「もしも」の世界は、パラレルワールド

パラレルワールド。

今いる世界と並行して存在する、もうひとつの世界。

 

皆さんは「if もしも」というテレビドラマを覚えていますか? 

1話完結の物語の中で分岐点があり、それぞれ選んだ選択によって結末が変わるお話です。

随分、昔に放送されたものなのですが、中学生になったばかりの当時の自分にはとても刺激的で、強く印象に残るドラマでした。

話の内容もそうなのですが、自分が夢中になったのは「もしも」の先を描くという物語のコンセプトです。

 

もしも、「もしも」の世界が存在したら、もうひとつの「今」ができる。

 

自分が小学生時代に思い描いていた「もしも」はとても限定的で、

(もしも、ウチがお金持だったら、夏休みはディズニーランドに行けたのに)

(もしも、足が速くてバク転が出来たら、凄まじくモテていたのに)

(もしも、2時間前に戻れたら、またハンバーガーを食べれたのに)

といった程度の発想しか浮かばず、イメージもその場面だけで終わっていました。

 

しかし、ドラマを鑑賞し、映像として2つに別れた先の物語を追えたことにより、「もしも」の世界は一時的ではなく、その後もしっかり続いていくのかもしれない、という考えを意識するようになりました。

 

そんな世界があったら面白い。

 

今までイメージになかった「もしも」の未来に注意を向けた時、パラレルワールドの扉は開かれました。

 

そうなると、想像はどこまでも広がります。

それは日常の些細なことから、絶対に実行できなさそうなことまで。

中学生時代は、まだ仲間たちと出会っておらず、独りでいるのが1日の大半を占めていたので、その殆どの時間を使い空想ばかりしていました。

 

その時に描いていたパラレルワールドは、

「好きな子に告白してフられた後の世界」

「ぶん殴られた奴を刺して少年院に送られた後の世界」

などネガティブなものや、歴史が好きだったので、

「元寇の際、神風が吹かず、フビライに制圧されてしまった後の日本」

「一揆勢を完全な軍隊として育て上げた石山本願寺住職、顕如が全国統一をした日本」

「男気を見せた小早川秀秋が家康に呼応ぜず、そのまま西軍に残って戦った関ヶ原」

という無駄に壮大なもの、そして小学校の時に見ていたドラマの違う結末、例えば、

「101回目のプロポーズで、『ぼくは死にませぇん』とトラックの前に飛び出した武田鉄矢が、そのままひかれてしまった後の展開」

「愛という名のもとにで、チョロが首を吊らず、その後、営業成績をグングン伸ばしていき、社会的成功を収める展開」

というものでした。

 

うーん、暗いというか、想像する内容がひどく後ろ向きですね。

正直、華やかでパッとしたものが見当たりませんが、14才の時に出会った「17才 - at seventeen」というドラマが自分が認識していた「もしも」の世界の意味を変えてくれました。

 

このドラマへの愛情は、以前書いたことがあるので省きますが、とにかく好きで好きで仕方がありませんでした。

自分が夢にまで見て憧れたのは、その世界観です。

キャラクターの立ち位置、ひとつひとつの会話や、流れる音楽、そして何と言ってもドラマに登場する街です。

駅、線路、学校、屋上、図書館、プール、ダンス会場、長い坂、遊園地、住宅地、街角、通り、橋、土手、砂利道、公衆電話ボックスにP's Diner。

画面に映し出される、その全てに魅了されました。

 

こんな街に住んでみたい。

もしも、こんな街があったなら……。

17才に出会ってからの自分の「もしも」は、もっぱら理想の街づくりへと向けられていきました。

 

お年玉を握りしめて買った、街の素材集。

自転車で行ける限り回って撮った写真に、雑誌の切り抜き(特にお店)。

原付の免許取得後に、たくさん増えた線路写真。

新聞配達のバイト中に撮り溜めた夜の街角とアパート、マンション群。

仲間に車を出してもらい見つけた理想に近い街。

グーグルマップが見せてくれた世界の道(でも、やっぱり生の写真がいい)。

 

