リア充 ”勝手に” 解体新書

本題とのリンクが見えづらいと思いますが、この記事のサブタイトルは

「あなたは、まだポイントを振り分けていないだけなのかもしれない」

という、やけに長いものになっております。

 

「リア充」

自分がまだ日本にいた頃には、存在していなかった言葉。いや、もしかしたら使われていたかもしれませんが、ここまでの認知度はなかったと思います。

 

こちらに来てから、主にネットで目にする頻度が増えた新時代のニューボキャブラリー。そして、すでに廃れつつある元新語。

移り変わる時代に翻弄されている言葉、「リア充」ですが、自分はその正確な意味を掴めておりません。

もちろん意味を検索すれば、いくらでも答えは出てきますが、色々なところで「リア充」が題材になっている記事を読むと、体感的にそれぞれの人の経験に基づいた解釈になっているように思え、「これ」という確実なものを見つけられません。

 

なので勝手に解体新書。

自分が抱く「リア充」のイメージは、いわゆる「イケている人」です。

 

学校や会社などで目立つ存在で、パーティーなどに参加してもオドオドせず、社交的で人前でも踊れます。

自宅ではなくジムで運動し、お気に入りのバーを持っていて、そこでトムコリンズを飲みながらダーツやビリヤードをしています。

非常に偏った思い込みだという自覚はありますが、これが自分の中にある「リア充」像です。

 

上記の例は社会人ですが、「リア充」という言葉を考えるとき、自分の頭に浮かぶのは学生です。

もちろん、いつの年代でも当てはまる言葉だと思うのですが、学生というカテゴリーに属している間は、条件面で周りとの共通点が他の年代と比べて多くなり、無情にもその範疇での「違い」が浮き彫りになるからです。

 

自分の学生時代を振り返ると、間違いなく、リア充ではありませんでした。

十代中盤から後半の思春期真っ只中、周りとの違いを強烈に意識する年頃です。

当然あの頃は、リア充なんて言葉はありませんが、イケてる生徒はクラスに溢れていました。

そんなリア充生徒たちと、反対側にいた自分との間にあった、大きな隔たり。

あくまで勝手な「リア充」解釈ではありますが、自分と彼らの相違点を学生時代の1日の流れと共に、思い返してみたいと思います。

 

(注意)以下に登場する「イケてる」基準は、書き手の時代に合わせております。

 

【髪型】

《リア充》

  • 「あの頃」のキムタク風ワイルドウェーブ茶髪
  • いしだ壱成、武田真治にみるジュノンボーイ風キュートスタイル

《自分》

  • ジョンレノンやポールマッカートニーといった個人ではなく、ビートルズそのものに憧れた結果のマッシュルームカット(近所の床屋ではイギリスの風を再現できず、どちらかというとウォーズマンに近づく)

 【格好】

《リア充》

  • ラルフローレンのベストに(主に紺)、ズボンはもちろん腰ばき
  • スクールバッグは背負うのがツウ
  • 足元はリーガルのローファーでシックにいくも、コンバースのオールスターでポップにいくも良し。ワイルドに決めるなら、キムタク風レッドウイングを忘れるな
  • モッくんのCMでお馴染みのギャツビーデオドラントは必需品

《自分》

  • 紺のラルフローレンのベスト……は先輩に取られたので、ノーブランド
  • 自分の中で最高にイケていた、JAL(日本空港)客室乗務員昭和レトロバッグ(青)を肩にかけ、登校
  • リーガルのローファー……は川に流されたので、親父のお下がりローファー
  • ギャツビーでもシーブリーズでもなく、お気に入りは何故かレセナのスプレー

【通学】

《リア充》

  • ソニーのウォークマン、もしくは最先端のMDプレーヤーでお気に入りのナンバーを聞きながら電車に揺られる
  • PHSの画面には彼女からの「オハヨウ」Pメールが踊る

《自分》

  • 鳴らないアステル。受信しないPメール
  • ウォーズマンだったが、ウォークマンを所持していなかった為、無音電車。頻繁に降りる駅を3つ飛ばし、通学拒否
  • 新聞配達帰りで眠いため、家族に連絡が入ってバレるまでは近所の公園のベンチか、神社の拝殿の裏で仮眠

【授業中】

《リア充》

  • ちょっぴりトボけた、でも憎めない発言をし、クラスのムードを和やかに
  • 授業中に受診した彼女からのPメール。その画面には「アイタイ」の文字が浮かぶ

《自分》

  • 鳴らないアステル。受信しないPメール
  • 授業中は貴重な睡眠時間。意識と一緒に存在感を消し、風景と同化するスキルを発揮。よって寝ていても先生から注意されない
  • 目覚めた後は、自分が作っていた想像上の街「緑奥市」の拡張作業
  • 通学拒否権を行使していた頃は、拝殿の裏で引き続き仮眠中

【昼食】

《リア充》

  • 教室で食事。場合によっては男女混合。机の上には、もれなくファインボーイズか、メンズノンノ、時にホットドックプレスが鎮座する

《自分》

  • 人気のない理科室の裏で、違うクラスにいる仲間と合流。雨の日は準備室横の人気のない階段の踊り場でコンビニ弁当を食す

【放課後】

《リア充》

  • リア充の聖地、カラオケ(そこでプリクラを撮る)でシャウト、またはファーストフード店で雑談
  • 制服を着たまま街へ繰り出す(デート、ショッピングなど)

《自分》

  • 部室にお呼ばれされ、暗黒タイムスタート
  • 屋上にお呼ばれされ、暗黒タイムスタート
  • お呼ばれない日は、仲間と土手転がり、もしくは水浸し遊び(記事参照
  • 汚れた制服のままコンビニへ繰り出す(からあげクン、あらびきソーセージなど)
  • ヤンキーさん達の聖地であるコンビニ前は避け、コンビニ裏で仲間と雑談(おやつは、主にホテイの焼き鳥缶詰)

【夜のフリータイム】

《リア充》

  • 選択肢が多すぎて予想不可

《自分》

  • 家へ帰れないため、違う学校に通っている仲間と共に、住んでもいない新興住宅地の綺麗な公園に集結
  • 家へ帰れないため、避難所兼集会場だったプレハブ小屋に集合
  • 喋る、ひたすら喋る
  • 桃鉄、ひたすら桃鉄
  • 新聞配達バイト前に仮眠

