ねぇ、知ってる? 〈高岡ヨシ + ミチコオノ〉

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ねぇ、知ってる?

あの子のお母さん、PTAの会長さんとできてるらしいのよ

 

ねぇ、知ってる?

あの子の家の弟さん、やっぱり変なんですって

 

ねぇ、知ってる?

あの子のお母さんの出処、どうも橋の向こうの地区らしいのよ

 

ねぇ、知ってる?

あの子のお父さんの会社、噂通り倒産したんですって

 

 

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ねぇ、知ってる?

あなた達の話、全部聞こえているよ

 

ねぇ、知ってる?

あなた達が笑ってしている話、全部おかしくも何ともないんだよ

 

 

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おい、知ってる?

あいつ、昨日もヤられたんだってよ

 

おい、知ってる?

一緒に殴れば、金がもらえるんだってよ

 

おい、知ってる?

あいつ、授業中に血を吐いたらしいぜ

 

 

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ねぇ、知ってる?

あなた達の話、全部聞こえているよ

 

ねぇ、知ってる?

あなた達が笑ってしている話、全部面白くも何ともないんだよ

 

 

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あなた達が知りたいと思っている話を、私は聞きたくない

あなた達が笑ってしている話を、私は全然面白いとは思えない

あなた達の興味があることを、私は知らない

 

「何にも知らないんだ」ってあなたは言うけれど、私だって知っていることはある

 

 

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ねぇ、知ってる?

誰もいない校庭に横たわると、月面にいるように感じるんだよ

 

ねぇ、知ってる?

夜中プールに忍び込んで、ずっと水面を見ていると、急に光る瞬間があるんだよ

 

ねぇ、知ってる?

デパートの屋上にある看板をのぼると、黄色と赤と青黒い空が迫るんだよ

 

ねぇ、知ってる?

早朝、日が昇る少し前に神社に行くと、拝殿がやけに白く見えるんだよ

 

 

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あなた達が知っていることと、私が知っていることが、目の前に揃った

お互い、これ以上、隠していることはないはずだよね

 

だったらもう、「おあいこ」にして帰ろうよ

知らない間に、外は真っ暗だ

 

さぁ、もうやめにしよう

これ以上、違いを求めたら、どちらかが消えなきゃいけなくなっちゃうから

 

 

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***

 

〈文〉高岡ヨシ

〈絵〉ミチコオノ

 

ミチコオノ氏に、感謝。

fukaumimixschool.hatenablog.com

今回の詩は、こちらに収録されています。

読んでいただけたら、嬉しいです。 

私が私をやめたなら

私が私をやめたなら

 

七日後の秘密

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「急に呼び出して悪い」

 

「それはいいけど、誰もいないよね」

 

「誰もって?」

 

「ヤマカワさんとか」

 

「大丈夫。いない、いない」

 

「本当に? 倉庫なんかに呼び出すから、構えちゃったよ」

 

「ごめんな」

 

「いいよ。それよりさ、月曜どうだった? やっぱり新しいことされた?」

 

「月曜? あぁ、水のやつ?」

 

「うん。あれ、ひどくない? 着替えなんて持ってないから、ビショビショのまま帰ったよ」

 

「俺も。すれ違う人にジロジロ見られた」

 

「あんなの、何が楽しいんだろうね?」

 

「あいつらが笑ってしてくるやつ、全く理解できない」

 

「最低だね」

 

「あぁ、最低だ」

 

「あのさ、聞くのが怖いんだけど、何か緊急事態あった?」

 

「いや、大丈夫。今のところは何の連絡もない。今日呼んだのは、ヤマカワ関連のことじゃないんだ」

 

「え、そうなの?」

 

「ちょっと聞いて欲しいことがあって」

 

「うん。どうしたの」

 

「あのさ、タカギ先生って、結婚してたっけ?」

 

「タカギ先生? 保健室の?」

 

「あぁ」

 

「いや、知らない。保健室のタカギ先生でしょ? 結婚してるなんて話、聞いたことないよ」

 

「そっか」

 

「何で? 何かあったの?」

 

「先週の水曜なんだけど、なんとなくヤマカワとかに呼び出される気がしたから、保健室に逃げたんだ。水曜って、よく呼び出しがあるから」

 

