ご報告

自身の作品である「歩けばいい」が Amazon × よしもとクリエイティブ・エージェンシーが主催する「原作開発プロジェクト」において優秀賞を受賞しました。

 

ドアが開き、橋がかかった事がとても嬉しいです。

 

作品を読んでくださった方々、選んでくださった方々、サポートしてくださった方々、そして表紙を描いてくださったミチコオノ氏、その全ての人たちに感謝します。

本当に、ありがとうございました。

 

受賞の報告を受けた日、結果をまだ知らない自分は仕事帰りに嫁と合流し、テイクアウト専門のチャイニーズレストランへと向かっていました。

その日、普段よりも多くの料理を注文をした理由は、夕食時に残念会をするためでした。

Amazonから結果報告がくるのならばこの日だろう、と自分の中で勝手に決めていた日が報告を受けた前日だったので、受賞の可能性はなくなったのだろうと悟り、大好きな海老ビーフンを食べて気持ちをさっぱりと切り替える予定だったのです。

 

「テンミニッツ!」

 

電話口で告げられたテイクアウトの待ち時間。どれほど多くの注文をしても決して超える事はない10分のライン。

今日のオーダーの量はさすがに無理ではなかろうか、という気持ちを抱えたまま店に入ると、驚くことにレジの横にはすでに大きな紙袋が2つ用意されていました。

 

「キャッシュ オア デビット?」

 

テンミニッツマジックの奇跡を目の当たりにし、ズシリと重い袋を両手に持って車に戻ると、曇っていた気分は徐々に晴れていきました。

 

 

書くことが楽しい。

頭の中にあるものを表に出したい。

今まで受けてきたもの、目にしてきたもの、それらを言葉にして過去を報いたい。

 

受賞しようがしまいが書き続けていくという思いに変わりはありませんでしたが、ここしばらく、特に、溜め込んできたのと同じ時間をかけて解放したのでは夜がいくつあっても足りないのだと気付いてからは、心がきっかけを求めるようになりました。

夜と昼を逆転させるきっかけを、もっと先へ行くためのきっかけを。

 

 

外出ついでにと、自分がペットショップで猫の餌を買っている間に、嫁は隣の酒屋でこの辺りだと珍しいアサヒスーパードライ(サッポロの缶はどこにでもあるのですが、アサヒとキリンはレアアイテムなのです)を購入してくれていました。

テンミニッツチャイニーズマジックに、普段は飲まないビール。

宴の準備が揃い、残念乾杯をして食べ始めると、スマホに仕事関連のテキストが入りました。

内容はビールの味をとんでもなく苦くするトラブルマター。それは、チャーハン&ビーフンという炭水化物コンビを吹き飛ばすほどの威力がありました。

白い麺の森を前に、進まぬ箸。

正直、「なんてこった」でした。

急いで各所に連絡し、ドスコイドスコイしている内に冷める料理。何とも言えない空気がその場を満たし、残念会どころの話ではなくなってしまいました。

シャープな筈のアサヒが、喉に絡まる絡まる。

 

そんな訳で、どうにか問題をうっちゃりした後は精魂尽き果て、ソファーに寝転がる牛と成り果てました。

そんな状態で開いたホットメール。

 

結果を知った血圧の上昇具合は、あの日に乗って涙した富士急ドドンパのそれでした。

 

牛から人に戻り、急いでキッチンに走って開けるドア。

あの時に見た嫁の表情、キッチンの空気、それらを引っ括めた情景は、今後の自分の背中を押していくのだと強く思いました。

 

 

今、進めている中編を含め、まだまだ自分には書きたい思いが沢山あります。

必ず外に出すと決めている記憶があります。

よろしければこれからも、自分が書いたものを読んでやってください。

 

どうぞよろしくお願いします。

 

 

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この土地は誰のもの?

