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馬に引きずられて分かったこと

大切なもの 頭の中

突然ですが、皆さんは動物の考えている事を知りたいですか? それとも、知りたくないですか?

 

自分は、知りたくないです。

ウチには、大好きで大好きで、愛してやまないニャンズがいます。

自分は、彼らと気持ちが固く通じ合っていると信じていますが、心の中は覗きたくはありません。

「しっかり繋がっている」という揺るぎない感覚があれば、自分はそれで十分満足です(もちろん、知りたいという方もたくさんいられると思いますし、その考えに対してどうこう言いたい訳ではありません。あしからず)。

なぜなら仮に、もし彼らの思っていることが分かったとして、今こうしてカタカタと文を書いている自分を見つめるニャンが「キミノ クッキーヲ カジルオトガ ミミザワリダ」などと考えていたら、申し訳なくて夜中にバタークッキーやポテチをポリポリ出来なくなりますし、たくさんたくさん愛していますが、「ソトニ ダシテクレナイカ」と気持ちの底で思っていたりしたら、今後の生き方を考え直さなくてはいけません。というか、その前にショックで泣きます。

ダメだ。考えただけでも、寂しい。

ちゃんと分かっています。当たり前のことではないです。

ウチに来てくれたニャンズに感謝をし、猫生をくれた代わりに責任をもって暑苦しい愛情で返していきたいと思います。

手始めに、あの子達の好きな猫用スナックとネズミのオモチャをあげよう。

 

すみません、導入が長くなりました。

 

自分の場合、その「知りたくない」という思いは、動物だけでなく人に対しても当てはまります。

マインドゲームや駆け引きがどうしようもなく苦手な自分に、人の心根は分かりません。ですので、乱暴な言い方になりますが、その人が頭の中で何をどう思ってようが気にはしていません。自分がその人から感じる印象こそが全てなんです。

心が嬉しくなり何かを感じるなら、繋がる。

感情が合わなくて縁がないならば、繋がらない。

出会う人たちみんなと深い関係を築く必要はない。何か1つでも楽しくなれることがあれば、それでいい。

そんな風にシンプルに思えるようになってから、人との関係が飛躍的に楽になりました。

うーん。「なりました」なんてサラッと書いていますが、自分がこう思えるようになったのは、ほんの最近のこと。なんなら今まで生きてきた37年間を使ってやっとです。

随分、長いこと掛ってしまいました。

 

昔は、今と真逆でした。

日常生活で不安になればなるほど、人の気持ちが知りたくて、心の中を覗きたくなる衝動を抱えて過ごす毎日。

相手を全て知りたくなる欲求は、その人への愛や興味からではなく、恐れからでした。

自分は過去の経験から人を信頼するのが苦手で、裏切らないという確信を持てた人としか関係を持てず、非常に狭い交友関係のみで日本にいた26年間を過ごしてきました。

それは恋愛に関しても同じで、誰と付き合っても関係が長続きしなかったのは、いつもその「知りたい気持ち」が原因でした。

そんな自分が今のような考えになれたのは、揺るぎない信頼をくれた仲間たちと嫁のおかげです。

感謝が溢れるので、手始めに今夜から彼らにお尻を向けて寝ないようにします。

 

随分と遠回りをしていますが、今回のタイトルは「馬に引きずられて分かったこと」です。

まんま、タイトル通りなのですが、自分は馬に引きずられたことがあります。

時期は高校2年、17歳の年末。引きずられた際、頭を地面に強く打った自分は、意識が朦朧としたまま病院に運ばれました。

幸い、軽い脳震盪で大事には至らなかったのですが、右手側面に出来た深い擦り傷の痛みが長引いて、当時やっていた新聞配達のバイトに支障が出たことを憶えています。

こうして記憶を引っ張り出すと、17歳の時に色々と事が起こっていますが、キツかった時期をどうにかして乗り切ろうと、アクセクもがいていた結果なのだと思います。

この年の夏に、初代のネコさんを拾い、今まで全く興味がなかった動物ワールドに入っていく事になるのですが、この馬に引きずられた一件をきっかけにして、良い意味で動物に対する見方が一変しました。

 

自分が引きずられた場所は、利用者が動物とふれ合える「ふれあい動物村(仮名)」で、自分はそこに客ではなく、スタッフとしていました。

己が置かれていた、ドン詰まりな現状をどうにかしたかった高2の冬休み前、学校が一緒だった仲間の1人が、同じクラスに「ふれあい動物村」でボランティアをしている子がいるという話を教えてくれました。

(ふれあい 動物 村)

きっと単なる世間話の1つだと思って伝えてくれたのでしょうが、自分にはそれが救いのヒントになる言葉に聞こえました。

(これだ……間違いない。今の自分に必要なのは、動物の癒しだ)

必死だったんです。

とにかく何かにすがりたかったんだと思います。

(学校が休みになってバイトだけになる、ここがチャンス。ここで動かなければ、自分が壊れる)

そんな強迫観念に突き動かされた自分は、休み時間を使い、何の面識もなかったその子を訪ねました。

交友関係1メートルだった当時の自分を考えると、考えられない行動です。

 

「あの、すみません。ふれあい動物村について、詳しく教えてくれませんか?」

 

