絶対に、振り返っちゃダメだよ

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***

 

「おい、ここ、誰んちよ?」

 

「私のお婆ちゃんち」

 

「誰か住んでんの?」

 

「ううん。結構前に亡くなってから、それっきり」

 

「へー。何でここ売らなかったんだよ。こんな場所でも、ちったぁ金になっただろ」

 

「どうしてもここは、手を付けたくなかったんだって」

 

「何でだよ?」

 

「何でかは知らない。それより、来る途中にも言ったけど、いろいろ変だなって思ってもシキタリだから気にしないでね。そういうものだから」

 

「でもよ、バットで傘を殴るなんてシキタリ、聞いた事ないぜ」

 

「知られてるはずがないよ。すっごい閉鎖的な場所だから」

 

「そういうもんなのか?」

 

「うん。そういうものなの」

 

「で? 何すればいいんだっけ? 手順のところはあんまし聞いてなかった」

 

「ちょっと、ちゃんとしてよ。これ、すっごい大事なんだから」

 

「分かってるよ。なんか面倒くせーけど、これ終わったら、ヤラしてくれるんだろ?」

 

「うん。終わったらね」

 

「本当だな?」

 

「うん」

 

「全部だぞ?」

 

「しつこいよ。昨日、覚悟見せたでしょ?」

 

「しかしよー、なんでこんなしきたりを作ったのかね? 好き同士なら勝手にヤリゃーいいじゃねーか。それをワザワザこんな」

 

「示さなきゃいけないんだって。二人の気持ちを、神様に」

 

「そんなの信じてんのか?」

 

「信じてるっていうか、もの凄く大事な儀式って、ずっと言われてきたから。今更、無視できないよ」

 

「でもよ、誰かとヤル度に、毎回こんな事しなきゃいけねーの?」

 

「一回だけだよ。初めての時だけ」

 

「え? 初めてって、お前、そうなの?」

 

「うん」

 

「マジで? お前いくつだっけ?」

 

「二十一」

 

「遅くねー? 何でよ? そんなに可愛かったら、チャンスあっただろ?」

 

「そんな状況じゃなかったの、アッくんが一番よく分かってるよね?」

 

「あれ? お前んちと関わるようになってから、何年よ?」

 

「六年。アッくんが最初にウチ来たの、私が十五の時だよ」

 

「六年、そんなに経つのかー。いや、俺、初めて見た時からずっと可愛いと思ってたんだよ。俺よ、何回もお前の親父に言ったんだぜ、悪いようにはさせないから預けろって。でもあの親父、頑固でよー。『ユイには指一本触れさせない』ってうるせーの。で、結局あのザマだ」

 

「……」

 

「お前の親父も、お前くらい物分りがよけりゃー、あんな事にならなかったのになー」

 

「ねぇ。その人の名前は出さないでって言ったでしょ。それに、私は現実主義なの。一緒にしないで」

 

「あぁ、分かった分かった」

 

「あのさ、本当に、大丈夫なんだよね。アッくんの女になったら悪いようにはしないって、本当だよね?」

 

「おぉ、問題ねーよ。仕事も斡旋してやるし、モノが欲しけりゃ市場の半額で売ってやる。金は返せる上に、お前は逃げ続ける必要ねーし、俺も探す手間が省ける。まさに一石二鳥だな! 三鳥か?」

 

「そうだね」

 

「ところで、お前よ、何でこっちに顔見せる気になったんだよ? あんなに嫌がってたじゃねーか? 何でだ?」

 

「電話でも話したでしょ。お母さんがいなくなったの。あんなに守ってきたのに。もう、疲れたんだ。逃げ回るのも、誰かの世話するのも。だから、アッくんに連絡した」

 

「ふーん。どーしよーもねーな、お前のかーちゃん。まぁ、それでも、いるからマシじゃね? 俺のは顔も見た事ねーからよ。まったくよー、世の中クソだな」

 

「そうだね」

 

「あー、何かブッ壊したくなってきた。まぁ、いいや。早く何するか言えよ」

 

「うん。あのね、まずこの儀式は、朝七時に始めなきゃいけないの」

 

「朝の七時? ふざけんなよ! そんなに早く起きた事ねーよ」

 

「お願いだから、聞いて。私としたくないの?」

 

「してーよ。マジでしてー」

 

「じゃあ、ちゃんと手順を守って」

 

「分かったよ」

 

「ここの前の道の先に、畑があったでしょ? あれはキャベツ畑なんだけど、私は明日の朝七時にここから、そこに向かって歩くの」

 

「赤い傘を持ってだろ?」

 

「そう。大きい白い服を着て、右手に赤い傘を持って歩くの。アッくんは七時五分になるのを待って、バットを持ってここを出て」

 

「何でバットなんだよ。やっぱり、何か変じゃねーか?」

 

「言ったでしょ? シキタリだから気にしないでって。昔はね、木の棒とかを使ってたみたい。傘も和傘で、竹で作ったやつだったんだって」

 

「ふーん。でも何でその赤い傘をブン殴るんだよ」

 

