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行き場のない感情は、どこへ流せばいいのだろう

頭の中 大切なもの

皆さんには学校や職場、もしくは住んでいる街などに自分1人になれる場所がありますか?

自分は、あります。

というか、新しい所へ行くと、まずその候補地を探します。

 

小さな神社の拝殿裏

人気のないデパートの屋上

決まった駅の階段下ベンチ

誰も使っていない駐輪場

冬のプール小屋

 

ちなみに今の職場で使っているのは、ボールルームの先にある備品室で、そこはドアを開けるのに専用のカードキーを必要とするため、ほぼ確実に1人になることができます。

 

人によって1人になりたい理由は様々だと思いますが、自分の場合は嫌なことや辛いことがあった時、そして、感情の落とし所が分からなくなる出来事に遭遇した際に、上記の場所へ足を向け、じっと気持ちが収まるのを待ちます。

 

行き場のない感情。

悲しいわけでも、寂しいわけでも、憤りを感じるわけでもない。

ハッキリとした表情を持たない思いが心を占めた時、とにかく無性に1人になりたくなるのです。

 

自分がその感情を強烈に意識したのは、22歳になって行った大学病院からの帰り道でした。

見えなくなっても

無くなっているのではない

 

中学、高校を通して山のように溜め込んだ消化不良の塊を無理やり心の端に追いやり、卒業後、逃げるようにして向かったバンクーバー。

誰も自分を知る人がいない環境の中、人生で初めて真剣に取り組んだ勉強がとにかく楽しく、ローマ字で名前も書けなかった英語力は、やればやるだけ伸びていきました。

 

(勉強が楽しい)

 

今まで生きてきて、一度も味わったことのない思いに魅了され、帰国後、独学で入った大学。

元々、高校も出席日数ギリギリで何とか卒業できた状態だったので、進学しようなどと考えたこともなかった自分は、「大学」というものに過剰な期待をしていました。

 

当時、二十歳だった自分は、限りなく無知で、とにかく世間知らずでした。

 

教科書をなぞるだけで進められる、一方通行の講義。

中学、高校と変わらない「学校」という空気。

 

自ら勝手に上げたハードルにつまづいた結果、自分の足は自然と教室から遠のきました。

 

(思い描いていたのとは、違う)

自分の感じた思いを正当化させようと、繰り返し唱えていた言い訳。

 

ただただ、弱かったのです。

本当に強い人は周りに流されません。

理想だけ高く、頭でっかちだった当時の自分は、己の意思を貫く気概を持ち合わせていませんでした。

 

大学のある駅に着いても、ホームのベンチに座ったまま動かない。

構内に入っても、クラスには行かず、図書館に通いつめる毎日。

 

(自分は一体何をしているのだろう)

 

見つからない訳を探すように、デカルト、ニーチェ、ハイデガーなどを読み漁り、時間をかけて必死にノートにまとめたのですが、自己弁護の糧とはなりませんでした。

 

講義に出て、出席表に名前を書く。

そんな簡単な事すら出来ない自分は、人と比べて酷く劣っていて、どうしようもない存在に思えました。

 

終わりのない自己否定によって、バランスを崩していく心。

そのタイミングをじーっと待っていたかのように、今まで隅に押しやり無かったことにしていた記憶が突然、姿を現しました。

 

あれだけ頭の奥にいたのに、意識した時には、もう目の前です。

 

何度も見る同じ夢。

鮮明に浮かぶ場面。

ずっと誰かに見られている感覚。

奴らが襲撃に来るのではないかという妄想。

鳴ってもいないのに聞こえる、チャイムや電話の呼び出し音。

 

やられていた頃のように眠れない日々が続き、慢性的に不安を感じるようになりました。

 

(頭がおかしくなってしまったのかもしれない)

 

いつも一緒にいた仲間と過ごしている時は、嘘のように気分が晴れやかになるのですが、一人でいるとダメでした。

なので、その頃は暇さえあれば集まり場所に入り浸り、家で過ごす時間は極端に少なくなっていました。

 

睡眠を取りに帰っても、眠れなくて叫び、電話やチャイムが鳴ったと家を荒らす。

十代の時のように内側にあるものを押し殺さなくなった結果、家族に多大なる迷惑をかけてしまいました。

思い返しても申し訳ない気持ちにしかなりませんが、それが当時の自分にできた精一杯の「SOS」でした。

 

「そういう病院で診てもらったほうがいいんじゃないか?」

 

家での様子を見かねた親が、そう提案した頃には、もう大学には通えない状態になっていました。

 

「そういう病院」

今ほど心の病が一般化していなかったあの時代、クリニックなどの存在も知らず、どのようにして診てもらう医者を探せばよいのか分からなかった自分は、あてもなく市内にある大きな大学病院に行きました。

 

勇気を出して受付を済まし、待合席に座ったものの、「精神科」という文字が視界に入り、惨めで心が潰されるようでした。

 

何の知識もなく偏見の塊だったあの頃の自分が、心底嫌になります。

 

極力、顔を上げないようにして過ごした長い待ち時間。

横に座った人の携帯に付いていた、キティちゃんのストラップがこちらを見る度に、帰りたくて、助けてほしくて、イライラしました。

 