全く知らない人からの、何の前置きもない質問。

悲鳴をあげ、先生を呼ばれてもおかしくない状況ですが、顔から優しさが滲み出ていたその子は、嫌な顔をせず、その施設やボランティアの仕組みなどを教えてくれました。

今は何処で何をしているか分からない、親切なその子。その節は、大変お世話になりました。

そんなこんなで彼女を通して動物村を紹介してもらい、冬休みからそこでボランティアをさせてもらうことになりました。

その「ふれあい動物村(仮名)」は、規模は大きくありませんでしたが、犬、ネコ、ハムスター、ガチョウといった小型なものから、ヤギ、鹿、ポニー、馬といった大型の動物もいました。

動物村でのボランティアと言っても、何の経験もない自分は飼育に関わるというより、檻の清掃などの仕事がメインでした。

冬の寒空の下、仕事は想像よりも体力勝負で厳しかったのですが、その時やっていた新聞配達や、夏休みの間にやった土木バイトの経験が生き、何とかこなしていけるようになりました。

(動物 ふれあい 癒し)

3つのキーワードの先にある救いを信じ、せっせか作業をしていたのですが、日が過ぎるごとに雲行きが怪しくなってきました。

 

あれ? 全然、癒されない。

動物、可愛くない。

 

いや、自分が悪いんです。100%、自分がいけない。

振り返っても一目瞭然。

動物さんたち、そして施設に一切の落ち度はございません。

動機が圧倒的に、不純。自分の為だけ、己の都合で癒しを欲する為だけで始めた行動。

紹介してくれた、あの子、作業を教えてくれた施設の方々、そして動物さんたちに全くと言っていいほど配慮がありませんでした。

人間形成がなされていなかった当時の自分は、あそこでボランティアさせてもらう資格などありませんでした。

 

そんな気持ちは、もちろん動物たちにも通じます。

自分がそこに居させていただいた間、犬に吠えられ、ガチョウには逃げられ、ヤギに突かれて、ポニーに無視されました。

何の愛情も示そうとしなかった自分に対し、当然の反応です。

ただ、そのサイクルすら理解していなかった17歳の自分は、彼らに不満を持つようになりました。

(お前の居場所を掃除してやって、糞を片付けてやってるのに、なぜ吠える? なぜ突く? なぜ逃げる? そして、なぜ何度も足を踏む?)

 

自分勝手で、本当に申し訳ありませんでした。この言葉に尽きます。

 

そんな時に起きた、馬の一件です。

その日、馬舎の掃除を終えた自分は、いつも通りその報告をしに、職員の方がいる場所へ向かいました。

通常ですと職員の方が戻り、外につないでいる馬を馬舎に戻して終了という手順になるのですが、どういうわけか、その日は職員の方が見つかりませんでした。

何分かその場で待ったのですが、帰って来る様子はありません。

(早く戻ってきてくれ)

自分の頭は、その日の新聞配達前に取る仮眠のことで一杯でした。

(遅い。待てない)

そこまで長い時間は待っていません。ただ、ダメだったんです。早く帰りたくて仕方ありませんでした。

(職員の人がいつもやってるようにやれば、出来るだろう)

最低な考えが頭に浮かんだ自分は、その方がいつもやっているように、引っ掛けに留めてある綱を外して、無謀にもその綱を引き、馬を馬舎の方へ誘導しようとしました。

しかし、何度、綱を引っ張ってもその馬はウンともスンとも言いません。

(何してるんだ、いつも通り動いてくれ)

今度は少し強めに綱を引きましたが、結果は同じです。

信頼関係が無い状態では当然ですが、当時はそんなことすら分かりません。

(おい、動けってば!)

なかなか思い通りにいかない状況にカッとした自分は、その時かなり強引に綱を引っ張ってしまいました。

その瞬間です。

馬が頭を振ったのが見えた後に、ひどく暴れ、グィッと自分が引こうとしてる逆を向きました。そこで綱を離せばよかったのです。でも、咄嗟のことに逆に強く掴んでしまいました。

物凄く早く回る回転遊具に捕まっている感覚。自分が感じだものは、それです。

走り出した馬に引きずられた刹那、地面にゴンで、ジエンドです。

いつ手綱を放したか覚えてませんが、頭と右手がひどく痛みました。

 

職員の方、あの時の馬さん、本当に申し訳ありませんでした。

 

馬が怒るのも当然です。

何も知らないクソガキが、何の知識も尊敬もなく力任せに引いた綱。

蹴られたり、踏まれたりしなくて、御の字でした。

 

馬さんからのリアクション。それは、強烈に食らったビンタでした。

フザケタ態度を戒める、半端ない力の張り手。

とてつもなく痛かったですが、「動物も人と同じ感情がある」という大事な気付きを学ばせてもらいました。

いくら自分の状況が追い込まれていたとはいえ、そんな当たり前のことを気づけなかったマッシュルームのような髪型をした当時の自分。

冗談は髪型だけで十分でした。

コインは出ませんでしたが、未熟なきのこヘッドを引っ叩いて下さり、ありがとうございました。

しばらく馬を見ると恐怖に駆られましたが、今は大丈夫です。

引きつった笑顔でポニーにも乗れちゃいます。

 

生き物の気持ちを真剣に考えるきっかけを与えてくれた出来事に、感謝です。

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(雪の季節がやってまいりました。滝の周りの木々も防寒対策バッチリです!)

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