西口ターミナルと後ろ姿

緑奥駅の西口改札を出て左に進み、エスカレーターを避けて長いスロープを歩いておりる。

地面から天井まで伸びる透明な窓が続く、緩やかな斜面。

日が完全に沈みきった後、このスロープから大きなバスターミナルを眺めるのが好きだった。 

程よい暗さが溢れた色を隠し、等間隔に並んだ白いライトがコンクリートを浮かばせる。光に縁取られた半円の中を回る緑のバスはどこか未来的で、煩わしい現実を程よくぼかす。

 

僕はいつも、この場所から彼女の後ろ姿を見ていた。

 

スロープを半分ほど過ぎると見えてくる小さな噴水は、僕らがいつも待ち合わせをしていた場所。

肩に届かない髪、手に持った真っ赤なケリーバッグ。ベンチに腰を下ろさず、立って空を見ている彼女の背中が鮮明に浮かぶ。

 

カネコさんは、とても優しい人だった。

 

(名前で呼んでよ)

2歳年上の彼女からは事あるごとにそう言われていたが、くだらない感情に押し負けていた僕は、結局、最後まで苗字でしか呼びかける事が出来なかった。

 

もう、頻繁には戻らなくなった街。

開発が進み、記憶との答え合わせが難しくなった街。

それでも僕は、西口のスロープをおりる度に彼女の背中を探している。

 

カネコさんは、僕を笑わなかった。

車の免許が無くても、食事がいつもドーナツショップでも、定職に就いていなくても、彼女は僕に変わらぬ愛情をくれた。

 

(面白いから、もっと書きなよ。才能があるんだから、ずっと書き続けなよ)

 

自分に課された宿題と向き合う事を恐れ、そこから目を背ける言い訳として使っていた書き物にも、カネコさんは光を当ててくれた。

彼女が与えてくれた言葉を頭でなぞると、今でも胸がいっぱいになる。

 

カネコさんは、とても優しい人だった。

僕は確かに彼女が好きで、同時に拭えない劣等感を抱いていた。

 

弱さから温もりを求めたにもかかわらず、そこから生み出される蜜の吸引を拒んだ当時の自分は、誰とも肌を合わすべきではなかった。

 

(ドーナツでも何でもいい、一緒に祝って欲しかった)

(結局、一度も私の事を見てくれなかったんだね)

 

何の価値もない男としてのプライドが邪魔をして、彼女の昇進を素直に喜べなかった僕を見て、カネコさんは悲しそうな顔をして言葉を吐いた。

 

自分の足りていない所ばかりを気にして、彼女の優しさにも、深い愛情にも、頑張った功績にも目を向ける事が出来なかった自分は、男としての前に、人間としてどうしようもなく未熟だった。

 

 

縁は、巡り合わせだ。

年を重ねれば重ねるほど、その考えが無理なく頭に染み渡る。

それは自分たちがコントロール出来る代物ではない、と強く思う。事実、僕は誰かを欲してカネコさんに出会い、独りになろうと心を決めたタイミングで妻と出会った。

 

きっと、カネコさんと出会うのが後5年遅ければ、僕は彼女と一緒になっていたかもしれない。

でも、その「もしも」は存在しないのだろう。

 

妻と知り合ってすぐに、彼女が受けた定期検診で大きな病気の誤診を受け、その事がきっかけで僕は腹を据えて結婚を意識するようになった。

もし、その0.3パーセントの確率と言われている誤診が起きなければ、僕は彼女と籍を入れていなかったのだろうか。

いや、やはりその「もしも」も存在しないのだろう。

 

それが縁と言うものだと、僕は認識している。

 

 

僕がカネコさんの背中を探しているのは、どうしても謝罪と感謝の思いを伝えたいからだ。

そんな事をしても迷惑になる可能性は高いし、自分のエゴを満たす為の行動だということも理解している。

それでも、許されるなら気持ちを伝えたい。

 

彼女がいてくれたから、僕は今も書いている。

彼女が光を当ててくれたから、内側を綴り続けている。

彼女のくれた言葉が、どれだけ僕の背中を押してくれたことか。

 

人生の宿題は、もう飲み込んだ。

今は、ただ書いていたいから、ノートを思いで埋めている。

浮かぶ感情をそのままに、楽しんでペンを走らせている。

 

「ありがとうございました」と、縁ある恩人に伝えたい。

 

もう、頻繁には戻らなくなった街。

開発が進み、記憶との答え合わせが難しくなった街。

それでも僕は、西口のスロープをおりる度に、彼女の後ろ姿を探すのだろう。

 

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