突然ですが、自分はネコが好きです。
正確に言うと、「好き」という気持ちで収まりきれないほど、愛しています。
あの、顔。あの、仕草。お腹なんか見せちゃうものなら、もう至福の極みです。
何なんですかね、ネコって。何で、あんなに可愛いんですかね。
以前の記事で紹介したことがあるのですが、ウチはネコが2匹います。名前はミータとナナです。
仕事から帰り車を停めると、音に反応したナナは居間の窓から顔を出し出迎えてくれます。まさにデレデレのなせる技。
玄関を開けて中に入り、着ていたダウンを脱ぐとこんな感じです。
(内側の温もりが大好きな、ナナ)
(グルグルグルグル、ロールして)
(さんざん手に絡みついた後に)
(放心して、What's マイケルポーズのまま、固まります)
一方、ツンデレ道を突き進むミータは、出迎えなんてヤワなことはしません。
なので、「帰りました」と報告に行くと:
(うむ。と、長い手を伸ばしてくれます)
(毎日いる場所も様々で決まってません。そんなツンツンなミータですが)
(時折こんな表情で、心を鷲掴みしてきます。肉球がとても柔らかい)
今では愛しのニャンズに骨抜きメロメロにされていますが、昔はそうでもなく、動物全般に対して、さほど興味はありませんでした。
道で散歩している犬に遭遇しても、「あ、犬だ」と認識するだけで、心情的に現在のような状態とは程遠い位置にいました。
でもそれは、もしかしたら「ウチで絶対に飼えない」という気持ちが感情にブレーキをかけていたのかもしれません。
ウチはペットを飼うのが禁止の家でした。
理由は「隣の家の人がヤキンだから」です。
これは、文字通り、ほぼ間隔が空いていないウチの隣に住んでいた方が夜勤の仕事をしており、昼間に睡眠をとっているのでウルサクしたら迷惑がかかるという事情でした。
理屈は通ってますし、理解もできるので文句はなかったのですが一時期ウチの母親は、あらゆる状況でこの「ヤキン」という呪文を唱え、様々な場面をやり過ごしていました。
「友達がウチに来たいって言うんだけど」
「隣の人がヤキンだからダメ」
「テレビの音を小さくしなさい! 横ん家がヤキンだから迷惑でしょう!」
「みんなが、お前もファミコン買った方がいいって言うんだけど」
「そんなことしたらウルサクなるでしょ! ヤキンだからダメ!」
……絶対、夜勤関係ない……。
そんなこんなで、ネコとは無縁の生活を送っていたのですが、17歳のある日に、自分のネコ人生が始まる運命的な出会いをします。
そのきっかけとなった子が、トラです。
(タテ耳に、白い靴下を履いたネコ。おもちゃを頭に乗せてもヘッチャラです)
(ダンベルの匂いが好物だった、トラ)
(昔の携帯の時代に撮った写真ばかりなので、サイズが極小)
色はナナに似ていますが、サバキジ色が入っているナナと違い、トラは灰色と白オンリー。名前はトラですが、女の子です(はじめは、トトラという名前だったんです……でも、何度も呼んでいる内に、真ん中の「ト」が自然消滅してしまいまして。そんな理由で猛々しい呼び名になってしまったのです)。
自分とトラは、明け方の海で出会いました。
夜の内から仲間と海に来ていて、朝日が出たのを確認して帰ろうとすると、海沿いの遊歩道を「ミー、ミー」言いながらトボトボ歩くネコを発見しました。
そのネコは、とても小さく、生まれてからまだ少ししか経っていないように見えました(拾った後で獣医に行くと、生後2週間ほどではないかと言われました)。
海の近くには常に何匹かのネコがいるのですが、その殆どが、当時十代だった自分たちより遥かに人生経験を積んでそうな先輩ネコさんばかりで、名前で表すなら、ゴンゾウさん、サクエモンさん、トメさんに、イネさんといった面々でした。
ですので、まだ子猫中の子猫、しかも目玉が薄青だったトラは、まさに リーガルエイリアン イングリッシュマン イン ニューヨークよろしく、周囲から浮いていました。
(可愛い、そして美しい)
明らかに異彩なオーラを放ってヨタヨタ歩くその子に一目惚れです。
(こんなキュートなネコ、見たことない。しかも近づいても逃げない。どうしても連れて帰りたい……いや、まてよ。もしかしたらこの子、飼いネコかもしれない……)
一抹の不安が頭をよぎったので、ジロジロとよたつくボディーを凝視しましたが首輪などは付いていません。その場にいた仲間全員に見てもらいましたが、結果は同じです。
よし、失礼します!!!
ササッと拾い上げた自分は、何故か急いで原付を止めてある場所へ戻りました。トラは大人しかったですが、さすがにこの状態で運ぶことは出来ないので、近くにあったコンビニから小型で底が深いダンボールをもらい受けて、彼女を中に入れ蓋をし、足で挟むようにして持ち帰りました。
なんとか無事に到着しましたが、今度は「ヤキン」という大ボスが待ち構えています。
ダンボールの蓋を開き「ミー、ミー」がコンニチワした瞬間、予想通り母親は「ヤキン」の呪文を唱えました。
でも、大丈夫。これは想定内です。一応対策を用意していました。
「一週間。一週間でいいから、置いてくれ。その間に必ず里親を見つけるから」
その頃、疎遠になっていた家族は良い顔をしませんでしたが、頭を下げて何とか了承をもらいました。
オーケーをもらった自分は、その間に「とりあえずだから」の呪文を唱え、バイト代をつぎ込み、トイレ、おもちゃ、餌、餌入れ、などの必要なモノを全て買い揃えました。
こうして既成事実を作り、運び入れた時に興味を示した父親の心変わりを待ったのです。
結果は、5日。
トラが彼の心をメロメロに溶かすまで、一週間は必要ありませんでした。
当初、ミーミー泣いていたトラでしたが、2日目から泣かなくなったのと、必要経費はこちらが出すという約束で、母親もしぶしぶ了承しました。
ゴチャゴチャした砂壁の小さな家に、全く似つかわしくない気品に溢れた薄青い目のトラ。
人生の中で、とても辛かった17歳の自分を癒してくれた恩人(恩ネコ)の1人(1匹)です。
トラは自分がカナダに来てから9年目のある日に、19年の生涯を終えました。
亡くなる少し前に、寝ていたベットからムクッと起き「ミャー」と言った後、最期はコタツの中で丸まって旅立ったみたいです。
最期に一目、会いたかった。
会って、お礼がしたかった。
随分と距離は離れてしまいましたが、存在は必ず近くにいると信じ、心から冥福を祈りました。
19年。大往生です。
自分の意思でこちらに来て、トラを置いていく形になってしまったけれど、自分よりも懐いていた弟と、父親や、当初小言を言っていた母親にも大事にされたトラ。充実したネコ生だったことを願います。
出会ってくれて、本当にありがとう。
自分勝手な思い込みかもしれませんが、彼らは自分たちの心が分かるのだと思います。
あの当時、辛くて堪らない時にかぎってトラはいつもより長く膝に乗ってくれました。
嫁も日本でネコを飼っていたのですが、当時の彼氏が事故で亡くなってしまい、苦しくてどうしようもない時に、その子がよく顔を舐めてくれたそうです。
ネコに限らず、動物と人間は違う種族で言葉も通じませんが、深い愛情がある限り、気持ちはしっかりと通じるのではないかと自分は強く信じています。
(ストラットフォードの散歩道にあった大きな柳。包容力を感じて安心します)