メインストリートのコーヒーショップ

右肩に彫られたハイダのイーグル

握手をした友人はもういない

 

「弓を引く者」

彼はその名を捨てたと言った

 

トライブを抜けた者

居場所を探す者

 

私も流れてここに来た

 

「よそ者」レッテルの永住者

私はあなたの敵ではない

 

「仕事を奪い取る移民者」

私はあなたの敵ではない

 

立てた中指をしまって欲しい

私はあなたの敵ではないんだ

 

ここで産声をあげてはいないが

この国に手を添えている

 

ナショナリズムに愛国心

大きな声は人を惑わす

 

異なる色を叩かなくとも

生まれ育った国を愛せる

 

「ここは俺たちの土地だ!」

 

つまらぬ悪意を埋め込まれた日

コーヒーショップのドアを開けた

 

壁際の丸テーブル

右肩で羽ばたく赤い大鷲

 

イーグルの目に引き寄せられ

席を立ち声をかけた

 

そこに座っていたのは

ずっと前から知っている匂い

 

背の低い草と土の香り

鼻に残るがウィードではない

 

頭に広がる湿った草原

 

気のせいでも

思い込みでも構わない

 

浮かんだ景色に救われた

 

「この土地は誰のもの?」

「誰のものでもない」

「でも、あなた達のものだった」

「そんなことはない」

「あなた達が先に住んでいた」

「順番など意味はない」

 

メインストリートのコーヒーショップ

右肩に刻まれたレッドイーグル

スピリットの意味を教えてくれた

ハイダの精霊はもういない

 

生まれた場所だから住む

生まれた場所を知って住む

 

配慮ある知識は無知の連鎖を断ち

弱者が弱者を叩くシステムを絶つ

 

そんな場所に

私は住みたい

 

人類皆兄弟だとは思えない

それでも

共存できると信じている

 

コミュニティを抜けた者

名前を捨てた者

漂い流れ着いた者

 

枠から外れても息ができる

 

そういった場所で

私は生きたい

 

魂となったハイダの友人

土に帰ったその瞬間に

右肩のイーグルは羽を広げる

 

肉体を抜けた彼の精神は

狩られる恐怖から解放されて

高い空へと舞い上がる

 

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今が永遠に続きはしない

三月になりました。

相変わらず時間は駆け足です。

何というか、誰かに五時間ほどちょろまかされている錯覚に陥ります。

 

最近、子供の頃よく耳にしていたオノデン(秋葉原にある電気屋さん)のCMソングが頭の中で流れます。

宇宙的な歌詞で電気の世界を紹介している、あれです。

オノデンボーヤが未来と遊んでいる、あれです。

何かきっかけがあったわけではないのに、この曲が脳内でヘビーローテーションされている理由が分かりません。

こういった時の脳のメカニズムが知りたいです。

 

話は変わりますが、自分がここを離れている間、以前書いた詩を かこ (id:kozikokozirou)さんが漫画にして下さいました。

 

yoshitakaoka.hatenablog.com

kozikokozirou.hatenablog.com

 

とてもありがたく、本当に嬉しかったです。

 

 

真っ暗の中にいる時、自分は何も見えませんでした。

どうしようもない現状が永遠に続くように思えたし、変化も、先の希望も感じられませんでした。

 

あの感覚は、今でも覚えています。

 

狭い部屋で眺める蛍光灯の輪っか。

窓を閉め切っていた部屋の異臭。

ボロボロの砂壁。

 

何か行動を起こす勇気もなく、学校にもアルバイトにも行けませんでした。

出席日数、呼び出し、支払い、暴力。

迫り来る現実から、ただ逃げるだけの毎日。

 

あの時、自分に未来はないと思っていました。

 

先は必ずある

今が永遠に続きはしない

 

 書きたい思いを表現できるのなら、詩でも小説でも構いません。

とにかく、外へ出していきます。

 

 

かこさん、紹介して下さり、ありがとうございました。

 

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自分のケツは、自分で拭きます 〈高岡ヨシ + 大関いずみ〉

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「おーい、君ぃー! 聞こえるかー? そんなとこで、何してるんだー?」 

 

「あっ! お勤めごくろうさまです! あのー! わざわざ来てもらって悪いんですが、間に合ってまーす!」 

 

「いやー、えっ? 間に合ってるって、何だろうなー? とにかくさー、そこ危ないから降りてきなよー!」

 

「何だかすみませーん! でも、降りる気はないんで、お帰り下さーい!」

 

「いや、帰らないよー! ねぇ、君ぃー! そこで何をしてるのー?」

 

「自分のケツを拭こうとしてるんでーす!」

 

「うん、そうだねー! いや、そうじゃなくて、何でそんなトコにいるのかなー? どうしてそこに便器があるのかなー?」

 

