嫁に頭が上がらないわけ

2月14日、カナダでは今日がバレンタインデーでした。

この日は大好きなチョコレートの日であると同時に、自分たちの結婚記念日でもあります。

同じ名字になってから11年目の記念日、自分は今年も仕事でした。

 

籍を入れる時、忘れないようにと分かりやすい日を選んだのですが、こちらに来て2人ともホスピタリティ業界に就職したこともあり、このアニバーサリーを満足に祝えていない状態が続いています。

嫁さん、正直すまない。

 

今回の本文は、ブログを始めた頃にアップした記事の内容を加筆したものです。

読んで頂けたら幸いです。

 

カナダでは(きっと、他の英語圏の国々でも)夫婦間のバランスを表す決まり文句に:

「Happy wife, Happy life (嫁が幸せなら、自分の人生も幸せ)」というフレーズがあります。

あくまで個人的な見解ですが、自分はこの慣用句に白旗を上げて100%同意します。

 

結婚して、今年で11年。

タイトルにもある通り、自分は嫁に、全く頭が上がりません。

 

今ここで「嫁」なんて気安く言ってますが実際の心情的には嫁さん、いや、嫁様です。

上の一文を冷静に見ると、ドMさんが書いているイメージしか湧きませんが、自分は決して、Mさんグループに属している訳ではありません。

では、なぜ自分が「嫁様」などという言葉を用いたのかは、以下の「夫婦間のパワーバランス推移」を見ていただければ分かってもらえると思います。

 

嫁と一緒になって11年、そしてカナダに移住してからも、同じく11年が経ちます。

つまり自分は、こちらに来るホンの少し前に、彼女と籍を入れました。

出会って半年で決意した結婚。

ちなみに婚姻届を出した時点のパワーバランスは、「50:50」のイーブンです。

 

結婚してすぐ、自分は嫁に背中を押され、以前記事で書いた小学校へ1年間の任期で赴任しました。

ここでの仕事はボランティア。給料は出ません。

まだこの時は移住するとは決めておらず、尚且つ、帰国してからのプランはありませんでした。

今、振り返ると、完全な暴走行為です。

結婚して2ヶ月しか経っていないのに、自分の背中を押す嫁も嫁ですが、行く方も行く方です。

先の事は、なんとかなる。

当時は何の根拠もなく、お互い本気でそう思っていました。

「若さ」とは、一種の麻薬です。

ということで、自分の無謀な選択にも関わらず、この時点での力関係も奇跡の「50:50」キープです。

 

赴任地であるストラットフォードでは、当初、同僚の先生の家に住んでいましたが、学校が夏休みに入り、「こんな経験は、もう二度と出来ないかもしれないから、自分が居る間に生活しにきなよ」と、金もないのに一丁前に嫁に声をかけて呼び寄せてからは、その先生が所有するアンティークハウスに二人で住まわせてもらう事になりました。

 

街の中央を流れる大きな川沿いにある、アンティークハウス。

こう、文章に書くと何とも素晴らしい響きなのですが、そのドリームハウスは、何と現在進行形で改装中でした。

しかも、その直し具合が半端なく、アンティークハウスの名に恥じぬ、築80年はいっているのではないか、と思われしき建物を「リホーム」などという言葉が泣いて逃げ出すほど分解して「リビルド」していました。

その上、アンビリーバボーなことに、その改装は業者がやってるのではなく、同僚の先生の旦那さんが彼の弟と二人で仲睦まじくスローなペースで作業していたのです。

 

全く、終わりが見えない。

というか、絶対、終わらない。

 

つまり、玄関あけたら、「柱もねぇ、壁もねぇ、床板まともにハマってねぇ」という、リアル吉幾三ワールドでした。

そんな訳ですから、もちろん室内は「テレビもねぇ、ラジオもねぇ、インターネットは何者だぁ?」となっており、とても21世紀とは思えない新婚生活を、そこで送る事となりました。

(ネットは後で先生の旦那さんが「隣の家の無線LANを拝借」という荒技を無断で実行し、供給される事になります)

 

大きな家だったんです。

今までの人生で目にした事が無い程の大きな家だったのですが、1階、3階全域、及び屋根裏、地下の簡易キッチンを除く全てが改装のため使用不可で、唯一、残された2階が、自分たちの居住スペースとなりました。

 

当時、非常に少ないながらも家賃を払っていたので、この状況に文句を言う事も出来たのでしょうが、他にツテもアテもない上、1年目で英語に自信がない自分は「文句を言わない日本人」を見事に演じきってしまいました。

自分の体たらくと、幾三ハウスでの居住に嫁の不満が一気に上がり(当然です)、ここで初めてパワーバランスが動き、「60:40」になりました(もちろん、60が嫁です)。

この当時の記憶は、以後、何度も振り返る事になるのですが、思い出すたびに、嫁に対して「大変、すみませんでした」という思いしか浮かばなくなります。

 

決して、日本で裕福な暮らしをしてきた訳ではないのですが、あの1年間の生活は、文字通り「きっつきつ」な毎日を繰り返していました。

書き出すと、とても長くなってしまうので省きますが、1つ例えるならば、二人の初めての結婚記念日のディナーは、ウエンディーズ(日本にあるのかは分からないのですが、マクドナルドと同じファーストフード店です)のハンバーガーセットでした。

あの時、「今日は贅沢したね」なんて言わせてしまい、本当に、申し訳ございませんでした。

そんな状態で過ごした1年間(彼女にとっては約7ヶ月)が終わると、夫婦間のバランスは、「70:30」になっておりました。

もちろん、異存はございません。

自分が好きで来て、思い付きで長期間、呼び出してしまったのですから。

 

さて任期が終わり、「幾三ハウスよ、さらば」という時に、今度は自分が「カナダへ移住したい」と言い出しました。

大変、自分勝手です。

でも、ここに賭けたかったんです。

貧乏はしたけど、この1年間のインターンで、物凄い収穫がありました。

情熱を注げば注ぐほど、成果として現れる。

授業にしても、英語にしても、自分が打ち込んだ分だけ、伸びて、そして周りが結果を評価してくれる。

自分が何者だった、なんて関係なく、自分が打ち出した結果を、皆が見てくれる。

この社会で、生きていきたい。

その思いは日に日に強くなっていきました。

 

嫁は「ご飯を食べさせてくれるなら、どこでもいいよ」と言ってくれました。

神です。

パワーバランス「80:20」確定です。

でも、そんなのバッチこいでした。

彼女は日本で、しっかりとした学歴も職歴もあって、失うものがない自分とは状況が圧倒的に違っていました。

 

嫁は、自分に人生をくれました。

自分には出来ません。

彼女は、とても強い人です。

 

 うまく言えないのですが、嫁は、いつも違う場所にいました。

以前、付き合っていた彼氏が事故で亡くなってしまった影響からか、彼女はいつも「生と死」を深く考えながら生きてました。

 

夏休みに自分を訪ねてこちらに住むようになってから少しして、彼女は持っているビザで無料になる、子宮がんの定期検査を受けました。

「年が年だから、一応ね」彼女はそう言っていましたが、結果は「陽性」でした。

英語も満足に喋れず、周りに家族も知り合いもいない、異国の地で受けた結果。

その後、何度か検査を受け直しましたが、結果は同じです。

ビザで医療費がまかなえるという事で、彼女は最初の手術をこの地ですることを決心しました。

手術といっても一番初めに行われたのは、全身麻酔もかけないもので、自分も側にいれました。

話せる人が自分しかいない国で、ベットに横になる嫁。

手を握ったら、泣きそうな顔をしましたが、泣きませんでした。

 

しばらく時が流れ、何度か術後の検査をパスしましたが、また引っかかってしまいました。

今度はオンタリオ州で一番大きい、がんセンターです。

そして、今回の手術は全身麻酔をかけられるようでした。

 

「私がちゃんと目を覚ますように、祈ってて」なんて言うものだから、色々なことがイメージできて泣けてきました。

 

自分に彼女が以前経験したような「喪失」を受け止められる覚悟も度量もありません。

自分に出来ることは、祈る事と、亡くなってしまった彼氏に、嫁を守ってください、と必死にお願いする事でした。

 

手術が終わって目を覚ました嫁は、「甘いものが食べたい」と言いました。

彼女は、本当に強い人なのです。

 

