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本物の「天然」は美しく、そして恐ろしい

コメディー映画の登場人物のような振る舞いでハテナな発言を連発し、周囲を困らせるが、それ以上に和ます憎めない人。それでもって、本人にその自覚なし。

これが自分のイメージする、いわゆる「天然」な人です。

一見、漫画やスクリーン以外にはあり得ないと思える人物設定。いや、最後の部分「本人に自覚なし」を除けば、もしかしたら何人か確認できるかもしれません。

でも勝手な見解ですが、自覚ありの時点で本物の「天然」ではないのです。

自分は別に、そういった方々を否定、批判しているのではありません。この世知辛いコンクリートワールド、生き抜くツールが多いに越した事はありません。

ただ、さすがに本物は実在しない、いるわけないだろうと決めつけていました。そう、あの人に会うまでは。

結論から言うと、いました。

周囲を困らせるも、和ませる漫画スペックを持った人物が。

もしいるのならば、女の人だろうと想像していたのですが、その人は男性で、おじさんでした。ここでは仮にJさんと呼びます。

Jさんは移住一年目の街でのホストファーザーで、以前書いた記事、ヒステリック道場長ことヒスヒス奥さんの部下、兼、旦那さんです。

yoshitakaoka.hatenablog.com

Jさんは混じりっけなしの天然です。ミラクル。優しくて誠実な人なんですけど、ヒスヒス奥さんには頭が上がりません。

Jさんはオッチョコチョイです。まず、そこが人を和ませます。自分は滞在中、Jさんの家のリフォーム作業を手伝っていたのですが、三階の部屋を直している際に、よく内鍵をしてドアの蝶番を何度も取り外す羽目になってました。でも、その都度に見せる「あちゃー」って顔がその場を和ませるのです。結構な頻度だったので、通常は「ちょっとJさん、何やってるんですか? 勘弁してください」となるのですが、彼の酸っぱい顔を見てると不思議とそんな気分になりません。ある意味、特殊能力だと思います。

 

Jさんは嘘をつくのが物凄く苦手です。自分がその家にいたのは移住一年目で英語が上手く話せず、よく会話に付き合ってくれたJさんを困らせてしまう場面が何度かありました。そんな時でも優しいJさんは、自分に対して理解できないとは言わず、必死に話を合わせようとしてくれました。ただ、その際の演技がヒドくて、冗談みたいに目が泳いで声が上ずり、額に汗が滲むのです。どんだけ聞き流すのが下手なんだと。

その時の様子を思い出すと、どうしても笑ってしまい(特に目の泳ぎ具合)、何だかなぁー、って気持ちになって和むのです。

 

このように小さな例を挙げだしたらキリがないので、「これぞJさん」というのが詰まりに詰まった、ある日の出来事を紹介したいと思います。

 

赴任先の小学校が夏休みに入ってから少し経ち、Jさんは自分と嫁をキャンプに誘ってくれました。当時、自分たちは幾三ハウス生活の真っ只中、夏休みに何処かへ行く予定などなかったので、喜んで申し出を受けました。

Jさんの車で向かった先は、アルゴンキン州立公園(カナダでは有名なネイチャースポットです)でした。

区域内に到着し、豊かで美しい大自然に興奮していると、Jさんがカヌーをしようと提案してくれ、レンタルカヌーができる場所へ行くことになりました。

もちろん当時の自分たちはカヌーの経験などありません。Jさんに教わりながら、ゆっくりと青い空を映し出すレイクへと漕ぎ出しました。

ここまでは、何の問題もなかったのです。感情的に「Jさん、ありがとう」だけです。

Jさん、きっと自分たちが喜んでいるのを見て、嬉しくなったんだと思います。良い人なんで。でも、それがJさんの変なスイッチを押してしまったんです。

カヌー初心者の自分たちの事など頭から消えてしまったかのように、パドルを漕ぐわ漕ぐわ。こっちは腕パンパンです。いや、景色は綺麗だったんですよ。この世のものとも思えぬほどに。ただ、自分も嫁もそれを堪能する余裕ゼロ。部活にでも入りましたっけ、と錯覚するほどに、ただひたすら下を見てひたすら腕を回すのみ。挙句、やっとのことで湖の先端まで漕ぎ切った自分たちに、「ここからはカヌーを担いで島を横切り、その先にあるもう一個の湖に行く」などとトチ狂った事を言いだしたので、丁寧に断らせて頂きました。