 

以下、イベント。

 

【文化祭】

《リア充》

  • メインで参加し、貴重な思い出を作る
  • 告白イベントが高確率で発生

《自分》

  • ひんしゅくを買わない程度に参加、のち逃亡
  • 同じく、ひんしゅくを買わないように参加、のち逃亡してきた仲間と合流し、格技館に侵入して風船デコピン大会。先生に見つかり、「ねぇ、今日は何の日か分かっているよね」と、怒られずに白い目で見られる
  • 遊んでいる所を鬼達に見つかり、部室、もしくは屋上へお呼ばれされ、暗黒タイムスタート

【修学旅行】

《リア充》

  • もちろん滑れるスキーを楽しみ、夜は男女混合でミーティング、お酒を持ち込んで怒られた経験も、いい思い出

《自分》

  • 滑れるはずがないスキーを断念し、逃亡。人気のない場所を探し出し、仲間と雪上プロレス。先生に見つかり、「こんなところまで来て、何をしてるの」と、怒られずに白い目で見られる

 

以上のリア充さんに対する決め付けは、書き手の勝手な思い込みです。

 

リア充さんたち、非リアの人たち。

目立つ子、目立たない子。

友達が多い子、友達が少ない子、そして友達がいない子。

 

自分はその全ての生き方に、その人特有の意味があるのだと思います。

 

少し乱暴な言い方になってしまうかもしれませんが、特別なものを持って生まれてきた子たちや、幼い頃からたくさんの経験を積んだ、もしくは積まなくてはいけなかった子たち(学生というカテゴリーに入らなかった方など)以外は、ある一定の歳まで人間力の絶対数に大きな違いはないと思うのです。

 

例えば、20ポイント。

 

学生という枠の中では、リア充さんも、非リアさんも、目立つ子も、目立たない子も、持っている人間能力ポイントは20ポイントで同じ。

 

前半部分に挙げた例のように、リア充さんと自分の生活内容には大きな違いはありますが、所持しているポイントは同じ。

違うのは、そのポイントの割り振り方だけ。

学生時代(自分が考える学生の期間は18歳まで)は、「自分の殻を破る」というよりも「持っている特性を伸ばす」ためにポイントを割り振る時期なのではないかと思います。

 

特性は、皆それぞれ違います。

当たり前ですが、独りで絵を描くのが好きな人もいれば、友達とお喋りするのが好きな人もいます。

 

学生の頃、周りの人が自分よりも優れているように見えました。

何をやっても彼らに敵わないような、何をやっても彼らより劣っているような感覚です。

 

例えるのなら、皆んながヒーロー戦隊のレッドのような感覚。

イエローである自分は、これから先もレッドのそばでカレーを食べるのが関の山だろうと考えていました。

 

でも、違いました。

 

学生時代、破竹の勢いでその道を進んでいたレッド。このままのペースでいったら一体どれだけ遠くに行くのだろうと圧倒されていたのですが、自分の周りにいたレッドの大半が、あの頃と同じスピードでは走り続けませんでした。

 

何というか、全体的に今までの帳尻を合わすかのように、スピードを落としていった感じです。

 

そういった様子を何度も目にするうちに、「ある程度の歳まで人に元々備わっているポイントは同じなのかもしれない」と仮定するようになりました。

 

あくまでも例えですが、数値化してみます。ポイントは20です。

 

例1

【社交性】8

【想像力】1

【実行力】5

【表現力】4

【共感力】1

【忍耐力】1

社交性に長けて、実行できる力があるし表現力もあります。想像力、共感力、忍耐力は低いですが、それはなかなか表からは見えにくいところ。自分が学生時代に、この方に出会ったら、「確実に何も敵わないレッド」と認識します。表に見える能力が分かりやすく高いからです。

 

例2

【社交性】1

【想像力】10

【実行力】2

【表現力】6

【共感力】0

【忍耐力】1

群を抜いた想像力に高い表現力、素晴らしい才能の持ち主だと思いますが、自分が学生の時にこの方を見たら、とても暗い生徒なのだと認識します。この方の持っている能力は表からは全くと言っていいほど見えないもの。なのでこの時点で、この方の凄さに気づくのは簡単なことではないです。

 

例3

【社交性】4

【想像力】3

【実行力】1

【表現力】1

【共感力】6

【忍耐力】5

とても優しい方です。優しいだけではなく、社交性も想像力もあります。その包容力を実行する勇気はまだ得られていませんが、それを手に入れた時に、この方はたくさんの人を癒すことができると思います。

 

例4

【社交性】0

【想像力】2

【実行力】0

【表現力】0

【共感力】0

【忍耐力】15

ここまで極端な形でポイントが分かれるのには、色々な理由が考えられます。それを思うと、悲しくなります。合計数が17で計算が合いませんが、こうしてポイントを振り分けていない方は、確実にいらっしゃると思います。きっと様々な要因で、この方はポイントを振り分けるのを止めたのだと思います。

自分が学生の頃、この生徒と出会っていたら正直、何も見えないのだと思います。

もしかしたら学校にも来られていないのかもしれません。

誰もこの方の凄まじい忍耐力を知らない。

でも、ポイントは消えません。この生徒が振り分けていないポイントは絶対に無くならず、この人がそれを振り分けれる状態になるまで持ち越されるだけです。

 

例1、2、3、4と、表に見える形としては、みなさん大きな違いがあります。

でも、備わっているポイントは同じです。

学生時代、まだ人を見る目が鍛えられていない時は、この「目に見える要素」が他人を判断する基準になると思います(そうでない方もたくさんいると思われますが)。

 

割り振り方によって学生世界のヒエラルキーは創造されますが、それが全てではありません。

思春期が終わり、同一カテゴリーを抜けた後は、個人の勝負です。

20と決められていた絶対数も、ここから先の生き方によっていくらでも増えていきます。色々な経験を通して獲得したポイントを、今まで割り振っていなかったセクションに足すのも、元からある強みに足すのも、その人の自由です。

もし学生時代に割り振らず、ためていたポイントがある場合は、準備が出来次第、一気にその全てを解放できるかもしれません。

 