嫁は自分の過去にあるものを全て受け入れてくれた、初めての女性でした。

やられ方や暴力の差は違えど、彼女も随分長い間自分と同じような経験をしていて、そしてそういったものとずっと戦ってきた人でした。

この人と一緒に人生を変えたい、この人と一緒に先を見て見たい。

彼女の中にある強さに触れて、自分は一緒になる決意をしました。

 

嫁は手術の事があった後でも、「この地で自分と生きていく」と言ってくれました。

 

彼女は、人生をくれました。

その対価として、一生「100:0」でも構わないと、嫁がくれた言葉の意味を噛みしめました。

 

こちらに来てから、何をするにも、どこに行くにも2人でした。

最初の1年、英語が上手く話せず、心ない人に馬鹿にされ、幼稚園児のように扱われても、二人でいれたから、何てことはありませんでした。

カナダに残れる道を模索して、ほぼ一文無しで引っ越した時も、嫁がいたから心配ありませんでした。

生きていくため、毎日、長時間働く期間がありましたが、とにかく先が楽しみでした。

お金貯めて、カレッジ行って、仕事と勉強の両立がキツかったけど、二人だから、何とかやってこれました。

嫁は移民後に、学校を2つ出て、今はカナダで一番に選ばれたスパで働いています。

 

自分の限界を、いつも簡単に壊してくれた嫁。

「情けないね、あんたの実力、そんなもんなの?」

そう言われ、悔しくて、自分の思い込みを破ってきた。

もう道がないと思えた時も、そんなもの自分で作ればいいと言い放った嫁。

生きていてくれて、よかった。

 

彼女は嫁であり、家族であり、一緒に生き抜いてきた戦友であり、親友で、恩人なのです。

 

「Happy wife, Happy life」

バレンタインの朝、自分の机の上に置いてあったブルボンアルフォート。

自分にとっては、どんな手作りチョコレートよりも意味のある宝物でした。

 

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(ストラットフォード時代の散歩道。物凄く寒かったけど、その分、綺麗でした)

行き場のない感情は、どこへ流せばいいのだろう

皆さんには学校や職場、もしくは住んでいる街などに自分1人になれる場所がありますか?

自分は、あります。

というか、新しい所へ行くと、まずその候補地を探します。

 

小さな神社の拝殿裏

人気のないデパートの屋上

決まった駅の階段下ベンチ

誰も使っていない駐輪場

冬のプール小屋

 

ちなみに今の職場で使っているのは、ボールルームの先にある備品室で、そこはドアを開けるのに専用のカードキーを必要とするため、ほぼ確実に1人になることができます。

 

人によって1人になりたい理由は様々だと思いますが、自分の場合は嫌なことや辛いことがあった時、そして、感情の落とし所が分からなくなる出来事に遭遇した際に、上記の場所へ足を向け、じっと気持ちが収まるのを待ちます。

 

行き場のない感情。

悲しいわけでも、寂しいわけでも、憤りを感じるわけでもない。

ハッキリとした表情を持たない思いが心を占めた時、とにかく無性に1人になりたくなるのです。

 

自分がその感情を強烈に意識したのは、22歳になって行った大学病院からの帰り道でした。

見えなくなっても

無くなっているのではない

 

中学、高校を通して山のように溜め込んだ消化不良の塊を無理やり心の端に追いやり、卒業後、逃げるようにして向かったバンクーバー。

誰も自分を知る人がいない環境の中、人生で初めて真剣に取り組んだ勉強がとにかく楽しく、ローマ字で名前も書けなかった英語力は、やればやるだけ伸びていきました。

 

(勉強が楽しい)

 

今まで生きてきて、一度も味わったことのない思いに魅了され、帰国後、独学で入った大学。

元々、高校も出席日数ギリギリで何とか卒業できた状態だったので、進学しようなどと考えたこともなかった自分は、「大学」というものに過剰な期待をしていました。

 

当時、二十歳だった自分は、限りなく無知で、とにかく世間知らずでした。

 

教科書をなぞるだけで進められる、一方通行の講義。

中学、高校と変わらない「学校」という空気。

 

自ら勝手に上げたハードルにつまづいた結果、自分の足は自然と教室から遠のきました。

 

(思い描いていたのとは、違う)

自分の感じた思いを正当化させようと、繰り返し唱えていた言い訳。

 

ただただ、弱かったのです。

本当に強い人は周りに流されません。

理想だけ高く、頭でっかちだった当時の自分は、己の意思を貫く気概を持ち合わせていませんでした。

 

大学のある駅に着いても、ホームのベンチに座ったまま動かない。

構内に入っても、クラスには行かず、図書館に通いつめる毎日。

 

(自分は一体何をしているのだろう)

 

見つからない訳を探すように、デカルト、ニーチェ、ハイデガーなどを読み漁り、時間をかけて必死にノートにまとめたのですが、自己弁護の糧とはなりませんでした。

 

講義に出て、出席表に名前を書く。

そんな簡単な事すら出来ない自分は、人と比べて酷く劣っていて、どうしようもない存在に思えました。

 

終わりのない自己否定によって、バランスを崩していく心。

そのタイミングをじーっと待っていたかのように、今まで隅に押しやり無かったことにしていた記憶が突然、姿を現しました。

 

あれだけ頭の奥にいたのに、意識した時には、もう目の前です。

 

何度も見る同じ夢。

鮮明に浮かぶ場面。

ずっと誰かに見られている感覚。

奴らが襲撃に来るのではないかという妄想。

鳴ってもいないのに聞こえる、チャイムや電話の呼び出し音。

 

やられていた頃のように眠れない日々が続き、慢性的に不安を感じるようになりました。

 

(頭がおかしくなってしまったのかもしれない)

 

いつも一緒にいた仲間と過ごしている時は、嘘のように気分が晴れやかになるのですが、一人でいるとダメでした。

なので、その頃は暇さえあれば集まり場所に入り浸り、家で過ごす時間は極端に少なくなっていました。

 

睡眠を取りに帰っても、眠れなくて叫び、電話やチャイムが鳴ったと家を荒らす。

十代の時のように内側にあるものを押し殺さなくなった結果、家族に多大なる迷惑をかけてしまいました。

思い返しても申し訳ない気持ちにしかなりませんが、それが当時の自分にできた精一杯の「SOS」でした。

 

「そういう病院で診てもらったほうがいいんじゃないか?」

 

家での様子を見かねた親が、そう提案した頃には、もう大学には通えない状態になっていました。

 

「そういう病院」

今ほど心の病が一般化していなかったあの時代、クリニックなどの存在も知らず、どのようにして診てもらう医者を探せばよいのか分からなかった自分は、あてもなく市内にある大きな大学病院に行きました。

 

勇気を出して受付を済まし、待合席に座ったものの、「精神科」という文字が視界に入り、惨めで心が潰されるようでした。

 

何の知識もなく偏見の塊だったあの頃の自分が、心底嫌になります。

 

極力、顔を上げないようにして過ごした長い待ち時間。

横に座った人の携帯に付いていた、キティちゃんのストラップがこちらを見る度に、帰りたくて、助けてほしくて、イライラしました。

 

やっと自分の番になり診察室に入ったのですが、椅子に座っていた医者を見て愕然としました。

その先生はインターンと見紛うほど若く、とても日に焼けていたのです。

全く、先生然としていない。

 

医者が若くて日に焼けていても問題ありません。

ただ、あのとき座っていた方は、自分が勝手に持っていた精神科医師のイメージと大きくかけ離れていました。

 

(この人で大丈夫なのだろうか)

 

勝手に想像して上げたハードルにつまづく。

自分はまた、同じ轍を踏みました。

 

最初のイメージで圧倒されましたが、とにかく自分は彼が投げかけてくる質問に本気で答えました。

 

これで楽になれる。

状況は劇的に改善する。

 

自分は本気でそう信じていました。

 

今なら分かりますが、無理なのです。

当たり前です、これが初診ですから。

その日に来て、その日にどうこうなる話ではありません。

 

じっくりと時間を取り質問用紙に答えを入れ、過去と今を必死に話しましたが、先生の反応はとても薄いもので、切り返しもどこか曖昧でした。

それでも、どうにかして自分の思いを伝えなければと先生を強く見つめたのですが、その方は自分が話をしている最中に、スッと、時計を見ました。

 

よく分からない顔をして、時計を見たのです。

 

とてもショックでした。

そして、どうしてもその行為を受け入れられませんでした。

 