「うん。水曜の昼休み明けって、危ないもんね」

 

「危ない。事情は話してないけど、タカギ先生って基本なんにも言ってこないから、その日も『頭が痛い』って言って、寝かしてもらってたんだ」

 

「僕も時々そうしてる」

 

「あそこさ、寝る時、あのカーテンみたいのでベッドをグルッと隠すだろ? その日もタカギ先生がそうしてくれたんだけど、滑りが悪かったのか、ちょうど枕の部分にちょっとした隙間が出来たんだ。本当にちょっとなんだけど、自分で閉めるのもなんだから、そのままにしてたの。俺が寝てたベットは入り口側だったから、そこからは先生の後ろ姿が見える感じ」

 

「うん」

 

「いつもそうなんだけど、寝っ転がっても寝れないから、天井をずっと見てた。そしたら、『ジャキッ ジャキッ』って音が聞こえてきて。ゆっくりと、何かを切るような音」

 

「音?」

 

「あぁ。その時、部屋には俺と先生しかいなかったから、気になって隙間から覗いたんだ。ハサミは見えたから、机の上で何か切ってるのは分かったんだけど、何を切ってるのかまでは見えなかった。何か作業をしてるんだと思って気にしないようにしたけど、途中から声も聞こえ出して」

 

「声って、先生の?」

 

「『出てくるな』って、声。最初は小さくて何を言ってるのか聞き取れなかったけど、意識したらだんだんクリアに聞こえてきた。『出てくるな』『出てくるな』って」

 

「え、それはサエキに対して言ってたの?」

 

「いや、独り言なんだと思う」

 

「『出てくるな』って?」

 

「何かを切りながら、小さい声でずっと。何だか変な感じがして、先生の後ろ姿から目が離せなくなった」

 

「その時、何か声をかけた?」

 

「かけないよ。かけれないよ。それから少しして、先生が誰かに呼ばれて部屋を出て行ったんだけど、いったい何を切ってたのか凄い気になってね」

 

「もしかして、ベッドから出たの?」

 

「五分くらい待ったんだけど、先生帰ってこなかったから」

 

「出ちゃったんだ」

 

「だって、訳の分からないこと言いながら切ってたんだぜ」

 

「それで、机の上に何があったの?」

 

「机の上には何もなかった。切ってたものは先生が部屋を出てく時に、引き出しにしまってたからな」

 

「その引き出し、開けてないよね?」

 

「開けたよ。そこまでいったら開けるだろ」

 

「開けないよ。開けちゃダメだよ」

 

「そんなこと言われも、もう遅いよ。開けたんだから。まぁとにかく、そこには赤い布っていうか、お守りみたいなやつがバラバラに切られてあった」

 

「お守り?」

 

「あぁ。交通安全みたいなやつ。何のお守りかは分からなかったけど、バラバラだった」

 

「あのさ、それやってたの、本当にタカギ先生だよね? 保健室の」

 

「そうだよ。それ以外にありえない」

 

「何でそんなこと」

 

「分からない。それに、そこにあったのはお守りだけじゃないんだ。バラバラになったお守りの下に、絵があった」

 

「絵?」

 

「うん、これ。この絵」

 

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「何、これ?」

 

「分からない」

 

「ねぇ、何でこの絵をサエキが持ってるの?」

 

「引き出しを開けてこの絵を見つけた時、保健室に生徒が入ってきたんだ。それで咄嗟にポケットに入れた」

 

「その時、先生も帰ってきたの?」

 

「いや、生徒だけ。確か、ケンジと同じクラスのシミズ君だと思う。なんか、タカギ先生を探してるみたいだったけど、『いませんよ』って伝えて、気まずくなったからそのまま部屋を出た」

 

「ねぇ、その絵の裏に何か書いてあるよ」

 

七日後

 

「これね。家に帰って、ちゃんと見た時に気付いた」

 

「七日後って、何?」

 

「分からない。全然、意味が分からない」

 

「下に、ほら、そこに書いてある日付って、それ先週のだよね」

 

「だと思うよ。日付的に先週の水曜日なんじゃない」

 

「じゃあ、七日後って」

 

「今日、だな」

 

