6172本の物語

その子の放った3ポイントシュートは、リングをかすることなく、ストンとネットに吸い込まれた。

2本立て続け、しかも左右、両サイドからだ。

 

「あのね、ああいう奴はね、見えている世界が違うんだよ」

体育館すみっこ部の御意見番が腕を組み、相棒の角刈りメガネに講釈を垂れた。

 

見えている世界が違う?

 

シュートを打った右手を空中に残し、ボールがネットを通過した瞬間にガッツポーズを作る。退屈な体育の授業で輝くサラサラヘアーが見ている世界は、一体どんな色をしているのだろう。

 

白、黒、灰色。

僕が見ている世界に、華やかな色はない。

同じように息をして、同じ人間として14年間生きてきても、僕らは圧倒的に違う。

まるで誰かに仕分けされたように、根本から存在として異なっているのだ。

 

***

 

夜中の2時に体育館に忍び込むようになったのは、眠れない日が続いたのと、色のついた世界を覗いてみたい衝動に駆られたからだ。

昼休みに開けておいた倉庫の窓が施錠されていたら、諦めて帰るつもりだった。

でも、コンクリートのへりに登って手をかけた網入りガラスは、何の抵抗もなく開いたんだ。

 

黒、黒、黒。

空気さえ寝ている室内は、物音一つせず、何の景色も映さない。

背負うように運んだボストンバッグには、台所から持ち出した赤い懐中電灯と押入れの奥に隠れていたキャンプ用のライト、そして使えるかどうか分からない大量の電池が潜んでいる。

右肩の負担になっていたこいつらが、ここでは僕の生命線だ。

 

マットの匂いが鼻につく真っ暗な倉庫。懐中電灯に明かりを灯し、空気がパンパンに詰まっているバスケットボールを探し当て、荷物をまとめてドアの前で耳を澄ます。

冷んやりとした鉄臭いドアから聞こえるのは、少し荒い自分の鼻息だけ。

こんな時間に誰もいるはずがない。

ゆっくりとドアを滑らし、その隙間から頭だけを出して、光の線で右端から中をスキャンする。

目を凝らしたが、見える範囲に人影はない。

とにかく、人さえいなきゃいいんだ。

 

光は、暗闇を断つ。

照らす範囲が狭い懐中電灯でも、灯した瞬間に黒い圧迫を消し去り、目の前に日常を連れてくる。

真の黒さと、暗がりは別物だ。

 

幕が下ろされている舞台側には背を向け、入り口付近にそびえるバスケットゴールの下にキャンプ用のライトを配置し、懐中電灯を上へ向ける。

 

準備は整った。

 

サラサラヘアーが決めた3ポイントは左右、両サイドから2本立て続け。

色のある景色は、きっとそれをなぞった先にある。

24色の世界が見たいのなら、僕も同じことをするしかない。

 

タンタン。

タンタン。

 

中央から4歩、左に進んで意味もなくボールをつく。

深呼吸を一つして、頭上に抱えた球を押し出すように投じた初トライは、ゴールの随分前の地点に落下して、静かな夜に音を響かせた。

光が淡く、下から照らしているせいか授業中に見るよりもネットは遠く、高く感じる。

 

タンタン。

タンタン。

 

思ったよりもザラザラしているバスケットボールを床から拾って先ほどの位置に戻り、再度力を込めて放り投げると、球は明後日の方向に姿を消した。

床に引いてある白いラインを確認する。

 

本当にこんなに遠くからシュートが入るのか?

 

気持ちも手もネットへと向いているのに、何度投げてもリングにすら当たらない。

たった4歩、左にずれただけなのに、角度がとても鋭く思える。

 

サラサラヘアーは、どんな風にシュートを放っていたのだろう? 

いや、そもそも正しい打ち方とは何なのだろうか?