その時々で手段は違えど、自分の心に残った風景をかたっぱしから集めて、理想の街を構成させるピースを揃えていったのです。

そうして形になってきた街に名前や特色を付けて、より色々と想像しやすい環境を整えました。

 

《街の名前は緑奥(りょくおう)市、神奈川県にある人口約12万人のベッドタウン。街のほぼ中央に流れる玉鈴(たますず)川がシンボル。畑が多く広がる街の北側と対照的に、南側には市が80年代後半に誘致した工業団地が区画を埋める。街には多くの住宅団地があり、西側の再開発地区には新興住宅地やマンション群が目立つ》

 

自分の街なので、自分の好きな要素をこれでもかと詰め込みます。

その結果、人口の割には多くの団地やマンションが乱立してまいました。

街や地区の名前も同様で、好きな緑色に執着し過ぎて、何だか偏った名称ばかりになっています(街の中で自分たちが住んでいる地区の名前は、みどり台。一番大きなマンションの名称は、グリーンユニバース)。

 

そんな感じで勝手気ままにやっているのですが、この作業、本当に楽しいのです。

ただ好きな場所に好きな風景をはめ込むのではなく、駅(緑奥駅)を中心とした人の流れを考えてスーパーや商店街を配置したり、工業団地に向かう車の流れを意識して橋を架けたり、開発中の西側の目玉に大きな映画館を建てたりと、やり方は無限大なんです。

一言で言うなら、シムシティ。

自分がやっているのは、あれの脳内アップデート実写版なんだと思います。

 

はじめは街を作るだけでよかったのですが、だんだんとそれだけで満足できなくなり、街の歴史を考えたり、好きなドラマの登場人物をその街に入れて生活させたらどうなるのだろうか、と想像するようになりました。

そこで送られる彼らの日常、起こる出来事、年月の流れを思い描くと、色々なイメージが浮かんでくるのです。

そういったものを書き残している内に、(物語りを書きたい)と強く思うようになり、それが小説を書くきっかけのひとつになりました。

 

自分が一番はじめに書いた「五厘クラブ」もそうです。

日本にいた時に仲間と趣味で撮っていた自主制作映像の続きができなくなり、移住してから何かを表現したいという気持ちが、ずっと放出されずに溜まっていました。

こちらでの生活が何とか落ち着いた頃、生き残る方だけに向けていた意識が、思いやアイデアを外に出したいという欲求にシフトして、抑えきれなくなったのです。

 

そんな毎日の中で心に現れたのが、鮮明な自主制作映像とあの街でした。

実在する仲間を、緑奥市に入れたら「続き」が始まるのではないか?

とにかく、何かが見たかったのです。

 

イメージはとてもスムーズにいきました。

街に入った彼らは、自分の記憶にある性格通りに動き、生活をしてくれました。

なんだかとても楽しくなり、今度は自分たちの過去と設定を少し変えて、物心がついた時代まで時を遡りました。

 

結果は、予想以上でした。

自分が入れたオリジナルキャラクターと、生まれた場所が変わった彼らが「その街」で物語を繰り広げます。

ストーリーは続いていくのだと、実感しました。

 

自分の中で「五厘クラブ」は完全なるパラレルワールドです。

今ある世界と並行する、もうひとつの世界の話。

なので、まるで自分がその世界を実際経験してきたかのように、情景がとてもリアルに浮かびます。

距離が離れてしまっても「終わり」ではないのだと、その世界を通して確信しました。

 

街は、どこまでも広がります。

今書いている小説の舞台はカナダですが、あの頃ストックしたピースがちゃんと舞台の一部になっています。

 

空想だけど、身近に感じるパラレルワールド。

決して行き来できないところに、並行世界の楽しみがあるのだと思います。

 

 

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(空が高いエリー湖の湖畔。この景色も、自分の街の一部になってくれています)

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