「何か、あった?」

 

「いや、今のところは何もない」

 

「でもさ、タカギ先生はサエキが絵を取ったって知らないかもしれないでしょ? だってあの時、戻ってこなかったんだから」

 

「戻ってはこなかったけど、絵と一緒に俺もいなくなってるからな」

 

「サエキの他にも生徒が入ってきたって言ってたよね、じゃあその子が取ったってことも考えられるでしょ? だったら……あ」

 

「何? どうしたの?」

 

「その生徒……さっき、シミズ君だって言ったよね?」

 

「あぁ。ケンジのクラスの子だよな」

 

「そのシミズ君、二時間目の後に保健室へ行って、そのまま早退したって聞いたよ」

 

「……え?」

 

 

 

タン

タン

タン

 

タン

タン

タン

 

ガラッ

 

 

「あっ、本当にいた。何やってんだお前らこんなことで。まぁ、いいや。おぃサエキ、タカギ先生に、お前がここにいるからって言われて来たんだけど、なんか急ぎらしいんだ。渡した資料のことで話があるみたいだから、至急、保健室へ行ってくれ」

 

 

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〈文〉高岡ヨシ

〈絵〉ミチコオノ

 

 

 

 

夏をやってない

ハッとして目を覚まし

通りに近い窓を開ける

 

緑を覆う色あせた枯れ葉 

喉に飛び込む息は冷たい

 

薄く横に伸びる雲

縦に登れず空を這う

 

確かにここにあった夏

それなのに

僕は夏をやってない

 

バケツに飛び込む手持ち花火

生み出す音が夜を鎮める

 

咲き終わりに残る白いライン

暗闇に写す向日葵の花びら

 

もう 

何年見ていない?

 

市営プールの帰り道

夕焼けに交わる塩素の匂い

 

天に浮かんだ七色の曼荼羅

オレンジの雲は何にでも化ける

 

灰色へと続く通学路

遠くに見える工場の煙

 

もう

何年帰っていない?

 

特別が日常になり

御馳走への距離が縮まる

 

不便や貧困を崇めない

でも

スイカに種があったっていい

 

僕は夏をやっていた

 

一人でいても

家に帰らなくても

 

僕は夏をやっていた

 

夜明け前に飛び出す国道

車の列をやり過ごし

瞬間を逃さずシャッターを押す

 

大した写真は撮れてない

それでも

そこには夏があった

 

制服を着替えて家を出る

目指す先はデパートの屋上

 

夕陽に幕が下りたなら

蛍光灯がその目を覚ます

 

出っ張ったコンクリに足をかけ

ビルを使って描く地図

 

あんなに頭を乱されて

あんなに体を取られた街が

小さくなってひかり輝く

 

現状は何にも変わらない

それでも

そこには夏があった

 

僕は座ってた

 

拝殿の裏に

高架下の隅に

 

僕は見つめてた

 

水面に浮かぶ金魚を

干からびたカマキリを

 

扇風機に押されて歌う風鈴

宙に響く祭りの太鼓

 

確かにそこにあった夏

 

収まらない感情の避難所 

それが僕の夏だった

 

ネクタイを締めて夏が消えた

お金と引き換えに夏が消えた

 

いや

 

そんなことはない

 

僕が夏を消した

 

言い訳ばっかり口にして

 

僕が夏を消した

 

***

 

休みを取った

 

ドリンクホルダーに炭酸を入れ

アスファルトを三時間踏んだ

 

土砂降りの後に赤が出て

黄色と混ざって青黒になった

 

寄り道をして超えた坂

ひらけた先に夏があった

 

気温五度の温水プール

十二年間を肌で取り込む

 

大好きな逆立ちをした

誰もいないのをいいことに

気の済むまで逆立ちをした

 

耳に水が流れ込み

感覚が狂って夏になった

 

もう若くはない

 

何が必要で

何が不要か

 

心が求めてるものしか欲しくない

 

人目を気にして震える代わりに

夏を残して奥に潜ろう

 

比べて鼻を伸ばす代わりに

残した夏で想いを繋ごう

 

進んで行きたい道がある

余計なものはもういらない

 

取捨選択して始める引き算

 