バスケのルールなど分からない。授業中にボールが回ってきたことなど一度もなく、ゴールに向かってシュートを打ったのは、さっきの1本目が人生初だ。

 

19 ーーー 20。

 

入り口脇の壁に弾かれたボールが、左後ろの闇に吸い込まれていく。

今ので、ちょうど20本目。

頭の中に正の字を浮かべ、横線と縦線を引く。

どんなに狙いを定めても、リングや板に当たりもしない。

明日はメモ帳とペンを持ってこよう。この分だと、先は長そうだ。

 

バックボードの右端に球が当たったのが58本目。

ネットの左下をかすったのが72本目。

力任せに投じた77本目が体育館の隅に転がっていった時点でバッグに巻いてある腕時計に目をやると、午前4時まであと少しになっていた。

自分が費やした時間を知り、急激に腕と肩と背中、そして膝がダルくなる。

 

今から帰れば、まだ少し眠れそうだ。

 

光を回収し、使ったバスケットボールをカゴに戻してから、なるべく音を立てないように真っ暗な倉庫を後にした。

 

***

 

ブルーハーツの曲を聞いてる間、僕の頭は真っ白になる。

黒でも灰色でもない。心が曇る思いも一旦隠れて、綺麗さっぱり真っ白だ。

 

動きながら音楽を聴けたなら、と思う。

CMで見たソニー製ディスクマンのようなプレーヤーがあれば、こうしてシュートを打っている間も、ずっと好きな音だけを聞いていられる。きっと、余計な思考が入り込む余地もないはずだ。

 

次で40本目。

メモには不揃いな正の字が並んでいる。

先週からの累計は420本を超えた。

 

420分の3。

きっとこの数字が、現実的な「まぐれ」の確率なのだろう。

奇跡の3本は全て左サイドから。右からのシュートは偶然すらも起きていない。

どういった要素が作用しているのか定かではないが、僕にとって右サイドは鬼門だ。

左側から球を放る場合はリングやボードに当たる回数が増えたのだが、右に回るとからきしダメだ。

何というか、ボールがゴールから離れていくイメージばかり浮かぶ。

 

腕が重くてダルい。

次の41本目はお預けにして、後ろを振り返り、光がギリギリ届く中央のサークルまで歩く。

そこで仰向けになると、天井に広がる闇の層を見ることができる。

 

いったい今、自分はどの辺にいるのだろう。

自分の心は、今どこを彷徨っているのか。

 

薄明かりから徐々に色をなくし、ある境目を過ぎると暗闇が大部分を支配する。最後の線、舞台の真上あたりを越えると、景色の輪郭を黒が食べ尽くす。その後に待つものは、もう真っ暗な世界だけだ。

 

自分が今いる場所を知りたい。

気がつかない内に境目を超えたくはない。

許されるなら、せめて心の準備だけはしたいんだ。

 

***

 

レジーミラーという名のバスケットボールプレイヤーなど、見たことも聞いたこともなかった。

駅前のスポーツショップにあるテレビを見ていたのは、たまたまバスケットの試合映像が流れていたからだ。

 

「レジーミラー、好きなの?」

 

赤いエプロンをした店員に笑顔で声をかけられても、何の話をしているのか全く見当がつかなかった。

テレビの中で左右中央どこからでも3ポイントシュートを決める選手、どうもそのひとの名前がレジーミラーというらしい。

 

「すみません。もう少しだけ、見てていいですか?」

 

今まで知らない人にものを頼んだ経験などなかった。でもその時は、何かをお願いする恥ずかしさよりも、ただ映像の中の人の動きを見ていたかった。

 

シュ

クッ

タッ

 

僕が見つけた方程式には、4つの動作が含まれていた。

迫りくる相手選手を、シュっとさけ、クッっと態勢を整えて、タッっと飛んで、パっと手を離す。

コートの中で舞っていたレジーミラーという人は、流れるようにその作業を繰り返していた。

 

僕の動きは、どうしようもなく鈍よりしていて、流れが悪く滞っている。

ゆっくり過ぎるほど時間をかけ、不恰好にボールを持ち上げて、ベタ足のままエィっとボールを押し出す。

 

計算した確率が僕の頬を叩く。

まぐれだけに頼っていたら、いつになっても終わらない。

 

とにかく形を真似するんだ。

 

誰かが僕の前にいる、そう仮定して1歩横にずれる。だらだらしていたら大事なボールを取られてしまうので、急いで態勢を作り、その場で飛ぶ。感覚的に言うと飛んですぐ、足が離れたのを合図に手から球を滑らすようにシュートを放つ。

 

