今川焼きとナポレオン

「商店街の誓い」という件名の付いたメールをツヨシから受け取って、今日でちょうど一週間。長らく時間は掛かってしまったが、ようやく全て読み終えることができた。
 
メールの本文ではなく添付ドキュメントとして送られてきた内容は、物心がついた時から遊んでいた集まりのリーダーの結婚話だ。
仕事が忙しかったとはいえ、完読に二日間の休みを入れて合計七日も費やしてしまった理由は、送り主のツヨシが当事者にインタビューまで行いレポート形式でまとめてくれた中身がビックリするほどの長文だったのと、読むごとに胸が一杯になってしまい、なかなか先に進められなかったからだ。
 
集まりのリーダーことオオタ マサイエは、子供の頃から自分勝手で向こう見ずで、物凄く仲間思いだった。
いなくなってしまったコースケの父親を探し回った時や、バカにされたツヨシを庇って鉄橋の上を歩いて渡った時、そして俺の無念を晴らそうと職員室でハゲ田と対峙した時など、数え出したらキリがないほど彼は先頭に立って仲間のために行動した。
 
彼と同じ団地に生まれ、彼の側で時を過ごし、彼と共に生きてきた。
リーダーとの出会いがなければ、今の自分は確実にいない。
 
小学校に上がる前から毎日のように遊んでいた集まりは、俺にとって、そしてリーダにとっても人生で一番大切なものだった。
「五厘クラブ」それが、俺たちのグループに付けられた名前だ。
 
年を重ねていくにつれ九人のメンバーそれぞれが他に大事なものを見つけ、集まりの形が徐々に変わっていった様子を彼はどんな気持ちで眺めていたのだろう。
 
リーダの心の声は、十年前にカナダへ移住した俺には分からない。
ただ、集まりの頻度が減るにつれ投げやりな生き方になっていった彼には、この五厘クラブよりも大事に思える何かが必要だということは分かっていた。
 
 
「白馬のような白い移動販売車に乗って、運命のブラウニーは団地の前に現れた。そこでリーダーは、自分の人生を大きく変える二つの運命的な出会いをしました。一つ目は奇跡のブラウニー、そしてもう一つはチャンスと言う名のスイーツを運んできた、ナナコさん」
 
リーダーは現在、地元の商店街の一角でブラウニーのお店を営んでいる。「甘味は断然、あんこだろ」が口癖だった彼がブラウニーのお店を持つようになった経緯と奥さんとの馴れ初めは、何故かおとぎ話のような書き出しで始まった。
 

 
団地に毎週二回、水曜日と木曜日にブラウニーを売る移動販売車が来るようになり、ナナコさんと言う人がその販売をしていた。
「あんこ以外は邪道」という偏った意見を持つリーダーは、仕事が休みだったツヨシに声を掛け、冷やかし目的で人生初のブラウニーを口にすることになった。
「あんこだけが大将じゃねぇ」可愛らしく包装されたブラウニーを一口食べた後、リーダーはひたすら頷き、その言葉を繰り返したらしい。
 
ナナコさんが作るブラウニーによって脳内革命を経験した彼は、それ以降も毎回移動販売車に通い「奇跡のブラウニー」と勝手に名前をつけてはそれを買い占め、団地の知り合いや集まりのメンバーに配り始めた。
「こんなに美味しいものを作れる彼女は天才だ。しかもあんなに良い子は最近とんと見ない」
奇跡のブラウニー、そしてそれを製作するナナコさん本人に入れ込んだリーダーは、彼女に猛アタックを開始した。
 
「猛アタック」と言っても、それはリーダーの中での話で、恋愛に奥手の彼がナナコさんとまともに会話するのに約一ヶ月の時間を要した。しかも毎週二回の販売日の度に何の関係もない、リーダーより更に色恋沙汰に不器用なツヨシがお供をするという、非効率この上ない状況で彼の猛アタックは進行した。
 
スキンヘッドのヒゲ面でガタイが良いリーダーと、HBの鉛筆のように細くて中性的な見た目をしたツヨシが二人仲良く毎回欠かさずブラウニーを買いにくる姿を想像すると色々な憶測を生みそうだが、幸いナナコさんに誤解されることもなく、八ヶ月近くかかった末にリーダーの口から出た「今度、今川焼きを食いに行きませんか?」という昭和の香りがする誘い文句がきっかけで、二人は付き合う事となった。
 