執着ばかりで埋まった容量

腰を下ろして紙に書き出す

どれだけ記憶を削っても

戻った夏は二度と消さない

 

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衝動は、ここにいる

クリップで留めた感情は

夜を越えない

 

湧き上がる衝動と会話がしたいから

柔らかいクッションは取っ払った

 

遠慮なく飛び込む刺激は

たまに痛いほどだけど

とにかく朝を迎えたかった

 

喜怒哀楽に 

邪と欲

 

そのままの形で出てきた思いに

自分の全てをぶつけたい

 

頭を強く揺さぶる曲に

深く引き込まれる文章

ハッと心をえぐる絵に

過去を連れてくる写真

 

胸の内側が溢れたなら

下手なステップで床を滑ろう

 

記憶がうまく収まらないなら

意味もなくハイウェイを飛ばそう

 

何かが背中をつつくなら

家の周りをグルグル回ろう

 

仕事帰りに見つけた景色を

追いかけたっていいんだ

大丈夫

ご飯の支度が遅れるだけだ

 

絵が描けないから文字を書く

音が作れないからストーリーを創る

 

大声で気持ちを叫ぶ代わりに

毎日たくさん写真を撮るよ

 

 

あなたのことが大好きだから

親しみを込めて「友」と呼ぼう

 

 

なぁ 友よ

衝動は息をしているか

 

なぁ 友よ

雑音なんか気にしないでくれ

 

なぁ 友よ

襲い掛かるような情熱を

真正面から受け止めたならば

もっともっと表現できる気がするんだ

 

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取っ払う

枠には入れなかった

 

入らなかったのではない

 

入れなかったのだ

 

 

はじき出されて 何を想う

普通を横目に 何を想う

 

 

付いたレッテルはどうでもいい

それが意味をなさない事は 

ここまで生きて身に染みた

 

付けられたレッテルも気にしない

そんなものは

他人にひとときの優越感を与えるだけだ

 

でも 人は忘れていく

どんどん気にせず 忘れていく

 

ならば

すり寄った時間は幻か

抱えた苦悩は無駄死にか

共存しようと付けた飾りは

もはや無用の長物か

 

 

だったら

枠には収まらない

 

収まれないのではない

 

収まらないのだ

 

 

ネクタイは締めなくていい

いつかそれで首を括るのなら

 

傘は差さないでいい

いつかそれで他人を突くのなら

 

男にも女にもならなくていい

その役割に押しつぶされるのなら

 

 

雨に濡れても

そのまま歩こう

 

寒くないのなら

このままずっと歩いていこう

 

大丈夫

もう その枠は要らない

 

無理して中に居なくても

確かに存在していけると

時間を掛けて分かったのだから

 

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行き場のない感情は、どこへ流せばいいのだろう

皆さんには学校や職場、もしくは住んでいる街などに自分1人になれる場所がありますか?

自分は、あります。

というか、新しい所へ行くと、まずその候補地を探します。

 

小さな神社の拝殿裏

人気のないデパートの屋上

決まった駅の階段下ベンチ

誰も使っていない駐輪場

冬のプール小屋

 

ちなみに今の職場で使っているのは、ボールルームの先にある備品室で、そこはドアを開けるのに専用のカードキーを必要とするため、ほぼ確実に1人になることができます。

 

人によって1人になりたい理由は様々だと思いますが、自分の場合は嫌なことや辛いことがあった時、そして、感情の落とし所が分からなくなる出来事に遭遇した際に、上記の場所へ足を向け、じっと気持ちが収まるのを待ちます。

 

行き場のない感情。

悲しいわけでも、寂しいわけでも、憤りを感じるわけでもない。

ハッキリとした表情を持たない思いが心を占めた時、とにかく無性に1人になりたくなるのです。

 

自分がその感情を強烈に意識したのは、22歳になって行った大学病院からの帰り道でした。

見えなくなっても

無くなっているのではない

 

中学、高校を通して山のように溜め込んだ消化不良の塊を無理やり心の端に追いやり、卒業後、逃げるようにして向かったバンクーバー。

誰も自分を知る人がいない環境の中、人生で初めて真剣に取り組んだ勉強がとにかく楽しく、ローマ字で名前も書けなかった英語力は、やればやるだけ伸びていきました。

 