その先生に非はありません。

冷静に考えれば仕方のない事だと思います。

クリニックではなく大学病院。

後に詰まっている患者。

話を止めない自分。

迷惑と感じられても、仕方がありません。

 

でも、あの診察室にいた自分は、それを一切、飲み込めませんでした。

 

怒りが、こみ上げてきました。

 

(お前に、何が分かる)

(お前なんかに、何が分かる)

 

自分の殻に入る逃げ口上が、頭で響きます。

 

それから自分は、何も話さなくなりました。

何を聞かれても、口を閉ざしたまま。

睡眠導入剤の説明をされても、次回の予定を立てられても、無視です。

そんな調子では、先生も呆れてしまいます。

 

「じゃあ、また辛くなったら来てくださいね」

日に焼けた若い医者は、自分の顔を少し覗き込むようにして言いました。

 

(先生、今がつらいんです)

 

支払いを済ませた自分は、すぐにトイレの個室に駆け込み、自分の腕を力一杯噛みました。

 

なぜ、あの時、腕を噛む行動に出たのか分かりません。

なぜ自分は自分を、あんなにも強く噛んだのか。

とてつもない怒りと悔しさで感情がコントロール出来なくなった、というのは理解できますが、歯型の内出血を残した、その理由が分からないのです。

 

トイレの個室で散々思いを発散した後、放心というか、軽い貧血感というか、何とも言えない感じになりました。

激しく噛んだ腕の痛みで、怒りや悔しさが一気に引っ込んで、抜け殻のような状態。

何かを感じるのだけれど、その何かが分からない。

冒頭に書いた、悲しいわけでも、寂しいわけでも、憤りを感じるわけでもない感情です。

 

どうしていいのか分からないから、1人になりたい。

一刻も早くこの病院から抜け出して、1人になりたい。

 

その場に立ち止まりたくはなかったので、行きに乗ったバスを待たずに歩き出しました。

その病院から、いつもの神社の拝殿裏まではかなり距離があったのですが、その時は構わず歩いて行きました。

 

それからしばらくして、大学を中退しました。

そしてあの日以来、自分は病院に戻ることはありませんでした。

 

今考えても、その選択が正しかったかどうかは分かりません。

 

不安な気持ちはそれからも変わらず続きましたが、可能な限り仲間と会い、嫌な状態が抑えられない時は、無理やり外に走りに行き、部屋で筋トレを繰り返しました。

運動や筋トレをして状態が良くなることはありませんでしたが、身体的な疲労により、それらを紛らわせることは出来たのです。

 

自分はその後、心に巣食っていた「不安」を「怒り」に変えて生きてきました。

恐れとすり替わって生まれた攻撃的な気持ちが高まると、激情に任せてダンベルを上げました。

 

今、この歳になっても、自分はあの時の記憶を許すことができません。

不安に感じることはなくなりましたが、怒りはまだ根を張っています。

ただ、昔と違い、歳を重ねたことで、その経験が創り出した副産物を冷静に見つめられるようになりました。

 

空想も、妄想も、頭の中の街も、あのとき同時に生まれたもの。

果てしない自問自答も、何時間も同じ景色を見続けるのもそう。

そして、詩や小説を書くようになったのも、それがきっかけです。

自分があの時の記憶をどう思おうが、創り出されたそのものには感謝です。

 

 

行き場のない感情がどこへ流れるのか、自分は未だに分かりません。

カテゴライズ不可能な感情に遭遇すると、相変わらず1人になって気持ちが収まるのを待つだけです。

そこは昔と何も変わりません。

 

37年間生きてきても、心は分からないことだらけです。

この先の人生で、その一つ一つの答えを探せるかどうかは分かりませんが、気持ちを表現し続けて感情の景色を広げていけば、正解ではなくとも、納得できる落とし所は見つかると思うのです。

 

 

最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

 

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(ストラットフォードの中心に流れるエイボン川。冬になるとその姿を変え、白い砂漠になります)

これは超能力ですか?

ミスターマリックにトランプマン、そしてユリゲラー。

自分は子供の頃、この3人を本物の超能力者だと信じていました(ユリゲラーに関しては未だにグレーゾーン)。

もちろん、「手品」や「トリック」といった言葉は知っていましたが、変に裏を読み

(この人達は、その凄まじい能力を隠すためにワザワザ『ハンドパワーです』って言ったり、トランプを飛ばしたり、スプーンを曲げているんだ!)

などと考えていました。

 

超能力者は正体をバラしてはいけない

当時、姉が読んでいた「ときめきトゥナイト」や、自分が好きだった「パーマン」の世界観よろしく、(特別な能力や秘密を持った方々は、それをひた隠しにして生きているのだ)と勝手に思い込み、上記の3人も例に漏れず、日常生活でポロッとその力が出てしまっても誤魔化せるようにマジシャンという職業を選んでいるのだろう、と決めつけていました。

 

物語に出てくる超能力は、たいてい良くも悪くも強い力と影響力を持っています。

それこそ世界を救う、もしくは、混乱させるような。

 

身を偽る必要性や、世界を変える力があるわけではありませんが、自分は一種の特殊能力を持っています。

 

海を渡って10年が過ぎ、開眼したその力は

カナダのスーパーのレジの調子を悪くさせる」というものです。

 

今、タブを閉じようとした方、待ってください。

自分はふざけているのではありません、困っているのです。

いや、冗談ではなく、制御できない己の力に迷惑しています。

 

上で「カナダの」と限定したのは、日本にいた時はこういった現象に悩まされなかったからです。

 

説明します。

このスーパーパワーが発生するのは、自分が焦っている、もしくはイライラした状態でいるのが前提です。

その「アセアセイライラ」コンディションでレジに並ぶと、笑えないほどの高確率でレジが不調になり、列が一向に進まなくなります。

 

具体的には、レシートが出なくなったり、商品コードがスキャン出来なくなったり、レジの画面がフリーズしたりといった症状が現れます。

 

故障するわけではありません、調子が悪くなるのです。

なので、管理者や責任者が出てきてしばらく機械をいじっていると、どうにか元に戻ります。

しかし、復旧までに時間がかかることもあり、自分のみならず、列に並んでいる他の人達もアセイラ星人になってしまうという負の連鎖が起きてしまうのです。

 

ちなみにこの現象は、自動チェックアウトでも同様に起きます。

 

心穏やかにカートを押して、鼻歌を口ずさむ怪しいアジア人となっている日は問題ないのですが、時間がない時に限って「待ってました!」とレジがヘソを曲げるので、正直、心底嫌になる瞬間があります。

 

「それは引き寄せの法則だよ」

そう言われてしまえば、その通りなのかもしれませんが、どうしてもそれだけでは納得できません。

 

なぜなら、この能力の影響を受けるのは、スーパーのレジだけだからです。

仕事で、YouはShock な人々に遭遇し、半端なくイライラした状態になっても、業務で使っているパソコンに不具合は生じません。

 

波長がバッチリ合うのは、唯一、カナダにあるスーパーのレジだけ。

まるでツインソウルと見まごうばかりの共鳴力です。

 

破壊するのではなく、機嫌を損ねさせるのが関の山。しかもレジのみ。

仮に、自分に備わっているものが何らかの超能力であったとしても、はっきり言って何の役にも立ちません。

 

もしもこの力を全ての電子機器に向けれるのであれば、使い方次第で、巨悪企業の悪巧みを阻止することも可能でしょうが、今の状態では迷惑しか生み出しません。

 

うーん、何かないですかね? 