「あのー! それ説明すると長くなるんで、勘弁してください! とにかく、今、僕は忙しいんでーす! 放っといてくれませんかー!」

 

「んー、放っとけないよー! あのー、君ぃー! もしねー、お尻を拭きたいんだったら、降りてきた方がいいよー! そこ危ないし、トイレなら下にもたくさんあるよー!」

 

「あのー! 下はダメなんです! どうしても、ダメなんでーす!」

 

「何でかなー? 何で降りてこられないのかなー?」

 

「話せば長くなりまーす!」

 

 

ガヤガヤ

 

クスクス

 

パシャ

 

ガヤガヤ

 

クスクス

 

パシャ

 

 

「あ! ちょっと待っててねー! すぐ戻るからー!」

 

 

ツカ

ツカ

ツカ

 

 

「すみませんが、出て行ってもらえますか? あの、ちょっと、撮らないで下さい。撮らないで。あの……何で笑ってるんですか? 見て分かりますよね、この状況に何ひとつ面白い事はありませんよ。ほら、早く出て行ってください。これ以上、ここに残るつもりでしたら、本官への公務執行妨害で逮捕します。さぁ、出て行ってください!」

 

 

ツカ

ツカ

ツカ

 

ガチャ

 

ツカ

ツカ

ツカ

 

 

「ごめん、ごめん! 話の続きなんだけどー! 何で降りてこられないのかなー? 長くなっても構わないから、教えてくれないかなー?」

 

「今、今みた通りですよー! 下に降りたって、結局、同じなんでーす! 見ましたよねー? みんなの表情? あれが、全てでーす!」

 

「そうかなー? みんながみんな、同じじゃないと思うよー!」

 

「同じでーす! 僕の見てきた世界は、同じでしたー! あのー! もう、いいですかー? 僕は自分のケツを拭きたいんでーす!」

 

「やっぱり、そこじゃなきゃダメかなー?」

 

「ダメでーす! 僕はー! 僕はー! もう十分拭いてきたんです! 下でずっとー! 他人のケツばっかり! 拭いてきたんでーす! もう! 嫌なんです!」

 

「えーと、他人のケツって、どういうことかなー!」

 

「あのー! 何でみんな、嘘を教えてくるんですかねー? 助け合いだとか! 人に優しくとか! 自分の事じゃなくても、気付いた人がやりましょーとか! 全部、嘘じゃないですかー! ずっと、そうしてきましたよー! 親にも言われたんでねー! でもー! そうやって生きてきてもー! 何も報われなかったでーす!」

 

 

「……」

 

 

 

 「親がー! 借金を抱えましたー! ギャンブルでーす! でも、僕はちゃんとやりましたよー! 家族は大事に、ですもんねー! だから、バイト増やしてー! お金入れてー! やることはやりましたよー!」

 

 

「……」

 

 

「でもー! 足りないってー! 全然足りないからー、学校やめて働けってー! もう! 嫌なんでーす! 拭いても! 拭いても! 拭いても! キリがなーい! だから、終わりにするんです! 自分で自分のケツを拭いて、それで終わるんでーす!」

 

 

「……」

 

 

「それしか、ないですよねー! 下に降りてー、何があるんですかー? あなたがお金をくれるんですかー? 諦めちゃダメとか! 世の中そんなに悪くないだとか! 綺麗事以外に、解決策なんかありませんよねー!」

 

 

「……」

 

 

「もう、いいですから! 帰ってくれませんかー?」

 

 

 

 

 

「親父がー、親父が首を吊ったー! 

 

本官が17歳の時、理由はギャンブル! 

 

君んちと同じだー!    

 

 

 

ショックだったー! 

クソッタレって思ったー! 

みんないなくなればいいって思ったー!    

 

 

 

 

下の世界はー! こんがらがってるー! 

どっちにいってもー! 遠回りばっかだー!                       

 

 

 

 

 

友達にならないかー? 

 

本官とー! 

友達になってくれないかー! 

 

 

 

 

どこにもいかなくていいー! 

共通の趣味もなくていいー! 

だだー! 

君がよければー! 

友達になってくれないかー!

 

 

 

 

本官の名前はー! 

 

……俺の名前は、タグチコウタ! 

 

生まれは神奈川だー!

 

 

君のー! 