なので、目立たなくても、いじめられていても、不登校でも、人と交わることができなくても、「学生」というカテゴリーの中だけでその人自身の性質を決めつけるのは(他人はもちろん、自分自身でも)早すぎるのではないかと考えます。

 

確かに違いはありますし、社交性に秀でているレッドはクラスで輝いて見えるかもしれません。

でも、それは割り振りが上手いだけで、人間として、そうでない人より優れているわけではありません。

ポイントは同じですから。

レッドも経験を積まなくては、いつまでも学生時代のレッドのままですし、ブルーやイエローだって生き方次第で、その色に囚われなくなります。

 

自分の勝手な考えな上に、繰り返しになってしまいますが、今現在、いじめられていて劣等感だらけの毎日を過ごしていても、決してそれは「終わり」を意味するものではないのです。

そういった生徒も劣っているのではなく、ポイントの割り振り方が人と違うだけ。

持っているものは、同じです。

 

ポイントを割り振るのを諦めた方、今はとにかく生きてください。

ためているものは絶対に消えませんから。

 

真っ暗だった学生時代には考える事すら出来なかった「今」。

 

先は必ずある。

未来は想像を超えます。

 

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どうしたらいいのか分からなかったので、服を脱いで走った

記事の冒頭ですが、頭を下げさせていただきます。

 

タイトルだけを冷静に見ると、ただの変態です。

上の題から得られる第一印象は、間違いなく頭のおかしな人です。

 

これから順を追って話を進めていきますので、どうか釈明の余地をください。

 

突然ですが、皆さんは服を脱いで走ったことはありますか?

自分はあります。

とはいっても、法に触れるような話や変態的な話題が展開される訳ではありませんので、ご安心ください。

インパクトの問題で、どうしても「服を脱いで走った」という部分に目が行きがちですが、自分が書きたいのはその前にある「どうしたらいいのか分からなかった」という気持ちの方です。

 

自分が服を脱いで走るようになったのは16歳からで、その年の夏から遊ぶようになったグループの集まりに参加し始めたのがきっかけです。

 

うーん、何かもっと良い言い方はないですかね。

これではそのグループが、怪しい集団のように聞こえてしまいます。

 

あの、違います。そういった集会ではありません。

その集まりについては以前書いたことがありますので、読んでいただけたら幸いです。

いつも通り前置きが長くなってしまいましたが、とにかく服と一緒に自分の殻を脱いで走ったのがその時期なのです。

 

あの日の小田急線の車内で声を掛けられて始まった関係、今でこそツーカー同盟で1ミリも気を使うことなく毒を吐きあってますが、遊び始めた頃は自分が一番新入りだったこともあり、周囲の目を気にしながら過ごしていました。

 

ですので、当時、自分の生活を脅かしていた問題を彼らに打ち明けることはありませんでした。

正直、もうダメかもしれないと思う時期も何度かありましたが、その事実を仲間に伝える事によって、殆ど消えかけていた自尊心が完全に無くなってしまうことと、やっと見つけた居場所を失うことになるのかもしれない可能性が怖くて仕方がなかったのです。

 

そんな鬱々とした生活を送っていたある日、自分達はとある人気のない公園で、水風船当てバトルをして遊んでいました。

 

振り返ると、若さゆえの衝動なのか、あの頃はよく制服を着たまま川や用水路に飛び込んだり、公園の蛇口やペットボトルを使い、水をかけ合ってずぶ濡れになったり、急な勾配の斜面を勢いよく転がっていったり、段差が高いところから下に飛び降りたりしていました。

 

何であんなことばかりしていたのでしょうか。

一体、何がしたかったのでしょうか。

全くもって奇怪な行動です。

 

それにより制服やシャツが汚れて枚数が足りなくなったり、ローファーが川に流されたり、数え切れない怪我や足の捻挫、肩の打撲など毎回喜ばしくない結果が待っていたのですが、それでも何かに取り憑かれたように楽しんでやっていました。

 

そんなわけで、その日ももれなく水浸しになりながら水風船を投げ合っていました。

そこはある程度広い公園だったので、手持ちの弾が減り状況が不利になった自分は身を隠そうと、公園を囲うように生えている茂みの奥へ進みました。

 

身を低くしてその場所にすっぽりと収まった自分は、物音を立てないように注意し、地面にうつ伏せになりました。

そこで耳をすますと、先ほど逃げてきた広場でやり合う声は聞こえましたが、それがこちらに向かってくる様子はありません。

なので、走り疲れていた自分は、そのスペースで少し休むことにしました。

 

地面に近づけた顔に寄ってくる虫を払いながら、しばらくの間じっと伏せていたのですが、誰もやってきません。

広場の方からは笑い声が聞こえるのですが、その場所だけ違う領域のように静かでした。

 

そうして隠れている内に、すごい勢いで心が不安になってきました。

もう、どうしようもなく不安で不安で堪らないのです。

 

急にイライラしたり、悲しくなったり、不安になる。

あの時期、あまり眠れなかったせいか、自分は感情のバランスが上手く取れていませんでした。

 

迫り来る憂いに動かされ、目の前にあった草をカサカサと鳴らしましたが、反応はありません。

自分はここにいるのに、誰もこない。

日も暮れそうな中、びしょ濡れのシャツが肌に張り付いて不快でした。

 

(脱ごう)

 

直感で、そう決めました。

皮膚に吸い付く気持ちの悪い感情は、脱ぎ捨てよう。

 

自分は急いでシャツを脱ぎ、ベルトを外してズボンを下げ、VネックのTシャツも地面に投げました(靴下、及び靴とトランクスはキープしてます)。

そうしてから手持ちの水風船を全て抱え、皆の声がする方へ「ワァァァー」と叫びながら突撃していきました。

 

広場に姿を現したその見た目が予想外だったのか、自分の方を向いた皆の動きが止まります。しかし自分はそんな状況などお構いなしに水風船を投げまくり、ほぼ全裸で仲間の元に向いました。

 

「やべー、やべーのが来た」

 

皆は自分に応戦しようとせず、手に水風船を持ちながら蜘蛛の子を散らすように逃げていきます。

 

何というか、その光景を目にして、心のつかえが取れたような、スゥーッとモヤモヤが晴れていくような、そんな気分になりました。

 