どうすれば、この特殊能力を生かせるのか。

 

使えるかどうか分かりませんが、ちょっと頭に浮かんだものを書いてみます。

 

ケース1

スーパーでレジ打ちをしている引っ込み思案で奥手の店員君。

不自然に焦っている様子の男が差し出した「雪国まいたけ」がスキャンを通らず、彼はそのコード番号をマニュアルで入力しなくてはいけなくなった。

今までの経験を生かし、文明の利器に立ち向かう店員君。

「やれないことはないさ。源氏パイの乱を収めたのは、この俺だ」

平均コード入力スピード2.6秒(マニュアル)と、Windows Meで培った忍耐力は、彼に絶対的なレジ打ちの自信を与えた。

しかし、そんな彼の思い上がりを打ち砕くように、レジの画面は原因不明のフリーズを起こす。

舌打ちをする買い物客、いつもより早足で登場する脂汗店長、そしてチョコエッグを持って泣き叫ぶ女の子。

買い物レーン「7番」にカオスの嵐が吹き荒れる中、震える右手を背中に隠した店員君の口元は、怪しく緩んでいた。

(次にレジが不調になったら店の向かいにある「ミスタードーナツ」で勤務している林さん(仮名)に声をかける。ポンデリングを掴むタイミングで声をかける。かけるって言ったら、かける)

出勤前の自分にかけた暗示が彼の頭で鳴り響いた時、エプロンを外した店員君は、レジの鍵を脂汗店長に託し、自動ドアの向こうへと走って行った

 

何ですかね、これは。

進む方向を完全に間違えています。

 

声をかけるタイミングを事前に決めている、つんのめった店員君の姿勢を考えると、声掛けの際に言葉がハンブルする確率は高いと思われます。

そうなると焦って、買う予定のなかったフレンチクルーラーや、ハニーディップをトレイに乗せ、無言で支払いを済ませてしまう結果は目に見えています。

一人暮らしの六畳間。

「何であそこでハニーディップ入れるかなぁ? おい、こんなこと繰り返したら、3ヶ月後には糖尿だぞ」

浅倉南をその身に宿し、食べ飽きたドーナツを頬張る午後7時半。

開け広げたアパートの窓から見えるのは、斜め向かいで煙を吐く、焼きトン屋の黄色い看板。

テレビを消し、ニヤついた顔で缶コーヒーを開ける彼の背中が哀愁を誘います。

 

やっぱり、間違えています。

哀愁を誘う? 展開が行き場を失いました。

店員君、林さん(仮名)に声をかけていませんし、全体的にスッキリしない昭和の香りが漂うだけです。

というか、彼、仕事放棄していますね。

後に残された脂汗店長が不憫で仕方ありません。

 

自分の能力、一切関係ありません。

これでは、力どうこう以前の問題です。

なので、却下。

好き勝手やると文字数が増えるだけなので、ちょっと真面目に考えます。

 

ケース2

アセアセイライラしている自分の後ろに並ぶ、マスクを付けた初老の男性。

実はこのジェントルマン、上下総入れ歯だがレジ強盗を企んでおり、コートの内側には一昨日購入した文化包丁を忍ばせている。

緊張しつつ「その時」が来るのを待っていたポリデントジェントルマンだが、前に並んだイライラ男が購入した「果汁グミ」が原因で、レジに不調が発生。

「何でレシートが出ないんですか! レシート集めと果汁グミが僕の生き甲斐なんです!」

大きな声で叫んだその男は、その場でクルクルと回りだす。

その様子を見た買い物客が足を止め、レーン「7番」には人だかりが。

喧騒が辺りを支配する。

大声を聞いて驚き、泣き始める男の子。

苦しそうなその子の嗚咽が気になり、ポリデントさんが目をやると、男の子の頭にはイニシエの球団「大洋ホエールズ」の帽子があった。

 

(あの坊主、懐かしいもん被ってるなぁ。スーパーカートリオもいたが、ホエールズといったらポンセだ。87年だったっけなぁ? ポンセは打ったなぁ。あの年、あいつはとにかく打った。あの頃の中区はまだゴチャゴチャしてたけど、楽しかったなぁ。あぁ、応援歌が耳に残ってる。♪バモス ポンセ バモス ポンセ 打て場外へー♪ かぁ)

 

「おぃ、坊ちゃん。あんたぁ、ホエールズのファンかぃ?」

「エェ、ウグゥ、グゥ。え? ほえーるず?」

「そうだぁ、あんたの被ってる帽子だよ」

「ぼうしぃ? あぁ、これ、タイガーマスクWだよ。今、テレビでやってるやつ」

「タイガーマスクダブルぅ? いや、あんたぁ、この青は、これはホエールズの帽子だぁ。間違いねぇ」

「なにぃ、ほえーるずってぇ? タイガーマスクWだってばぁ! もう、うるさいぃ」

「あぁ、泣くな泣くな。分かったぁ、分かった。こいつぁ、タイガーマスクの帽子だ! ホエールズなんかじゃぁねぇ! うん、うん……」

 

目尻に光るものを湛えた老紳士は、こっそり列を離れ、もっていた「月間 盆栽生活」を雑誌ラックに戻して、静かに店を後にした

 

果汁グミは好きですが、自分の趣味はレシート集めではありませんし、その場でクルクル回りもしません。

 

このケースはレジ強盗を未然に防いだことで役に立っているかもしれませんが、もしその老紳士の肚が決まっているのなら、場所を変えて決行するだけなので、根本的な問題解決になっていません。

自分がその人を付回して、行く先々のスーパーのレジで前に並ぶことが出来るのなら話は別でしょうが、その場合は、相手の心が読める能力が必要になります。

そうでなければ、誰がよからぬ事を計画しているか分かりません。

というか、もし人の心を読めるなら、レジを調子悪くさせる3軍能力は要りませんね。

ですので、こちらも却下です。

 

せっかくのスーパーパワーですが、どうも話が1丁目、2丁目規模の枠を超えません。

超能力を披露する場面といえば、世界レベルの危機と相場は決まっております。

このままですと、商店街のアーケードから抜けれそうもないので、多少無理にでもスケールを大きくして考えたいと思います。

 

ケース3

新しく巨大悪徳企業のITセキュリティー責任者に就任した黒メガネ。

彼の持ち味は意外性と、裏の裏の裏を想定する用心深さ。

そんな黒メガネは就任早々その才能を発揮して、数々の悪事の証拠が残されているデーターを系列会社のスーパーのレジシステムにしまい込むという、常人には考えつかないアイデアを実行した。

全ては彼の想定した通りに上手くいっていた。

そう、無駄に焦った様子の男が、「ぷっちょ」を手に持ちレジに並ぶまでは。

移したデーターを取引相手の巨悪企業に開示して、わっるーい信頼を勝ち取る大事なプレゼンがあったその日、黒メガネはデーターを引き出そうとスーパーのレジシステムに侵入を試みたのだが、プロセスが一向に進展しない。

約束の時間は刻一刻と迫る。

苛立ちを覚え、右手の人差し指に力を込めるが、何度トライしても結果は同じ。

タイムリミットまで後20分となった所で、万が一の事態に備え、忍び込ませていた部下、「脂汗男」に連絡を取る。

 

「黒メさん、ダメです。レジがフリーズした挙句、変な男がレシートを出せと暴れていて現場を収集できません! 本社のITテクニシャンに連絡したのですが、多摩川の花火大会の影響で車が進まず、どんなに早くても30分はかかるそ……」

 

これ以上の報告は無意味だ。

胸ポケットから出した辞表を机の上に置いた黒メガネは、秘書の説得にも耳を貸さず、呼んでおいたタクシーに乗り込んで、一路、羽田空港を目指した。

行き先は次の就職先、シンガポールだ。

 

やりました。ついに自分の能力が世の役に立ちました。

ケース1、2、3と、どうしようもなく陳腐な設定で繰り広げられた戯れ芝居の結果、何とか胸を張って通りを歩ける日が訪れたのです。

ただ、裏の裏の裏を読んで、正常な判断が出来ずに空回りするITセキュリティー責任者の存在が設定上必要不可欠ですが。

 

はい。

やはり、どう足掻いても使えない力ですね。

 

超能力、スーパーパワー、特殊能力。

自分はその存在を疑いません。

漫画やドラマなどで見るものと違って、もっと生々しいものだと想像しますが、本人が求めても求めなくても、そういった能力を持っている方は、この広い世界のどこかに存在すると思います。

 

仮に何かのきっかけで自分にそういった力が授けられるなら、空を飛んだり、透視したり(男の憧れですが)、人間離れした力を手に入れたりできなくてもいいので、人をポジティブにする能力が欲しいです。

 

「この先に何の希望もない。どうして生きていなきゃいけないのか分からない」

 

今まで聞いた中で、一番悲しい言葉でした。

自分が受けたどんな罵倒や存在否定よりも、辛い気持ちになりました。

 

毎日マンモスハッピーにならなくていい。

少なくとも「なぜ生きていかなければならないのだろう」という場所から引っ張りたい。

おこがましいけど、引っ張りたい。

しつこいけど、引っ張り出したい。

 

もう二度と、そんな言葉を面と向かって聞かないように、 超能力に頼らずとも、どうにかして引っ張り出したい。

いや、引っ張る。

 

