昨日の記事の続きです。
yoshitakaoka.hatenablog.com
小太りバドワイザーに無理を聞いてもらい、地下の騒音地獄から抜け出した自分は、1階の角部屋で人間的な生活を手に入れました。
「下はうるさかっただろ。悪い奴らじゃないんだ。ただ、若いだけだ」
1階に移った日の夜に、キッチンで顔を合わせたBさんは、そう言って顔をほころばせました。
Bさんは、この寮で初めてヤマン挨拶をしたガッチリ体型のジャマイカンです。
しばらく1階で生活して分かったのですが、常にタンクトップを着て筋肉を前面に押し出しているBさんは、この階のまとめ役のような人で、彼の周りには常に年齢層が高めのジャマイカンもしくはバルベディアンがいて、夕食時には大所帯でテーブルを囲んでいました。
自分は地下にいる時から、キッチンで料理を作っては速攻で自分の部屋に運び入れ、いつも1人で食べていました。その方が気分的に楽だったのです。
ですので、寮の住人とは1階に移ってくるまで挨拶以外は殆ど会話を交わしませんでした。得体の知れないものをキッチンで作っている以外は、バスでしか見かけないアジア人。彼らにしてみたら自分は、何の掴み所も無かった住人だったと思います。
そのことが、自分が呼ばれていた呼び名である、「チャイナ」に現れています。
前回の最後の部分でも触れましたが、以下が社員寮での自分の名称変化図です:
チャイナ → ジャパン → サムライ → サムライヨシ → ヨシ → ミスターヨシ
書いてみただけでは意味が全く伝わってこないので、一つ一つの名称解説と共に、寮で起きた変化を書いていきたいと思います。
続きを読む