気持ちが良い。

心底、気持ちが良い。

 

距離をとった仲間から水風船の一斉射撃を食らっても、まるで怯まずに全速力で追いかける自分。

間近に迫る九割全裸男から逃れようと、必死に逃げる仲間。

 

お風呂に入っている時も、ご飯を食べている時も、遊んでいる時も、ずっと存在を主張していた胸のしこりが、生まれたままに近い姿で無心に走り狂っている瞬間だけは、顔を見せませんでした。

 

それは、自分が今まで覚えたことのない開放感でした。

 

その日を境に、自分は仲間内で脱ぐ人になりました。

 

何かあったら、脱ぐ。

とにかく、脱ぐ。

脱いで、とことん追いかける。

 

片手で上着を剥いでいる間に、もう一方の手でズボンのボタンを外せるようになった頃、仲間内で気を使うことは無くなっていました。

 

自分は脱ぐことで、たくさんの悪意を解放したのだと思います。

己の中にあるドロドロを、脱いで走って、ばら撒いたのです。

 

あの頃、自分が何か大きな存在に試されているのではないかと錯覚するほど、色々な場所に引き金が用意されていました。

考え直すと不思議で、怖くなります。

 

大して仲の良くない知り合いが突然くれた、サバイバルナイフ。

新聞配達の配達区間にたまたまあった、どうしても許せなかった奴の家。

仲間に合わせて買ったジッポライター。燃料が切れないよう、常備していたオイル。

ジッポとオイルを手にした途端、後ろに積んでいる新聞の意味が変わりました。

 

深夜2時40分。

毎日、決まった時間にそいつの家を眺めていた自分は、誰かに背中を押されるのを待っていたのでしょうか?

深夜2時40分。

通りは、いつも、嫌になるほど静かでした。

 

自分が引いたのは、引き金ではなく、ベルトのバックル。

ズボンを下げて、仲間を追いかけるためのひと引きです。

 

存在したかもしれない「もしも」の世界。

ここでの「もしも」は考えたくもない「もしも」。

何度、想像しても、幸せになれない「もしも」。

 

トリガーは、いらない。

 

九割全裸で走りきる解放感を知れば、トリガーは引かない。

 

 

自分が出来ることは何だろうと、ずっと昔から考えています。

自分がしてきた経験は、誰か、今、真っ只中でもがいている誰かの助けにならないだろうかと。

 

力が欲しいと、最近考えるようになりました。

肉体的な力ではなく、思いを実行できる力。

筋トレで体を大きくしましたが、外用ペルソナが強化されただけです。

そうではなく、もっと本質的な強さ。

 

ありがたく、自分はこうして生きてこられました。

 

自分は何とか、大丈夫。

じゃあ、これから自分が出来ることは何だろう。

 

誰かに笑われ、顔を殴られ、体毛を燃やされているあなたに対してできることは何か。

「存在価値がないから死ね」

「ほら、早く死ねって」

記憶にこびりついている情景のように、屋上でせかされているあなたに、自分は何ができるのだろう。

 

自分は、書くことが出来る。

自分が見てきたもの、経験してきたことを書く。

 

でも、それがあなたの助けになるかなんて分からない。

全くの的外れだってことも、大いにある。

 

自分は自分の経験でしか、ものが分からない。

 

でも、自分がそこにいた時、「オレもそうだったけど、何だかんだで大丈夫だったよ」って言ってくれる人が欲しかった。

「今はこんな状況かもしれないけど、永遠には続かない」って誰かにしつこく言って欲しかった。

 

誰が読んでくれるか分からない、読んでくれていないかもしれない。

でも、発信し続けることは出来る。

自分の考えていることが、あなたの考えに合わない可能性も高いと思う。

でも、発信し続けることは出来る。

 

インターネットは21世紀の産物なんだ。

繋がりは無限のはずだ。

だから、どんなタイミングで誰が見るかなんて分からない。

 

心から思う。

一人でいい、一人でいいから、渦中にいるあなたに届いて欲しい。

 

トリガーは引かないで。

誰かが、何かが、誘惑してきても、引き金だけは絶対に引かないで。

 

パンツさえ履いていれば、いつだって、どこでだって全速力で走れる。

追いかける仲間がいなくたって、とにかく走れる。

パンイチで走ることを推奨しているんじゃない、法に触れることじゃなければ、誰かを傷つけることじゃなければ、何だってして欲しいと心から思っている。

あなたの命に変わるものはない。

いつだって、あなたの命が一番大事だ。

最優先なんだ。

 

これからもここで書き続けます。

 

「良いことばかりではないけど、最終的にプラスマイナス、プラスだよ」という小説を書き続けていきます。

 

誰かのタイミングに合うかどうか全く分からないけど、とにかくそれを信じて発信していきます。

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(どんなに小さくてもいい。そこに光が見えるなら、それに向かって言葉を出し続ける)

「もしも」の世界は、パラレルワールド

パラレルワールド。

今いる世界と並行して存在する、もうひとつの世界。

 

皆さんは「if もしも」というテレビドラマを覚えていますか? 

1話完結の物語の中で分岐点があり、それぞれ選んだ選択によって結末が変わるお話です。

随分、昔に放送されたものなのですが、中学生になったばかりの当時の自分にはとても刺激的で、強く印象に残るドラマでした。

話の内容もそうなのですが、自分が夢中になったのは「もしも」の先を描くという物語のコンセプトです。

 

もしも、「もしも」の世界が存在したら、もうひとつの「今」ができる。

 

自分が小学生時代に思い描いていた「もしも」はとても限定的で、

(もしも、ウチがお金持だったら、夏休みはディズニーランドに行けたのに)

(もしも、足が速くてバク転が出来たら、凄まじくモテていたのに)

(もしも、2時間前に戻れたら、またハンバーガーを食べれたのに)

といった程度の発想しか浮かばず、イメージもその場面だけで終わっていました。

 

しかし、ドラマを鑑賞し、映像として2つに別れた先の物語を追えたことにより、「もしも」の世界は一時的ではなく、その後もしっかり続いていくのかもしれない、という考えを意識するようになりました。

 

そんな世界があったら面白い。

 

今までイメージになかった「もしも」の未来に注意を向けた時、パラレルワールドの扉は開かれました。

 

