サラバ、私が見てきた世界よ

家の近くにあったレンタルビデオ店は、「TSUTAYA」ではなく、「すみや」だった。

店の内装や雰囲気は駅前にあったTSUTAYAの方が洒落ていたが、私はアットホームなすみやが好きだった。

閉店間際に行って映画を3本借り、すぐ横にあったセブンイレブンでチェリオのライフガードと午後の紅茶レモンティー、牛カルビ弁当とおにぎり2つを購入し、国道沿いの自動販売機でタバコを3箱買って帰宅するのが私の定番だった。

映画はもちろんのこと、CDの購入も殆どせずにレンタルばかりを行なっていた私にとって、すみやは巨大なジュークボックスであり、映画館でもあった。

当時の私は、年がら年中行動を共にしていた集まりの影響で「売れ線=悪」という歪んだ思想に侵されており、すみやジュークボックスのプレイリストでは満足できなくなっていた。

クリックひとつで何でも買える社会が訪れる前の旧世界、箱型Windowsを未来のツールだと認識していた私は、自分の望みを叶えるため、重い腰をあげて電車に乗った。

古着のセーターにLevi's 501、には手が届かなかったのでLeeのジーンズを合わせ、街に出る時だけ箱から出したエアマックスを履いて向かったのは、タワーレコードやディスクユニオン。背伸びのしすぎで足は疲れたが、欲しくて堪らなかったCDを手にした充実感と共に下り電車に揺られるのが好きだった。

アキレス腱を伸ばして背伸びをするのは服を買いに行く時も同じで、お決まりの自己ベストに身を包んで下北沢の駅におりていた。

 

何てことはない、ひと昔前の風景。

インターネットは存在していたが気軽に声をかける間柄ではなく、情報の殆どをテレビや雑誌から得ていた。いつでも知りたい時に知りたい情報が手に入るわけではないため、その正確さは曖昧で、店の営業時間や在庫情報などは出たとこ勝負、せっかく足を伸ばしたのに目当ての商品が置いていないなどということもよくあった。

でも、今は違う。

上に述べた店や在庫の情報はもちろん、何なら実際に足を運ばなくても、クリックひとつで望みの商品を自宅まで届けてくれる。しかも新品だけではなく、お財布に優しい中古品までその状態の詳しい説明付きで販売してくれるのだ。これでもうお手頃価格の小説や漫画を求めてブックオフ巡礼する必要も、趣味の本を探しに有隣堂を歩き回る必要も、その有隣堂にも置いていない雑誌を求めてヴィレッジヴァンガードの門を叩く必要もなくなった。私たちが手にする情報はとても正確で、間違いはほぼない。だから、買い物に関しての失敗は少なくなった。家の中でポチッとすればよいので、着飾る必要もなく、パジャマの裾を靴下にインしたスタイルでそれっぽい服を購入できるようになったのだ。私たちが享受する便利さに反比例して、煩わしさや失敗、背伸びや恥はどんどん減っていった。

あの頃から見れば、今の状況は未来そのものだ。小さい頃におさがりでもらった本に描いてあったようなピタピタの宇宙服や空飛ぶ車を目にすることはないが、確実に私は今、未来世界を生きている。

そう、生きている、未来を生きている、そう思っていた。これが未来なのだ、私はそう思っていたが、何だか違うみたいだ。

2020年、COVID-19がどこからともなく現れた。このウイルスは凄い勢いで世界中に広まり、ここ数ヶ月で私の見ていた景色を飲み込んで変えてしまった。

3月16日、カナダ政府の声明に合わせるように、私の勤めている会社は一部を除き完全冬眠に入った。あれから約1ヶ月。まだ稼働している部署に移った私は、異世界のようになった街に通い、消毒液の匂いに囲まれてる。

PC、電話、椅子、机、ペン、ドアノブなど、ありとあらゆる箇所をサニタイズし、ボォーッとしながら会社のインスタグラムを眺めていると、街の地ビール会社がドローンを使って注文客の家のバックヤードに商品を届けている映像が流れてきた。きっとプロモーションの一環なのだと思うが、その光景は、私の知っている未来ではなかった。

いつか来るであろうが、今すぐには来ないであろうと考えていた近未来の風景。私が認識していた未来は、その映像を見た時点で、もう未来ではなくなってしまった。

この混乱の後に、きっと世界は変わる。

不衛生で危ないものだと認識されてしまった紙幣やコインも、今後登場回数を減らすだろうし(現時点で多くの店舗が受け取りを拒否している)、食品を含めた日用品のデリバリーも、その数を飛躍的に増やすのだろう。人が運ぶ必要のないものは機械が運び、レジや受付、一般的な銀行業務なども今以上に人を配置する必要がなくなる。

ワークスタイルだってそうだ。これを機にテレワークが伸びるだろうから、出勤という概念そのものが変わっていくのだろう。

 

カセット、CD、CD-R、MD、そしてMP3。

すみや、ディスクユニオン、タワーレコード、そしてiTunes Store。

再生プレーヤーと店を変えながら、アナログとデジタルを泳いできた。

インターネットの魔法が使えるようになるまで、紙をめくり、チャンネルを変え、曖昧な情報を抱えたまま電車に揺られて歩き回り、目当ての本や音楽や服を購入してきた。

そのどれもが遠回りで面倒だったけれど、目当てのものを得られた時は心の底から嬉しかった。

 

正直、現時点でも充分過ぎるほど未来なのだが、世界はそのままでいる気はないらしい。

ニケツで自電車を漕いだ安藤政信と金子賢よろしく、旧世界という名の校庭をグルグル回っていたかったけど、どうやらそうもいかないみたいだ。

だから、先に別れを言っておく。

サラバ、私が見てきた世界よ。

前情報なしで入ったラーメン屋、クソまずかったな。

今はレビューが見れるけど、そんなもん無視してまたフラッと入ろうな。

またすぐ思い出すから、それまで元気でな。

 