(勉強が楽しい)

 

今まで生きてきて、一度も味わったことのない思いに魅了され、帰国後、独学で入った大学。

元々、高校も出席日数ギリギリで何とか卒業できた状態だったので、進学しようなどと考えたこともなかった自分は、「大学」というものに過剰な期待をしていました。

 

当時、二十歳だった自分は、限りなく無知で、とにかく世間知らずでした。

 

教科書をなぞるだけで進められる、一方通行の講義。

中学、高校と変わらない「学校」という空気。

 

自ら勝手に上げたハードルにつまづいた結果、自分の足は自然と教室から遠のきました。

 

(思い描いていたのとは、違う)

自分の感じた思いを正当化させようと、繰り返し唱えていた言い訳。

 

ただただ、弱かったのです。

本当に強い人は周りに流されません。

理想だけ高く、頭でっかちだった当時の自分は、己の意思を貫く気概を持ち合わせていませんでした。

 

大学のある駅に着いても、ホームのベンチに座ったまま動かない。

構内に入っても、クラスには行かず、図書館に通いつめる毎日。

 

(自分は一体何をしているのだろう)

 

見つからない訳を探すように、デカルト、ニーチェ、ハイデガーなどを読み漁り、時間をかけて必死にノートにまとめたのですが、自己弁護の糧とはなりませんでした。

 

講義に出て、出席表に名前を書く。

そんな簡単な事すら出来ない自分は、人と比べて酷く劣っていて、どうしようもない存在に思えました。

 

終わりのない自己否定によって、バランスを崩していく心。

そのタイミングをじーっと待っていたかのように、今まで隅に押しやり無かったことにしていた記憶が突然、姿を現しました。

 

あれだけ頭の奥にいたのに、意識した時には、もう目の前です。

 

何度も見る同じ夢。

鮮明に浮かぶ場面。

ずっと誰かに見られている感覚。

奴らが襲撃に来るのではないかという妄想。

鳴ってもいないのに聞こえる、チャイムや電話の呼び出し音。

 

やられていた頃のように眠れない日々が続き、慢性的に不安を感じるようになりました。

 

(頭がおかしくなってしまったのかもしれない)

 

いつも一緒にいた仲間と過ごしている時は、嘘のように気分が晴れやかになるのですが、一人でいるとダメでした。

なので、その頃は暇さえあれば集まり場所に入り浸り、家で過ごす時間は極端に少なくなっていました。

 

睡眠を取りに帰っても、眠れなくて叫び、電話やチャイムが鳴ったと家を荒らす。

十代の時のように内側にあるものを押し殺さなくなった結果、家族に多大なる迷惑をかけてしまいました。

思い返しても申し訳ない気持ちにしかなりませんが、それが当時の自分にできた精一杯の「SOS」でした。

 

「そういう病院で診てもらったほうがいいんじゃないか?」

 

家での様子を見かねた親が、そう提案した頃には、もう大学には通えない状態になっていました。

 

「そういう病院」

今ほど心の病が一般化していなかったあの時代、クリニックなどの存在も知らず、どのようにして診てもらう医者を探せばよいのか分からなかった自分は、あてもなく市内にある大きな大学病院に行きました。

 

勇気を出して受付を済まし、待合席に座ったものの、「精神科」という文字が視界に入り、惨めで心が潰されるようでした。

 

何の知識もなく偏見の塊だったあの頃の自分が、心底嫌になります。

 

極力、顔を上げないようにして過ごした長い待ち時間。

横に座った人の携帯に付いていた、キティちゃんのストラップがこちらを見る度に、帰りたくて、助けてほしくて、イライラしました。

 

やっと自分の番になり診察室に入ったのですが、椅子に座っていた医者を見て愕然としました。

その先生はインターンと見紛うほど若く、とても日に焼けていたのです。

全く、先生然としていない。

 

医者が若くて日に焼けていても問題ありません。

ただ、あのとき座っていた方は、自分が勝手に持っていた精神科医師のイメージと大きくかけ離れていました。

 

(この人で大丈夫なのだろうか)

 

勝手に想像して上げたハードルにつまづく。

自分はまた、同じ轍を踏みました。

 