そうなると、想像はどこまでも広がります。

それは日常の些細なことから、絶対に実行できなさそうなことまで。

中学生時代は、まだ仲間たちと出会っておらず、独りでいるのが1日の大半を占めていたので、その殆どの時間を使い空想ばかりしていました。

 

その時に描いていたパラレルワールドは、

「好きな子に告白してフられた後の世界」

「ぶん殴られた奴を刺して少年院に送られた後の世界」

などネガティブなものや、歴史が好きだったので、

「元寇の際、神風が吹かず、フビライに制圧されてしまった後の日本」

「一揆勢を完全な軍隊として育て上げた石山本願寺住職、顕如が全国統一をした日本」

「男気を見せた小早川秀秋が家康に呼応ぜず、そのまま西軍に残って戦った関ヶ原」

という無駄に壮大なもの、そして小学校の時に見ていたドラマの違う結末、例えば、

「101回目のプロポーズで、『ぼくは死にませぇん』とトラックの前に飛び出した武田鉄矢が、そのままひかれてしまった後の展開」

「愛という名のもとにで、チョロが首を吊らず、その後、営業成績をグングン伸ばしていき、社会的成功を収める展開」

というものでした。

 

うーん、暗いというか、想像する内容がひどく後ろ向きですね。

正直、華やかでパッとしたものが見当たりませんが、14才の時に出会った「17才 - at seventeen」というドラマが自分が認識していた「もしも」の世界の意味を変えてくれました。

 

このドラマへの愛情は、以前書いたことがあるので省きますが、とにかく好きで好きで仕方がありませんでした。

自分が夢にまで見て憧れたのは、その世界観です。

キャラクターの立ち位置、ひとつひとつの会話や、流れる音楽、そして何と言ってもドラマに登場する街です。

駅、線路、学校、屋上、図書館、プール、ダンス会場、長い坂、遊園地、住宅地、街角、通り、橋、土手、砂利道、公衆電話ボックスにP's Diner。

画面に映し出される、その全てに魅了されました。

 

こんな街に住んでみたい。

もしも、こんな街があったなら……。

17才に出会ってからの自分の「もしも」は、もっぱら理想の街づくりへと向けられていきました。

 

お年玉を握りしめて買った、街の素材集。

自転車で行ける限り回って撮った写真に、雑誌の切り抜き(特にお店)。

原付の免許取得後に、たくさん増えた線路写真。

新聞配達のバイト中に撮り溜めた夜の街角とアパート、マンション群。

仲間に車を出してもらい見つけた理想に近い街。

グーグルマップが見せてくれた世界の道(でも、やっぱり生の写真がいい)。

 

その時々で手段は違えど、自分の心に残った風景をかたっぱしから集めて、理想の街を構成させるピースを揃えていったのです。

そうして形になってきた街に名前や特色を付けて、より色々と想像しやすい環境を整えました。

 

《街の名前は緑奥(りょくおう)市、神奈川県にある人口約12万人のベッドタウン。街のほぼ中央に流れる玉鈴(たますず)川がシンボル。畑が多く広がる街の北側と対照的に、南側には市が80年代後半に誘致した工業団地が区画を埋める。街には多くの住宅団地があり、西側の再開発地区には新興住宅地やマンション群が目立つ》

 

自分の街なので、自分の好きな要素をこれでもかと詰め込みます。

その結果、人口の割には多くの団地やマンションが乱立してまいました。

街や地区の名前も同様で、好きな緑色に執着し過ぎて、何だか偏った名称ばかりになっています(街の中で自分たちが住んでいる地区の名前は、みどり台。一番大きなマンションの名称は、グリーンユニバース)。

 

そんな感じで勝手気ままにやっているのですが、この作業、本当に楽しいのです。

ただ好きな場所に好きな風景をはめ込むのではなく、駅(緑奥駅)を中心とした人の流れを考えてスーパーや商店街を配置したり、工業団地に向かう車の流れを意識して橋を架けたり、開発中の西側の目玉に大きな映画館を建てたりと、やり方は無限大なんです。

一言で言うなら、シムシティ。

自分がやっているのは、あれの脳内アップデート実写版なんだと思います。

 

はじめは街を作るだけでよかったのですが、だんだんとそれだけで満足できなくなり、街の歴史を考えたり、好きなドラマの登場人物をその街に入れて生活させたらどうなるのだろうか、と想像するようになりました。

そこで送られる彼らの日常、起こる出来事、年月の流れを思い描くと、色々なイメージが浮かんでくるのです。

そういったものを書き残している内に、(物語りを書きたい)と強く思うようになり、それが小説を書くきっかけのひとつになりました。

 

自分が一番はじめに書いた「五厘クラブ」もそうです。

日本にいた時に仲間と趣味で撮っていた自主制作映像の続きができなくなり、移住してから何かを表現したいという気持ちが、ずっと放出されずに溜まっていました。

こちらでの生活が何とか落ち着いた頃、生き残る方だけに向けていた意識が、思いやアイデアを外に出したいという欲求にシフトして、抑えきれなくなったのです。

 

そんな毎日の中で心に現れたのが、鮮明な自主制作映像とあの街でした。

実在する仲間を、緑奥市に入れたら「続き」が始まるのではないか?

とにかく、何かが見たかったのです。

 

イメージはとてもスムーズにいきました。

街に入った彼らは、自分の記憶にある性格通りに動き、生活をしてくれました。

なんだかとても楽しくなり、今度は自分たちの過去と設定を少し変えて、物心がついた時代まで時を遡りました。

 

結果は、予想以上でした。

自分が入れたオリジナルキャラクターと、生まれた場所が変わった彼らが「その街」で物語を繰り広げます。

ストーリーは続いていくのだと、実感しました。

 

自分の中で「五厘クラブ」は完全なるパラレルワールドです。

今ある世界と並行する、もうひとつの世界の話。

なので、まるで自分がその世界を実際経験してきたかのように、情景がとてもリアルに浮かびます。

距離が離れてしまっても「終わり」ではないのだと、その世界を通して確信しました。

 

街は、どこまでも広がります。

今書いている小説の舞台はカナダですが、あの頃ストックしたピースがちゃんと舞台の一部になっています。

 

空想だけど、身近に感じるパラレルワールド。

決して行き来できないところに、並行世界の楽しみがあるのだと思います。

 

 

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(空が高いエリー湖の湖畔。この景色も、自分の街の一部になってくれています)

家へ帰ろう

家は、居場所。

 

皆さんにとって、「家」とは何ですか?