やっと自分の番になり診察室に入ったのですが、椅子に座っていた医者を見て愕然としました。

その先生はインターンと見紛うほど若く、とても日に焼けていたのです。

全く、先生然としていない。

 

医者が若くて日に焼けていても問題ありません。

ただ、あのとき座っていた方は、自分が勝手に持っていた精神科医師のイメージと大きくかけ離れていました。

 

(この人で大丈夫なのだろうか)

 

勝手に想像して上げたハードルにつまづく。

自分はまた、同じ轍を踏みました。

 

最初のイメージで圧倒されましたが、とにかく自分は彼が投げかけてくる質問に本気で答えました。

 

これで楽になれる。

状況は劇的に改善する。

 

自分は本気でそう信じていました。

 

今なら分かりますが、無理なのです。

当たり前です、これが初診ですから。

その日に来て、その日にどうこうなる話ではありません。

 

じっくりと時間を取り質問用紙に答えを入れ、過去と今を必死に話しましたが、先生の反応はとても薄いもので、切り返しもどこか曖昧でした。

それでも、どうにかして自分の思いを伝えなければと先生を強く見つめたのですが、その方は自分が話をしている最中に、スッと、時計を見ました。

 

よく分からない顔をして、時計を見たのです。

 

とてもショックでした。

そして、どうしてもその行為を受け入れられませんでした。

 

その先生に非はありません。

冷静に考えれば仕方のない事だと思います。

クリニックではなく大学病院。

後に詰まっている患者。

話を止めない自分。

迷惑と感じられても、仕方がありません。

 

でも、あの診察室にいた自分は、それを一切、飲み込めませんでした。

 

怒りが、こみ上げてきました。

 

(お前に、何が分かる)

(お前なんかに、何が分かる)

 

自分の殻に入る逃げ口上が、頭で響きます。

 

それから自分は、何も話さなくなりました。

何を聞かれても、口を閉ざしたまま。

睡眠導入剤の説明をされても、次回の予定を立てられても、無視です。

そんな調子では、先生も呆れてしまいます。

 

「じゃあ、また辛くなったら来てくださいね」

日に焼けた若い医者は、自分の顔を少し覗き込むようにして言いました。

 

(先生、今がつらいんです)

 

支払いを済ませた自分は、すぐにトイレの個室に駆け込み、自分の腕を力一杯噛みました。

 

なぜ、あの時、腕を噛む行動に出たのか分かりません。

なぜ自分は自分を、あんなにも強く噛んだのか。

とてつもない怒りと悔しさで感情がコントロール出来なくなった、というのは理解できますが、歯型の内出血を残した、その理由が分からないのです。

 

トイレの個室で散々思いを発散した後、放心というか、軽い貧血感というか、何とも言えない感じになりました。

激しく噛んだ腕の痛みで、怒りや悔しさが一気に引っ込んで、抜け殻のような状態。

何かを感じるのだけれど、その何かが分からない。

冒頭に書いた、悲しいわけでも、寂しいわけでも、憤りを感じるわけでもない感情です。

 

どうしていいのか分からないから、1人になりたい。

一刻も早くこの病院から抜け出して、1人になりたい。

 

その場に立ち止まりたくはなかったので、行きに乗ったバスを待たずに歩き出しました。

その病院から、いつもの神社の拝殿裏まではかなり距離があったのですが、その時は構わず歩いて行きました。

 

それからしばらくして、大学を中退しました。

そしてあの日以来、自分は病院に戻ることはありませんでした。

 

今考えても、その選択が正しかったかどうかは分かりません。

 

不安な気持ちはそれからも変わらず続きましたが、可能な限り仲間と会い、嫌な状態が抑えられない時は、無理やり外に走りに行き、部屋で筋トレを繰り返しました。

運動や筋トレをして状態が良くなることはありませんでしたが、身体的な疲労により、それらを紛らわせることは出来たのです。

 

自分はその後、心に巣食っていた「不安」を「怒り」に変えて生きてきました。

恐れとすり替わって生まれた攻撃的な気持ちが高まると、激情に任せてダンベルを上げました。

 

今、この歳になっても、自分はあの時の記憶を許すことができません。

不安に感じることはなくなりましたが、怒りはまだ根を張っています。

ただ、昔と違い、歳を重ねたことで、その経験が創り出した副産物を冷静に見つめられるようになりました。

 

空想も、妄想も、頭の中の街も、あのとき同時に生まれたもの。

果てしない自問自答も、何時間も同じ景色を見続けるのもそう。

そして、詩や小説を書くようになったのも、それがきっかけです。

自分があの時の記憶をどう思おうが、創り出されたそのものには感謝です。

 

 

行き場のない感情がどこへ流れるのか、自分は未だに分かりません。

カテゴライズ不可能な感情に遭遇すると、相変わらず1人になって気持ちが収まるのを待つだけです。

そこは昔と何も変わりません。

 

37年間生きてきても、心は分からないことだらけです。

この先の人生で、その一つ一つの答えを探せるかどうかは分かりませんが、気持ちを表現し続けて感情の景色を広げていけば、正解ではなくとも、納得できる落とし所は見つかると思うのです。

 

 

最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

 

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(ストラットフォードの中心に流れるエイボン川。冬になるとその姿を変え、白い砂漠になります)

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