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知られざる、移民学校の内側 〈カナダ〉

カナダ 海外生活

「通じる英語って、なんだろう」の最終章を書く前に、前回の記事でチラッとかすった移民学校の話を紹介したいと思います。

 

カナダは移民をした後、無料で通える移民学校があります。

「移民学校」という言葉は自分が便宜上、使用しているだけで、正式には:

" Language Instruction for Newcomers to Canada Program " (通称:LINC)という、お堅い名前が付いています。

しかし、お堅いのは名前だけで、実際の内情は暖かく、ハチャメチャで、とても有意義な所でした(あくまで自分が通った移民学校では、の話ですが)。

 

この学校のシステムなのですが、移民した人達が全員通うわけではなく、カナダ社会に溶け込む為に通学が必要だと感じた新移民者が、自主的に登録をして入学をするという形になっていました。

ですので、日本人を含め、一般の語学学校でよく目にする韓国人、中国人もあまり見かけません。

カナダ人、日本人を含め、親密なコミュニティーを持っていなかった自分は、この地で生きていく手助けになると思い、自らの意思で入る事にしました。

 

一応「カナダ社会への適応」を掲げている学校なので、カナダの歴史や行事、この国での生活方法などを習うのですが、やはり英語習得が基本なので、授業内容は一般の語学学校とあまり変わりません。

ただし、いくつかの点では、そういった語学学校、もしくは大学付属のESLと比べて大きな違いが存在しました。

以下が、特徴的な相違点です:

 

  • 語学学校と違い、生徒の年齢層が高い
  • 授業料が無料の為、モチベーションの低い生徒が数多くいる
  • 生徒はお客さんではない為、先生の対応がキツイ、っていうかオッカナイ
  • 難民の方たちが、大多数を占めている
  • 自分が生まれてから培ってきた価値観が、180度ひっくり返る

 

まず年齢的に、年配か若いかの二層に分かれ、中間層は少ないです。

これは、先に移民した子供に呼ばれた両親が通学しているケースか、両親の都合で移民してきた子供(小学生や中学生に見える子はいなく、みな高校生か二十歳前くらい?)が、学校に入る前に英語を学ぶケースです。

そして、授業料がありがたくタダの為、強制的に通わされている若い子たちの「チッ、やってらんねーよ」モードが至る所で発動しています。

授業中、ずぅーっと寝ていたり、若い子同士、ちちくり合ってたり。

同じクラスにいた、南米グアテマラ出身のエクボが印象的な女の子は、クラスをまたいで二人の男の子と駆け引きをしていたらしく、休み時間にその両方の男の子を挟んで、昼ドラみたいな展開を繰り広げていました。

その光景を見て、何とも言えない酸っぱい顔をしたネパール人男性の姿が、今でも印象的に残っています。

 

ちなみに、先生方は強烈で、特に朝のクラスのメガネ姉さんは、「嫌なら即刻、お家に帰りなさい!」という態度を前面に押し出して授業をしていたのですが、うちのクラスの生徒たちには全く届いていない様子でした。

そりゃそうです。

同じクラスにいたのは、イラン、イラク、アフガニスタン、ネパール、ソマリア、それにコロンビア、グアテマラにメキシコから来た方々。

皆、難民で来た、もしくは政治亡命で来た人たちで、くぐってきた修羅場の数が違います。

その国々の人達は、その他の国、つまり先生の脅しが届くドイツ、ポーランド、トルコ、中国、日本(自分)から来た自分らとは、全然、意味合いが違います。

例え、自国でどんな状況があろうと、です。

どっちがどうとかじゃ、ありません。

ただ、事実として、圧倒的に状況が違うんです。

自分は日本にいた時に、難民の人たちとの交流経験はありませんでした。

なので、その国々に関して、ネットやテレビからの情報しか知りません。

 

彼らは、とても、タフでした。

こちらがどう構えようか、そんなの彼らにとってはどうでもないことなのです。

ある日、午後の授業のカンバセーションクラスで、先生がお題を出し、皆でその事を話し合うといったアクティビティーがありました。

その時、先生が出したのが:

「あなたの人生で、一番嬉しかった出来事、悲しかった出来事」というお題。

正直、嫌な気分しかしませんでした。

嬉しい事は、大いに語り合えばいいんです。

でも、悲しい事は、このメンバーでやる必要が本当にあるのか疑問でした。

だって、明らかじゃないですか。難民で来た国々のニュースを見れば。

 

話し合いが始まって、まず口を開いたのが、ソマリアから来た男性でした。

 

「友達たちと海岸にいたら、ソルジャーグループに襲われて、俺ともう一人の友達以外は全員殺された。それが一番悲しい出来事だった」

 

ほら……ほら、ほら。

どうするの。どう、反応すればいいの。

ソルジャーグループって何? 武装勢力のこと? 俺ともう一人って、じゃあ合計何人殺されてしまったの?

先生、なんでこのアクティビティーしてるの?

 

その後も、もちろん:

「親戚がギャングに殺された」

「戦争で兄弟、離れ離れになった」

「家が焼かれた」

などなど、想像を絶する話は尽きません。

そんな中、自分の番が来ても、何も言えるわけがないです。

「ありがたい事に、自分に皆さんみたいな経験はありません」

何とか口に出した、それが本音です。

 

色々ありました。

心底、辛くなる事や、後々まで引きずったあの場面など。

痛い、悲しい、虚しい。

色々ありましたけど、自分は心から恵まれていると思いました。

そういう人たちと自分たちを比べること自体が差別だ、という意見をたまに耳にするけど、正直、比べます。

あんなに壮絶な体験談を聞かされたら、申し訳ないけど、自分は比べます。

そして、感謝をします。

日本という国に生まれた、自分の境遇を。

神様、ご先祖様、皆様、ありがとうございます、と。

彼らの境遇を想像する事なんて、絶対にできない。

同情する事も、できるわけがない。

だって、圧倒的に状況が違いすぎるから。

でも、その代わりに、あなた達が生きていてよかったって、それならば想える。

常に命の危険と隣り合わせの人生の中で、こうしてカナダに来て、自分の眼の前で、その体験談を語っている。

全ての縁に感謝です。

 

あの学校に通えて、自分は心からよかったと思えます。

あそこに行って、自分の価値観は180度、変わりました。

あの時のアクティビティーでも言いましたが、あなたの人生の中で一番嬉しかった出来事は? と聞かれたら、「自分と、自分の嫁が健康で、今こうして生きている事が一番嬉しい出来事です」と迷わず答えます。

 

良いも悪いもひっくるめて、今までの全ての出来事、ありがとうございました。

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(今、こうして書けてることも、読んでくれる人がいることにも感謝です。エリー湖に落ちる夕日は、雲に守られているようです)

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