これだ。

頭で理解したこの形を体が覚えたら、もうすぐ迎える1500本から先の結果が変わってくるだろう。

 

***

 

その日、いつも通り明かりの準備を終え、中央から左に4歩進んだ場所でボールをついていると、急に大きな音が鳴った。

 

トン トン トン

 

幻聴なんかじゃない。確実に3回。

すぐそこにある入り口と校舎を繋ぐスノコが、間違いなく3回鳴った。

 

何かに急かされるように身を屈め、うつぶせになって息をひそめる。

しばらくそうして、すぐそこにある入り口を凝視したが、何者かが入ってくるような気配はない。

瞬きを極力減らして、声に出さずに10秒数える。カウントが11秒になると同時に、息を止め、入り口に走ってドアのくぼみに手をかけた。

 

大丈夫、異常なし。

鍵は固くかかっている。

左耳をドアにぴったりとつけ、息を再び止める。

大丈夫、異常なし。

外から話し声や人の足音は聞こえない。

 

もう一度、時間をかけて全方向を確認した後に自分の警戒レベルを下げる。

 

大丈夫、人はいない。

人でなければ、幽霊でも何でもいい。

 

お化けは好きではないけれど、取り立てて怖くはない。

それよりも人間の方がよっぽど怖い。

 

目に見えない存在は僕の顔を蹴ったり、腕に画鋲を刺したりはしない。例え、この場に何かが漂っていようとも手を出してこない分、実際に見えている連中よりも遥かにマシだ。

 

レジーミラーという人の真似をしてから、シュートの精度が著しく上がった。

以前は狙った方向にボールを投げるなど夢のまた夢だったが、ゴールに入るかどうかは別として、今は何とか希望通りの方角へ球が向かってくれるようになった。

長らく鬼門だった右サイドからのシュートも、左側ほどではないが成功する回数が格段に増えた。それは数字で見ると一目瞭然で、始めてから1500本までのゴール数が5本に対して、1500本から3000本の間では33本と6倍以上になっている。

 

奇妙な音が聞こえたその夜も、開始9本目にして左サイドよりも先に、右から打ったシュートがネットに吸い込まれた。

 

僕が見たい色のついた世界は左右、両サイドから3ポイントシュートを連続で決めた先にある。入れる順番にこだわりはない。

今までのトライで、右サイドから先に成功することは滅多になかった。左サイドでの成功率を考えると、目標達成の尻尾が現実的に見えてくる。

 

震えが出るのは、いつもこの段階だ。

 

左から先に成功した時もそう。あと1本で終了だと頭で認識すると、緊張で腕と膝が震え出す。目をつむっても、頭でブルーハーツを流しても、お腹を殴られたような感覚が収まらない。

 

僕はどうして、こんなに弱いのだろう。

 

昔からいつもこうだ。

ゲームをしていても、大事な場面やクライマックスに近づくと不安で堪らなくなり、息が荒くなる。

失敗してはダメだと考えれば考えるほど、末端の震えが激しくなる。

 

気持ちが小さく、心に余裕がない。

自分に備わっているものを1から10まで捨てられるのなら、僕は何の迷いもなくその全てを廃棄する。生まれてから蓄えてきた記憶も、その時みんな一緒に捨て去るつもりだ。

 

つねって叩いて震えを抑えても、フィナーレを飾るはずのラストショットはゴールリングにさえ当たらなかった。

 

分かっていた結果に寂しさは感じない。

ただ、「やっぱりな」と沸いた気持ちが、心地悪くて仕方がなかった。

 

 

ガッ ドドドッ ザンザザッ

 

また、音がした。

 

右隅に留まったボールを拾う前に聞こえた音は、少し前の乾いたものではなく、くぐもって重たい感じのするものだ。

 

ドドッ ザッ ザッ

 

同じような音が続く。

……いや、音だけではない。小さいが、話し声も耳に入る。

 

心臓が痛くなる音色の出処は、僕が出入りしている倉庫からだ。

 

ボールを抱えてしゃがんだ僕の目が捉えたのは、5つの影。

 

見たことのある顔が3つ。

鬼の背中に隠れて覗く、知らない邪鬼が2つ。

 

