄に長いのでBさん以外は誰もそう呼ばず、サムライの長期政権は続きました。

 

ヨシ

色物系の呼び名が打線を彩る中、とうとう混じりっけなしナチュラルな自分の名前が呼ばれる日がきました。ミラクル。

そのきっかけは、自分が月間最優秀スタッフに選ばれたことでした。

右も左も分からない、奥地にある避暑地。町自体は大きくなく、車がなかった自分の行動範囲は、休日に歩いて40分かけて行く銀行と、帰り道にあったホットドックスタンド、それに毎日足を運ぶ公園という極小空間のみでした。

地下の騒音地獄時代は言わずもがな、地上に這い上がっても、Bさん軍団と夕食時に話すのみ。ネットをしようにも、Windows Me なみのスローなブギ。

つまり、やることがなかったんです。

ですので、反対方向に振り切った自分は、仕事の時間が楽しみで仕方ありませんでした。マンモスミラクル。

とにかく、働きました。品行方正を絵に描いて版画すりしちゃうくらい勤務中は、めっちゃくちゃ笑顔。ニコニコ、ニタニタ、ニヤニヤ、エヘエヘ。パーティーフォーではないお客さんを対応するのが、嬉しくって楽しくって、狂気の沙汰。

取り乱しにも似たエンドレス・スマイルが選考委員の目をくらませたのか、その賞に選んでいただくことが出来ました。

「エライ、エライ。俺は、ハードワーカーが好きなんだ」

社内に張り出された紙を見て結果を知ったBさんは、夕食時に皆の前で大袈裟に褒めてくれました。

その日以来、自分は「ヨシ」と名前で呼ばれることが多くなり、ホテルでも寮でも普通に話しかけてくれる人が増えました。

自分は、それが嬉しかったのです。

 

ミスターヨシ

これは、「サムライヨシ」の時と同様に、Bさんだけがそう呼んでくれていました。

認めてもらえたことが幸せだった自分は、以前にも増してイソイソと勤務に精を出し、毎日スタッフに配られる日誌に、ちょくちょく名前を乗せてもらえるようになりました。Bさんはその度に赤いマーカーで自分の名前を囲み、「グッジョブ」とグータッチをしてくれました。

「ミスターヨシ。お前はそれに価する」

初めてBさんにそう言われた時は、グリーンモンスターのバージョンアップネームに聞こえたのですが、今では大切な言葉の1つです。

 

Bさんは、ゴッツゴツな体をした優しい人でした。

レゲエが大好きな彼は、自分にザイオンの意味と Dennis Brown や Jacob Miller、Culture などの素晴らしいアーティストを教えてくれました。

 

ザイオン(天国、約束の地、理想の地)

 

「ヨシ、お前のザイオンは、どこだ?」

いつかBさんがしてくれた質問には、唐突すぎて上手く答えられなかったですが、今ならちゃんと言えます。

自分には、どこか特定なザイオンはありません。

大事な人と猫んズたちと健康でいれて、住んでいる場所が好きになれれば、そこが自分のザイオンなのです。

ビガップBさん!

ありがとうございました。

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 (風も雲もないムスコカの夕暮れ。メープルフラッグは一足先にお休みです)

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