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恥なんか、多摩川に捨てた

「なぁ、ダメ元で聞くんだけど、『付かず離れず』って、どんな感じの関係を言ってるのか分かるか?」

「付かず離れず? 何だ急に」

「大したことじゃないんだけど、ちょっと気になってね」

「何の雑誌だ?」

「え?」

「お前が変なこと聞いてくるときは、大体雑誌が出所だ。何の雑誌の情報だ?」

「何って、ホットドッグプレスだけど」

「やめとけ。ホットドッグプレスは素人が手を出す雑誌じゃねぇ」

「何だよそれ」

「お前な、ホットドッグプレスなめんなよ。あっこから正解見つけられんのは、カルバンクラインのトランクス履いてる奴らだけだ。諦めろ」

「諦めるもなにも、まだ何も言ってないだろ」

「『いつの間にやら急接近 付かず離れずのアプローチ』だろ? お見通しだよ」

「お前だって読んでんじゃねーか」

「俺のはジャケ買いだ。一緒にすんな」

「それ、言ってて恥ずかしくないか?」

「恥なんか多摩川に捨てた。で? 質問はなんだ?」

「だから、付かず離れずの関係。分からないならいいよ」

「そう簡単に諦めんなよ」

「さっきは諦めろって言ったろ。発言ブレブレだな」

「細かいなぁ。臨機応変に行こうぜ、21世紀なんだから」

「都合のいい脳みそだな」

「まぁあれだな、『付かず離れず』はひとことで言うと、チェリオだ」

「は?」

「間違ってもコーラじゃねぇぞ。あれの売りはハイタッチできる関係だからな」

「何の話をしてんだよ」

「分かんねーかなぁ。だったら図書室をイメージしてみろよ。俺の言ってることが分かるから」

「図書室? うちの学校か?」

「どこだっていいよ。とりあえず、部屋に入るとこからな」

「オッケー。じゃあ……はい、図書室に入ったぞ」

「よし、まずは受付な。カウンター越しにいる図書部員は午後の紅茶だ。細かく言うと、ミルクティーとストレートティーのふたり。レモンティーは陸上部だからここには登場しない」

「ん? 午後の紅茶?」

「頭に浮かぶ疑問は、一旦端っこに置いとけ。続けるぞ」

「疑問しか浮かばないが、了解した」

「いいか、ミルクティーとストレートティーは感じ良く対応してくれるが、各々の仕事を全うしているだけだ。プロフェッショナリズムを優しさと捉えちゃいけない。よって、付かず離れずではない。理解したか?」