「おい、あれ、ワカバヤシだぞ」

「あぁ? なんでオメーがこんなとこにいんだよ?」

「なにオメー調子こいてんの?」

 

取り乱して泣いたなら、許してくれるのだろうか。

 

ライトだけは、壊さないで欲しい。

あれは家から持ってきたものだから。

 

目をつむろう。

歯を見せないように、なるべく体を固く閉じて、最初から終わりまで目をつむっていよう。

感情とは、ここでさよならだ。

 

***

 

聴覚と嗅覚を解放する。

 

タバコの臭いが顔にまとわりついている。

耳に入る音は僕の鼻息以外、何も聞こえない。

 

目を開けなくても分かる。

 

僕は裸にされている。

 

僕の服は、どこにあるのだろう。

 

懐中電灯とライトは、無事なのだろうか。

 

手と足20本の指を動かした後に、舌を使って歯と口内をチェックする。

血の味はしないし、グラグラもしてない。

みぞおちと右の腿が痛むけど、他は大したことなさそうだ。

 

うっすら開けた右目の端に映るのは、壁。

壁が見えるということは、明かりは壊されていないはずだ。

 

1 2 3 4 5 6 7 8 9……10

 

思い切って目を開き、顔をコート側に向けると、倒れた懐中電灯がスポットライトのように誰もいないゴール下を照らしていた。

 

右端。

ここは入り口近くの右端だ。

 

頭だけ動かして体育館内の状況を確認する。

 

動く影は、見当たらない。

とにかく服を探さなくては。

 

体を起こして一歩踏み出すと、右足に強い痛みを覚える。勢いよく踏まれたのか、蹴られたのかは分からない。血は出ていないが、ひどく痛む。

 

右足を引きずり、全裸のまま懐中電灯を頼りに服を探す。

四隅に倉庫、舞台や緞帳の裏までくまなく確認したが、靴下ひとつ落ちていない。

 

……バッグ。

ボストンバッグは?

ボストンバッグは無事なのか?

 

あの中には電池の他に、家の鍵が入っている。

 

いつもボールを取った後、倉庫のドアの脇に置いてくるボストンバッグ。

さっき倉庫を確認した時、服ばかりに気を取られてバッグの事は頭になかった。

足の痛みや裸よりも、まず、鍵だ。

 

急いで真っ暗な倉庫に戻り、入ってすぐ左にあるボール入れの脇を照らす。

 

バッグは、赤いボストンバッグは、そこにあった。

 

ライトを床に置いてバッグのジッパーを下げ、中にある内ポケットを探ると、いつもの感触が指先に触れた。

 

よかった。

ここに居てくれて、本当によかった。

 

抱き上げたボストンバッグは、素肌に冷たい。それでも目一杯の力で抱きしめると、涙がたくさん溢れてきた。

 

なんで、こんな思いをしなくてはいけないのだろう。

 

僕がいったい、何をしたのだろう。

 

存在するだけ、息をしているだけで調子に乗っていると腹を蹴るのなら、いっそのこと、殺してくれないか。

「消しちまうぞ」と顔を踏むのなら、どうか一息に実行してくれないか。

 

鬼の主犯格は、弱い者だ。

「親が離婚した」と教室内で騒ぎ散らしていた。

「オメーらは恵まれているんだよ!」そう言って他の生徒の胸ぐらを掴み、暴れていた。

 

彼は弱い者。

そして彼の憤りや鬱屈のはけ口になっている僕は、さらに弱い者だ。

 

僕の苦痛や嘆きがブルースならば、僕はその歌を聞きたくない。

「TRAIN - TRAIN」は大好きだ。

でも、これ以上その音が響き加速するのなら、僕はそれに耐えられる自信がない。

 

バッグの外側にくくりつけた腕時計が脇に当たる。

 

午前3時15分。

 

全裸で背負うボストンバッグ。

 

帰り道で人に会ったとしても、気にせずに歩こう。

まだこうして生きていくのなら、何も考えず家へ帰ろう。

 

1週間。

1週間もすれば、奴らは体育館のことなんか忘れる。

僕は、またここに戻ろう。

まだこうして生きていくのなら、何も考えずシュートを打とう。

 

***

 

7月16日。

 

忘れられない日になった。

 