 

君の名前を、聞かせてくれないかー!!!」

 

 

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***

 

〈文〉高岡ヨシ

〈絵〉大関いずみ

 

大関いずみ氏に、感謝。

fukaumimixschool.hatenadiary.com

ねぇ、知ってる? 〈高岡ヨシ + ミチコオノ〉

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ねぇ、知ってる?

あの子のお母さん、PTAの会長さんとできてるらしいのよ

 

ねぇ、知ってる?

あの子の家の弟さん、やっぱり変なんですって

 

ねぇ、知ってる?

あの子のお母さんの出処、どうも橋の向こうの地区らしいのよ

 

ねぇ、知ってる?

あの子のお父さんの会社、噂通り倒産したんですって

 

 

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ねぇ、知ってる?

あなた達の話、全部聞こえているよ

 

ねぇ、知ってる?

あなた達が笑ってしている話、全部おかしくも何ともないんだよ

 

 

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おい、知ってる?

あいつ、昨日もヤられたんだってよ

 

おい、知ってる?

一緒に殴れば、金がもらえるんだってよ

 

おい、知ってる?

あいつ、授業中に血を吐いたらしいぜ

 

 

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ねぇ、知ってる?

あなた達の話、全部聞こえているよ

 

ねぇ、知ってる?

あなた達が笑ってしている話、全部面白くも何ともないんだよ

 

 

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あなた達が知りたいと思っている話を、私は聞きたくない

あなた達が笑ってしている話を、私は全然面白いとは思えない

あなた達の興味があることを、私は知らない

 

「何にも知らないんだ」ってあなたは言うけれど、私だって知っていることはある

 

 

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ねぇ、知ってる?

誰もいない校庭に横たわると、月面にいるように感じるんだよ

 

ねぇ、知ってる?

夜中プールに忍び込んで、ずっと水面を見ていると、急に光る瞬間があるんだよ

 

ねぇ、知ってる?

デパートの屋上にある看板をのぼると、黄色と赤と青黒い空が迫るんだよ

 

ねぇ、知ってる?

早朝、日が昇る少し前に神社に行くと、拝殿がやけに白く見えるんだよ

 

 

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あなた達が知っていることと、私が知っていることが、目の前に揃った

お互い、これ以上、隠していることはないはずだよね

 

だったらもう、「おあいこ」にして帰ろうよ

知らない間に、外は真っ暗だ

 

さぁ、もうやめにしよう

これ以上、違いを求めたら、どちらかが消えなきゃいけなくなっちゃうから

 

 

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***

 

〈文〉高岡ヨシ

〈絵〉ミチコオノ

 

ミチコオノ氏に、感謝。

fukaumimixschool.hatenablog.com

今回の詩は、こちらに収録されています。

読んでいただけたら、嬉しいです。 

私が私をやめたなら

私が私をやめたなら

 

七日後の秘密

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「急に呼び出して悪い」

 

「それはいいけど、誰もいないよね」

 

「誰もって?」

 

「ヤマカワさんとか」

 

「大丈夫。いない、いない」

 

「本当に? 倉庫なんかに呼び出すから、構えちゃったよ」

 

「ごめんな」

 

「いいよ。それよりさ、月曜どうだった? やっぱり新しいことされた?」

 

「月曜? あぁ、水のやつ?」

 

「うん。あれ、ひどくない? 着替えなんて持ってないから、ビショビショのまま帰ったよ」

 

「俺も。すれ違う人にジロジロ見られた」

 

「あんなの、何が楽しいんだろうね?」

 

「あいつらが笑ってしてくるやつ、全く理解できない」

 

「最低だね」

 

「あぁ、最低だ」

 

「あのさ、聞くのが怖いんだけど、何か緊急事態あった?」

 

「いや、大丈夫。今のところは何の連絡もない。今日呼んだのは、ヤマカワ関連のことじゃないんだ」

 

「え、そうなの?」

 

「ちょっと聞いて欲しいことがあって」

 

「うん。どうしたの」

 

「あのさ、タカギ先生って、結婚してたっけ?」

 

「タカギ先生? 保健室の?」

 

「あぁ」

 

「いや、知らない。保健室のタカギ先生でしょ? 結婚してるなんて話、聞いたことないよ」

 

「そっか」

 

「何で? 何かあったの?」

 