「赤は未練、そして清い血を表しているの。交わる二人の女性が赤い傘を持ち、男性が何か硬い棒、この場合はバットを持ってその赤を断つ。あ、断つって、切断するって意味ね」

 

「何だかよく分かんねーな」

 

「ねぇ、アッくん。ここ重要だからちゃんと聞いて。もし失敗したら、その二人は二度と交われなくなるんだから」

 

「マジで? それ、ヤベーじゃん。聞く聞く」

 

「アッくんが家を出るのは七時五分ジャスト。それ以前には、絶対に外に出ないで。そういう決まりだから。あと、私の後を追いかける時、絶対に喋りかけたり、声を出したりしないで。それが守られなかった時点で、この儀式は失敗だから」

 

「何だそれ、厳しくねー?」

 

「それ位、私にとっては重要なの。アッくんが私の初めてになるんだから」

 

「その響き、たまんねーな。よし、分かった。ちゃんとやるよ」

 

「ありがとう」

 

「でも、そんなに思いっきりブッ叩いて、大丈夫なのか? 頭、近いだろ」

 

「大丈夫。私はこうやって、後ろに腕を伸ばしながら傘を持つから頭には当たらない。だからアッくんは何にも気にせず、赤を目掛けて思いっきりバットを振り下ろして。思いっきりだよ、じゃなきゃ意味ないから」

 

「あぁ。バットでブン殴るのは慣れてっから問題ねー」

 

「ならよかった。私は歩いている間、振り向いちゃいけない決まりになっているの。でも一応、心の準備をしたいから、私に近づいてくる時に、なるべく大きな足音を立ててくれるかな?」

 

「分かった。ドシドシ行くよ。でもよ、これ、人に見られたら何か勘違いされんだろ?」

 

「それは大丈夫。日曜の朝は殆ど人がいないし、こんな入り組んだとこに人なんか来ないよ。それに、もし人に見られたとしても、みんなシキタリの事を知ってるから気にせずに続けてね。どんな事があっても、絶対に途中でやめちゃダメだよ」

 

「やめねーよ。ヤリてーからな」

 

「うん、よろしくね。じゃあ私、行くから」

 

「あぁ? 行くって、どこに? ここに泊まってくんじゃねーの?」

 

「ダメなの。儀式の前の日に一緒に寝ちゃ。そういう決まりなの」

 

「はぁ? また決まりかよ? こんな何もねーとこに一人でいてどうすんだよ? ふざけんなよ」

 

「一日くらい、問題ないでしょ? それとも、怖いの?」

 

「おぃ、なめてんじゃねーぞ。怖いわけねーだろ」

 

「なら、よろしくね。アッくん、七時五分ジャストだから。絶対その前に出ちゃダメだよ。失敗したら、二度と出来なくなるからね」

 

「分かってるって。その代わり、終わったらとことんヤルからな」

 

「分かってるよ。じゃあ、また明日」

 

 

 ***

 

 

「久し振りだねー、ユイ。元気だった?」

 

「うん、まぁ。ケイコは?」

 

「元気だよー。ユイって、こっち帰ってきたの何年振り?」

 

「ケイコに会うのは中学卒業以来だけど、お婆ちゃんちがあったから、ちょこちょこ帰ってたよ」

 

「そっかー。それにしてもさー、連絡もらった時はビックリしたよ。詳しい話を聞くまで、てっきり誰かのイタズラかと思ってたしね」

 

「そうだよね」

 

「あ、ウチの親から、ユイのお父さんの話、聞いたよ」

 

「そうなんだ。うん、色々あってね」

 

「辛かったろうねー。絶対、大変だったと思う」

 

「あの、その話、あんまりしたくないんだ。ごめん」

 

「あぁ、ごめんごめん。思い出したくないもんねー」

 

「それよりさ、前に話したモデルの件、大丈夫なんだよね?」

 

「大丈夫。朝早いのがアレだけど、問題ないよ。ねー、何て言う雑誌に載る予定なの?」

 

「電話でも言ったんだけど、まだ決まってないの。でも、撮る人は結構有名な人だから、良いのが撮れたらちゃんと載ると思う」

 

「大体でいいからさ、その人、どんなのに載せてるか教えて?」

 

「え、例えば、ルゴモとか、エルフュートとか」

 

「え! 本当に!? エルフュートとかコンビニに置いてるやつだよね?」

 

「うん。でも、まだ決まったわけじゃないよ。良いのが撮れたら」

 

「オッケー、オッケー。あたし頑張るからさー。ユイ、何かありがとねー。色々あったけど、これからもよろしくね。でもさー、何で私に連絡くれたの? あんまり繋がってなかったから、何でだろーって思ってた」

 

「あの、私、雑誌の仕事してるって電話で言ったでしょ? それで今度そのカメラマンの人が『キャベツ畑の写真をバックに、作り込んでないモデルを撮りたい』って言い出したの。それで地元にキャベツ畑が沢山あるなぁって思い出して、そしたらケイコの顔が浮かんだの。地元で可愛い子っていったら、ケイコだなって」

 

「えー、そんなことないよー。ユイだって可愛いじゃん」

 

