エピソード・ゼロ

「こんなとこで、ちゃんと見えんのかよ」

「見えるよ」

「もうちょっと近づけばいいじゃん」

「見えるからいいって」

「それにしても、お前が熟女好きとは知らなかったよ。キッちゃんちで見てるエロ本、全部ミニスカもんじゃなかったっけ?」

「ちょっと、動くなよ。ちゃんと横向いてて」

「騒がなくても大丈夫だって。あっちからは見えねーよ」

「いいから、姿勢戻して」

「分かったよ。お! サヤマ、あのおばさん、一瞬こっち見たぞ。あれだな、正面から見ると案外若く見えんな」

「うるさいよ」

「あの赤い頭巾みてーの被ってなきゃ、もっと若く見えるかもな。しかし、なんでレジ打ちに頭巾を被せるかね? 頭巾被っていいのは、コージーコーナーまでだろ」

「ねぇ、頭巾、頭巾うるさい。ちょっと黙ってくれないかな」

「だって必要ねーだろ? じゃあ、何だ、お前は頭巾派か? サラッサラの髪の毛より、頭巾の肩を持つのか?」

「ユキム、返して」

「は? 何を?」

「マイセン三箱と、三千円。邪魔しないって約束だよね? 今の時点で十分邪魔されてるんだけど」

「邪魔してねーって」

「してる。全然集中できない。今すぐ返して」

「分かった、分かった。もう騒がねーから。いや、今月キツいんだよ。まじで黙るから、勘弁して」

「毎月同じこと言ってるじゃん」

「ほんと今月ヤバいんだよ。納金二倍取られたからな」

「二倍? 何で?」

「おととい、キッちゃんちの掃除したあと、ゲシタクと打ちに行ったの。そしたらそこでキヨカワに会っちゃってさ」

「え、何でこっちにいるの? 今月は全員ちゃんと払ったじゃん」

「何でかは知らねー。しかも、イノブーマンと一緒だった」

「うわぁ。最悪」

「最悪だろ? 字のごとく、最も悪いシチュエーションだった。しかもそんな時に限って、ゲシタクが出まくっててな」

「……悪夢だね」

「そのあとは、言わなくても分かるだろ。オーマイゴッドだよ」

「お金だけで済んだ?」

「あぁ。俺とゲシタクの稼ぎ全部取られたけどな」

「よかったね、お金だけで」

「いーんだかわりーんだか、よく分かんねーよ。いや、確実にいいんだけど、気分は大盛りに牛皿つける気満々だったからなー」

「命あっての牛丼でしょ?」

「昨日タマにも同じこと言われたよ」

「ゲシタク、結局、打つのやめてないんだね。じゃあ、この前の宣言は何だったんだろ」

「やめねーよ。あいつから打つの取ったら何にも残んねーから。でも、いいんだよ。薬みたいなもんだから。あいつ、アパート追い出されてから全然元気なかったじゃん」

「そうだね」

「だからいーんだよ。パチンコでも何でも、何にもねー俺よりマシだよ」

「まぁ、俺だってゲシタクのこと言えた義理じゃないけどね」

「ということで、今月キツいんだよー。タマにはこの前の分をやっと返したばっかだから借りれねーしさー」

「分かったよ。返さなくていいから、黙ってて。あともう少しだから」

「了解しましたー。じゃあ、本気出して何にもしないを徹底するわ」

 

***

 

「ユキム、悪いんだけど、背中叩いてくれない?」

「ん? 覗き見過ぎておかしくなったか?」

「いいから、早く」

「あいよ。叩けと言うなら、叩きますよ」

 

バンッ

 

「ダメ。もっと強く」

「あぁ? 大丈夫かお前?」

「いいから、ちゃんと叩いて」

「オーケー」

 

ドンッ!

 

「弱い。もっと」

「今のは弱くねーだろ。てか、何で急に叩かなきゃいけねーんだよ。気味悪りーよ」

「……行くから。もう仕事が終わる時間だから、会いに行ってくる」

「え? 何? そういう展開? ヒューヒューだよ的な?」

「何それ? ひどくない?」

「ひどくねーよ。昔のドラマじゃ、このセリフを真剣に叫んでたんだぜ。歩道橋の上で」

「ヒューヒューって?」

「違う。『ヒューヒューだよ』だ。映像見たけど、本気だった。本気だったから、茶化しちゃいけねーやつだ」

「うーん。よく分かんないけど、分かった。じゃあ、俺も本気だからさ、『ヒューヒューだよ』の代わりに、背中をぶっ叩いてくれないかな?」

「そういうことなら、分かった。手加減しねーぞ」

「よろしく」

 

ダンッッ!!!

 

「うぅぅ……うん。オッケー。ありがとう。じゃあ、行ってくる」

「よし。行ってこい。ちゃんと『ヒューヒューだよ』してこい」

 

***

 

「待たせて悪い。思ったよりも時間かかった」

「問題ねーよ。やることなんか何にもねーから」

「ありがとう。じゃあ、帰ろうか」

「おぉ」

「……聞かないの? どうだった、とか」

「聞かねーよ。聞く必要ねーからな」

「そう。あのさ、何か飯おごるよ。ちょうどお金入ったから。ユキムが今日のことをみんなに言わないでくれるなら、三千円も返さなくていいし、夢の吉牛、松屋のはしご飯いっちゃってもいいよ」

「マジでか? 何、夢のギューギューダブルヘッダーしてくれんの? え、あんた神か?」

「何、その名前?」

「ギューギューダブルヘッダーだよ。ダブルの牛で……え? この説明、いる?」

「いや、いらない。ま、とにかく行こう。駅前に戻れば、吉牛も松屋もあるでしょ」

「サヤマ、その提案、めちゃくちゃ嬉しいんだけど、ギューギューは遠慮しとくよ」

「え、何で?」

「あのおばさん、お前のかーちゃんだろ?」

「え?」

「よかったな、居場所分かって。とりあえず元気そうじゃん。働けてんなら、大丈夫だよ」

「……何で」

「見りゃ分かるよー! 顔そっくりじゃねーか。茶化しちゃいけねーって俺が言ったくせに、茶化して悪いな。かーちゃんだったら、ヒューヒューな展開になんねーもんな」

「……」

「俺が言うことじゃねーけど、その金、バカみたいなことに使うなよ。せっかく貰った金だ。大事にしろよ。こんなこと、なかなかねーからな」

「……」

「『ギューギューだよ』は、今度の給料が入ったら奢ってくれ。今更キャンセルは出来ねーよ。お前は確かに奢るって言ったからな」

「……分かった」

「ダブルヘッダー、牛皿にけんちんも付けるから、そこんとこよろしく」

「少しは遠慮してね」

「何だよケチくせーなー。しょーがねーから遠慮してやってもいいけど、その代わりに、キッちゃんから回ったエロビデオ貸してくんねーか? ほら、あの半透明なバスシリーズみたいなやつ。お前で止まってるってのは、タマからの垂れ込みで分かってんだからよ」

 

 

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