「いや、全く」

「ちゃんとついてこいよ。それで、受付を通過したお前の目に飛び込むのは、笑顔で話をしているグループだ。そいつらはファンタな」

「ファンタ?」

「そう。爽やか炭酸のファンタ。ファンタの社交性は高いぞ。そんでもって距離も近い。お前サッカー観るのか? 海外の、あのセリエなんとかって言うやつ」

「俺がサッカーの話なんかしたことないだろ」

「だったら情報仕入れといた方がいいぞ。目が合ったら大体、サッカーの話を振ってくるからな」

「マジかよ。ファンタ怖いな」

「怖くない怖くない。関係性のドアが開けっ広げなだけで、爽やかなグループだ。話振られてよく分かんなかったら、ジーコとかアルシンドの名前を出せば何とかなる」

「ジーコかアルシンドな、分かった」

「まぁ、そんなこんなだから付かず離れずで言うと、ファンタグループも違う」

「ちょっと待て、アルシンドだっけ、アルシエンドだっけ?」

「そこで止まるな、置いてくぞ。とにかく、ファンタ集団の脇を抜けると、窓際に佇む生徒がいる。その子がポッカな」

「窓際の子がポッカね。で、ポッカの何?」

「ポッカはポッカだろ。説明不要のビッグネームだ。何か問題あるか?」

「いや、商品名が続いてたから、そういうもんなのかと」

「おい、こっちは想像で話をしてんだからな。想像の世界に方程式があってたまるか」

「オッケー、オッケー。それで、ポッカがどうした?」

「だから、窓際で佇んでんの」

「うん……え、それだけ?」

「それだけって、お前、ポッカに失礼だろ。ちゃんと想像しろよ、図書室だぞ。窓際にポッカが佇んでたって何の問題もないだろ」

「ポッカを擬人化するとややこしいけど、まぁ、確かに佇んでてもおかしくないな」

「きっとな、理由があってそこに立ってんだよ。だから、付かず離れずなんか言ってる場合じゃねぇ。そっとしといてやろうぜ」

「あぁ、そっとしとくけどさ、ふれないんだったら何でポッカを登場させたんだよ」

「俺なりの敬意表明だ」

「答え聞いて更に疑問が増えたよ」

「ちゃんと集中しろよ。本題に近づいてんだから」

「集中したって、お前の話は理解不能だぞ」

「で、次。歴史の本棚の奥で、紙に魔方陣描いてる生徒がいるだろ」

「いるだろって言われても、いるのか?」

「あの子はサンガリアだ」

「サンガリアって、『いち、にぃ、サンガリア』のサンガリアか?」

「あぁ。そこくるかって角度から新商品を召喚する、あのサンガリアだ」

「今回も会社名だけか?」

「同じ理論を何度も言わせんな。それはそうと、お前、サンガリアの企業スローガン知ってるか?」

「いや、『いち、にぃ、サンガリア』は耳に残ってるけど、スローガンはちょっと」

「『はてしなく自然飲料を追求するサンガリア』だ。これ、凄くないか? こんな突き抜けてるスローガンは、そうそうお目にかかれないぞ」

「『いち、にぃ』のポップ感とは打って変わっての重量感だな」

「そりゃそうだろ。『はてしなく』追求してんだからな。『いち、にぃ』と同じノリじゃ出来ねぇよ」

「確かにな。で、そのサンガリアは何してんだ?」

「そりゃ、はてしなく魔方陣を描いてんだろ。詳しくは分からねぇけど」

「何で話してる本人が定かじゃねーんだよ。お前の世界の話だろ?」

「まぁでもよ、俺は好きだぜ。周りから理解されなくても、自分の興味を追求している人は。その『好き』が本物なら、自然と光って見えるしな」

「お前の好みはどうでもいいけど、付かず離れずはどこにいった? ていうかさ、何でこの話の登場人物は飲み物とかその会社なんだ? 清涼飲料水じゃなきゃいけないのか?」

「質問が多いな。心配すんな、こっちはちゃんと考えてキャストを選んでんだから。それに、今回は説明を分かり易くする為に身近な飲み物を使ってんだよ」

「じゃあ、お〜いお茶は?」

「あ?」

「俺にとって身近な飲み物は、お〜いお茶だ。お前の分かりにくい話を理解するには、自分の基準が必要だ。ここにお〜いお茶を入れるなら、何の役になる?」

「勝手に脚本を変えようとすんな。まったく、しょーがねぇなー。お〜いお茶? お〜いお茶は、司書だ」

「司書か。オッケー。じゃあ、ジャスミン茶は?」

「伊藤園で攻めてくるな。ジャスミン茶だろ、ジャスミン茶は……古文の教師だ」

「オロナミンCは?」

「体育教師だ」

「ただの連想ゲームになってんじゃねーか」

「連想ゲームじゃねーって。こっちはちゃんと考えてんだから」

「じゃあ、ダイドーは?」

「ダイドーって、会社はなしだろ」

「窓際に佇んでるポッカがいるだろが!」

「分かってるよ! ダイドーは転校生!」

 「完全に思いつきで言ってんな」

「失礼だな。そんな訳ねぇだろ」

「だったらポカリは?」

「ポカリは、野球部」

「部活にまで手を広げたか。みさかいねーな。それに、ここは図書室だろ? 司書はいいとしても、何で図書室に文化部と運動部が大集合してんだよ。オールスター感謝祭か?」

「グダグダうるせぇなー。野球部は窓から入ったボールを探しにきただけ、ジャスミン古文はダイドー転校生に図書室を案内してるだけだ。それぞれ理由があってこの部屋にいるんだよ」

「ふざけんな、窓から野球ボールが入ったんならポッカに直撃じゃねーか! どうしてくれんだ!」

「缶だからへっこんでも問題ないだろ! それにな、もしものことがあっても大丈夫。サンガリアがいる。何の為に魔方陣描いてたと思ってんだよ」

「都合よくサンガリアを使ってんじゃねー。勘違いすんなよ。お前のストーリーの穴を埋める為にサンガリアが魔方陣描いてんじゃねーからな」

「鬼の首を取ったみたいに騒ぐなよ。話が進まねぇじゃねーか」

「お前がむちゃくちゃなこと言ってんからだろ」

「とにかくよ、サンガリアから視点を移そうぜ。ほら、歴史の本棚の左にある長机を見ろよ。隅に座って分厚いJRの時刻表を読んでる生徒がいるだろ。あれが付かず離れずのキーパーソン、チェリオだ。話が脱線して長くなったが、とうとうご本人さんの登場だぜ」

「モノマネ番組みたいだな」

「お前、今ちょうど2Bの鉛筆が折れただろ?」

「は?」

「あのな、お前は今、チェリオと同じ長机に座って何かを書こうとしてんの。そんで、手に持った2Bの鉛筆の芯が不幸にも折れちゃったんだよ。どうすんだ、大変な状況だぞ!」

「お……おぉ。でも、俺シャーペンしか使わないんだけど」

「分かってねーなー。設定では鉛筆しかないんだよ」

「はいはい、分かりましたよ。はい、たった今、手に持った2Bの鉛筆の芯が折れましたよ〜」

「お前、俺のことバカにしてるだろ」

「バカにしてんじゃねー。あやしてんだよ」

「あやされてんのか。怒るべきなのかどうか、ギリギリのラインだな。まぁいい、そんで、お前は折れた鉛筆を手に持って呆然としてんだ。なんたって、鉛筆はそのいっぽんしかないんだからな。こりゃー困ったことになったぞ。今とんでもなく素晴らしいアイデアが浮かんで、それを書き残さなきゃいけないのに肝心の鉛筆がない。発想は生モノだからな、今書かなかったらそのアイデアは泡のように消えちまう。さぁーどうしよう。目の前真っ暗で、頭真っ白よ。困った困った。あぁー、困った困った」

「お前の煽り方、とんでもなく下手だな」

「まぁ聞け。そんでな、そんな状況で為す術もなく下を向いて口半開きになってるどうしようもないお前の視界に、ススゥーと何かが滑り込む。おい、それ、何だと思う?」

「え? ごめん、ちょっと聞いてなかった」

「おい、人の話ちゃんと聞けよ! こっちはノーギャラで話してんだぞ!」

「こっちはノーギャラで話聞いてやってんだ。文句言うな」

「だから! ススゥーって机の上を滑ってきたの! ススゥーって! 消しゴム大サイズで、端っこに丸い穴が空いてて、削り刃が付いてる。お前それ何だと思う? なんと、携帯鉛筆削り器だぞ。まさに地獄に仏。驚きだろ?」

「驚かねーよ。長い説明の中にヒント満載で、ほぼ答え言ってたからな」

「バカ野郎。こっちは小道具の話なんかしてねーんだ。ブツの出所の話をしてんだよ。物事を俯瞰してみろ。ススゥーを逆再生して行き着く先は、チェリオだ」

「はぁ」

「返事に気持ち込めろよ。これ、ちゃんと考えるとすげーことだぞ。何の面識もないお前の為に、チェリオは自分の削り器をススゥーとお前の目の前に滑り込ませた。蛍光ペンを持った右手でJRの時刻表に線を引き、空いてる左手でカーリングのストーンを投げるみたいにススゥーっと。しかも何も言わずに。そんな芸当は一朝一夕で出来る代物じゃねぇ」