「私は全然、そんな事ないから」

 

「とかなんとか言っちゃって、絶対に自分では可愛いって思ってるでしょ? ユイって中学の頃からそうだったよねー。そこは変わってないねー」

 

「……」

 

「あ、そうだ。腕の傷って消えた? ユイ引っ越しちゃったから聞けなくて。あたし心配したんだよー。事故とはいえ、あたしらが原因で起こったことだからさー。事故とはいえ、ね」

 

「うん。大丈夫」

 

「ねー、ちょっと気になるから見せてよ。何か悪いからさー」

 

「え、いいよ。大丈夫だから」

 

「何でよ、心配なんだって!」

 

「ねぇ、もうやめにしない? 明日の説明していいかな?」

 

「ちょっと怒んないでよー。悪かったって反省してるんだからさー」

 

「カメラマンのリクエストは自然体。電話でも伝えた通り、朝方に撮りたいみたいなの。で、この人、ちょっと変わってて、色々注文があるんだけど、いい?」

 

「え? どんなの?」

 

「まず、カメラを意識して欲しくないから望遠で撮るって。だから、目の前に何もなくても、とにかく自然体で歩いて」

 

「遠くからだったら、顔とか写んなくない?」

 

「それは大丈夫。その人のカメラ、随分近くまでよれるから。とにかくカメラを意識して欲しくないみたい」

 

「オッケー。あと服なんだけど、こっちで用意したのじゃダメなの? 白のワンピースで赤い傘を持つって言ってたよね? あたしそれより可愛いの持ってるんだけど」

 

「ごめん。服は指定が入ってるの。それが撮りたい絵らしいから」

 

「えー、残念」

 

「うん、ごめんね。あと、歩く速度はゆっくりでお願い。電話でも言ったけど、場所は元ウチの前の道からスタートして、先にあるキャベツ畑の終わりくらいまで。そこまであんまり距離はないけど、十五分くらいかけて歩いてくれないかな? 言ってる場所、分かるよね?」

 

「分かるよ。ユイの家って、あの竹藪の裏でしょ?」

 

「そうそう」

 

「あそこの前の道って事は、カメラはきっと、竹藪か奥の林に隠れてるんだね」

 

「意識しちゃダメだよ」

 

「分かってるって」

 

「あと、向こうから言われているのは、傘の持ち方。細かく指示が出てるから、注意して聞いて」

 

「いいよ。何かワクワクするね」

 

「歩き始めは、体から少し離して持って欲しいんだ。こう、後頭部の上辺りに置くように。それで、キャベツ畑が左に見えてきたら、徐々に傘を近づけて欲しいの。今、ちょっと見せるね。えっと、こんな感じ。ゆっくり頭に近づけるの。ちょっとやってみてくれない?」

 

「こう? こんな感じ?」

 

「そうそう。もっとゆっくりでもいいよ。それで、ケイコがキャベツ畑の半分くらいまで来たら、そのカメラマンが出てきて、ケイコを後ろから追う形になるの」

 

「え? 近くで撮るの?」

 

「そう。それで、人の足音が聞こえたら、持っている傘を完全に後頭部に当てて欲しいんだ。当ててって言っても、頭の形が出るまで押し付けちゃダメだよ。優しく触れる感じ」

 

「すっごい細かいねー。でも、近くで撮るなら、顔のアップも撮ってくれるよね?」

 

「うん、後ろ姿の後にね。ケイコ、この時、絶対に守って欲しい事があるの。これ守れなかったら雑誌には載せられないほど重要な約束」

 

「えー、なに?」

 

「後ろから足音がしても、絶対に振り返らないで。その人は自分の流れで撮りたい人なの。思い通りにいかなかったら、現場を投げちゃう人だから絶対に守って。至近距離で後ろ姿を撮った後、前のアップも絶対に撮るから、どんなに足音が近づいても、決して後ろを振り返らないで。何が起きても、そのまま歩き続けて。出来る?」

 

「うん、分かった。普通に歩くよ」

 

「それと、誰にも会わないと思うけど、例え会っても、何事もないように続けて。撮られてる以上は、ケイコもプロなんだから」

 

「プロかー。何か緊張するねー。でも、了解。任せて」

 

「ありがとう。じゃあこれ、明日の衣装と、赤い傘。七時キッカリに歩き始めて欲しいから、それまでには家の前に来ててね」

 

「分かった。絶対、遅れないようにする」

 

「撮影が終わったら、今回の謝礼とカメラマンの名刺を渡すから。ケイコ、誰もいなくても、七時に歩き始めるんだよ。ちゃんと遠くから撮ってるから」

 

「分かったってー。しつこいー。大丈夫、チャンスだから頑張る」

 

「よろしくね。

 

……ねぇ、ケイコ。全部終わったら、腕の傷、見せてあげる。その時は、過去を水に流して握手しようね」

 

***

 

 

タタ

 

タタタ

 

タタタタッ

 

タタタタタタッ!!!

 

 

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〈文〉高岡ヨシ

〈絵〉ミチコオノ


 

 

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