最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

 

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(オンタリオ湖に両手を広げて沈む夕日。昇る時はバンザイ型です)

リア充 ”勝手に” 解体新書

本題とのリンクが見えづらいと思いますが、この記事のサブタイトルは

「あなたは、まだポイントを振り分けていないだけなのかもしれない」

という、やけに長いものになっております。

 

「リア充」

自分がまだ日本にいた頃には、存在していなかった言葉。いや、もしかしたら使われていたかもしれませんが、ここまでの認知度はなかったと思います。

 

こちらに来てから、主にネットで目にする頻度が増えた新時代のニューボキャブラリー。そして、すでに廃れつつある元新語。

移り変わる時代に翻弄されている言葉、「リア充」ですが、自分はその正確な意味を掴めておりません。

もちろん意味を検索すれば、いくらでも答えは出てきますが、色々なところで「リア充」が題材になっている記事を読むと、体感的にそれぞれの人の経験に基づいた解釈になっているように思え、「これ」という確実なものを見つけられません。

 

なので勝手に解体新書。

自分が抱く「リア充」のイメージは、いわゆる「イケている人」です。

 

学校や会社などで目立つ存在で、パーティーなどに参加してもオドオドせず、社交的で人前でも踊れます。

自宅ではなくジムで運動し、お気に入りのバーを持っていて、そこでトムコリンズを飲みながらダーツやビリヤードをしています。

非常に偏った思い込みだという自覚はありますが、これが自分の中にある「リア充」像です。

 

上記の例は社会人ですが、「リア充」という言葉を考えるとき、自分の頭に浮かぶのは学生です。

もちろん、いつの年代でも当てはまる言葉だと思うのですが、学生というカテゴリーに属している間は、条件面で周りとの共通点が他の年代と比べて多くなり、無情にもその範疇での「違い」が浮き彫りになるからです。

 

自分の学生時代を振り返ると、間違いなく、リア充ではありませんでした。

十代中盤から後半の思春期真っ只中、周りとの違いを強烈に意識する年頃です。

当然あの頃は、リア充なんて言葉はありませんが、イケてる生徒はクラスに溢れていました。

そんなリア充生徒たちと、反対側にいた自分との間にあった、大きな隔たり。

あくまで勝手な「リア充」解釈ではありますが、自分と彼らの相違点を学生時代の1日の流れと共に、思い返してみたいと思います。

 

(注意)以下に登場する「イケてる」基準は、書き手の時代に合わせております。

 

【髪型】

《リア充》

  • 「あの頃」のキムタク風ワイルドウェーブ茶髪
  • いしだ壱成、武田真治にみるジュノンボーイ風キュートスタイル

《自分》

  • ジョンレノンやポールマッカートニーといった個人ではなく、ビートルズそのものに憧れた結果のマッシュルームカット(近所の床屋ではイギリスの風を再現できず、どちらかというとウォーズマンに近づく)

 【格好】

《リア充》

  • ラルフローレンのベストに(主に紺)、ズボンはもちろん腰ばき
  • スクールバッグは背負うのがツウ
  • 足元はリーガルのローファーでシックにいくも、コンバースのオールスターでポップにいくも良し。ワイルドに決めるなら、キムタク風レッドウイングを忘れるな
  • モッくんのCMでお馴染みのギャツビーデオドラントは必需品

《自分》

  • 紺のラルフローレンのベスト……は先輩に取られたので、ノーブランド
  • 自分の中で最高にイケていた、JAL(日本空港)客室乗務員昭和レトロバッグ(青)を肩にかけ、登校
  • リーガルのローファー……は川に流されたので、親父のお下がりローファー
  • ギャツビーでもシーブリーズでもなく、お気に入りは何故かレセナのスプレー

【通学】

《リア充》

  • ソニーのウォークマン、もしくは最先端のMDプレーヤーでお気に入りのナンバーを聞きながら電車に揺られる
  • PHSの画面には彼女からの「オハヨウ」Pメールが踊る

《自分》

  • 鳴らないアステル。受信しないPメール
  • ウォーズマンだったが、ウォークマンを所持していなかった為、無音電車。頻繁に降りる駅を3つ飛ばし、通学拒否
  • 新聞配達帰りで眠いため、家族に連絡が入ってバレるまでは近所の公園のベンチか、神社の拝殿の裏で仮眠

【授業中】

《リア充》

  • ちょっぴりトボけた、でも憎めない発言をし、クラスのムードを和やかに
  • 授業中に受診した彼女からのPメール。その画面には「アイタイ」の文字が浮かぶ

《自分》

  • 鳴らないアステル。受信しないPメール
  • 授業中は貴重な睡眠時間。意識と一緒に存在感を消し、風景と同化するスキルを発揮。よって寝ていても先生から注意されない
  • 目覚めた後は、自分が作っていた想像上の街「緑奥市」の拡張作業
  • 通学拒否権を行使していた頃は、拝殿の裏で引き続き仮眠中

【昼食】

《リア充》

  • 教室で食事。場合によっては男女混合。机の上には、もれなくファインボーイズか、メンズノンノ、時にホットドックプレスが鎮座する

《自分》

  • 人気のない理科室の裏で、違うクラスにいる仲間と合流。雨の日は準備室横の人気のない階段の踊り場でコンビニ弁当を食す

【放課後】

《リア充》

  • リア充の聖地、カラオケ(そこでプリクラを撮る)でシャウト、またはファーストフード店で雑談
  • 制服を着たまま街へ繰り出す(デート、ショッピングなど)

《自分》

  • 部室にお呼ばれされ、暗黒タイムスタート
  • 屋上にお呼ばれされ、暗黒タイムスタート
  • お呼ばれない日は、仲間と土手転がり、もしくは水浸し遊び(記事参照
  • 汚れた制服のままコンビニへ繰り出す(からあげクン、あらびきソーセージなど)
  • ヤンキーさん達の聖地であるコンビニ前は避け、コンビニ裏で仲間と雑談(おやつは、主にホテイの焼き鳥缶詰)

【夜のフリータイム】

《リア充》

  • 選択肢が多すぎて予想不可

《自分》

  • 家へ帰れないため、違う学校に通っている仲間と共に、住んでもいない新興住宅地の綺麗な公園に集結
  • 家へ帰れないため、避難所兼集会場だったプレハブ小屋に集合
  • 喋る、ひたすら喋る
  • 桃鉄、ひたすら桃鉄
  • 新聞配達バイト前に仮眠

 

以下、イベント。

 

【文化祭】

《リア充》

  • メインで参加し、貴重な思い出を作る
  • 告白イベントが高確率で発生

《自分》

  • ひんしゅくを買わない程度に参加、のち逃亡
  • 同じく、ひんしゅくを買わないように参加、のち逃亡してきた仲間と合流し、格技館に侵入して風船デコピン大会。先生に見つかり、「ねぇ、今日は何の日か分かっているよね」と、怒られずに白い目で見られる
  • 遊んでいる所を鬼達に見つかり、部室、もしくは屋上へお呼ばれされ、暗黒タイムスタート

【修学旅行】

《リア充》

  • もちろん滑れるスキーを楽しみ、夜は男女混合でミーティング、お酒を持ち込んで怒られた経験も、いい思い出

《自分》

  • 滑れるはずがないスキーを断念し、逃亡。人気のない場所を探し出し、仲間と雪上プロレス。先生に見つかり、「こんなところまで来て、何をしてるの」と、怒られずに白い目で見られる

 

以上のリア充さんに対する決め付けは、書き手の勝手な思い込みです。

 

リア充さんたち、非リアの人たち。

目立つ子、目立たない子。

友達が多い子、友達が少ない子、そして友達がいない子。

 

自分はその全ての生き方に、その人特有の意味があるのだと思います。

 

少し乱暴な言い方になってしまうかもしれませんが、特別なものを持って生まれてきた子たちや、幼い頃からたくさんの経験を積んだ、もしくは積まなくてはいけなかった子たち(学生というカテゴリーに入らなかった方など)以外は、ある一定の歳まで人間力の絶対数に大きな違いはないと思うのです。

 

例えば、20ポイント。

 

学生という枠の中では、リア充さんも、非リアさんも、目立つ子も、目立たない子も、持っている人間能力ポイントは20ポイントで同じ。

 