「なぁ、お前が今ダラダラ垂れ流してる妄想話と、俺が聞きたい付かず離れずの関係は、いつかくっつく時がくるのか?」

「お前何言ってんだよ! 今の時点でくっつくどころか、ガッチガチに絡み合ってるだろうが! いいか、今回チェリオが取った行動は『付かず離れず』の素晴らしい見本だ。気軽に声をかけるわけでもなく、かといって困ってるお前を見捨てるわけでもなく、あくまで自然体で行動を起こした。お前な、ゴミを見るような目で俺のこと見てるけど、お前はチェリオと同じことができるのか? 確か、お前のボーリングのハイスコアは68だよな? その腕前じゃ、鉛筆削り器は明後日の方向にサヨナラしてジ・エンドだ。そんでもって、お前がガーター出して床に落とした削り器を誰が拾うと思う? ファンタだよ。これで分かっただろ。付かず離れずの極意は、付け焼き刃じゃ会得出来ない。とにかく、カルバンクラインのトランクスを履いて出直してくることだ。まずはそっから始めようぜ」

「あのさ、今更聞くのも何なんだけど、お前が履いてるトランクスは何なんだよ?」

「あぁ? 今の話と俺のトランクスが何の関係があんだよ」

「いや、関係あるだろ。長々講釈垂れたんだ、お前のトランクスはもちろんカルバンクラインだよな?」

「関係ねぇだろって。何のトランクスを履こうが人の自由だろ。まぁ、そうは言っても、別に隠す必要もないけどな。俺が今日チョイスしたのはハネスだ。もちろんカルバンクラインも持ってるけど、ハネスのアットホーム感が気に入ってる」

「ハネス?」

「あぁ、ハネスだ。知らねぇのか? めちゃくちゃ有名なブランドだぞ」

「ハネスって、どうやって書くんだよ」

「どうやって書くって、ローマ字だよ。Hからはじまるやつ。綴りは忘れちゃったよ。あ、そうだ。今日着てるTシャツもちょうどハネスのやつだから、背中のタグを見てみろよ。お前もロゴ見れば分かるよ。結構流通してるブランドだから。ほら」

「オッケー。じゃあちょっとしゃがんで。うーん、あのさ、なんか掠れててよく見えないから、もうちょっと姿勢低くして。そう、これでよく見える」

 

『Hanes(ヘインズ)』

 

「あ……おぉ。あー、オッケーオッケー。おぉ、分かった。あの、ありがとう。もういいよ。もう大丈夫」

「見たことあんだろ。確かアメリカのブランドだ」

「おぉ、あるある。アメリカのな、うん」

「ハネスもそうだけど、同じアメリカ繋がりでフルーツバスケットも気に入ってるな」

「フルーツバスケット?」

「ほら、リンゴとかグレープとかがバスケットに入ってるやつだよ。あれだよ、名前聞いたことなくてもロゴ見れば分かると思うぜ。これもビッグブランドだからな」

「あぁ……あれ、あれな。あのー、今日俺その、フルーツオブザルー……フルーツバスケットのTシャツ着てるよ」

「え、マジで? あれいいよなー。バスケットに入ってるフルーツのロゴも可愛いし」

「あぁ、そうだな。あのー、あれだな。何か、ごめんな」

「は? 何だよ急に。何で謝るんだよ」

「いや、いいんだ。うん、俺が悪かった。そうだ、気晴らしにナカネベーカリー行こうぜ。気を遣ったら小腹減ったし」

「何に気を遣ったんだよ。まぁいいけど、でもあれだぞ、いつも言ってんけど、今の時間に行ってもレーズンパンしか残ってねぇぞ」

「問題ねーよ。今日はレーズンパンでいい。いや、むしろレーズンパンがいい」

「珍しいな。よし、じゃあ行くか」

「おい、今日は奢れよ」

「は? 何で俺が奢んなきゃいけねーんだよ」

「これは気遣い代だ。理解出来ねぇなら、お前が話したチェリオの部分をなぞってみろ。俺の言ってることが分かるから」

 

***

 

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アチラとコチラ (完結)

 

 

3つ目

 

出来過ぎた展開に、都合の良いタイミング。

この話をもし小説として書くのなら、プロットの段階で大幅に修正しなければいけなくなるだろう。

まるで、ご都合主義の王道を行くようなストーリー。3つ目の岐路は、そんな事例の連続で作られていった。

 

2つ目の岐路で「たまたま」アパートのドアが開いたことにより、コチラの世界にとどまった私は、何とか高校を卒業し、自分を取り巻いていた煩わしさから逃げるようにしてカナダのバンクーバーへと渡った。

異国で勉強する楽しさを知った私は、帰国後に大学へ進んだが、自ら勝手に上げたハードルにつまずき、行き場のない感情に飲み込まれてそこを中退することになった。

それからは、先の見えない毎日が続いた。

生きるために単発の仕事をし、呼吸をするために食事を取る日々。やられていた頃のように眠れない夜が多くなり、心のバランスを徐々に崩していった。

一方通行の救いを求めて訪れた大学病院の精神科に打ちのめされた私は、無色透明の時間の中で、いつしかカナダという国にすがるようになった。

 

あそこへ戻れば、全て上手くいく。

あそこへ帰れば、未来が見える。

 