ナナコさんは元々ホテルでパティシエとして働いていて、仕事が休みの水曜日と木曜日に、自分が一番好きなブラウニーを移動車で販売していた。
ブラウニーのお店をやる事がナナコさんの夢だったが、店舗を構えるまでは踏み切れず、休日返上の移動販売という形で自分の気持ちを叶えていたのだ。
 
リーダーはナナコさんにベタ惚れだったが、ナナコさんが作るブラウニーにもベタ惚れだった。
「こんな良いものを、もっと世の中に広めないともったいない」付き合ってからリーダーはブラウニー 一本だけでやっていく事をナナコさんにしきりに進めていたが、大きなリスクが伴うのは避けたいと、彼女は決して首を縦に振らなかった。
 
それでも居ても立っても居られなくなったリーダーは、大工のケイゴに頼んで自分の自転車を改造してもらい立派な販売用自転車を用意し、昔から面識のある駅前商店街の会長に直談判して、駅前の駐車場の一角を販売スペースとして貸し出してもらう了承を得た。
「販売する方法を増やす」という彼の考えにあまり乗り気ではなかったナナコさんには、ケイゴが作った特製改造自転車の前で自分の熱意をこれでもかと伝え、どうにか説得することに成功した。
 
ナナコさんとブラウニーへの愛情が背中を押したのか、リーダーは「大」が付くほど嫌いだった書類作成や食品衛生者の資格講習などに自ら進んで取り組み、そしてとうとう駅前の商店街にある駐車場に自転車をとめて、ブラウニーの販売をスタートした。
 
始めの頃は図体がデカくて、見るからに怪しいヒゲのスキンヘッドが売っている事もあり、人があまり寄り付かず、ナナコさんに作ってもらったブラウニーが余ってしまうという日が続いた。
自分が大好きで、こんなにも美味しいブラウニーが売れ残るのがどうしても納得できなかった彼は、原因は宣伝不足にあると考え、ほぼ強制的にブラウニーの宣伝ツールの開発をツヨシに依頼した。
 
リーダーから提示された「大きな看板か、派手なビラ」という手のかかりそうな二十世紀様式の宣伝案をツヨシは無視し、ホームページとソーシャルネットワークのアカウントを作り、元々「移動販売ブラウニー」としか付いていなかった名前を「五厘クラブ」の「ゴリン」の文字をアナグラムして「リンゴ」と名付け「愛情たっぷりブラウニーのお店。リンゴ」とし、その宣伝写真をナチュラルに人相が悪い顔をわざわざ更に悪く見える、サングラスをしたリーダーの顔面アップ写真にして、可能な限りネット上に拡散した。
 
確実にふざけているとしか考えられないツヨシの動きに触発され、ケイゴはヒノキの一枚板に手彫りで「愛情ブラウニー」と彫った凛々しい看板を作った。
ケイゴの性格を考慮すると大真面目にやった事だと思うが、よかれと思って入れたであろう看板上部のリンゴの彫りが、どう見ても家紋のように見えてしまい、全体的にどこぞの組の表札のような出来上がりになってしまった。
 
自分がやっているブラウニーの移動販売が勝手に独り歩きをして、どういう訳かよく分からない方向に向かって進んで行く事に対して、ナナコさんは特に嫌悪感を示さず、ツヨシが面白半分で付けたと考えられる「愛情たっぷりブラウニーのお店。リンゴ」の名前も「お店のイメージに合っている」と、駅前駐車場で売っている男が正反対のイメージなのにも関わらず受け入れてくれた。
 
ネットでの発信をツヨシが続け、宣伝写真に合わせるようにサングラスをしてリンゴ組の看板を携えて販売をしているうちに「緑奥駅前で、漫画シティーハンターのファルコンこと、リアル海坊主が可愛らしいブラウニーを売っている」という記事がネット上にあがり、怖いもの見たさや記事の真相を確認する為にブラウニーを買いにくる人が増えた。
 
訪ねて来るお客さんの大半は冷やかしが目的だったが、リーダーはそれをチャンスと捉え、積極的に写真撮影などにも応じて彼らにブログのネタを提供した。
それでもナナコさんが作ったブラウニーは実際にとても美味しいらしく、軽い気持ちで来た人達が、そのままリピーターになる現象が続き、瞬く間に彼女が作るブラウニーは地元で人気の商品になった。
 
自転車販売が軌道に乗り始めると、リーダーは交通整理のバイトを辞め、本格的にブラウニー販売に専念するようになった。
何にでも物怖じせず大胆な発想をどんどん実行に移す彼本来の性格がこの独立販売業に合っていたらしく、色々なコネクションを作って、通常営業以外に夏祭りや地元のイベントなどにも精力的に参加し、出店した。
 