前日の終了時で6150本。

前の日に打った最後の10本、つまり6140本から50本の間、今まで経験したことのない不思議な状態になった。

 

疲労困憊なはずなのに、体が軽くなったのだ。

 

腕も肩も、噓みたいに重さがとれて、イメージ通りに体が動いた。

その10本の間、僕の放ったシュートは左から3本、右から2本、ネットに吸い込まれた。

 

正直、怖かった。

 

自分の体なのに自分が動かしていないような感覚で、はたから自分を眺めているような気分で恐ろしかった。

まだ何本か打てそうだったのに、打ち切りにしたのはそのせいだ。

 

7月16日。

 

昨日の感覚がまだ頭にあったから、急いで支度をして右サイドから打ち始めた。

 

イメージと体の波長が合い出したのは、10本目を過ぎてから。

焦る体のつんのめりが無くなって、呼吸が落ち着いた後、前日と同じ状態に入った。

 

居ないはずの相手が見えた。

そう錯覚するくらい、自分が集中しているのが分かった。

 

僕よりも背は低いが、横幅は随分大きい鬼の主犯格。

鮒のような顔をしたそいつが、僕の目の前にいる。

 

タンタン。

 

ボールを2回、床につく。

 

ニタニタした鬼が、僕の顔を目掛けて黒板消しを投げる。

左に1歩動き、どす黒い物体を避けた僕は、すぐに体制を整えてジャンプをした。

傘の先、ホウキの柄、定規の角にコンパスの針。

ありとあらゆる方法で邪魔をする鬼よりも高く飛ぶ。

僕の視線の先はリングだけ。オレンジの輪っかを捕らえたと同時に、指からボールを滑らす。

 

入る。

打った瞬間に、そう思えた。

 

ネットをくぐったボールを追う。

暴れる鬼はいつもの仲間を連れて、すぐ後ろに迫っている。

 

もう、ボールをついている余裕はない。

 

床から拾い上げた球は、奴らに奪われた集合体。

漫画本にゲーム、CD、そして親の財布から抜き取るように言われたお金。

 

「はやく、よこせよ」

 

奴らの言葉を無視したのは、これが初めてだ。

 

「はやくしろ、コラ」

 

これはお前たちのものではない。

父親が遅くまで働き、母親がパートをして稼いだものだ。

 

「調子乗ってんじゃねーぞ」

 

財布からお金を抜く時に、涙が出た。

もうお前らに渡す金は、一銭もない。

 

今、僕の手の中にある物は、返すべき場所に向かう。

あの輪の中、あの中に全部まとめて戻すんだ。

 

シュ

クッ

タッ

 

レジーミラーの流れに乗って、僕は鬼たちを振り切った。

 

あの日、テレビで見たレジーミラーは、両手を高く上げて嬉しそうにガッツポーズをしていた。

 

7月16日。

 

6172本。

 

***

 

僕は今日も、僕のままだ。

 

体育館すみっこ部の定位置で、サラサラヘアーの活躍を眺めている。

 

殴られるのが怖いから、今でも物を献上している。

夜中に財布を漁るのは本当に嫌だけど、どうしようもない時は手をつけてしまっている。

 

僕は弱くて情けないままだ。

 

でも、以前と大きく変わったことがある。

 

僕は今、左右、両サイドから3ポイントを打つことが出来る。

バスケットをしない僕にとって、それが何の役に立つのかは分からないけど、事実として打つことが出来る。

 

体育館すみっこ部のご意見番も、相棒の角刈りメガネも、クラスであんなに威張り散らしている鬼たちの主犯格も、左右、両サイドから2本連続で3ポイントを決めた事はないはずだ。

 

きっと、誰かに見せる機会はない。

これから先も、バスケ部に入ることはない。

 

でも僕は3ポイントシュートが打てる。

 

誰も知らなくても、左右、両サイド、2本立て続けに決めた経験がある。

誰も知らなくても、僕自身が知っている。

 

7月16日は、僕にとって忘れられない日。

 

誕生日でも何でもない記念日がある事を誇りに思える。

 

それが僕の、6172本の物語だ。

 

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(菜の花の近くにしゃがみこむと、小学校の通学路と給食袋を思い出します)

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