何でも良かったのだと思う。

ただ、四六時中一緒にいたメンバーが社会に入っていくのを横目で見ていた当時の私には、カナダしかなかった。

あの時、真っ暗な現状が怖くて仕方がなかった。何もないことが恐ろしくて、先を照らしてくれる光を強く求めていた。

変化を切望しているはずなのに、変化を起こす勇気がない。そんな私の背中を押した、いや、蹴ったのは、後に嫁となる人だった。

何故だかは分からないが、彼女は人生を変えるタイミングが来る瞬間を知っていた。

 

「おい、来たぞ」

「ここで飛べ」

「早くしろ」

 

自分の中に抱えたものを処理できず、過去と現在に押し潰されていた私の後頭部を叩き、背中を蹴った。

彼女の後押しを得て重い腰を上げた私は、現地の小学校で日本文化を紹介するという留学プログラムを利用して、オンタリオ州にあるストラトフォードという街へ赴任することになった。

 

岐路

 

ストラトフォードは一風変わった街だった。

人口約3万人の小さな街だが、国際的に有名な芸術祭が毎年4月から10月まで行われている影響で、古き良き街並みが廃れずに維持されている稀有な場所だった。

地元の小学校に赴任していると言ってもボランティアなので勿論収入はなく、生活に余裕はなかったが、メインストリートを歩いているだけでも印象的な景色に出会える美しい街だった。

 

私はその街で、とても不思議な体験をした。

 

ストラトフォードでの滞在が半年ほど過ぎたある日、日本からメンバーのひとりが訪ねてくることになった。

無収入だったので外食など殆どしなかったが、海を越えて会いに来てくれる友人をもてなす店は、味も良く値段もリーズナブルなダイナーと決めていた。

しかし、彼が到着した次の日の昼に目当ての店へ向かうと、入り口のドアには「Sorry, WE'RE CLOSED」という看板がかけられていた。

そんなはずなかった。

彼が来る前にダイナーの定休日は調べていたし、到着したのも真昼間のランチタイムだったので、店じまいをするには早過ぎる時間だった。

条件的に他の選択肢など用意していなかった私の頭は真っ白になったが、閉まった店の前にいても仕方がないので、友人の提案に乗り、メインストリートを歩きながら入れそうなレストランを探すことになった。

身の丈にあった店を求めて彷徨っていると、友人がある建物の前に立ち止まり、「ここにしよう」と指をさした。

彼が示したレストランは外観が地味で、何度もその道を通っているはずなのに記憶に残っていない店だった。

パッとしない見た目に加え、何だが古臭い感じを覚えたので他にしようと勧めたのだが、友人は聞く耳を持たずに店のドアを開けた。

店内に入ると、先客は誰もおらず、外から見るよりも広いダイニングルームがその閑散とした様子に拍車をかけていた。

サーバーに渡されたメニューに載っていた品は、サンドウィッチやバーガーなど一般的なものだったが、その店の壁にかけられている絵がとても変わっていた。そこにあったのは、ヨーロッパ風な内装に不似合いな日本画だったのだ。

目の前にあるアンバランスさが気になり、サーバーに飾られている絵のことを尋ねると、彼女はそれが日本画であると話し、このレストランのオーナーが日本人であることを教えてくれた。

私は自分の耳を疑った。

仮にこの街がトロントやバンクーバーなら特別な話ではないのだが、アジア人を見かけることすら珍しいこの場所では、話の意味合いは大きく変わる。

サーバーの女性に自分の反応の意味を伝えると、彼女はオーナーを呼んでくると言い、店の奥に消えた。

少しして私たちの前に現れた初老の男性は、「こんにちは」と言って頭を下げた。

「ご旅行ですか?」そう尋ねてきた彼に、私はこの街での自分の状況を話した。一通り会話が終わった後に名前を聞かれて答えると、彼は驚いた顔をして私を見た。

私たちは、同じ名前だったのだ。

 

白人が人口の大半を占める典型的なイギリス系の街で、目星をつけていた店が原因不明の臨時休業。訪ねて来てくれた友人が代わりに選んだ地味な店は、日本はおろか、オリエンタルな趣は微塵も感じない外観をしているのにも関わらず、主人が何故だか日本人で、しかも私と同じ名前だった。

 

それだけでも随分と出来過ぎな話だが、自分の娘が出た小学校で日本文化を教えている何処の馬の骨かも分からない日本人に興味を抱いてくれたその方は、私と、無収入状態で無謀にもこちらに呼び寄せた嫁に大変親切に接してくれた。

同じ名前を持つオーナーとの出会いも奇跡的だったが、彼の奥さんと知り合えたことも私の人生の大きな糧になった。

満州生まれの彼女は、私がそれまで生きてきて会ったことのないタイプだった。

常に凛としていて底が深く、自然体で風のような印象を持ちながらも、決して消えない炎のように力強い意思を感じる人。性別や年齢を超え、「こんなふうに生きたい」と思える人だった。

ある時、オーナーと奥さんは、どうにかしてカナダに残りたいと考えていた私にある街の名前を出して、そこに行ってみたら良いのではないかと提言した。そこは、小学校の夏休みに赴任先の校長夫婦に連れて行ってもらった場所で、「いつか、こんな所に住めたら」と嫁と話していた街だった。

 

彼らの言葉に導かれるようにして移ったその街で、私はビザの延長をしてもらえるスポンサーを見つけることが叶い、オンタリオ州では難しいと言われていた永住権に関しても、申請をする丁度良いタイミングでその制度が変わり、無事に取得することが出来た。

 

数々の偶然の先に、想像もしていない形で出会った人から告げられた街へ越して広がった道。

歩いてきた道のりを眺めるたびに、姿のない大きな存在を感じずにはいられない。

 

嫁と出会わなければ私は重い腰を上げずに、四畳半の部屋に居続ける世界を生きたのかもしれない。もっと言うと、嫁が受けた検査結果の誤診がなければ、当時の私は結婚を決めていなかっただろう。