 

一口に「家」といっても、その定義は人によってバラつきがあると思います。

ある人にとって「家」とは、家族団欒の場所であり、またある人にとっては、雨風をしのいで眠るだけのスペースという意味しか持たないのかもしれません。

「家」というものに対しての意味合いが変わると、当然その場所も今住んでいる所や実家だけに限定されなくなります。

なので、行きつけの飲み屋やレストラン、人によっては職場が家になりうる事もあるのです。

 

様々な思いに合わせて、意味と形を変えていく家。

 

自分にとって「家」とは、誰の目も気にせず、己の素を全部さらけ出せる場所です。

家という空間にいる自分は、仕事中しっかりと装着している職業ペルソナを外し、ダラダラに緩んだ顔で九割方ヘラヘラしています。

そんな状態のままトイレで思い出し笑いなどしている姿は、間違いなく通報対象です。

玄関を開けた瞬間からダラヘラ星人と化す自分には、「家」と呼べる場所が2ヶ所あります。

 

その1つは、自分がいま住んでいるカナダの家です。

 

この場所では、嫁と家事を折半し、頻繁に彼女の肩をもめば、ダラヘラ星人として生きていても何の文句も言われません。

なので好きなだけ2ニャンズとたわむれ、カナダ版ルマンド、もしくはエリーゼを食べながら小説やブログを書く生活を送れます。

 

正直、とても居心地がいいです。

居心地が良すぎて、外に出たくなくなります。

 

そう思うと、自分は仕事に行くことによって生きる上での色々なバランスを取っているのかもしれません。

もし働きに行かなければ、ネクタイを締めることはないですし、外用に顔も作りません。

家事と嫁へのマッサージ回数は増えますが、年中パジャマで2ニャンズとヘラりんちょしている可能性が大いにあります。

 

うーん、マズイですね。そんな状況、最高ですね。

チョコ菓子を片手に書物を好きなだけしていられる生活……魅力的すぎてニヤけます。

あまりニタニタしていると、嫁に後頭部を蹴られる恐れがありますので、少し気を引き締めますが、マンモスハッピーな毎日が送れることは、火を見るよりも明らかです。

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ハッシュタグ「人間を出せ」

前回の記事の続きです。

yoshitakaoka.hatenablog.com

ハッシュタグ「人間を出せ」の世界。

これ、個人的に十分あり得る未来だと思います。

自分が例えに出した2037年、今から20年後の世界なんですけど、現在の進化のスピードを考えたら、きっと想像以上のデジタルワールドが自分たちを待っているのだと考えられます

20年。

その年月は多くの常識を変えるのに、十分すぎる力を持っています。

 

例えば今から20年前の1997年。

ビジュアル系と初代プレーステーションが世の中を席巻し、庶民レベルの最先端はポケットベルからPHSへ! という時代でした。

個人的には「モード系とは違う個性」と息巻いて、アイビーやモッズスタイルに憧れ、少し背伸びして下北沢へ古着を漁りに行っていました。

それでも流行りに逆らう勇気はなく、品切れ状態だった紺のラルフローレンのベストを探し回っては街を徘徊し、どうにかしてそれを手に入れて安心感を得ていました。

(そんなラルフのベストも、すぐさま先輩に呼び出され献上する羽目になる暗黒時代真っ盛り。体の痛みと新聞配達時の寒さが身にしみます)

 

とにもかくにも、20年経った今、「あの頃」はもう存在していません。

さようなら、たまごっち。

ありがとう、docomoのiモード。

アステルに、DDIポケット、お世話になりました。

 

そう、泣こうが喚こうが、たまごっちをしようが時代は変わっていくのです。

2037年、今ある大部分の職種が人間以外の手で行われているであろう時代、その担い手になるのが作業用ロボット、AI搭載型ロボット、そして人間と見た目が変わらないアンドロイドだと思います(アンドロイドは費用の面で、そこまで普及していると思えませんが)。

それらの機体は、特に製造業とサービス業の分野によく見られるようになり、自分が働いていたホテル業界にもテクノロジーレイバーの嵐は吹き荒れるでしょう。

 

ホテルの現場に置かれたAI搭載機はとても優秀で、客の無理難題も問題なく対処できると思うのですが、文句が人生のお友達である YouはShockな人々は、それで満足できるとは考えられません。

「おぅ、責任者を出せぇい!」と同じ勢いで、「おぅ、人間を出せぇい!」とAI搭載機が並ぶフロントデスクで叫んでいる様子が容易に想像できます。

何を言っても一方的な謝罪しかしないAI搭載機、眼球に埋め込まれたレコーダーによって客の言動を逐一記録するアンドロイド、そんなものよりも彼らが必要としているのは、嫌な顔をされても話を聞いてもらえる不完全な人間なのです。

 

そこで呼び出される度に顔を出さなくてはいけない人間スタッフ、たまったものではありません。

きっと1人、多くても2人しか配属されない人間のフロントデスク業務の内容は、2割が報告書のチェックで、後の8割はゲストの苦情処理なのだと思います。

それはフロントデスクだけに限らず、各部署も同じような状況でしょう。

 

例えば、ホテルのメンテナンス。

実働するのは全て機械、人間はその機体を現場に運ぶのと管理が仕事です(もちろん、クレーム処理も)。

レシービングも一緒。

荷物受け取りから適所への陳列、配達は全て機械。人間は受け取りサインと機体の管理だけ(あと、クレーム処理も)。

ジムにはパーソナルAIインストラクター機能が付いたマシーンがあるので、人間はいりません。

アカウンタントも予約係も、セールスも、みーんな機械。

 

ハウスキーピングだって、問題ありません。

メイドロボットはどんな人間よりも迅速にベットメイクができ、アメニティーも文句も言わず運びます。部屋の外と内側を繋ぐセンサー感知ボックスに物を運び入れれば、ワザワザ部屋をノックする必要もありません。