最初のイメージで圧倒されましたが、とにかく自分は彼が投げかけてくる質問に本気で答えました。

 

これで楽になれる。

状況は劇的に改善する。

 

自分は本気でそう信じていました。

 

今なら分かりますが、無理なのです。

当たり前です、これが初診ですから。

その日に来て、その日にどうこうなる話ではありません。

 

じっくりと時間を取り質問用紙に答えを入れ、過去と今を必死に話しましたが、先生の反応はとても薄いもので、切り返しもどこか曖昧でした。

それでも、どうにかして自分の思いを伝えなければと先生を強く見つめたのですが、その方は自分が話をしている最中に、スッと、時計を見ました。

 

よく分からない顔をして、時計を見たのです。

 

とてもショックでした。

そして、どうしてもその行為を受け入れられませんでした。

 

その先生に非はありません。

冷静に考えれば仕方のない事だと思います。

クリニックではなく大学病院。

後に詰まっている患者。

話を止めない自分。

迷惑と感じられても、仕方がありません。

 

でも、あの診察室にいた自分は、それを一切、飲み込めませんでした。

 

怒りが、こみ上げてきました。

 

(お前に、何が分かる)

(お前なんかに、何が分かる)

 

自分の殻に入る逃げ口上が、頭で響きます。

 

それから自分は、何も話さなくなりました。

何を聞かれても、口を閉ざしたまま。

睡眠導入剤の説明をされても、次回の予定を立てられても、無視です。

そんな調子では、先生も呆れてしまいます。

 

「じゃあ、また辛くなったら来てくださいね」

日に焼けた若い医者は、自分の顔を少し覗き込むようにして言いました。

 

(先生、今がつらいんです)

 

支払いを済ませた自分は、すぐにトイレの個室に駆け込み、自分の腕を力一杯噛みました。

 

なぜ、あの時、腕を噛む行動に出たのか分かりません。

なぜ自分は自分を、あんなにも強く噛んだのか。

とてつもない怒りと悔しさで感情がコントロール出来なくなった、というのは理解できますが、歯型の内出血を残した、その理由が分からないのです。

 

トイレの個室で散々思いを発散した後、放心というか、軽い貧血感というか、何とも言えない感じになりました。

激しく噛んだ腕の痛みで、怒りや悔しさが一気に引っ込んで、抜け殻のような状態。

何かを感じるのだけれど、その何かが分からない。

冒頭に書いた、悲しいわけでも、寂しいわけでも、憤りを感じるわけでもない感情です。

 

どうしていいのか分からないから、1人になりたい。

一刻も早くこの病院から抜け出して、1人になりたい。

 

その場に立ち止まりたくはなかったので、行きに乗ったバスを待たずに歩き出しました。

その病院から、いつもの神社の拝殿裏まではかなり距離があったのですが、その時は構わず歩いて行きました。

 

それからしばらくして、大学を中退しました。

そしてあの日以来、自分は病院に戻ることはありませんでした。

 

今考えても、その選択が正しかったかどうかは分かりません。

 

不安な気持ちはそれからも変わらず続きましたが、可能な限り仲間と会い、嫌な状態が抑えられない時は、無理やり外に走りに行き、部屋で筋トレを繰り返しました。

運動や筋トレをして状態が良くなることはありませんでしたが、身体的な疲労により、それらを紛らわせることは出来たのです。

 

自分はその後、心に巣食っていた「不安」を「怒り」に変えて生きてきました。

恐れとすり替わって生まれた攻撃的な気持ちが高まると、激情に任せてダンベルを上げました。

 

今、この歳になっても、自分はあの時の記憶を許すことができません。

不安に感じることはなくなりましたが、怒りはまだ根を張っています。

ただ、昔と違い、歳を重ねたことで、その経験が創り出した副産物を冷静に見つめられるようになりました。

 

終わりのない空想も、妄想も、あのとき同時に生まれたもの。

果てしない自問自答も、何時間も同じ景色を見続けるのもそう。

自分があの時の記憶をどう思おうが、創り出されたそのものには感謝です。

 

 

