ハロウィンに特別な思い入れはない。
出勤と同時に化けの皮を被っているのであえて仮装する必要はなく、トリックを披露する場も、トリートを配る機会もないので、職場のバスケットに詰め込まれていた甘いチョコ菓子をかじる以外は、いたって普通の水曜日だった。
カナダで口にするチョコ菓子は甘い。
とにかく甘い。
甘すぎるチョコ菓子は、もはやチョコ菓子ではなく、黒くて茶色い砂糖だ。
ちなみにドーナツも甘い。
正確に言うと、甘ったるい。
こんなにも糖分が高いものを食べていたら明らかに体に毒だと思うのだが、こちらの人はピンピンしている。
目を疑うほどに、ピンピン。
じーさんもばーさんも杖やウォーカー、もしくは自動歩行器にまたがってカフェへ繰り出し、ダブルダブルのヒーコちゃん(砂糖×2、クリーム×2)を飲みながら甘パンを頬張っている。
その光景は、まるで34丁目の奇跡。
彼らの顔は、一様に幸せそうだ。
そんな場面を何度も見てきた。
糖質オフの向こう側にある甘パンワールド。
砂糖の海に浸かっても病気にならない。
『食べるものよりも、ストレスが体を壊す』
心に引っかかっていた言葉が頭に浮かぶ。
不公平だと思うのは、性格がひねくれているせいか。
自分で見てきたものしか分からない。
12年間、この目で捉えたメープル国の方々の多くは、笑顔だった。
といっても、決して温厚なわけではない。
『ファック! ファック!』の大合唱がストリートから聞こえ、罵り合いや、我を失って暴れている人たちを見かけるのは、ここでは珍しいことではない。
ストレスが溜まったら外に吐き出すハッピールーティン。
理想的で、それでいて全く出来る気がしないポジティブアクション。
そんなアティチュードをフォローしないピーポーは、内へ内へと向かって行き、過去を引っ張り出して自己否定を繰り返す。
私は今、自分のことを話している。
10月17日の解禁以降、街では大麻のニオイがきつくなった。
街だけではない。
住宅地からも、お隣さんのバックヤードからもニオってくる。
私は吸わないし、吸おうとも思わないが、大麻自体に対して特に悪いイメージもない。
吸いたい人は吸えばいいと思うし、吸っている人に対してもどうやこうやの感情はない。
それでハッピーになれるのなら吸えばいいのだ。
法律違反でもないし。
今日話したご婦人は、「街がケイオスに包まれる」と嘆いていたが、他人を蹴飛ばして好き放題やるユワシャ(You は Shock)は、大麻や酒を摂取していなくても、きっと同じことをするのだと思う。
渋谷の街を蹂躙した集団のように。
一人だけだったのが二人、三人、四人と増えて集団になる。
中心人物が煽って取り巻きに火をつける。
一発、二発。
いいのが入ったのをきっかけに興奮して、目つきが変わる。
いっちょ前にステップ踏んで蹴りなんか入れてきて、しまいに誰がどこまでエグいことをやれるかの発表会になる。
それで、男をあげたってさ。
飲み会のネタが出来てよかったね。
少し話を盛って、武勇伝の完成かい?
集団がエスカレートしていく様は、嫌悪感しか覚えない。
とてつもなく嫌なもの。
囲まれた時の目が大嫌いだ。
人が人を捨てる瞬間。
あぁ、あんたもか。
あんたもそっちに行ったのか。
何とも、寝付きが悪くなりそうだ。
私は仮装しないし、渋谷にも行かない。
でも、仮装する人は仮装して、楽しくやればいいと思う。
ハロウィンの起源など詳しく知らなくても、それを叩こうとは思わない。
そもそも、地元の祭りの起源を何人の人が正確に言えるのだろうか。
夜に提灯が揺れて、舞う浴衣を眺めながらラムネを飲んで焼き鳥食って、あー楽しい。
それでよいのだと思う。
牌の揃っていないドラえもんドンジャラをつかまされたのも、いい思い出だ。
でも、楽しいを盾にして好き放題やるのは違うと思う。
楽しいを求めて人が集まると、なぜ攻撃性が顔を出すのか?
エスカレートして歯止めが効かなくなるのは、人間の性なのか?
楽しいだけじゃダメなのか?
答えが出ない問いは、エネルギーを消費する。
手が届かない「桃太郎ランド」を買おうとする熱量と同じ分を使う。
お値段、200億。
とんでもないな。
楽しいことをしていきたい。
楽しくないことがあった分、楽しく生きたい。
ニッコリでも、ニタニタでも、ニヤニヤでも構わない楽しいこと。
滅茶苦茶したい時は、頭の中でぐわんぐわんするからそれでいい。
攻撃的な感情も、破壊衝動も、頭の中でぐわんぐわんすればいい。
2018年のハロウィンが終わる。
トリックもトリートも、蹂躙もいらないので、いにしえの水曜日午後7時25分辺りのエンディングで、ブルマがくれると約束したものを頂きたいと考えております。