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8+1= 五厘

大切なもの

今日から少しの間、有休を取りました。といっても、別に何処かへ行くわけではありません。年末に向けてホテルが忙しくなる前の、ひと休みです。

他の所は分かりませんが自分の職場では、みんな好き勝手に有休を取ります。中には、「え、今ですか?」と言いたくなる忙しい時期に申請する人もいるのですが、もう驚くことはなくなりました。カナダに慣れた証です。 

 

時間に余裕ができたので、ずっと書きたかったことを書きます。

自分の中で、とても大切なもの。

いつか、内側にある感情を外に出す機会ができたら絶対に書き残しておこうと思っていた記憶があります。

その記憶は、「五厘」と名の付いた集まりに関するものです。

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(8+1=五厘)

「五厘」とは、自分が Amazon Kindle ストアで出させてもらっている小説の元になったグループで、日本にいた時にお世話になった集まりです。

グループに名前が付いていますが、別にこれといって何か目的や信条があるわけでも、人様に迷惑をかけるような団体でもありません。ただ仲の良い者同士の集まりに、よく分からない名前が付いているだけです。

自分は彼らと約9年間、冗談みたいに一緒にいました。

住宅地の公園、池の公園、改造した仲間の部屋。集まる場所を時期ごとに変え、毎日毎日、飽きもせず顔を合わせていました。

グループの人数は、自分を入れて9人。全員、男です。

名前の由来は、「五厘刈り」の五厘から来ています。運動部でもないのに、些細な事から「メンバー全員五厘刈り」という通達がリーダーから出され、その勢いで名前が付けられました(当時、実際五厘刈りにしたメンバーは、言い出したリーダー、自分を含めて4人。過半数を割ってる結果が示す通り、リーダーがたまに出す通達には何の拘束力もありません)。

自分はこの集まりに、高校1年の夏から参加しました。ちなみに、自分はこの集まりに入った最後のメンバー。元々8人だったグループに、自分が入ってから名前が付いたので、8+1=五厘なのです。

自分にとって五厘は、人生の恩人(人じゃないので、恩グループ?)で、彼らは、どうしようもなく辛かった時期を過ごしていた自分を見つけてくれて、引き上げてくれました。

 

彼らと初めて会ったのは、小田急線の車内。自分は学校の帰りでした。

「おぉ、久しぶり! おい、なにその目、どうしたの? 大丈夫か?」

声をかけてきたのは、その頃は疎遠になっていた幼馴染で、彼は「五厘」と名の付く前のグループメンバーでした。

彼が問いかけてきた「その目」とは、くまのことです。当時はパッと見で分かるほど酷いことになっていました。原因は睡眠障害です。その頃は毎日が不安で堪らなく、眠りに落ちるのが怖くて満足に睡眠をとることが困難になっていました。

理由は、暴力です。

 

当時、あることがきっかけで上級生のグループから目を付けられた自分は、定期的に暴力を受け、金を取られていました。

呼び出されるのは、いつもボロボロの部室。一度、反抗した際に、醜く派手にやられ、その恐怖から、それ以降は抵抗することを辞めて、彼らの都合のいいオモチャになっていました。

終わることのない、いつもの呼び出し。徹底的に心が潰されるのを恐れた自分は、情けない現状から現実逃避するため、周りに対して、やられているという事実を隠し通そうとしました。今振り返れば、なぜ周囲に言わなかったんだと後悔しますが、当時はそう思えませんでした。親や同級生たちに知られるなら、死んだほうがマシ。あの頃の自分にしてみれば、そうやって何事もないように取り繕うのが思春期の体面と正常な精神を保つ最後の切り札だったのです。

ただ、そうは言っても見える範囲に傷がつくと、生徒も先生も異変に気付きます。自分はその対処法として、事実を嘘で塗りつぶすという行為に出ました。

 

顔に線状の傷を付けられた日、連れて行かれた職員室で、「親にやられた」と先生に伝えました。もちろん、先生は親を呼び出します。親はそんな事実はない、と必死に説明したそうですが、疑いの目をかけられたようです。

彼らに支払うお金が普通のバイト代で賄えきれなくなり、新聞配達を始めたのですが、その理由をしつこく聞いてくる同級生には、「家が貧乏で金が必要だ」と説明するのが癖になりました。

ある日、自分は現国の授業中に吐血しました(診断結果は、十二指腸潰瘍でした)。大岡昇平の「靴の話」、ちょうど先生が黒板に「ケンムリッヒ」と書いた時でした。その際に対応した保健室の先生、病院の医者などに、「家の事情で金が必要だから、バイトが忙しい」と言いました。

 

最低です。

教師からは同情され、周りからは親孝行もの扱い。

「家族」という安易なツールに手を伸ばし、それをいとも簡単に売り飛ばしました。

自分を守るために周囲を傷つけ、反省は1ミリもなし。そればかりか、そんな周囲の対応に気持ちよくなっていたのですから、事の大きさ、心情的、肉体的な違いはあれど、自分もやっていた側と同罪です。

(状況が改善された後、両親との関係修復に10年以上の時間を有しました。両親側は受容してくれたのですが、自分がダメで、利己的で弱い心を乗り越えるのに時間がかかりました)

 