つまり、彼女に背中を蹴られていなければカナダには戻っていない。そうなると、日本から友人が訪ねて来るイベントは発生せず、不思議と閉まっていたダイナーも、彼が何故か指差した店に入る分岐もなくなる。

いや、違う。そのポイントじゃない。

岐路はもっと前、この話は更に遡り、逆再生するように流れながら全て繋がる。

 

始まりは、やはり小田急線の車内からだ。

あの日、たまたま車両を変えたことにより幼馴染と顔を合わせた。そして、その時期にたまたま入院していたグループのリーダーと縁を持った。このふたつの要素が重なり、私は私が死んだ世界ではなく、私が生きている世界を選んだ。

それから、あの夜たまたまアパートのドアが開いたことにより、私は自分の手を赤く染める世界を回避して、今を生きるルートに乗っかった。

 

1のイベントが発生しなければ2は起きず、3の世界は消滅する。

振り返ると、その全部が紙一重で恐ろしい。

恐ろしいが、同時に有り難くて仕方がない。

だから手を合わす。心の底から感謝する。

 

分岐して消滅して繋がって、ひとつになる人生。

 

私は今、私が生きている世界を生きている。

 

アチラとコチラ (2つ目)

 

2つ目

 

駅前の公衆トイレ

風が強い静かな夜

階段で見た腕時計

 

記憶に強く残っている場面がある。

それは匂いや音を伴い、時間が経っても薄れることなく頭の中に存在し続ける。

私が経験した2つ目の人生の岐路は、そういったいくつかの場面の先に用意されていた。

 

1つ目の岐路を通して拾われたグループに参加するようになっても、学校では変わらず呼び出しを受けていたが、そのことに対する自分の心持ちは変化した。何というか、外側と内側を分けて考えられるようになったのだ。

ヤラレている私だけが、私じゃない。そう思えるようになれたのは、避難所という居場所を確保したことにより、どうしようもない愚か者という役柄以外でいられる時間が増えたのが大きかった。

四六時中仲間に会い、何事もなかったかのように服や音楽の話をしていると、自分が新しく生まれ変わったような気持ちになれた。

 

笑顔を見せる度に、蘇る自尊心。

仲間たちとの楽しい時間が増えれば増えるほど、自分の殆どを形作る情けなさを消し去りたいと願うようになっていった。

 

岐路

 

集まりのメンバーたちに合わせて、流行りのスニーカーや皆が好きだったCD、PHSなどを欲するようになり、それらを購入する金が必要になった。

仲間たちと出会い、学校での体面をあまり気にしなくなっていた私は、当時やっていた新聞配達の配達部数を増やすことにした。勤務時間は夜中から朝方になるので、今まで通り登校することは不可能になったが、そんなことはどうでもよかった。

説明を受けた金額を稼げれば、通常通り週3日の上納を入れても、メンバーたちと同じような服を着て、彼らと変わらない生活ができる計算だった。

 

大幅に増えた配達先のひとつに、どうしても許せない奴の自宅があると知ったのは、順路帳に沿ってルートを確認している時だった。奴の家の近くまでは、荷物や現金の手渡しなどで何度も訪れていたので見間違うわけがなかった。

憎くて仕方がなかった奴の自宅に新聞を配る。それはまるで、悪い冗談のようだった。

深夜、新聞を手にして、奴が寝ているであろう家を見据える。きっと奴の人生には、眠れない夜などないのだろう、そう考えると収まらない怒りが心を占めた。

奴の家へ配達をする度に積み上がっていく憤り。繰り返された暴力と人格否定によって壊されたはずの復讐心を強く認識した私は、そいつの家へ新聞を配った後に向かいのアパートの階段をのぼり、奴の家を見つめるようになった。

 

物事の全ては、紙一重なのだと思う。

人生を変えてしまうトリガーは至る所に撒かれていて、誰かに引かれる瞬間を待っている。 暗い穴への誘導は巧妙で、気付いた時には動けなくなっているのだ。

 

何故そんなことが起きたのか分からないが、奴の家の前に張り付くようになってから少しして、顔見知り程度だった人物からナイフをもらった。もらったというか、目の前でカバンを開けられて、その中にナイフを押し込まれた。

どう頭を働かせても、どうしてその人物が私にそんなことをしたのか今でも理解できない。その時の私の状況を彼が知っていたとは思えないし、そもそも彼とは話をするような間柄でもなかった。もしかしたら、彼は彼で何かトラブルを抱えていて、そのナイフを処分したかったのかもしれない。それに誰かが彼に入れ知恵でもして、何をしても問題なさそうだという理由で私を選んだのかもしれない。ただ、仮にそうだとしても、やはり納得できない。単純にナイフを処分したいのであれば、わざわざ私なんかに預けなくても、どこかの山や川に捨てればいいだけの話だ。

どの角度から考えても彼が取った行動は不自然だったが、当時の私は、渡されたナイフを捨てずに、持ち続けることを選んだ。

 

そのナイフは、私にとってのトリガーだった。

煮え切らない私の背中を押すきっかけ。ストレートに「やれ」と言われている気がした。

その出来事を機に、配達時に携帯していた百円ライターをオイルライターへ変え、小型のオイル缶を携帯するようになり、作業用のカッターナイフを、渡された折りたたみ式ナイフに変えた。

 

オイルライター、オイル缶、火を広げるための新聞紙、そして、上着のポケットに入れたナイフ。

 

私の願望を叶えるための道具が揃い、私はトリガーに指をかけた。 

 

新聞紙の束にオイルをかけて火をつける。燃え上がった炎が全てを焼き尽くしてくれたら文句無し。例えボヤになっても、奴を燻り出せればそれでいい。私はヘルメットを深くかぶった新聞配達員。夜の景色に溶け込み、野次馬としてその場所にいても何の違和感もない。もちろん、外に出てきた奴の背後に立っていたっておかしくはない。