部屋のドアの横に位置しているそのボックスは、ある程度の大きさがあるのでルームサービスオーダーだって収納できます。しかも、自動温度調整付きなので、食事が冷めたり、ドリンクが温かくなる心配もありません。

先程も触れましたが、運んでくる機械の認証センサーを感知した時のみボックスが開くので、安全面に関してもノープロブレムです。

このように各部署の状況を考えても、クレーム対処以外に全くもって、人間はいらないのです。

 

ただ、レストランやバーはどうでしょうか。

うーん、ここは難しい。きっとその頃には2つの食事スタイルが確立されていると思います。

1つはフードコート形式の完全自動スタイル。調理も提供も全て機械だけで行われます。値段は低めで、支払いはマイクロチップかスマートデバイスを所定のスクリーンにかざすだけです。

もう1つは自分たちが知っているスタイルのレストラン。受付から提供、調理も勿論、人間が全て行っています。バーもきっとこの形。

謳い文句は「100%ヒューマンメイド」

ヒューマンメイド……皮肉にも今使われている意味と真反対の趣旨でその言葉が使用されます。

「いやぁ〜、やっぱし人の作ったもんは違うね〜!」

2037年のレストランで必ず耳に入るフレーズです。

ちなみに、レストランの値段設定は高めで、サーバーにはチップを払わなくてはいけません。支払い方法も少し変わっていて、レストランでは何とまだ紙幣を受け付けてくれます(コインも)。デジタル通貨でほぼ統一されている世界。孫へのお年玉もスマートデバイス経由という味気ない実情を考えれば、奇跡です。客の年齢層が異様に高いのも頷けます。

 

近い将来、世界を大きく変えることになるロボット技術。

機械はとても勤勉で正確です。

アンドロイドは人間と変わらない姿をしていますが:

「タバコ休憩に行くわ」「この週、有給3日ちょうだい」

なんてことは言いませんし、凡ミスもしません。それに職場の人間関係トラブルとも無縁です。

 

特定の職場では必要とされなくなってしまった人間。

機械に職を追われた人は、一体どうなってしまうのか?

 

デモを起こして、機械やアンドロイドを破壊するのでしょうか?

それともベーシックインカムを政府からいただき、何とか生活ができる毎日を送るのでしょうか?

もしくは、その全てを捨ててテクノロジーを拒否し、政府未公認地で田畑を耕すのでしょうか?

 

自分にはどうなるか分かりません。

想像はいくらだってできますが、実際のところは読めません。

でも、読めないからこそ、いくらでも自由に考えられるのです。

 

勝手に考えた20年後の近未来、それまではまだ時間があります。

知識を蓄え、それを有効的に活用する脳の回路を作る時間も、ありがたいことにまだ残されています。

時代の変化に逆らうつもりはありませんが、マイクロチップだけは埋め込みたくないです。

 

「言葉はいらない、チップで語ろう」

有名なアイドルを使ったCMが毎日流れるかもしれません。

 

「かざさないと、見えない世界がある」

渋い俳優の顔が夜空のアドスペースに浮かぶ日がくるでしょう。

 

「チップでチケットを購入すると、私達のスペシャルグラビアが見れちゃいます!」

国民的アンドロイドグループが魅惑のデジタルボイスで語りかけてくる可能性は高いです。

 

それでも、嫌だ。

そのことで、どんなに生活が不便になろうとも、周りから白い目で見られようとも、自分はマイクロチップを埋め込まない。

 

心の自由を取り戻すために、どれだけの年月を要したことか。

夜中に何度、目を覚ましただろうか。

折れた心を立て直すのに、何回バーベルを上げたことか。

 

埋め込むことによって、1ミリでも誰かのコントロール下に置かれる可能性があるのならば、自分は偏屈ジジイとしてこの世にのさばります。

笑われて後ろ指を指されても、心の自由と共に生きていきます。

 

まだ見ぬ、近未来。

色々と想像しながら、楽しみにその訪れを待ちます。

 

なんの根拠もない空想話を読んでくださり、ありがとうございました。

 

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(どんな時代になっても、こんな空を見続けていたい)

ようこそ、ホテル「近未来」へ

「未来」と言っても、何百年も先の話ではなく、何十年先の「近未来」。

例えば、今から20年先の2037年。

地球がどうなっているとかいう話はひとまず置いておいて、一部分にクローズアップ。

映し出すのはホテル。

自分が以前、働いていた場所の20年後の姿。

恐ろしくも興味が惹かれる、そのホテルでのチェックイン模様。

 

《 以下の文は、書き手の勝手な妄想によって書かれており、登場する法律、出来事、機能などは全てフィクションです》

 

ようこそ、ホテル「近未来」へ!

 

今から20年後の2037年。車はまだ世界中の空を飛んでいません。

技術上では実現可能なのですが、法律の整備、政府と民間との間での空中空間権利などが整っておらず、実験的に上空飛行を実施しているバルト三国でしかその姿を見ることは出来ません。

ですので車で来られるお客様は、今でも普通に道を走ってこられます。

ただ、燃料はガソリンではなく水、運転も完全自動となっております。

 

パーキング

お客様がホテルの正面玄関に着きますと、車に標準装備されているタブレットに番号が表示されます。

それが、お客様のパーキングナンバーです。

番号は今記憶されなくても結構です。お客様のパーキングナンバーは、車のタブレットとコネクトされている全ての末端デバイスに自動で送信されます。

クラシック車種(ガソリン車)でお越しになるお客様につきましては、予約の際にご登録いただいた電話番号のスマートデバイスにパーキングナンバーが表示されますので、そちらでご確認ください。

(尚、バレーパーキングサービスは、クラシック車種のお客様限定とさせて頂きます)

 

国からお客様へのお願い

ガソリン車から水電動車への切り替えリミットは、2045年です。

それ以降のガソリン車での公道走行は罰則対象になりますので、切り替えはお早めに。

お車をお止めになった際、指紋認証、及びマイクロチップセキュリティーシステムは必ずオフにして下さい。

利用規約の欄に明記されている通り、お客様がホテルにチェックインされた後、お客様の車は当ホテルのメインホストコンピューター預かりになります。セキュリティーシステムをオンにされたままですと、コントロールエラーが生じ、お客様の車を安全に駐車場へ運ぶことが出来ません。

 