行き場のない感情がどこへ流れるのか、自分は未だに分かりません。

カテゴライズ不可能な感情に遭遇すると、相変わらず1人になって気持ちが収まるのを待つだけです。

そこは昔と何も変わりません。

 

37年間生きてきても、心は分からないことだらけです。

この先の人生で、その一つ一つの答えを探せるかどうかは分かりませんが、気持ちを表現し続けて感情の景色を広げていけば、正解ではなくとも、納得できる落とし所は見つかると思うのです。

 

 

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(ストラットフォードの中心に流れるエイボン川。冬になるとその姿を変え、白い砂漠になります)

ハッシュタグ「人間を出せ」

前回の記事の続きです。

yoshitakaoka.hatenablog.com

ハッシュタグ「人間を出せ」の世界。

これ、個人的に十分あり得る未来だと思います。

自分が例えに出した2037年、今から20年後の世界なんですけど、現在の進化のスピードを考えたら、きっと想像以上のデジタルワールドが自分たちを待っているのだと考えられます

20年。

その年月は多くの常識を変えるのに、十分すぎる力を持っています。

 

例えば今から20年前の1997年。

ビジュアル系と初代プレーステーションが世の中を席巻し、庶民レベルの最先端はポケットベルからPHSへ! という時代でした。

個人的には「モード系とは違う個性」と息巻いて、アイビーやモッズスタイルに憧れ、少し背伸びして下北沢へ古着を漁りに行っていました。

それでも流行りに逆らう勇気はなく、品切れ状態だった紺のラルフローレンのベストを探し回っては街を徘徊し、どうにかしてそれを手に入れて安心感を得ていました。

(そんなラルフのベストも、すぐさま先輩に呼び出され献上する羽目になる暗黒時代真っ盛り。体の痛みと新聞配達時の寒さが身にしみます)

 

とにもかくにも、20年経った今、「あの頃」はもう存在していません。

さようなら、たまごっち。

ありがとう、docomoのiモード。

アステルに、DDIポケット、お世話になりました。

 

そう、泣こうが喚こうが、たまごっちをしようが時代は変わっていくのです。

2037年、今ある大部分の職種が人間以外の手で行われているであろう時代、その担い手になるのが作業用ロボット、AI搭載型ロボット、そして人間と見た目が変わらないアンドロイドだと思います(アンドロイドは費用の面で、そこまで普及していると思えませんが)。

それらの機体は、特に製造業とサービス業の分野によく見られるようになり、自分が働いていたホテル業界にもテクノロジーレイバーの嵐は吹き荒れるでしょう。

 

ホテルの現場に置かれたAI搭載機はとても優秀で、客の無理難題も問題なく対処できると思うのですが、文句が人生のお友達である YouはShockな人々は、それで満足できるとは考えられません。

「おぅ、責任者を出せぇい!」と同じ勢いで、「おぅ、人間を出せぇい!」とAI搭載機が並ぶフロントデスクで叫んでいる様子が容易に想像できます。

何を言っても一方的な謝罪しかしないAI搭載機、眼球に埋め込まれたレコーダーによって客の言動を逐一記録するアンドロイド、そんなものよりも彼らが必要としているのは、嫌な顔をされても話を聞いてもらえる不完全な人間なのです。

 

そこで呼び出される度に顔を出さなくてはいけない人間スタッフ、たまったものではありません。

きっと1人、多くても2人しか配属されない人間のフロントデスク業務の内容は、2割が報告書のチェックで、後の8割はゲストの苦情処理なのだと思います。

それはフロントデスクだけに限らず、各部署も同じような状況でしょう。

 

例えば、ホテルのメンテナンス。

実働するのは全て機械、人間はその機体を現場に運ぶのと管理が仕事です(もちろん、クレーム処理も)。

レシービングも一緒。

荷物受け取りから適所への陳列、配達は全て機械。人間は受け取りサインと機体の管理だけ(あと、クレーム処理も)。

ジムにはパーソナルAIインストラクター機能が付いたマシーンがあるので、人間はいりません。

アカウンタントも予約係も、セールスも、みーんな機械。

 

ハウスキーピングだって、問題ありません。

メイドロボットはどんな人間よりも迅速にベットメイクができ、アメニティーも文句も言わず運びます。部屋の外と内側を繋ぐセンサー感知ボックスに物を運び入れれば、ワザワザ部屋をノックする必要もありません。