ポケットに忍ばせたナイフを右手で握る。呼吸を整え、煙が出ている家を見ている彼に近づき、真後ろから首を目掛けて刺す。

頭でイメージした一連の動作を繰り返し再生する。映像が定まった後は、駅前の公衆トイレの個室で動きを確認し、流れを体に叩き込んだ。

狭い空間にこもった独特の臭いとカビだらけのタイル。蜘蛛の巣に絡まった蛾の死骸が強く残って今も消えない。

 

その日は、風が強い日だった。

いつもは遅くまで電気がついている近くの家も真っ暗だった。

条件は全て揃っている。後は気持ちを決めるだけ。それは分かっているのになかなか覚悟が決まらず、向かいのアパートの2階から長い時間奴の家を見つめていた。

今まで受けた仕打ちを頭でなぞり、定まらない気持ちを固めていく。

午前2時40分、午前2時45分。腕時計を凝視して自分との約束をする。

2時50分になったら、何が何でもやろう。

そう決心した。

 

約束の午前2時50分。

心を決めた私は、駆け足でアパートの階段をくだり1階におりた。その瞬間、階段の真裏にある部屋のドアが開き、若い女の人が出てきた。

私の様子がおかしかったのか、もしくは、こんな時間に人がいるとは予想していなかったのか、その女の人は私を見て小さな悲鳴をあげた。彼女の声を聞いて、部屋の中から男の人が出てくる。彼は一旦私に対峙してから、アパートの前にとめていたスーパーカブに顔を向け、軽く頭をさげた。

「新聞配達の人だよ」

男の人がそう言ったのを聞いて、私は急いでバイクに戻り、エンジンをかけて走り出した。

今まで何度も、同じ時間帯にこのアパートに来ていたが、人と遭遇したことなど一度もなかった。丑三つ時の住宅街、計画を立てた時点で人に出くわす可能性など考えておらず、ましてやあんなタイミングで誰かと鉢合わせするなど想像もしていなかった。

 

顔を見られたことが、とにかく怖かった。

偶然会ったカップルに、こちらの魂胆など分かるはずがないのだが、内側にある殺意を見透かされた気がして頭が真っ白になった。

決めた覚悟を失った私は、自ら抱え込んだ悪意が恐ろしくなり、逃げるようにしてコンビニへ向かった。

 

それから、私が行動を起こすことはなかった。

我に返ってからのうろたえを目の当たりにした後では、憎悪を持つことさえ身分不相応に思えた。

己の行動で状況を打破できないと痛感した私は、決して頼りたくはなかった方向からの助けで救われるまで、従順なカモとして金と自尊心を奴らに提供し続けた。

 

物事の全ては、紙一重なのだと思う。

あの日、あのタイミングでアパートのドアが開くまで、私は私ではなくなっていた。

午前2時40分、45分、50分。時間が過ぎるごとに、それまでの焦りが取れて気持ちが落ち着いた。感情が暗い落とし穴にはまっているようで、身動きは取れないが何故か心地よかった。

もしも、あのまま邪魔が入らずに奴の家へ行けたなら、火をつけたのだろうか。

もしも、あのまま正気に戻らず、怨恨に体を動かされたままだったら、ナイフで刺したのだろうか。

あれからずっとそのことを考えているが、答えは出ない。

 

あの夜の「もしも」の先は分からないが、あの時、「たまたま」アパートのドアが開いたことで、私の世界は2つに分かれた。

 

私が生きている世界。

私が生きている別の世界。

 

私は今、私が生きている世界を生きている。

 

(続く)

 

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アチラとコチラ (1つ目)

並行世界、パラレルワールド。

呼び名は何だっていい。滑稽な話に聞こえるかもしれないが、私はそういった世界の存在を信じている。

私が生きている世界、私が生きている別の世界、そして私が死んだ世界。

宗教的な話や非科学的な話をしたいのではない。ただ、そう考えるようになったきっかけが、今まで生きてきた中で3つあった。

 

不思議な出来事、そこで別れた世界。

 

1つ目

 

あの頃、全てが真っ暗でどうしようもなかった。

増えていく上納に、終わらない暴力。どれだけ働いても高校生のバイトでは限界があり、家の金にも手をつけはじめていた。学校、家や街、どこにも居場所はなく、呼び出されることばかり気にして毎日を過ごしていた。

何度も心を折られた。でも、私も人を傷つけた。

手に入れた弱さを使って、たくさんの人に迷惑をかけた。だが当時の私は、そのことに罪悪感を抱いていなかった。

(これだけのことをされてるんだ。弱さを売って何が悪い)

そう、考えていた。

周りも自分も、何もかもが嫌で堪らなかった。恐怖と不安で睡眠を取るのが困難になっていたある日、私は授業中に吐血した。

もう、心も体も限界だった。

 

何もかも投げ出して逃げればよかったのだと、今は思う。

でも、当時はそんな考えにならなかった。

家の場所を知られている以上、逃げてもいずれ捕まる。捕らえられたが最後、倍の仕打ちが待っているのは想像に容易かった。それに、あの時私は「世間体」というものを強く意識していた。

クソみたいな仕打ちを受けている自分が恥ずかしくて惨めで、その事実をどうにか誤魔化そうと必死になっていた。だから、不登校などもってのほかだった。

 

顔に目立つ傷を付けられた時、私は担任の先生に呼ばれた。目の下に目立つくまがあったので、今までも何度か呼び出しを受け、その都度適当な言い訳をしていたのだが、この件については追及が激しく、誤魔化すことは不可能だった。

全てを公にした後の復讐を恐れた私は、実行グループの名を告げる代わりに、家族を売った。

 

その日の帰り道、私は私を終わらせようと決めた。

 

原付バイクで向かった近所の山。

脱いだジャージを木に括り付けて見渡す緑。

下着姿で輪っかを抱え、何も出来ずに泣いている自分がそこにいた。

 

