小学5年のジャスティン・ビーバー

今や、ワールドワイドに活躍するスターになったジャスティン・ビーバー。

彼の出身地は、オンタリオ州のストラットフォードです。

 そして、自分の赴任した小学校があったのは、同じくオンタリオ州のストラットフォード。

 任期を終えてしばらく経ち、久しぶりにこの地を訪ねて当時お世話になった方に挨拶をしていた時、その事実に気づきました。

 

「それはそうと、ジャスティンがあんなに有名になるとはねぇ」

「ジャスティン? 誰のことですか?」

「ジャスティン・ビーバーだよ。ヨシは知らないのかい?」

「もちろん、知ってますよ。彼はこの街の出身なんですか?」

「出身も何も、彼はヨシが赴任していた小学校に居たんだよ」

「へぇー、そうなんですか。すごい偶然ですね」

「もしかしたら、彼に教えていたりしてね」

「まさかー。そんな事があったら面白いですね」

「ヨシが学校に居たのはいつだったかね?」

「2006年です」

「2006年か。ということは、彼の年齢を考えると……あれ? 居るね」

「え? 居たんですか」

「うん。彼はその時、グレード5(小学5年)だ」

「グレード5ですか。えー、そうですかぁ。居たかなぁ? ジャスティン、ジャスティン……あ!! ジャスティン! あの、ジャスティン! 確かに、顔に面影が。今、はっきりと思い出しました」

 

確かに、居ました。

ジャスティン・ビーバー自体に、あまり関心がなかったせいで、テレビで見かける顔と記憶が全く一致しなかったけれど、言われてみればあの顔、そうです、彼です。

 いくつかのクラスをまたいで、たくさんの生徒と接していた中で、印象強く、今でも思い出せる生徒が何人かいて、ジャスティンはその中の1人でした。

 彼の印象が強かった理由は、「コミュニケーション能力」の高さです。

 「ねぇ、その靴、かっこいいね。日本製?」

それが、彼からのファーストコンタクトでした。

因みに、その時履いていたのは、来る前に買った無印良品の革靴。これといって特徴がない普通の靴です。

「ねぇ、そのカバン、いいね。日本製?」

吉田カバン。日本製です。

「ねぇ、そのシャツ、いいね。日本製?」

ユニクロです。日本製かどうかは、分かりません。

「ねぇ、そのペン、いいね。日本製?」

ダイソーです。きっと日本製じゃありません。

「ねぇ、そのキーホルダー、いいね。日本製?」

ミッキーです。日本製? ていうかその前に、ミッキーはアメリカ生まれです。

 

ジャスティンよ、何でもいいのかい。

 

こんな感じで、 彼は自分だけでなく、他の先生の持ち物も、よく褒めてました。

そういう生徒でした。

 

小学校時代の性格や能力は、その後いくらでも変わると思いますが、体力測定会で見せた彼の行動は、良い悪いは別にして、「見せる」という面で、その才能の片鱗を表していたと思います。

 同学年全員参加の測定会、最後を飾る長距離走が行われている最中、先頭グループにいたジャスティンが急に失速し、その場に立ち尽くしました。

 何事かと駆け寄る先生に対し、手を広げて制した彼は、痛そうに足を引きづりながら、ゆっくりと動き出しました。

時折止まったり、天を仰ぎ、拳を握ったりしながら少しずつ前に進み、そして何とかゴールしました。

その様子は、まさにテレビドラマの負傷したキムタク。

吹き出しを付けるなら

「って痛っ。いや、マジ大丈夫だから、おん。大丈夫。ありがとっ。痛っ、あ? だから大丈夫だって。心配すんなよ。おん。マジで問題ねーから。サンキューな」です。

先生方と女子はゴールした彼に拍手を送りましたが、大概の男子は「でたよ」という雰囲気を醸し出してました。

でも、それでいいんだと思います。そういう風に見せれて表現できるのは、才能の一つです。

 

同じ体力測定会で(自分の場合はマラソン大会でしたが)

同じくアクシデントがあり(こちらは友達とふざけてて、道路の側溝ドブに足を突っ込んだんですが)

そして、記録上は同じ棄権(こちらは半ベソで先生におぶられ、保健室直行)という結果で、これだけの違いが生じるという事は、ジャスティンは、就くべくして天職に就いたのだと思います。

 

素晴らしいギフトに乾杯。

f:id:yoshitakaoka:20161005190936j:plain

(若かりしジャスティンも通ったであろう、学校近くの道)

© Copyright 2016 - 2017 想像は終わらない : 高岡ヨシ All Rights Reserved.