日頃の地道な販売活動が効果を現し、地元や近郊以外にも遠方から買いにくるお客さんが増え、ネットのスイーツ特集の記事などにも掲載されるようになってくると、一つの大きな問題が生じた。
ブラウニーの供給が追いつかなくなったのだ。
 
ホテルでのフルタイムの仕事を持っているナナコさんにとって、リーダーがブラウニーの販売を毎日するという事は、自分の睡眠時間を削ってその分を生産する以外にありえなくなる。
販売が忙しくなればなるほど体調管理も難しくなり、作れる個数は徐々に減っていき、日によっては一個も出来ず、販売をするのが不可能になる日も出てきた。
 
肉体的にも精神的にも、このダブルワーク生活をナナコさんが続けて行くのは無理があると感じたリーダーは、もう一度彼女に仕事を辞めてブラウニーだけで独立をする説得を試みた。
売り上げが以前に比べて格段に多くなり固定客も数多く付いた状況になっても、やはり安定した収入が無くなる事への不安の方が勝り、ナナコさんはその提案を受け入れなかった。
 
どうしても彼女と、そして自分の為に独立をしたいリーダーは、自分の人生の身の上話とナナコさんの夢の話が書かれた内容の嘆願書を持って、何軒かの不動産物件を所有している商店街の会長を訪ね「商店街の中の、どの空き店舗でも構わないから無償で貸して欲しい」と頭を下げた。
 
「いくら昔から面識があるとはいえ、今回の話は駐車場の一角とは訳が違う」
突拍子もないリーダーの願いに対し、会長は当然のように断ったが、引かないリーダーは持ってきた「下町のナポレオン いいちこ」のボトルを差し出し「あなたの決断で人二人の人生が変わるんです! お願いします!」と土下座をした。
出された贈り物が庶民の味方「下町のナポレオン」で呆気にとられたと思うのだが、会長が出した答えは奇跡にも「イエス」だった。
 
何が会長の琴線に触れたのかは定かではないが、無謀な願いを了承してくれた上に「二年間無償で貸与する」という信じられない好条件でリーダーに提供された場所は、商店街の外れにある、十年以上前に閉店した元団子屋さんの空き店舗だった。
 
リーダーはその足でナナコさんの職場に行き、仕事終わりを待って、会長から借りた店の前にナナコさんを連れてきた。
 
ツヨシのインタビューに答えたナナコさんによると、約束もなく職場に現れた険しい顔のリーダーに「来てくれ」と言われただけで目的地も告げられず車に乗せられた時は、少し身の危険を感じたらしい。
その後、不安な気持ちになったナナコさんを待っていたものは、何か彼女の身を脅かすものではなく、予想外のスキンヘッドの土下座だった。
 
リーダーは閑散とした夜の商店街の端っこで、嘆願書の代わりに必要事項を全て埋めてある婚姻届をナナコさんに渡し、額をアスファルトに擦り付けた。
「ここはナナコと俺の店だ。二年間無償で貸してもらう契約をもらった。今は綺麗じゃないけど、掃除は俺が全部する。だから、その書類の空いてる部分を埋めてくれ。そしてここで、この場所で俺とブラウニーのお店をやってくれ!」
急過ぎる展開に意味が飲み込めず、ナナコさんが何も返せずに呆然としていると、リーダーは用意してあった今川焼を差し出した。
「あなたの決断でクソッタレ一人の人生が変わるんです! お願いします!」
出された贈り物が、指輪ではなく冷めた今川焼で呆気にとられたと思うのだが、ナナコさんが出した答えは奇跡にも涙声の「イエス」だった。
 
ツヨシが送ってくれた果てしなく長いメールには、開店初日の写真が一枚だけ添付されていた。そこには文章にあった通り、ケイゴが作ったヒノキ一枚板の、どう見てもブラウニーショップの看板に見えない板が掲げてある小さいお店が写っていた。
 
行列が出来ている店の前にお揃いのエプロンをした笑顔のカップルが並んでいて、ナナコさんと思われる小柄な女の人の横に大きくて黒いサングラスをした、見た目が悪い海坊主がピースサインをして立っていた。
笑顔のそいつは、俺が知らないリーダー。記憶の中とは違う表情で笑う、見たこともない海坊主。
 
何年先になるかは分からないが、今度帰ったら真っ先に二人のお店に行こう。きっとそこで俺の知ってるリーダーと、俺の知らない海坊主に会う事が出来るだろう。
 

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(こちらも本編に入らないストーリー。見えないところでも世界は動いている感覚が好きです)

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