「先週の水曜なんだけど、なんとなくヤマカワとかに呼び出される気がしたから、保健室に逃げたんだ。水曜って、よく呼び出しがあるから」

 

「うん。水曜の昼休み明けって、危ないもんね」

 

「危ない。事情は話してないけど、タカギ先生って基本なんにも言ってこないから、その日も『頭が痛い』って言って、寝かしてもらってたんだ」

 

「僕も時々そうしてる」

 

「あそこさ、寝る時、あのカーテンみたいのでベッドをグルッと隠すだろ? その日もタカギ先生がそうしてくれたんだけど、滑りが悪かったのか、ちょうど枕の部分にちょっとした隙間が出来たんだ。本当にちょっとなんだけど、自分で閉めるのもなんだから、そのままにしてたの。俺が寝てたベットは入り口側だったから、そこからは先生の後ろ姿が見える感じ」

 

「うん」

 

「いつもそうなんだけど、寝っ転がっても寝れないから、天井をずっと見てた。そしたら、『ジャキッ ジャキッ』って音が聞こえてきて。ゆっくりと、何かを切るような音」

 

「音?」

 

「あぁ。その時、部屋には俺と先生しかいなかったから、気になって隙間から覗いたんだ。ハサミは見えたから、机の上で何か切ってるのは分かったんだけど、何を切ってるのかまでは見えなかった。何か作業をしてるんだと思って気にしないようにしたけど、途中から声も聞こえ出して」

 

「声って、先生の?」

 

「『出てくるな』って、声。最初は小さくて何を言ってるのか聞き取れなかったけど、意識したらだんだんクリアに聞こえてきた。『出てくるな』『出てくるな』って」

 

「え、それはサエキに対して言ってたの?」

 

「いや、独り言なんだと思う」

 

「『出てくるな』って?」

 

「何かを切りながら、小さい声でずっと。何だか変な感じがして、先生の後ろ姿から目が離せなくなった」

 

「その時、何か声をかけた?」

 

「かけないよ。かけれないよ。それから少しして、先生が誰かに呼ばれて部屋を出て行ったんだけど、いったい何を切ってたのか凄い気になってね」

 

「もしかして、ベッドから出たの?」

 

「五分くらい待ったんだけど、先生帰ってこなかったから」

 

「出ちゃったんだ」

 

「だって、訳の分からないこと言いながら切ってたんだぜ」

 

「それで、机の上に何があったの?」

 

「机の上には何もなかった。切ってたものは先生が部屋を出てく時に、引き出しにしまってたからな」

 

「その引き出し、開けてないよね?」

 

「開けたよ。そこまでいったら開けるだろ」

 

「開けないよ。開けちゃダメだよ」

 

「そんなこと言われも、もう遅いよ。開けたんだから。まぁとにかく、そこには赤い布っていうか、お守りみたいなやつがバラバラに切られてあった」

 

「お守り?」

 

「あぁ。交通安全みたいなやつ。何のお守りかは分からなかったけど、バラバラだった」

 

「あのさ、それやってたの、本当にタカギ先生だよね? 保健室の」

 

「そうだよ。それ以外にありえない」

 

「何でそんなこと」

 

「分からない。それに、そこにあったのはお守りだけじゃないんだ。バラバラになったお守りの下に、絵があった」

 

「絵?」

 

「うん、これ。この絵」

 

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「何、これ?」

 

「分からない」

 

「ねぇ、何でこの絵をサエキが持ってるの?」

 

「引き出しを開けてこの絵を見つけた時、保健室に生徒が入ってきたんだ。それで咄嗟にポケットに入れた」

 

「その時、先生も帰ってきたの?」

 

「いや、生徒だけ。確か、ケンジと同じクラスのシミズ君だと思う。なんか、タカギ先生を探してるみたいだったけど、『いませんよ』って伝えて、気まずくなったからそのまま部屋を出た」

 

「ねぇ、その絵の裏に何か書いてあるよ」

 

七日後

 

「これね。家に帰って、ちゃんと見た時に気付いた」

 

「七日後って、何?」

 

「分からない。全然、意味が分からない」

 

「下に、ほら、そこに書いてある日付って、それ先週のだよね」

 

「だと思うよ。日付的に先週の水曜日なんじゃない」

 

「じゃあ、七日後って」

 

「今日、だな」

 