階段をのぼれなかった日を境に、私は何者でもなくなった。抗うことも、隠し通すことも、自ら終わらすことも叶わず、ただ目の前のものに頭を下げ、何も変わらない毎日を受け入れるだけの者になった。

 

岐路

 

あの日、学校帰りに乗った小田急線の車内で幼馴染と行き合った。

その日、私は「たまたま」いつも乗る最後尾に近い車両ではなく、前の方の車両に乗り込んだ。

あの時どうしてそんな行動を取ったのかは分からない。他よりも乗客が少なく、安全地帯だと知ってて決まった車両を選んでいた当時の状況を考えると、なぜ自分がそんなことをしたのか見当がつかないが、私は「たまたま」車両を変えたことで、疎遠になっていた彼と鉢合わせした。

入院している友達の見舞いに行く途中だった幼馴染は、私の目のくまの理由を質問した後に、一緒に病院に来ないかと提案してくれた。

彼の誘いを受けて訪ねた病室、足にギプスを付けてベッドに横たわっていた男はこちらを見て、「そっちが入院した方がいいよ」と言った。

 

「たまたま」変えた車両に、「たまたま」疎遠だった幼馴染が乗っており、その時期に「たまたま」大きな怪我を負った幼馴染の友人がいた。入院していた彼は、幼馴染が遊んでいたグループのリーダー格であり、私はその時の出会いをきっかけにして彼らの集まりに拾われた。

そして、そこが私の避難所になり、居場所になった。

 

今でも、あの時の感情を思い出す。

自力で事を成し遂げられなかった私の次の候補地は、国道246だった。

自ら終わらせないのであれば、他力で。

とにかく、何でもいいからどうにかしてどうにかしなければ。

そんな焦りに似た気持ちが、ずっと心にあった。

 

幼馴染をきっかけにして拾われたグループに入っていなければ、今の私は確実にいない。彼らと出会ったことにより、私は常に誰かと行動を共にして生活するようになった。

あの時、「たまたま」車両を変えたことにより、私の世界は2つに分かれた。

 

私が生きている世界。

私が死んだ世界。

 

私は今、私が生きている世界を生きている。

 

私は無宗教であるが、神様はいると考えている。

便宜上「神様」という言葉を使ったが「並行世界」と同じように、呼び名は何だっていいと思っている。

目に見えない大きな存在。

元々、懐疑的な性格なのでそういったものに対して疑いの目を向けていたが、2つ目、そして3つ目の岐路を通して、名前を知らない「何か」の存在を信じざるを得なくなっていった。

 

〈続く〉

 

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Aの中で、Bを見る

 

制限があっても、与えられた中で花を見つける。

 

まだ大洋ホエールズが生きていた頃、私はコントローラーが絶対に回ってこない「ファミコン応援係」という役を与えられていた。

 

仲間に入れてもらえるアイテム、ファンタオレンジを献上して、所定の位置に座る毎日。
表向きはプレイヤーに声援を送っていたが、頭の中ではブラウン管から流れるゲーム音楽を使って遊んでいた。

 

当時のお気に入りは、ネズミ警官がトランポリンを使ってはしゃぐ「マッピー」。

AメロとBメロの頭に「ミスするなら 金返せよ」と、夢のない歌詞をつけ、それをループさせて声を出さずに歌った。
曲が転調してから「トゥントゥントゥン」と続くメロディラインが気持ちよかった。

 

そんな脳内歌謡ショーは、曲のテンポがあがると一旦終わり、ツインビーへと移行するのが常であった。

 

その行為が、あの時、私が見つけた花。
薄暗い中で咲く、一輪の赤い花だった。

 

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***

 

 

喜怒哀楽。
四つ柱のバランスの大切さを強く感じる、今日この頃です。

 

こちらではお久しぶりですが、青いハトの世界では、詩、散文などを毎日書いております。
よろしければ覗いてみてください。

 

 

こんにちは

So this is Xmas

And what have you done

 

何をしたのかと問われれば、「生きてきた」と答えよう。

 

五匹の猫がヒーターの通気孔を塞いでいる午前三時半。

丑三つ時の四角い部屋には、離婚記念で空を飛んできた義理の母が寝息を立てている。

約一ヶ月の滞在。

長い長い拘束生活から解放されたのだ、是非ともピザやポテト、ハンバーガーなどを頬張ってゆっくりしていって欲しいと思う。

 

 

ドアが開き、内へ潜って区切りをつけて、しばらくその場を回った後に、障子を破って部屋を出る。

今年は、そんな一年だった。

 

新宿から乗って、物思いにふけていたら、もう相模大野。

今年は、そんな速さで過ぎていった。

例年通り、二、三ヶ月ちょろまかされている感覚だ。

 

歳を重ねて、「変化」という言葉が好きになった。

変わることは失うことではない、今は無理せずにそう思える。

 

ここ最近、私はたくさんの「こんにちは」をした。

見える範囲を広げたいと望み、今まで通りの線を跨いで、多くの人たちの言葉に触れた。

それはとても興味深く、とても刺激的だった。

 

何と言うか、それはまるで、21世紀型交換ノート。

レンズが変われば、ビジョンも変わる。

上下左右、どこでも広がっていくんだ。

 

有り難い景色に、感謝。

 

***

 

ケーキもチキンもないけれど、お知らせがあります。

 

本日、25日(火)から29日(土)の午後4時まで、Amazon Kindleストアで販売している電子書籍「歩けばいい」の無料ダウンロードキャンペーンを行います。

(2018年度 Amazon × よしもと「原作開発プロジェクト」優秀賞受賞作品)

 

たくさんの気持ちを込めました。

この機会に是非、読んでみてください。
よろしくお願い致します。

 

以下がダウンロードリンクです。


https://www.amazon.co.jp/dp/B079ZWVHTF

 

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