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十八時に聞こえるサイン

頭の中

タン タン タン

タン タン タン

 

響くリズムは祭りの太鼓

 

タン タン タン

 

つられて覗くプールの脇

 

夕暮れの枠に収まって 思いを投げる黒い影

はじっこの世界で映える オレンジ色したD号ボール

コンクリートにぶつける球は 息をのむほど速かった

 

「何?」

 

視線が合って拍子が止まる

 

「球、速いね」

 

「速いよ」

 

「見てていい?」

 

「いいよ」

 

タン タン タン

タン タン タン

 

振りかぶらない美しいフォーム

グローブを持たない放課後のエース

白い帽子もないけれど 

校庭を牛耳る猫背のピッチャーなんかより 

よっぽどサマになっていた

 

「帰らないの?」

 

校舎のてっぺんで威張る時計は十八時を指す

 

「帰らないよ」

 

前だけを見た黒い影は 灰色に向けて腕を振った

 

タン タン タン

 

「帰らないの?」

 

重ねられた質問の答えは決まっている

 

「帰らないよ」

 

首から下げた真鍮の鍵

手垢でくすんだ赤いお守り

 

こいつを回せば 

鉄の扉はいつでも開く

でも

急いで帰って何になる

 

食器洗いも洗濯も 

フロ掃除も何もかも

明るい内にやりたくないんだ

 

日没前に手をつけると 時間を盗られた気分になる

 

タン タン タン

 

「火曜日と水曜日は母さんの友達が来てるから 早く帰っちゃダメなんだ」

 

輪郭だけになった影は 言葉を吐いて振り向き

真上にオレンジを放り投げ 背中で夜をキャッチした

 

タン タン タン

タン タン タン

 

祭りの太鼓が聞こえない

 

タン タン タン

 

気になり覗くプールの脇

地べたに散らばる漫画にお菓子

胡座をかいて座る影は まるでダルマのようだった

 

マウンドを降りた放課後のエース

相棒のD号ボールは くたびれた壁に寄り添ったままだ

 

「これやるよ」

 

宙を舞うビックリマンにプロ野球チップス

フラフラに漂う袋では 太鼓のリズムは刻めない

 

「面白い人たちと会ってさ」

 

「欲しいモノが手に入るんだ」

 

「お前も来るか?」

 

真新しい野球帽が こちらを見つめて笑っている

 

「帰らないの?」

 

遠く広がる天上に 青黒い幕が下りている

 

「帰らないよ」

 

「もう 帰らないんだ」

 

影が消えた はじっこの世界

ズボンに詰めたお菓子が重いから 

岩で叩いて潰してしまえ

 

タン タ タ

タン タ タ

 

手に馴染まないオレンジのボール

地に足ついたコンクリートは いちげんの球など弾かない

 

タン タ タ

タン タ タ

 

不揃いな調べはモールス信号

誰かに気付いて欲しくて 送り続けるモールス信号

 

夕暮れと夜を繋ぐ十八時

 

窓を開けて耳をすませて欲しい

 

誰もいない校庭の隅

暗くなった公園

高架下に駐車場

 

きっとわずかでも聞こえるはず

家に帰れない子供達のサインが

 

青黒い幕が下りる十八時

 

あの子に会ったら伝えて欲しい

あなたのサインは届いていると

 

あの子が泣いたら伝えて欲しい

四年と五ヶ月かかるけど

きっとあなたを迎えに行くと

 

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(買い物帰りの駐車場。端の端まで追いかけて、無くなる前にパシャりです)

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