前半部分に挙げた例のように、リア充さんと自分の生活内容には大きな違いはありますが、所持しているポイントは同じ。

違うのは、そのポイントの割り振り方だけ。

学生時代(自分が考える学生の期間は18歳まで)は、「自分の殻を破る」というよりも「持っている特性を伸ばす」ためにポイントを割り振る時期なのではないかと思います。

 

特性は、皆それぞれ違います。

当たり前ですが、独りで絵を描くのが好きな人もいれば、友達とお喋りするのが好きな人もいます。

 

学生の頃、周りの人が自分よりも優れているように見えました。

何をやっても彼らに敵わないような、何をやっても彼らより劣っているような感覚です。

 

例えるのなら、皆んながヒーロー戦隊のレッドのような感覚。

イエローである自分は、これから先もレッドのそばでカレーを食べるのが関の山だろうと考えていました。

 

でも、違いました。

 

学生時代、破竹の勢いでその道を進んでいたレッド。このままのペースでいったら一体どれだけ遠くに行くのだろうと圧倒されていたのですが、自分の周りにいたレッドの大半が、あの頃と同じスピードでは走り続けませんでした。

 

何というか、全体的に今までの帳尻を合わすかのように、スピードを落としていった感じです。

 

そういった様子を何度も目にするうちに、「ある程度の歳まで人に元々備わっているポイントは同じなのかもしれない」と仮定するようになりました。

 

あくまでも例えですが、数値化してみます。ポイントは20です。

 

例1

【社交性】8

【想像力】1

【実行力】5

【表現力】4

【共感力】1

【忍耐力】1

社交性に長けて、実行できる力があるし表現力もあります。想像力、共感力、忍耐力は低いですが、それはなかなか表からは見えにくいところ。自分が学生時代に、この方に出会ったら、「確実に何も敵わないレッド」と認識します。表に見える能力が分かりやすく高いからです。

 

例2

【社交性】1

【想像力】10

【実行力】2

【表現力】6

【共感力】0

【忍耐力】1

群を抜いた想像力に高い表現力、素晴らしい才能の持ち主だと思いますが、自分が学生の時にこの方を見たら、とても暗い生徒なのだと認識します。この方の持っている能力は表からは全くと言っていいほど見えないもの。なのでこの時点で、この方の凄さに気づくのは簡単なことではないです。

 

例3

【社交性】4

【想像力】3

【実行力】1

【表現力】1

【共感力】6

【忍耐力】5

とても優しい方です。優しいだけではなく、社交性も想像力もあります。その包容力を実行する勇気はまだ得られていませんが、それを手に入れた時に、この方はたくさんの人を癒すことができると思います。

 

例4

【社交性】0

【想像力】2

【実行力】0

【表現力】0

【共感力】0

【忍耐力】15

ここまで極端な形でポイントが分かれるのには、色々な理由が考えられます。それを思うと、悲しくなります。合計数が17で計算が合いませんが、こうしてポイントを振り分けていない方は、確実にいらっしゃると思います。きっと様々な要因で、この方はポイントを振り分けるのを止めたのだと思います。

自分が学生の頃、この生徒と出会っていたら正直、何も見えないのだと思います。

もしかしたら学校にも来られていないのかもしれません。

誰もこの方の凄まじい忍耐力を知らない。

でも、ポイントは消えません。この生徒が振り分けていないポイントは絶対に無くならず、この人がそれを振り分けれる状態になるまで持ち越されるだけです。

 

例1、2、3、4と、表に見える形としては、みなさん大きな違いがあります。

でも、備わっているポイントは同じです。

学生時代、まだ人を見る目が鍛えられていない時は、この「目に見える要素」が他人を判断する基準になると思います(そうでない方もたくさんいると思われますが)。

 

割り振り方によって学生世界のヒエラルキーは創造されますが、それが全てではありません。

思春期が終わり、同一カテゴリーを抜けた後は、個人の勝負です。

20と決められていた絶対数も、ここから先の生き方によっていくらでも増えていきます。色々な経験を通して獲得したポイントを、今まで割り振っていなかったセクションに足すのも、元からある強みに足すのも、その人の自由です。

もし学生時代に割り振らず、ためていたポイントがある場合は、準備が出来次第、一気にその全てを解放できるかもしれません。

 

なので、目立たなくても、いじめられていても、不登校でも、人と交わることができなくても、「学生」というカテゴリーの中だけでその人自身の性質を決めつけるのは(他人はもちろん、自分自身でも)早すぎるのではないかと考えます。

 

確かに違いはありますし、社交性に秀でているレッドはクラスで輝いて見えるかもしれません。

でも、それは割り振りが上手いだけで、人間として、そうでない人より優れているわけではありません。

ポイントは同じですから。

レッドも経験を積まなくては、いつまでも学生時代のレッドのままですし、ブルーやイエローだって生き方次第で、その色に囚われなくなります。

 

自分の勝手な考えな上に、繰り返しになってしまいますが、今現在、いじめられていて劣等感だらけの毎日を過ごしていても、決してそれは「終わり」を意味するものではないのです。

そういった生徒も劣っているのではなく、ポイントの割り振り方が人と違うだけ。

持っているものは、同じです。

 

ポイントを割り振るのを諦めた方、今はとにかく生きてください。

ためているものは絶対に消えませんから。

 

真っ暗だった学生時代には考える事すら出来なかった「今」。

 

先は必ずある。

未来は想像を超えます。

 

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どうしたらいいのか分からなかったので、服を脱いで走った

記事の冒頭ですが、頭を下げさせていただきます。

 

タイトルだけを冷静に見ると、ただの変態です。

上の題から得られる第一印象は、間違いなく頭のおかしな人です。

 

これから順を追って話を進めていきますので、どうか釈明の余地をください。

 

突然ですが、皆さんは服を脱いで走ったことはありますか?

自分はあります。

とはいっても、法に触れるような話や変態的な話題が展開される訳ではありませんので、ご安心ください。

インパクトの問題で、どうしても「服を脱いで走った」という部分に目が行きがちですが、自分が書きたいのはその前にある「どうしたらいいのか分からなかった」という気持ちの方です。

 

自分が服を脱いで走るようになったのは16歳からで、その年の夏から遊ぶようになったグループの集まりに参加し始めたのがきっかけです。

 

うーん、何かもっと良い言い方はないですかね。

これではそのグループが、怪しい集団のように聞こえてしまいます。

 

あの、違います。そういった集会ではありません。

その集まりについては以前書いたことがありますので、読んでいただけたら幸いです。

いつも通り前置きが長くなってしまいましたが、とにかく服と一緒に自分の殻を脱いで走ったのがその時期なのです。

 

あの日の小田急線の車内で声を掛けられて始まった関係、今でこそツーカー同盟で1ミリも気を使うことなく毒を吐きあってますが、遊び始めた頃は自分が一番新入りだったこともあり、周囲の目を気にしながら過ごしていました。

 

ですので、当時、自分の生活を脅かしていた問題を彼らに打ち明けることはありませんでした。

正直、もうダメかもしれないと思う時期も何度かありましたが、その事実を仲間に伝える事によって、殆ど消えかけていた自尊心が完全に無くなってしまうことと、やっと見つけた居場所を失うことになるのかもしれない可能性が怖くて仕方がなかったのです。

 

そんな鬱々とした生活を送っていたある日、自分達はとある人気のない公園で、水風船当てバトルをして遊んでいました。

 

振り返ると、若さゆえの衝動なのか、あの頃はよく制服を着たまま川や用水路に飛び込んだり、公園の蛇口やペットボトルを使い、水をかけ合ってずぶ濡れになったり、急な勾配の斜面を勢いよく転がっていったり、段差が高いところから下に飛び降りたりしていました。

 

何であんなことばかりしていたのでしょうか。

一体、何がしたかったのでしょうか。

全くもって奇怪な行動です。

 

それにより制服やシャツが汚れて枚数が足りなくなったり、ローファーが川に流されたり、数え切れない怪我や足の捻挫、肩の打撲など毎回喜ばしくない結果が待っていたのですが、それでも何かに取り憑かれたように楽しんでやっていました。

 

そんなわけで、その日ももれなく水浸しになりながら水風船を投げ合っていました。

そこはある程度広い公園だったので、手持ちの弾が減り状況が不利になった自分は身を隠そうと、公園を囲うように生えている茂みの奥へ進みました。

 