「俺ら今から友達の見舞いに病院行くから、一緒に来なよ。お前も見てもらったほうがいいよ」

「暴力、嘘、それによって家族の心に残す傷」止まらない負の連鎖にどっぷりとハマっていた頃、電車内でたまたま出会った幼馴染。藁にでもすがりたかった自分は1つ前の駅で降り、彼らに付いていくことにしました。

幼馴染たちが見舞いにいった人物は、ラグビーで足を骨折してしまい、破損が大きかったせいで長期入院中でした。

「その目、あなたが入院したほうがいいんじゃないか?」

そう言ってベットに寝転がり、森永の牛乳プリンを食べていた坊主頭、彼が後の五厘のリーダーです。

見舞いに同行したその日から、自分は集まりに参加するようになりました。そして、そのことがきっかけで、自分が通っていた学校にも3人のメンバーがいることを知り、今まで少し話す程度だった彼らとも、校内で連むようになりました。

 

自分がメンバーと遊ぶようになってからも、呼び出され、やられている事実に変わりはありませんでした。でも、自分には学校内外で逃げ場が出来ました。

どんだけ惨めな思いになっても、五厘の集まりに行き、その鬱憤を発散する。

その「場」があることに、どれだけ救われたか。

今まで、彼らにやられている最中は「黒」しかありませんでした。ただ頭の中を真っ黒にして耐えるだけ。「あー、あー、あー」と、その黒の内側で声を響かせながら時間が過ぎるのを待ってました。

でも、五厘のおかげで、そこに風景を描けるようになりました。これ耐え切ったら、今日の集まりではこんな話をしよう。そしたらどんな反応がくるのか? どんな風に内容が広がるのか? 罵倒され、好きなように小突かれても頭に絵があります。そこに全神経を集中させればいいだけです。

 

あの時、あの車内で幼馴染に会えて、本当によかった。人生にターニングポイントがあるならば、その1つが確実にあの場面です。

 

上級生グループからの呼び出しは、思わぬ所から助けが入り、解決しました。

あの長い長い期間が嘘のように、綺麗さっぱりです。

説明すると長くなるので省きますが、ヘルプの主は姉でした。

以前に少しだけ触れたことがあると思いますが、非現実スペックを持つ年子の彼女(頭脳明晰、スポーツ万能、ヤンキー達とも仲良し)は、自分にとって、いつでも目の上のたんこぶでした。今回のことも、もちろん一番知られたくない相手でした。彼女は、自分が家で起こしたあるアクションをきっかけにこの件を知り、通常ではないやり方で事態を収めました。

(詳しいことは、電子書籍「五厘クラブ」で……すみません、宣伝です)

 

事態が明るみに出た後、少ししてから、彼らのふてくされた謝罪と相手側両親の眉間のシワ、そして献上した金が帰ってきました。教頭から金額を聞かれた時、事を荒立てたくないと実際より低めに報告した自分の弱さを引っ叩きたいです(それでも結構な額ですが)。

返金された金は、紙幣と、なぜかたくさんのコインで渡されました。

無駄に重い布袋の塊。

自分はそれを受け取った時、腹の底から「怒り」が湧いてきました。

 

こんなものの為に、必死で嘘をつき取り繕い

こんなものの為に、夜中に新聞を配り

こんなものの為に、家族との関係を壊した

 

今すぐ、この紙を目の前でばら撒きたい。相手とその両親の顔を、無駄に重いこの袋で殴りたい。ずっと、ずっと血が出るまで、鼻が変形するまで。目が潰れるまで。

 

言葉は変なのですが、興奮にも似た急激な破壊衝動を覚えたのは、あの日が初めてでした。

こんな金を持っていちゃいけない。

返却された金に対する感情は、怒りのみです。

自分は当時欲しかった、ゲーム機、CD、服、靴などを買い漁りました。その後で、集まれるメンバーに声をかけ、ビッグボーイへ行きました(子供時代の憧れ。ハンバーグがメインのファミレスです)。そこで、片っぱしからオーダーを頼み、皆で食い散らかしました。吐きそうになる程、たらふくです。

長い間、献上した金は、たった2日でなくなりました。

バカです、散財です。でも、そうする必要が当時の自分にはありました。

 

あの時、1人じゃなくて、本当によかった。身分不相応の感情を抑えきれるほど、精神が熟成していなかった当時の自分。怒りに感情を犯されなくて、本当によかった。

五厘の存在に救われたから、今の状態の自分がいます。

あれから今まで、自分は己の中にある「怒り」について考えています。

yoshitakaoka.hatenablog.com

 

五厘は、自分に居場所を与えてくれました。そこでは誰の目も気にせず思ったことが言

えて、小さい頃からずっと頭の中だけにあったアイデアを形にして実現することが出来

ました。そこでの経験が何かを表現することへの原動力になっています。

 

五厘は、いつだって自分の帰る場所でした。

道は別れ、自分の帰る場所も変わってしまったけど、感謝の気持ちは変わりません。

これからもあの頃の思いと共に、好きなことを外に出して生きていきます。

 

個人的な想いを長々と読んでくださった皆様、ありがとうございました。

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(以前の記事でも紹介した、大好きな線路。先がある風景に惹かれます)
 

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