読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ドッキリがヘタなカナダ人

自分は今までの人生で、一度だけ大掛かりなドッキリを仕掛けられた事があります。

通常のドッキリはそれ以前に幾度となくありましたが(仲間に挑発されて、追いかけて行った先の落とし穴など)、あれほど大きなものは、後にも先にもあの一度だけです。

 

ストラットフォードの小学校での最後の日、自分はその日も変わらず、担当になっていた朝の校内放送をしました。

内容は「午後から全体集会があるので、ランチタイムが終わったら全校生徒は体育館に集まってください」というものでした。

(今日で最後か)などと感傷に浸って放送のスイッチを切ると、横にいた先生が笑顔でこちらを見ていました。反射的に微笑み返したのですが、その先生のニッコリ、というかニタニタ顔は止みません。何ですか、顔に汚物でもついてますか? と思うほどの違和感でした。

その日は半日ずっと、先生、生徒問わずそんな感じでした。

最後の授業もみんな何かソワソワしていて、終わった後に色々と声を掛けてくれたのですが、その殆どが:

「午後の集会くるよね?」

「今日の事、何にも聞いてないよね?」

「詳しくは言わないけど、集会で手紙を渡すかもしれないから、後で絶対読んでね」

などといったネタバレこの上ない質問やコメントでした。

明らかに、午後の集会で何かある。

どれだけピンと来なくても、これで何もないと思う方が不自然です。

 以前のラジオの件があったので、今回も校長が何かドッキリサプライズを仕込んでくれているのは明白でした。

ドッキリは、くると分かった時点でドッキリではなくなります。

皆のニタニタスマイルや、生徒たちの「僕は何にも知らないけど、体育館で何かあると思うよ」的な、お約束問答を繰り返していく内に、何だか変に緊張して焦ってきている自分に気づきました。

なんと言うか、「押すなよ、押すなよ」と言いながら背中を押されて熱湯にドップリされるのを待つあの方の感覚というか、浸かった後に見せるリアクションのハードルを徐々に上げられているような気分でした。

ランチタイムが終わり、一足先に体育館に到着して生徒たちが集まるのを待っている間に、自分の緊張と気負いはマックス状態になりました。

男子たるもの、しっかりと涙の一つでも流さねば。だんだんと埋まってくる体育館を眺めながら、よく分からない不純な使命感が沸いてきました。

 

予定時刻を少し過ぎ、全校生徒が集まったのを確認したクマ校長は壇上でマイクを握りました。

「この中の一人を除いてみんなは知っていると思いますが、今日は全体集会をしません。その代わりに、この時間を使ってヨシのお別れ会をします」

校長がそう言い終わると、生徒達から拍手と歓声が上がりました。それはビクッとするような大きな音で、それを聞いた自分は頭が真っ白になりました。

いや、何かあるという事はちゃんと分かっていたんです。ただそれは集会の最後か、会の間の時間を使って行われるものだと思っていました。

まさか、集会の全部の時間を使ってやるなんて予想もしていなかったのです。

その時点で、変に構えていた思いはスゥーッと飛んで行きました。

 

全体集会から姿を変えた会の始めに、クマ校長は自分を壇上へ呼びました。そして持っていた袋から出して渡してくれたのが、トロントブルージェイズ(野球チームです)のユニホームでした。

訳のわからない内に校長にうながされ、自分はそのジェイズのユニホームを着ていたシャツの上から羽織りました。

着用後に差し出された校長の手に応じ、握手をすると同時にたかれた無数のフラッシュ。あとでその時の写真を見たのですが、シャツを中に着ていたせいか、それはお別れ会の一場面というか、どっちかって言うと野球の入団会見でした。

帽子がない入団会見が終わった後に、校長は体育館の隅にいた嫁を見つけ、壇上に呼びました。嫁はこの頃、同じ建物内にある幼稚園の手伝いをしており、週に何度か学校に来ていたのです。

校長に呼ばれた嫁ですが、首を横に振って中々応じる素振りを見せません。仕方がないので自分が迎えに行くと、「私、散歩着なんだけど」と低く、そして強い口調で言われました。表情は和やかなんですが、目は確実に笑っていません。

確かに、嫁の言う通り、彼女は近所のコンビニに行くような格好をしていました。

「どうにか、来てもらえませんかね?」自分は彼女の目を直視出来なかったので、斜め下を見て頼みました。

「えー、ふざけんなよ」そう声がして顔を上げると、嫁の目はしっかりと据わっていました。その日の説教、確定です。

壇上で、校長と並んで手を繋ぐ入団会見男と、コンビニお散歩女。

もはや、何の集まりだか分かりません。

謎のアジア人カップルに挟まれた校長は、ダブル握手を終えると、「これは、自分からだ」と言ってプレゼントをくれました。気が早い校長に促され、中身を見ると、そこには京都西川の毛布?! と見まごうばかりの暖かそうなブランケットがありました。幾三ハウスの状況を知っていた数少ない一人である校長。穴あき隙間風を熟知してのチョイスに頭が下がります。

 

全校生徒を前にしたプレゼントお披露目会が終了すると、各クラスごとに列を作り、壇上の自分の前を握手しながら通過する段取りに移りました。

さながら、試合に勝った選手を迎える監督の気分です。

何人か関係が近かった生徒や授業を受け持ったクラスは寄せ書きや、折り紙で作ったメッセージカードなどを手渡しでくれました。

あの日は間違いなく、人生で一番人と握手をした日でした。

この学校で過ごした日々の写真に動画、それに自分たちが新しく引っ越す先の紹介映像が入ったムービーの鑑賞などを経た後に、クマ校長から「みんなに何かメッセージを」と振られました。

一歩前へ出てマイクの前へ立ち、周りを見回した時に、この景色はこの瞬間でしか見れないものだと強く確信しました。

その時、自分が何を話したかは、最後の言葉以外あまり詳しく覚えていません。とにかく気持ちが溢れてしまって、冷静に話をすることが出来なかったのは記憶にあります。

この一年間のこと、街で出会った人たちのこと、意味深い出来事の数々、そしてこの会を開いてくれたみなさんの気持ち、その全てを感じたら涙を流す準備など必要ありませんでした。

しっかりと覚えている最後の言葉。自分がこの学校、そして関わってくれた人々にどうしても言いたかったこと、「本当に、ありがとうございました」それだけはちゃんと伝えて頭を下げました。

 

学校を去る時、たくさんの気持ちをもらったのは生徒達だけではなく、先生方からも頂きました。ちなみに、その内容は、ギフトカードや金券、そして一人の先生から送られたのは、何と銀行の小切手でした……。自分の着回しが一年を通して、ほぼ三パターンしか無かったからでしょうか、気を使わせてしまって申し訳ない気持ちになりました。しかし、当時、ほぼ文無しの引越し新生活だったので、正直、とても助かりました。

あの時期の経験があったから、今の自分たちのカナダ生活があります。ありがたくて、あの地へお尻を向けて寝れません。

クマ校長からもらったアッタカ毛布は10年が過ぎた今もまだ使わずに、もしもの遭難時の緊急アイテムとしてずっと車の中にあります。もはや、お守りです。

今後も良い意味で、この毛布を使う日が来ないことを祈ってます。

f:id:yoshitakaoka:20161102204314j:plain

(街の中心にある川の住人。川が凍るギリギリまで優雅な姿を見せてくれます)

© Copyright 2016 - 2017 想像は終わらない : 高岡ヨシ All Rights Reserved.