身を低くしてその場所にすっぽりと収まった自分は、物音を立てないように注意し、地面にうつ伏せになりました。

そこで耳をすますと、先ほど逃げてきた広場でやり合う声は聞こえましたが、それがこちらに向かってくる様子はありません。

なので、走り疲れていた自分は、そのスペースで少し休むことにしました。

 

地面に近づけた顔に寄ってくる虫を払いながら、しばらくの間じっと伏せていたのですが、誰もやってきません。

広場の方からは笑い声が聞こえるのですが、その場所だけ違う領域のように静かでした。

 

そうして隠れている内に、すごい勢いで心が不安になってきました。

もう、どうしようもなく不安で不安で堪らないのです。

 

急にイライラしたり、悲しくなったり、不安になる。

あの時期、あまり眠れなかったせいか、自分は感情のバランスが上手く取れていませんでした。

 

迫り来る憂いに動かされ、目の前にあった草をカサカサと鳴らしましたが、反応はありません。

自分はここにいるのに、誰もこない。

日も暮れそうな中、びしょ濡れのシャツが肌に張り付いて不快でした。

 

(脱ごう)

 

直感で、そう決めました。

皮膚に吸い付く気持ちの悪い感情は、脱ぎ捨てよう。

 

自分は急いでシャツを脱ぎ、ベルトを外してズボンを下げ、VネックのTシャツも地面に投げました(靴下、及び靴とトランクスはキープしてます)。

そうしてから手持ちの水風船を全て抱え、皆の声がする方へ「ワァァァー」と叫びながら突撃していきました。

 

広場に姿を現したその見た目が予想外だったのか、自分の方を向いた皆の動きが止まります。しかし自分はそんな状況などお構いなしに水風船を投げまくり、ほぼ全裸で仲間の元に向いました。

 

「やべー、やべーのが来た」

 

皆は自分に応戦しようとせず、手に水風船を持ちながら蜘蛛の子を散らすように逃げていきます。

 

何というか、その光景を目にして、心のつかえが取れたような、スゥーッとモヤモヤが晴れていくような、そんな気分になりました。

 

気持ちが良い。

心底、気持ちが良い。

 

距離をとった仲間から水風船の一斉射撃を食らっても、まるで怯まずに全速力で追いかける自分。

間近に迫る九割全裸男から逃れようと、必死に逃げる仲間。

 

お風呂に入っている時も、ご飯を食べている時も、遊んでいる時も、ずっと存在を主張していた胸のしこりが、生まれたままに近い姿で無心に走り狂っている瞬間だけは、顔を見せませんでした。

 

それは、自分が今まで覚えたことのない開放感でした。

 

その日を境に、自分は仲間内で脱ぐ人になりました。

 

何かあったら、脱ぐ。

とにかく、脱ぐ。

脱いで、とことん追いかける。

 

片手で上着を剥いでいる間に、もう一方の手でズボンのボタンを外せるようになった頃、仲間内で気を使うことは無くなっていました。

 

自分は脱ぐことで、たくさんの悪意を解放したのだと思います。

己の中にあるドロドロを、脱いで走って、ばら撒いたのです。

 

あの頃、自分が何か大きな存在に試されているのではないかと錯覚するほど、色々な場所に引き金が用意されていました。

考え直すと不思議で、怖くなります。

 

大して仲の良くない知り合いが突然くれた、サバイバルナイフ。

新聞配達の配達区間にたまたまあった、どうしても許せなかった奴の家。

仲間に合わせて買ったジッポライター。燃料が切れないよう、常備していたオイル。

ジッポとオイルを手にした途端、後ろに積んでいる新聞の意味が変わりました。

 

深夜2時40分。

毎日、決まった時間にそいつの家を眺めていた自分は、誰かに背中を押されるのを待っていたのでしょうか?

深夜2時40分。

通りは、いつも、嫌になるほど静かでした。

 

自分が引いたのは、引き金ではなく、ベルトのバックル。

ズボンを下げて、仲間を追いかけるためのひと引きです。

 

存在したかもしれない「もしも」の世界。

ここでの「もしも」は考えたくもない「もしも」。

何度、想像しても、幸せになれない「もしも」。

 

トリガーは、いらない。

 

九割全裸で走りきる解放感を知れば、トリガーは引かない。

 

 

自分が出来ることは何だろうと、ずっと昔から考えています。

自分がしてきた経験は、誰か、今、真っ只中でもがいている誰かの助けにならないだろうかと。

 

力が欲しいと、最近考えるようになりました。

肉体的な力ではなく、思いを実行できる力。

筋トレで体を大きくしましたが、外用ペルソナが強化されただけです。

そうではなく、もっと本質的な強さ。

 

ありがたく、自分はこうして生きてこられました。

 

自分は何とか、大丈夫。

じゃあ、これから自分が出来ることは何だろう。

 

誰かに笑われ、顔を殴られ、体毛を燃やされているあなたに対してできることは何か。

「存在価値がないから死ね」

「ほら、早く死ねって」

記憶にこびりついている情景のように、屋上でせかされているあなたに、自分は何ができるのだろう。

 

自分は、書くことが出来る。

自分が見てきたもの、経験してきたことを書く。

 

でも、それがあなたの助けになるかなんて分からない。

全くの的外れだってことも、大いにある。

 

自分は自分の経験でしか、ものが分からない。

 

でも、自分がそこにいた時、「オレもそうだったけど、何だかんだで大丈夫だったよ」って言ってくれる人が欲しかった。

「今はこんな状況かもしれないけど、永遠には続かない」って誰かにしつこく言って欲しかった。

 

誰が読んでくれるか分からない、読んでくれていないかもしれない。

でも、発信し続けることは出来る。

自分の考えていることが、あなたの考えに合わない可能性も高いと思う。

でも、発信し続けることは出来る。

 

インターネットは21世紀の産物なんだ。

繋がりは無限のはずだ。

だから、どんなタイミングで誰が見るかなんて分からない。

 

心から思う。

一人でいい、一人でいいから、渦中にいるあなたに届いて欲しい。

 

トリガーは引かないで。

誰かが、何かが、誘惑してきても、引き金だけは絶対に引かないで。

 

パンツさえ履いていれば、いつだって、どこでだって全速力で走れる。

追いかける仲間がいなくたって、とにかく走れる。

パンイチで走ることを推奨しているんじゃない、法に触れることじゃなければ、誰かを傷つけることじゃなければ、何だってして欲しいと心から思っている。

あなたの命に変わるものはない。

いつだって、あなたの命が一番大事だ。

最優先なんだ。

 

これからもここで書き続けます。

 

「良いことばかりではないけど、最終的にプラスマイナス、プラスだよ」という小説を書き続けていきます。

 

誰かのタイミングに合うかどうか全く分からないけど、とにかくそれを信じて発信していきます。

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(どんなに小さくてもいい。そこに光が見えるなら、それに向かって言葉を出し続ける)

「もしも」の世界は、パラレルワールド

パラレルワールド。

今いる世界と並行して存在する、もうひとつの世界。

 

皆さんは「if もしも」というテレビドラマを覚えていますか? 

1話完結の物語の中で分岐点があり、それぞれ選んだ選択によって結末が変わるお話です。

随分、昔に放送されたものなのですが、中学生になったばかりの当時の自分にはとても刺激的で、強く印象に残るドラマでした。

話の内容もそうなのですが、自分が夢中になったのは「もしも」の先を描くという物語のコンセプトです。

 

もしも、「もしも」の世界が存在したら、もうひとつの「今」ができる。

 

自分が小学生時代に思い描いていた「もしも」はとても限定的で、

(もしも、ウチがお金持だったら、夏休みはディズニーランドに行けたのに)

(もしも、足が速くてバク転が出来たら、凄まじくモテていたのに)

(もしも、2時間前に戻れたら、またハンバーガーを食べれたのに)

といった程度の発想しか浮かばず、イメージもその場面だけで終わっていました。

 

しかし、ドラマを鑑賞し、映像として2つに別れた先の物語を追えたことにより、「もしも」の世界は一時的ではなく、その後もしっかり続いていくのかもしれない、という考えを意識するようになりました。

 

そんな世界があったら面白い。

 

今までイメージになかった「もしも」の未来に注意を向けた時、パラレルワールドの扉は開かれました。

 

そうなると、想像はどこまでも広がります。

それは日常の些細なことから、絶対に実行できなさそうなことまで。

中学生時代は、まだ仲間たちと出会っておらず、独りでいるのが1日の大半を占めていたので、その殆どの時間を使い空想ばかりしていました。

 