「何か、あった?」

 

「いや、今のところは何もない」

 

「でもさ、タカギ先生はサエキが絵を取ったって知らないかもしれないでしょ? だってあの時、戻ってこなかったんだから」

 

「戻ってはこなかったけど、絵と一緒に俺もいなくなってるからな」

 

「サエキの他にも生徒が入ってきたって言ってたよね、じゃあその子が取ったってことも考えられるでしょ? だったら……あ」

 

「何? どうしたの?」

 

「その生徒……さっき、シミズ君だって言ったよね?」

 

「あぁ。ケンジのクラスの子だよな」

 

「そのシミズ君、二時間目の後に保健室へ行って、そのまま早退したって聞いたよ」

 

「……え?」

 

 

 

タン

タン

タン

 

タン

タン

タン

 

ガラッ

 

 

「あっ、本当にいた。何やってんだお前らこんなことで。まぁ、いいや。おぃサエキ、タカギ先生に、お前がここにいるからって言われて来たんだけど、なんか急ぎらしいんだ。渡した資料のことで話があるみたいだから、至急、保健室へ行ってくれ」

 

 

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〈文〉高岡ヨシ

〈絵〉ミチコオノ

 

 

 

 

夏をやってない

ハッとして目を覚まし

通りに近い窓を開ける

 

緑を覆う色あせた枯れ葉 

喉に飛び込む息は冷たい

 

薄く横に伸びる雲

縦に登れず空を這う

 

確かにここにあった夏

それなのに

僕は夏をやってない

 

バケツに飛び込む手持ち花火

生み出す音が夜を鎮める

 

咲き終わりに残る白いライン

暗闇に写す向日葵の花びら

 

もう 

何年見ていない?

 

市営プールの帰り道

夕焼けに交わる塩素の匂い

 

天に浮かんだ七色の曼荼羅

オレンジの雲は何にでも化ける

 

灰色へと続く通学路

遠くに見える工場の煙

 

もう

何年帰っていない?

 

特別が日常になり

御馳走への距離が縮まる

 

不便や貧困を崇めない

でも

スイカに種があったっていい

 

僕は夏をやっていた

 

一人でいても

家に帰らなくても

 

僕は夏をやっていた

 

夜明け前に飛び出す国道

車の列をやり過ごし

瞬間を逃さずシャッターを押す

 

大した写真は撮れてない

それでも

そこには夏があった

 

制服を着替えて家を出る

目指す先はデパートの屋上

 

夕陽に幕が下りたなら

蛍光灯がその目を覚ます

 

出っ張ったコンクリに足をかけ

ビルを使って描く地図

 

あんなに頭を乱されて

あんなに体を取られた街が

小さくなってひかり輝く

 

現状は何にも変わらない

それでも

そこには夏があった

 

僕は座ってた

 

拝殿の裏に

高架下の隅に

 

僕は見つめてた

 

水面に浮かぶ金魚を

干からびたカマキリを

 

扇風機に押されて歌う風鈴

宙に響く祭りの太鼓

 

確かにそこにあった夏

 

収まらない感情の避難所 

それが僕の夏だった

 

ネクタイを締めて夏が消えた

お金と引き換えに夏が消えた

 

いや

 

そんなことはない

 

僕が夏を消した

 

言い訳ばっかり口にして

 

僕が夏を消した

 

***

 

休みを取った

 

ドリンクホルダーに炭酸を入れ

アスファルトを三時間踏んだ

 

土砂降りの後に赤が出て

黄色と混ざって青黒になった

 

寄り道をして超えた坂

ひらけた先に夏があった

 

気温五度の温水プール

十二年間を肌で取り込む

 

大好きな逆立ちをした

誰もいないのをいいことに

気の済むまで逆立ちをした

 

耳に水が流れ込み

感覚が狂って夏になった

 

もう若くはない

 

何が必要で

何が不要か

 

心が求めてるものしか欲しくない

 

人目を気にして震える代わりに

夏を残して奥に潜ろう

 

比べて鼻を伸ばす代わりに

残した夏で想いを繋ごう

 

進んで行きたい道がある

余計なものはもういらない

 

取捨選択して始める引き算

 

執着ばかりで埋まった容量

腰を下ろして紙に書き出す

どれだけ記憶を削っても

戻った夏は二度と消さない

 

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