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タキシードを着た友人は、自分の知らない顔をして頭を下げた

先日、親友の1人が結婚しました。

自分は帰国が叶わず、式に参加することは出来ませんでしたが、送ってもらった写真や映像を通して、その場にいる気分に浸りました。

久しぶりに見た、みんなの顔。本当に良い表情をしていました。

それと同時に、映し出された仲間たちが自分の記憶にはない顔で笑っていたのが、とても印象的でした。

 

日本を離れ、来年の4月で11年。

時は確実に進んでいます。

どんどんと過ぎていく日々に逆らうように、自分の日本での時間は2006年で止まったまま。

メールやアップされる写真などで友人の近況はアップデートできますが、自分の記憶がそれに追いつきません。

こちらに来るまで毎日毎日、同じメンバーと過ごした9年間。関係がとても近かったからこそ尚更、過ぎていった時間の証を見るたびに不思議な気持ちになります。

 

今現在、大半のメンバーには子供がいます。時折、仲間の家族同士で集まっている写真を見る機会があるのですが、ある程度大きくなったその子達と彼らが一緒に写っている様子は非現実的で、自分の脳みそがそれをリアルなものだと認識しません。

まるで親戚や兄弟の子、もしくは近所の子とパシャっとカメラに収まっているようにしか見えないのです。

きっと、自分は年を取り損ねたのです。

いや、年はしっかり取ってますよ。もう5時間睡眠では戦えません。リゲイン。

そうではなくて、あの時の仲間の1人という立場では、26歳のまま1歳も年を重ねていません(ありがたく人間的には、何とか前に進んでおります)。

 

以前にも書きましたが、カナダへ移住してから脇目も振らず必死こいて走ってきました。言語や文化が違うため、自分にとっては何もかも1からのやり直し(元々何も持ってませんが)な上に、頼れる知り合いが誰一人いなかったという状況が半狂乱的なBダッシュに拍車をかけたのだと思います。

ですのでこの10年間、感覚的にあっという間でした。振り返っても走馬灯のごとく一瞬です。

誕生日も結婚記念日も満足に祝わず(嫁さん、ごめんなさい)、季節や行事ごととも無縁にひたすらやってきました(嫁さん、土下座します)。

その結果、年月の流れを感じる機会に乏しく、歳を取り忘れてしまいました(嫁さん、いつも通り肩を揉みます)。

もちろん移民学校やカレッジを出たり、就職して車や家を購入するなどのライフイベントはあったのですが、どれも年を強く意識するものではなくここまできました。

フザケタ加齢の仕方をしていますが、良くも悪くも「年齢」という概念のないカナダという国の風土がそれを許してくれています。

 

快適で守られていて、居心地が良すぎた仲間との日々。

楽しくて堪らなかった毎日。

自分の中では意味合いが強すぎて、「友達」という括りでは足りないくらいです。

どうしよもない状況に置かれていた時も、その集まりがあったからやってこれました。

でも、22歳を過ぎたあたりから、だんだんと不安ばかり感じるようになったのです。

当たり前ですが、人は年を取るものです。お決まりの症候群よろしく、いつまでもネバーランドに居続けることは出来ません。

皆が進む道を決め、就職し、結婚していく中で、どこに発表するでもない自主制作映像ばかり撮っている訳にもいきません。

確実に「終わり」が迫っているのは、分かりました。

1日、いや1年の殆どを過ごしてきた場所がなくなる。この集まりに文字通り救われて生きてこれた人生。それがなくなっていく気配を感じるたびに、気持ちが悪くなりました。

(このままでは、いけない)

もしこのまま近くにいれば、そこがどんな状態になっていても帰ってきてしまうのは明白です。

一番集まりに依存していた自分が、一番先にそこから抜ける必要がありました。

 

書けば書くほど、「その場所」でしか生きれなかった当時の自分が浮かび上がります。

本当にそこの空気が大好きで、そこに生かされて、そしてすがっていたのだと実感します。

自分は「必要な時に必要な事が起こる」という言葉が好きなのですが、ネバーランドの立ち退きが迫り、これからどうしていけばいいのだろうと模索していた、ちょうどあの頃、導きにも似たような出来事がいくつか起きました。

嫁に出会ったのも、彼女が病院で受けたある病気の検査が奇跡の誤診陽性を示し(後に陰性となった時は全身の緊張が抜けました。1000分の1の確率で間違いがあるみたいです)、腹を括って結婚を意識したのも、全てあの時期。

その後も、彼女に背中を押され、カナダ行きを決めてスピード婚。まるで誰かが用意したシナリオをなぞるかのように、物事がドコドコ進んでいきました。

 

中予半端な距離ではなく、物理的に仲間と会えない状態になって、自分はたくさんのものを得ることができました。

守られていた空間がなくなったことで強くなれたし、覚悟も決まりました。

全部、自分が持っていなかった性質です。

他人とあんなに深い関係を築くことは、もうないのだろうと諦めていましたが、ありがたいことに嫁とその繋がりを構築することが出来ました。

よく嫁は、「あのまま日本にいたら、二人は絶対に別れていた」と言います。

これは正直、自分も同意見です。

あのまま日本に留まり、何処か行く場所や逃げれる所があるシチュエーションで過ごしていたら、1年以内に確実にそうなっていたと素直に思うことができます。

それほど当初は何をやっても水と油でした。

飲みに行くことも、遊びに出ることも、実家に帰ることもできず、嫌でも顔を合わせ向き合わなければならなかった初期のカナダ生活。

あの時期がなければ、こんなにもお互いの人間性を見つめることはありませんでした。

分かりませんが、きっとこれも導かれてそうなっているのかもしれません。

0.1カラットにも満たない結婚指輪を、文句を言いながらもずっと持っていてくれている嫁に、再土下座です。

今すぐには新しいのを買えませんが、自分の学生ローンが終わった暁には、スムーズに指輪貯金に移行したいと思います。

 

親友が送ってくれた結婚式ムービーのエンディング、タキシードを着た彼は、参列者に向かって自分の知らない顔で頭を下げました。

何というか、とてもしっかりとした、根性の据わった目をしていました。

見たこともない、彼の表情。

知らない人のような、頼もしい笑顔。

いつでも毒を吐く準備をしていたニタニタ顏は、もうそこにはありません。

自分は嬉しさと寂しさが混同した気持ちで、その映像を見終えました。

 

と、ここで書き終えるつもりだったのですが、先ほど友人から式の感想を送った返信メールが届きました。

そこには、こちらがぶっ飛ぶような、とんでもなく尖った内容が書かれていて言葉を失いました。

彼、全然、変わってない……。

むしろ、熟成された毒の吐き方になっている。

(ぬか床だ)

それはまるで、良い状態に仕上がっている、毒のぬか床のようでした。

自分が10年かけて噛み砕いて飲み込んだ「時と共に変化していく人との関係性」という理解は、いったい何だったんでしょう。

全くもって、己が勝手に型にはめ込んで作り上げた幻想だったみたいです。

うーん。良い意味で、どうしようもなく、最低で最高です。

自分の頭では想像できない方向に物事が転がっていく。人の変化もしかりです。

だから、人生って面白い。

最低で最高な親友に、乾杯です。

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(午後4時半のオンタリオ湖。昔と今、そしてこれからを繋げる色です)

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