その時に描いていたパラレルワールドは、

「好きな子に告白してフられた後の世界」

「ぶん殴られた奴を刺して少年院に送られた後の世界」

などネガティブなものや、歴史が好きだったので、

「元寇の際、神風が吹かず、フビライに制圧されてしまった後の日本」

「一揆勢を完全な軍隊として育て上げた石山本願寺住職、顕如が全国統一をした日本」

「男気を見せた小早川秀秋が家康に呼応ぜず、そのまま西軍に残って戦った関ヶ原」

という無駄に壮大なもの、そして小学校の時に見ていたドラマの違う結末、例えば、

「101回目のプロポーズで、『ぼくは死にませぇん』とトラックの前に飛び出した武田鉄矢が、そのままひかれてしまった後の展開」

「愛という名のもとにで、チョロが首を吊らず、その後、営業成績をグングン伸ばしていき、社会的成功を収める展開」

というものでした。

 

うーん、暗いというか、想像する内容がひどく後ろ向きですね。

正直、華やかでパッとしたものが見当たりませんが、14才の時に出会った「17才 - at seventeen」というドラマが自分が認識していた「もしも」の世界の意味を変えてくれました。

 

このドラマへの愛情は、以前書いたことがあるので省きますが、とにかく好きで好きで仕方がありませんでした。

自分が夢にまで見て憧れたのは、その世界観です。

キャラクターの立ち位置、ひとつひとつの会話や、流れる音楽、そして何と言ってもドラマに登場する街です。

駅、線路、学校、屋上、図書館、プール、ダンス会場、長い坂、遊園地、住宅地、街角、通り、橋、土手、砂利道、公衆電話ボックスにP's Diner。

画面に映し出される、その全てに魅了されました。

 

こんな街に住んでみたい。

もしも、こんな街があったなら……。

17才に出会ってからの自分の「もしも」は、もっぱら理想の街づくりへと向けられていきました。

 

お年玉を握りしめて買った、街の素材集。

自転車で行ける限り回って撮った写真に、雑誌の切り抜き(特にお店)。

原付の免許取得後に、たくさん増えた線路写真。

新聞配達のバイト中に撮り溜めた夜の街角とアパート、マンション群。

仲間に車を出してもらい見つけた理想に近い街。

グーグルマップが見せてくれた世界の道(でも、やっぱり生の写真がいい)。

 

その時々で手段は違えど、自分の心に残った風景をかたっぱしから集めて、理想の街を構成させるピースを揃えていったのです。

そうして形になってきた街に名前や特色を付けて、より色々と想像しやすい環境を整えました。

 

《街の名前は緑奥(りょくおう)市、神奈川県にある人口約12万人のベッドタウン。街のほぼ中央に流れる玉鈴(たますず)川がシンボル。畑が多く広がる街の北側と対照的に、南側には市が80年代後半に誘致した工業団地が区画を埋める。街には多くの住宅団地があり、西側の再開発地区には新興住宅地やマンション群が目立つ》

 

自分の街なので、自分の好きな要素をこれでもかと詰め込みます。

その結果、人口の割には多くの団地やマンションが乱立してまいました。

街や地区の名前も同様で、好きな緑色に執着し過ぎて、何だか偏った名称ばかりになっています(街の中で自分たちが住んでいる地区の名前は、みどり台。一番大きなマンションの名称は、グリーンユニバース)。

 

そんな感じで勝手気ままにやっているのですが、この作業、本当に楽しいのです。

ただ好きな場所に好きな風景をはめ込むのではなく、駅(緑奥駅)を中心とした人の流れを考えてスーパーや商店街を配置したり、工業団地に向かう車の流れを意識して橋を架けたり、開発中の西側の目玉に大きな映画館を建てたりと、やり方は無限大なんです。

一言で言うなら、シムシティ。

自分がやっているのは、あれの脳内アップデート実写版なんだと思います。

 

はじめは街を作るだけでよかったのですが、だんだんとそれだけで満足できなくなり、街の歴史を考えたり、好きなドラマの登場人物をその街に入れて生活させたらどうなるのだろうか、と想像するようになりました。

そこで送られる彼らの日常、起こる出来事、年月の流れを思い描くと、色々なイメージが浮かんでくるのです。

そういったものを書き残している内に、(物語りを書きたい)と強く思うようになり、それが小説を書くきっかけのひとつになりました。

 

自分が一番はじめに書いた「五厘クラブ」もそうです。

日本にいた時に仲間と趣味で撮っていた自主制作映像の続きができなくなり、移住してから何かを表現したいという気持ちが、ずっと放出されずに溜まっていました。

こちらでの生活が何とか落ち着いた頃、生き残る方だけに向けていた意識が、思いやアイデアを外に出したいという欲求にシフトして、抑えきれなくなったのです。

 

そんな毎日の中で心に現れたのが、鮮明な自主制作映像とあの街でした。

実在する仲間を、緑奥市に入れたら「続き」が始まるのではないか?

とにかく、何かが見たかったのです。

 

イメージはとてもスムーズにいきました。

街に入った彼らは、自分の記憶にある性格通りに動き、生活をしてくれました。

なんだかとても楽しくなり、今度は自分たちの過去と設定を少し変えて、物心がついた時代まで時を遡りました。

 

結果は、予想以上でした。

自分が入れたオリジナルキャラクターと、生まれた場所が変わった彼らが「その街」で物語を繰り広げます。

ストーリーは続いていくのだと、実感しました。

 

自分の中で「五厘クラブ」は完全なるパラレルワールドです。

今ある世界と並行する、もうひとつの世界の話。

なので、まるで自分がその世界を実際経験してきたかのように、情景がとてもリアルに浮かびます。

距離が離れてしまっても「終わり」ではないのだと、その世界を通して確信しました。

 

街は、どこまでも広がります。

今書いている小説の舞台はカナダですが、あの頃ストックしたピースがちゃんと舞台の一部になっています。

 

空想だけど、身近に感じるパラレルワールド。

決して行き来できないところに、並行世界の楽しみがあるのだと思います。

 

 

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(空が高いエリー湖の湖畔。この景色も、自分の街の一部になってくれています)

家へ帰ろう

家は、居場所。

 

皆さんにとって、「家」とは何ですか?

 

一口に「家」といっても、その定義は人によってバラつきがあると思います。

ある人にとって「家」とは、家族団欒の場所であり、またある人にとっては、雨風をしのいで眠るだけのスペースという意味しか持たないのかもしれません。

「家」というものに対しての意味合いが変わると、当然その場所も今住んでいる所や実家だけに限定されなくなります。

なので、行きつけの飲み屋やレストラン、人によっては職場が家になりうる事もあるのです。

 

様々な思いに合わせて、意味と形を変えていく家。

 

自分にとって「家」とは、誰の目も気にせず、己の素を全部さらけ出せる場所です。

家という空間にいる自分は、仕事中しっかりと装着している職業ペルソナを外し、ダラダラに緩んだ顔で九割方ヘラヘラしています。

そんな状態のままトイレで思い出し笑いなどしている姿は、間違いなく通報対象です。

玄関を開けた瞬間からダラヘラ星人と化す自分には、「家」と呼べる場所が2ヶ所あります。

 

その1つは、自分がいま住んでいるカナダの家です。

 

この場所では、嫁と家事を折半し、頻繁に彼女の肩をもめば、ダラヘラ星人として生きていても何の文句も言われません。

なので好きなだけ2ニャンズとたわむれ、カナダ版ルマンド、もしくはエリーゼを食べながら小説やブログを書く生活を送れます。

 

正直、とても居心地がいいです。

居心地が良すぎて、外に出たくなくなります。

 

そう思うと、自分は仕事に行くことによって生きる上での色々なバランスを取っているのかもしれません。

もし働きに行かなければ、ネクタイを締めることはないですし、外用に顔も作りません。

家事と嫁へのマッサージ回数は増えますが、年中パジャマで2ニャンズとヘラりんちょしている可能性が大いにあります。

 

うーん、マズイですね。そんな状況、最高ですね。

チョコ菓子を片手に書物を好きなだけしていられる生活……魅力的すぎてニヤけます。

あまりニタニタしていると、嫁に後頭部を蹴られる恐れがありますので、少し気を引き締めますが、マンモスハッピーな毎日が送れることは、火を見るよりも明らかです。

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