キャベツとミルキー

日常生活のフトした瞬間に、昔のことを鮮明に思い出すことがよくあります。

先日、お弁当のおかずに豚肉を使った炒め物を作ろうと、キャベツを切っていた時もそうでした。

思い出したのは学生時代、母親が作ってくれた弁当。中身は荒いキャベツの千切りと、不二家のミルキーでした。

ウチの母親は家事全般が苦手で好きではなかったので、普段はコンビニのおにぎりなどで済ませていたのですが、どういうわけか稀に弁当を用意してくれることがあったのです。その内の一回がそれでした。

当時、中身を見た友人の「お前の母ちゃん、ぶっ飛んでるよ」という言葉と、何とも言えない表情が忘れられません。

あの時、母親がなぜキャベツとミルキーだけを詰め込んだランチを用意したのか今になっても分かりませんが、ただ一つ言えることは、ウチの母親は少し変わっていたということです。それが自分の思考に良くも悪くも影響を与えました。

 

自分はマインドゲームや駆け引きが苦手です。

それは日常においても、恋愛においてもです。

理由は相手の裏の裏、そのまた裏を考えすぎてしまって、わけが分からなくなり心身ともに疲弊するからです。

昔からずっとそうでした。ですので、友達を作るにも、彼女ができた後、その関係を維持するのも本当に大変でした。

どうしても人の裏を見ようとしてしまうのです。何かあるんじゃないか? 口では良い事を言っているけど本当は違うんじゃないか? と。

疲れます。自分も、それ以上に相手も。

そんな面倒な自分ですが、友達に関しては、素晴らしい人たちに恵まれました。とても不思議な出会い方をした8人の仲間たち。自分は彼らと求めていた深い人間関係を構築することが出来ました(そのありがたい環境に甘えてしまった自分は、カナダに来た後で困る事になるのですが)。

でも、恋愛に関してはダメでした。裏を読むことによって自分のつまらない勘ぐりや押し付けが強くなってしまい、少しでも相手と繋がっていないと気付くと、気持ちがダメになってしまい、それ以上関係を継続することは出来ませんでした。

 

そうやってまた疑うのか?

なんで見えない内側ばかりにスポットを当てるんだ?

なぜ、いつもその袋小路に迷い込むのか?

どうして見たままを信じられないんだ?

 

自分が過ごしてきた過去にそれらの答えがあるかもしれないなどと考えてもいなかったあの頃は、同じ輪の中をただグルグルと回るばかりでした。

 

素晴らしい仲間たちと出会った後も、どうしようもないことに自分のスタンスは変わらず、そんな腐ったモノの見方に引き寄せられるように、人の弱くて狡い部分や、黒くて冷たい残忍な側面を、暴力という行為を通して見せ続けられることになります。

 

ほら、やっぱりだ。裏があったんだ。だからそうやって見て見ぬ振りをするんだ。何だ、あんたもそっちに付いて囲むのか。結局、口だけか……。

 

終わりのない醜い思考の答え合わせ。最低の時期でした。

あの時、出会えた仲間たちがいたから、何とか切り抜けれた当時の生活。彼らに感謝してもしきれません。

嫁と会った時も自分は変わらぬままでした。これまでと同じ、何度も独り相撲をとっては途中下車を試みました。でも、嫁はその都度向き合ってくれました。だから今の関係があるのです。感謝の代わりに肩を揉みます。

 

そんなこんなで何も解決しないまま、ただ何かを変えなくては人生が進まないという確信だけは持って、カナダへやってきました。

誰も知り合いがいなかった土地、当初はお金もなく英語も満足でなかった為に、滅多に外へ出ませんでした。つまり内側へと向かっていくのに最適な環境だったのです。

これまで生きてきた中で最も自分自身と向き合った期間、それが移住1年目でした。

 

そんなある日、寝起きの状態でボォーっとしていた自分の目に、窓から差し込んだ光の線上に浮かぶホコリの粒子が映りました。そしてその瞬間、今まで思い出した事がない昔の記憶が蘇りました。

 

自分がそのホコリにブゥゥーっと唾を吹きかけて一生懸命消そうとしていた場面。

夕日が差し込む狭い居間で、テレビを見ている母親と自分。

その時に母親が言ったセリフ。

 

鮮明に思い出しました。目が完全に覚めることによって記憶が曖昧になるのを恐れた自分は、飛び起きてメモに書き写しました。

 

「お母さん、本当はお父さんのこと好きじゃないんだよね」

「仕方がないから一緒にいるの」

「お母さん、お父さんに隠れてタバコ吸ってるんだよ。ほら」

「内緒にしてね」

「お母さん、仲良くしてるけど本当は横の◯◯さんと、向かいの◯◯◯さんのこと、大嫌いなんだ」

「言っちゃダメだよ」

 

自分はそういった事を聞くのが凄く嫌でした。嫌だったから、目の前に映ったホコリの粒子を消すのに集中しました。ブゥゥーっとうるさく音を立てて。

 

自分の思い込みは、そこから来ているのかもしれない。

記憶を思い出し、自分の中で噛み砕いた後に、そう自然に思えました。

 

人は嘘をつくものだ。母親だってそうしてる。隠れてタバコも吸ってるんだ。

父親とも、横ん家の人とも笑顔で話してる。でも、あれは嘘だ。本当は全部反対。

裏があるんだ。

 

無駄に人を疑う理由は、あの時の記憶が原因なのかもしれない。確信は持てなくても、そう思えた時点で気持ちが少し軽くなりました。

己と向き合った時間が長かったせいか、こういった事が移住1年目、ストラットフォード時代に数多くありました。その積み重ねが心の決めつけを取っ払うきっかけとなっていき、思考と行動の選択肢を広げていきました。

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あの時の母親の気持ちは、よく分かりません。自分に心の内を言うことによってストレスを発散していたのか、彼女にとってはただの世間話の一つだったのか。

ただ、なんにせよ、自分はあの時間がとても嫌でした。

 

カナダへ来て感じた大きな変化は、人の裏を読まなくなったことです。これは自分の中でとても大きな進歩です。「進歩」と書きましたが語弊で、自分が成長したというよりも、言語、及び相手のカルチャーバックグラウンドが違いすぎて、裏を想像できなくなっただけです。何というか、軽いショック療法。でも、すごく楽なのです。

グレーの領域が少ない文化、思考の選択肢はイエス or ノー、主に二択です。

そのシンプルさに、救われました。

そんな感じで10年以上こちらで過ごしてきたお陰で、最近はカナダ人のみならず日本の方に関しても、変に裏を読まないで接することが出来るようになりました。ミラクル。ただ単に年を重ねた恩恵なのかもしれませんが、どっちにしてもマンモス感謝です。

嫌な事は溜めず、魔法のFワード連呼でサヨナラ。罵り合っても、一緒に飯を食うおかしな世界(自分の周り限定かもしれません)。

自分のように勘ぐって思考の着地点が見えなかったタイプには、合っていたのかもしれません。

 

PS:子供の頃、家事が嫌いな母親の代わりにそれを受け持った経験から、絶対こういった人とは結婚しないと心に誓ったのですが、自分が選んだ人は、家事が嫌いな人でした(性格は母親と真反対ですが)。そして、今や家事が大好きな自分。掃除も自らやらないと気が済みません……あの頃の誓いは何処へ……ミラクル。

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(もうすぐカナダに冬がやってきます。凍った木がキラキラと美しいのですが、とにかく寒いんです。寒さが苦手な自分は、何年たってもブルってます)

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