お車をご利用の際は、客室のスマートデバイス、もしくはお客様のスマートデバイスからホテルのリクエストボックスへアスセスし、番号を入力してください。

入力から15分以内に、ホテルのフロントへお車をお運びいたします。尚その際、お車の指紋認証、及びマイクロチップセキュリティーシステムはオンになっておりますので、お手数ですがお車を再度お預けになる際は、必ずシステムをオフにしてからお戻りください。

(お客様が15分以内に乗車されない場合、お車をテンポラリーパーキングスペースへと移動させて頂きます。そちらから再度フロントへ車を回す際、5分ほどの待ち時間を頂きます。尚、リクエストから30分が過ぎますと、お客様の車は自動的にテンポラリーパーキングスペースからメイン駐車場へと移動しますので、お客様のリクエストは無効となります。お手数ですが、スマートデバイスに無効アラートが表示された際は、リクエストの再入力をお願いいたします)

 

ベルサービス(お荷物サービス)

お客様のお荷物は、ベルサービスカートが迅速に、そして安全にお部屋へとお運びします。

お荷物のお手伝いが必要な際は、お近くのベルパーソンへ声をお掛けください。

係りの者がお客様のお荷物を車からベルサービスカートへと移します。

全ての荷物を移し終わりましたら、ベルサービスカートのタッチスクリーンにお荷物を受け取る方のマイクロチップをかざしてください(複数可)。尚、マイクロチップの埋め込みがなされていないお客様につきましては、指紋のスキャンをお願いしております。

お客様の個人認証が済んだ時点で、サービスカートは強化プラスチックで覆われ、お客様の到着より早く、お部屋へとお運びします。

お荷物を受け取る際は、マイクロチップ、もしくは指紋をカートのスクリーンにかざし、強化プラスチックカバーを解除してください。

(自動チェックインが事前にお済みでない場合、到着が遅れる場合がございます)

 

チェックイン

当ホテルは、チェックインフリープログラムに参加しております。

ご予約時にタップして頂いたお客様のマイクロチップ、もしくはスマートデバイスがホテルの敷地内に入られたと同時に、お客様の希望にそったお部屋をご用意いたします。

(混雑時は、ご要望にそえない場合がございます)

お客様がマイクロチップ、もしくはスマートデバイスをお持ちでない場合は、マニュアル型のAIチェックインをご利用いただけます(個人認証に15分ほどお時間が掛かります)。

国からお客様へのお願い

マイクロチップの埋め込みは安全で、あなたの生活を便利にします。

埋め込み後は、マニュアル型の個人認証で時間を取られることも、スマートデバイスの盗難、紛失を心配する必要もありません。

埋め込みに要する時間は1分ほど。費用もかからず、痛みも全くありません。

マイクロチップの埋め込みは、地方自治体のコミュニティーセンターで24時間、365日承っております。

(高齢者のための、訪問埋め込みサービスも開始いたしました)

 

アンドロイドスタッフへの注意点

当ホテルでは、ロビーにあるインフォメーションセンターに2名、29階にあるコンシェルジュラウンジに3名のアンドロイドスタッフを配置しております(2037年1月現在)。

2036年8月に施行された「アンドロイド保護法」により、アンドロイドに対して以下の行為が罰則の対象になりました:

  • アンドロイドへの身体的、精神的な暴力行為(誹謗中傷も含む)
  • アンドロイドへの身体的、精神的なセクシャルハラスメント行為

以上の行為が確認された場合のみ、アンドロイドスタッフに内蔵されているデーターから違法行為を犯した個人を特定し、その内容をサイバー警察署へと送信させて頂きます。

(それ以外のデーターはプライバシー保護法に基づき、公表されることはありません)

 

 

……すみません。思ったよりもダラダラと長くなってしまいました。

小説に書く題材は今の所、現代のものばかりなのですが、こういった未来の日常を想像するのは、とても楽しいです。

そこの世界にいる方たちの(客やスタッフなど)会話がたくさん浮かんできます。

「人間を出せ」

このフレーズは、自分の中で2037年のナンバーワンハッシュタグです。いつの時代も、人は人に文句を言いたいものだと予想します。

 

頭の中で想像する未来は、いつも面白く、そして恐ろしいです。

 

よろしければ、こちら続きとなっております。

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(例え2037年になろうとも、この街の目玉はきっと滝のまま。デジタルでは表現できない強さと安心感があります)

きっと、あなたに会っていた

似ていたとしても、同じものは二つとない。

 

自分は人の感性に、とても興味があります。

その人が生きている中で、何を感じ、何を思い、そして何を考えているのか知りたいのです。

他人の感受性は、いわば無限に広がるパラダイス銀河。

大丈夫です。気が触れたわけではありません。言葉足らずを補足します。

 

当たり前ですが、自分と他人は違います。

例えば、ロッテ「霧の方舟」と、ブルボン「アルフォート」「ルマンド」があなたの目の前にあるとします。

それを見て、あなたはどんな気持ちになるでしょうか?

 

自分はこのお菓子たちを目の前にすると、身の引き締まる思いがします。

「コンソメパンチ」や「うすしお」などのポテチ兄弟では味わえない背伸び感が心に迫るのです(どちらのチップスも大好物です)。

しかし、人によっては上記の「山の手御三家」を前にしても、全く動じることなく、「たべっ子どうぶつ」と同じ勢いでパクパク食べる方もいると思います(もちろん、たべっ子どうぶつも大好きです)。

 

自分は映画「ニューシネマパラダイス」の愛のテーマを聞くか、漫画「H2」の15巻(ワイド版)、ひかりのお母さんが亡くなる場面を読むと、もれなく泣きますが、同じ「H2」でも15巻ではなく、木根の完投シーンで涙する人もきっといるはずです。

 

つまりは十人十色。

同じものを見たとしても、人によって感じることはバラバラ。

当たり前の事なのですが、自分には、それが魅力的で仕方がないのです。

人が何を感じ、何を思い、そして何を考えるのか。

特別な話題はいりません。

「今日、一日、何かあった?」そのテーマだけで、何時間でも話していられます。

ただ、話すだけ。

お金も一切かからない上に場所も選ばず、全くもって手軽に実行できる自分の趣味なのですが、一つ大きな問題があります。

それは、相手です。

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