「そうかぁ、残念だ。そこにはもっと良い景色があるのに」と言ってリンゴをシャリっとかじったJさんに一抹の殺意を抱きましたが、彼に悪気は微塵もないのです。あるのは自分たちに良い景色を見せてあげたいという気持ちのみ。もはや、イノセントサイコパス。

 

参加した覚えのないレイクでのブートキャンプを終え、やっとこさ、飯です。しかしここでもJさんのイノセント狂気が発動しました。

Jさんと一緒に食事の準備している時、彼の「カナダのアウトドア注意点」講座が始まりました。

「いいか、この辺は野生動物がたくさんいる。熊もいるんだ。だから飯を作る時は、なるべく食材を地面に落とさないように注意しなきゃいけない。なぜならその匂いを嗅ぎつけて彼らはやってくるからね」

Jさん、その時サーモンの缶詰を開けて、サンドウィッチを作っていたのですが、話に集中し過ぎて、サーモンフレークがボッロボロと地面に落ちてるんですよ。今、自分が力説してるくせに、ボッロボロと。

言ってる事とやってる事が、互いにそっぽ向いちゃってるんです。目の前で行われてることがあまりにもだったので、イノセントの部分が薄れて、もはやJさんがサイコパスに見えました。

Jさんは、そんなのお構いなしにサバイバル講座を続けます。

「寝る時は食材を地面に置いてはいけない。なぜならその匂いを嗅ぎつけて彼らはやってくるからね。だから食べ物は、こうやって一つの袋に入れて、少し離れた木の枝に投げかけとくんだ」

Jさんはそう言って見本を示してくれたのですが、一投目は枝に引っかからず地面に落ちました。そして、ちょっと強めに投げた二投目は、思ったよりも高い場所に引っかかってしまい、慌てて袋を下ろしに木に登りました。

Jさん、絵に描いたような空回りです。

当時はその行動に苛立ちしか覚えませんでしたが、食材袋を真っ赤な顔をして木から取ったJさんの姿を今思うと、気持ちが和みます。

 

ちなみにアルゴンキンでは二泊したのですが、一泊目はなぜかキャンプ場ではなく、湖、というか湿地帯に近い場所の脇で野宿をしました(二泊目はキャンプ場)。

自分はキャンプは好きですが、水道、トイレ無しの野宿は好きではありません。しかも、そこへ行く道中に大きなムースを目撃していたので、本当に嫌でした。

そしてJさん、テントを一セットしか持ってきておらず、自分は車の中で寝ると言い出しました。きっとJさんの事だから、よかれと思っての行動だったんでしょうけど、あの時ほど車の頑丈なボディーに守られて寝るJさんを恨めしく思ったことはありません。

最後にいつ使用したのか分からないほど古めかしいテントで、トイレを我慢し、野生動物に怯えながら過ごしたあの夜。その日は自分の26回目の誕生日でした。

Jさん、ありがとう。

 

オッさん、まじか……と、その時はひきつってましたが、今振り返ると、貴重な経験だったと、ニタニタできます。これもひとえに、Jさんの性格ありきだと思います。

自分は色々な欲が強すぎて、Jさんのようにミラクルの境地には立てません。Jさんは空回りオッチョコチョイですが、太陽みたいな人です。だから、和むのです。

それに、Jさんは本当に優しい人です。

自分たちが新しい街へ引っ越す時、ヒスヒスには内緒で、餞別をくれました。それも大きな金額です。最後の握手をした際、Jさんからたくさんの愛情を感じました。

家族でも、友達でもありませんが、彼は間違いなくこのカナダでの恩人の一人です。

ありがたい出逢いに感謝です。

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 (よく行ったトレイルにある湿地帯。Jさんもきっと大好きな筈です)

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