ロマンティックあげるよ

「ロマンティックあげるよ」

言わずもがな、「Z」でも「GT」でもない元祖ドラゴンボール、水曜7時25分辺りの憂鬱です。

自分は子供の頃、この曲が大好きで、嫌いでした。

その理由は、きっと、当時の小学生の殆どが感じていた気持ちと同じです。

あの、楽しみにしていたものが終わってしまう強烈な喪失感は、娯楽の選択肢が限定され、一点に集中されていたあの頃ならではの感覚なのかもしれません。

あれから時が経った今、自分の中ではこの曲の好きな部分だけ残り、嫌いな要素はなくなりました。ありがたい事に、エンターテインメントは世の中に溢れています。

「オッス、おら悟空」で始まる予告を見た後のどうしようもない「お預け感」を、自分は最近感じていません。

 

今でもYoutubeで「ロマンティックあげるよ」を聞きます。

何か、フトした時に耳にしたくなるのです。

あの頃は、曲のメロディーラインしか頭に入ってこなかったのですが、今聞くと歌詞が直接、心に入ってきます。

 大人のフリしてあきらめちゃ 奇跡の謎など解けないよ

もっとワイルドに もっとたくましく生きてごらん

正直、その通りだと思います。

最近、年を重ねていく中での人との関係性で、頭にあったイメージと現実にギャップを感じます。

よくあることだと思うのですが、「この人となら、ガッツリいける」「この人となら、共有できる」という今まであった記憶が空振りするんです

2005年に日本を離れ、10年以上の時間が流れました。三十代中盤を超え、自分も世間的にはいい大人、オッさんです。

もう中年ですが、年をとること自体、素晴らしいことだと思います。

若い頃の精神的な未熟さを嫌になるほど知っている自分にしてみたら、加齢バンザイです。

当たり前ですが、人は年齢を重ねて変わっていきます。良くも悪くも。

今までと同じでいれない事は、理解しています。

変化は大歓迎なんです。たくさんの引き出しとオプションが増えるチャンスですから。

ただ、関係性が近くなればなるほど、自分に強くあるその人のイメージが邪魔をして、変化に伴う記憶の空振りが、すんなりと飲み込めないんです。

状況から移り変わりを体感するという点では、自分の時間は2005年で止まっています。

きっと自分は、その時のままのイメージを重ねているから、記憶の空振りをしてしまうのだと思います。

記憶のアップデートをしないと、勝手に相手の理想像を作り上げてしまうんですね。

意識していない分、とてもやっかいです。

 

ロマンティックあげるよ ロマンティックあげるよ 

ホントの勇気見せてくれたら 

ロマンティックあげるよ ロマンティックあげるよ 

トキメク胸に キラキラ光った 夢をあげるよ

 

ロマンティック、欲しいです。

ロマンティックの意味合いにもよると思うのですが、何かを探求したり表現したりする事に関しては、テレビの前で見ていたあの頃よりも、年を重ねた分、比べ物にならないほど可能性は広がっていると思います。

トキメク胸かどうかは分かりませんが、キラキラ光った夢が欲しいので、ホントの勇気を見せて、生きていきたいと思います。

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 (インターンシップをしていた頃に住んでいたムスコーカ。自分には大自然過ぎましたが、景色は本当に美しかったです)

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