部屋のドアの横に位置しているそのボックスは、ある程度の大きさがあるのでルームサービスオーダーだって収納できます。しかも、自動温度調整付きなので、食事が冷めたり、ドリンクが温かくなる心配もありません。

先程も触れましたが、運んでくる機械の認証センサーを感知した時のみボックスが開くので、安全面に関してもノープロブレムです。

このように各部署の状況を考えても、クレーム対処以外に全くもって、人間はいらないのです。

 

ただ、レストランやバーはどうでしょうか。

うーん、ここは難しい。きっとその頃には2つの食事スタイルが確立されていると思います。

1つはフードコート形式の完全自動スタイル。調理も提供も全て機械だけで行われます。値段は低めで、支払いはマイクロチップかスマートデバイスを所定のスクリーンにかざすだけです。

もう1つは自分たちが知っているスタイルのレストラン。受付から提供、調理も勿論、人間が全て行っています。バーもきっとこの形。

謳い文句は「100%ヒューマンメイド」

ヒューマンメイド……皮肉にも今使われている意味と真反対の趣旨でその言葉が使用されます。

「いやぁ〜、やっぱし人の作ったもんは違うね〜!」

2037年のレストランで必ず耳に入るフレーズです。

ちなみに、レストランの値段設定は高めで、サーバーにはチップを払わなくてはいけません。支払い方法も少し変わっていて、レストランでは何とまだ紙幣を受け付けてくれます(コインも)。デジタル通貨でほぼ統一されている世界。孫へのお年玉もスマートデバイス経由という味気ない実情を考えれば、奇跡です。客の年齢層が異様に高いのも頷けます。

 

近い将来、世界を大きく変えることになるロボット技術。

機械はとても勤勉で正確です。

アンドロイドは人間と変わらない姿をしていますが:

「タバコ休憩に行くわ」「この週、有給3日ちょうだい」

なんてことは言いませんし、凡ミスもしません。それに職場の人間関係トラブルとも無縁です。

 

特定の職場では必要とされなくなってしまった人間。

機械に職を追われた人は、一体どうなってしまうのか?

 

デモを起こして、機械やアンドロイドを破壊するのでしょうか?

それともベーシックインカムを政府からいただき、何とか生活ができる毎日を送るのでしょうか?

もしくは、その全てを捨ててテクノロジーを拒否し、政府未公認地で田畑を耕すのでしょうか?

 

自分にはどうなるか分かりません。

想像はいくらだってできますが、実際のところは読めません。

でも、読めないからこそ、いくらでも自由に考えられるのです。

 

勝手に考えた20年後の近未来、それまではまだ時間があります。

知識を蓄え、それを有効的に活用する脳の回路を作る時間も、ありがたいことにまだ残されています。

時代の変化に逆らうつもりはありませんが、マイクロチップだけは埋め込みたくないです。

 

「言葉はいらない、チップで語ろう」

有名なアイドルを使ったCMが毎日流れるかもしれません。

 

「かざさないと、見えない世界がある」

渋い俳優の顔が夜空のアドスペースに浮かぶ日がくるでしょう。

 

「チップでチケットを購入すると、私達のスペシャルグラビアが見れちゃいます!」

国民的アンドロイドグループが魅惑のデジタルボイスで語りかけてくる可能性は高いです。

 

それでも、嫌だ。

そのことで、どんなに生活が不便になろうとも、周りから白い目で見られようとも、自分はマイクロチップを埋め込まない。

 

心の自由を取り戻すために、どれだけの年月を要したことか。

夜中に何度、目を覚ましただろうか。

折れた心を立て直すのに、何回バーベルを上げたことか。

 

埋め込むことによって、1ミリでも誰かのコントロール下に置かれる可能性があるのならば、自分は偏屈ジジイとしてこの世にのさばります。

笑われて後ろ指を指されても、心の自由と共に生きていきます。

 

まだ見ぬ、近未来。

色々と想像しながら、楽しみにその訪れを待ちます。

 

なんの根拠もない空想話を読んでくださり、ありがとうございました。

 

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(どんな時代になっても、こんな空を見続けていたい)

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