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彼が頭を下げた日

頭の中

同じ団地の2号棟に住む4人、通称「オリジナルフォー」から始まった集まりのメンバーも7人に増え、せっかくなので小学校最後の夏休みに何処かへ行こうと計画したのが、後に恒例行事として続いていく「五厘サマーキャンプ」の始まりだ。

高校1年の夏にキャンプ地が伊豆諸島の新島に固定されるまで色々な場所で行われ、五厘クラブ年表でも外せないイベントになった記念すべき第1回が小学6年の夏に行われたのだが、この1回目がヒドかった。

「サマーキャンプ」なんて聞こえの良い名前は五厘クラブになってからの後付けで、この魔の第1回は、何の計画も立てないまま実行した恐怖の自転車旅行だった。

 

元々は「修学旅行には参加しない」と夏休みの始めに報告してきたリーダーの事を思い、代わりに電車で江ノ島にでも行こうというポップで楽しげな予定だった筈が、決めていた出発日の3日前になって急に気を変えたリーダーが、自転車旅行にしようと言い出した。

なんでもテレビで見た「一輪車少年」の奮闘に感化されたらしい。

「うちのクラスのタカダみたいなゲジゲジ眉毛が一輪車に乗って遠くへ行けるんだ、俺達にだって出来るはず。しかも奴は小4だったぞ」

声を荒げ、熱く語り出したリーダーの話に「それ、オレも見た! すごかったな!」と日焼けで真っ黒なコースケが乗っかってしまい、ツヨシとミスズ、ミスズを無条件に支持するケイゴ、それに反対すると見込んでいたアイカまで賛成し、多数決により話の流れが決まってしまった。

俺は断然、江ノ島に行きたかった。

事情を説明し、母親から交通費と大事な小遣いを貰う際「生しらす丼」がとても美味しいから是非食べなさいと言われていて、俺はその「生しらす丼」というものが食べれることを心底、楽しみにしていたのだ。

目的地を決める段階になり、リーダーは授業中にあまり使っていないであろう新品に近い社会の教科書を持ってきて、日本地図のページを引きちぎり、赤ペンで隣の静岡県に丸をつけた。

「最低でも、ここまで行こう。そんなに遠くないだろう。だって、たったこれっぽっちの距離だぜ」そう言って、人差し指と親指の間に出来た3センチ位の幅を、なぜか誇らし気にメンバー1人1人の顔の前の持っていって見せた。

きっとあの時、アイカとミスズ、それにコースケは「縮図」で示された3センチの距離に俺達が辿り着けないことを確実に理解してと思うのだが、リーダーの「一輪車少年に出来るなら、オレ達にも出来る」という誘い文句に惑わされたのか、誰もその本当の意味を指摘しなかった。

 

出発当日、状況を把握しているアイカとコースケは、しっかりとリュックを持って団地前に集合し、そして何故か距離の意味を分かっていないはずのリーダーが一番大きなボストンバッグを持参して現れた。

何の予備知識もない俺とケイゴの荷物は、タオルやポケットティッシュなどが入ったスーパーの袋を自転車のハンドルに引っ掛けただけのもので、服装も2人揃って軽く、足元はサンダル履きだった。

ツヨシはいつも通り親や爺さんに持たされて、すごい量の荷物で来るのだろうと想像していたが、行き先を誰にも言わずに出てきたらしく、夜道でとても目立ちそうな、黄色の蛍光色をしたウエストポーチを肩に掛けただけの格好で姿を見せた。

約束の8時を過ぎて集合場所の団地公園に来たパジャマ姿のミスズは、泣いた後なのか、目の周りが真っ赤だった。彼女の説明では、借りる予定だった自転車が相手の都合でダメになってしまったらしい。

あの当時、歩く距離ではなくなる中学に行くまで、小学生で自分専用の自転車を持っている子は団地に限らず、それほど多くはなかった。

俺達の中でも、自分のタイミングで自由に自転車を使えたのは、憧れの「6段変速ギア変えモデル」を持っていたツヨシと、姉のおさがりを大事に乗っていたアイカだけだった。

俺とケイゴとコースケは母親の自転車のサドルを極限まで下げて使っており、リーダーは毎度、同じ1階に住むメイコおばさんの物を借りていた。

パジャマ姿のミスズに見送られ、幸か不幸か快晴ですでに暑い団地公園を出発し、2時間ほど走ったトンネルの前のコンビニで俺はもう引き返したくなった。

リーダーが出発前に言った「国道246沿いを、静岡って書いてある標識どおりに真っ直ぐ」が、一体どこまで真っ直ぐなのか見当が付かず、とにかく不安だった。それに、太ももがパンパンに張ってダルい。サイズが合っていない自転車は無駄に肩も凝って、明らかに遠出には適していなかった。

買う予定ではなかったアイスを手に、日陰に座りポカリスエットを飲みながら周りの様子を見てみると、ヘトヘトな自分が情けなく思える程、みんなが元気そうに見えた。

ケイゴとツヨシの自転車のサドルに持参したカリントウを置き、「フレッシュうんち発見」とはやし立て2人に追われて走るアイカを見ていると、ポカリスエットの缶でふくらはぎを冷やしている自分が男として恥ずかしかった。

散々逃げ回ったアイカが今度は標的を変え、茶色のカリントウを笑顔で俺のサドルに乗せたとき「やるっきゃない」という訳の分からない感情が自分の中で湧き上がり、捕まるはずのないアイカを追いに日陰を飛び出した。

一輪車少年への挑戦よりも「アイカに負けたくない」という男としての意地の痩せ我慢で、その後どんなに辛くともクタクタな自分を表に出すとこはなかったが、結果を言うと俺達は静岡県に辿り着けず、合計6時間と少しを費やし、南足柄市まで来てツヨシの涙と共にギブアップした。

 

相模川を越えた辺りから遅れをとっていたツヨシの6段ギアが完全に止まったのは、午後1時を過ぎたところだった。

本人が何も言わないので、ただ単に鉛筆のようにヒョロヒョロなツヨシの疲れがピークに達しただけだと思い、少し休憩を取ってまた走り出したのだが、それから1時間くらい経った後に、今度は自転車から降り、股の付近を押さえて道端にうずくまってしまった。

俺は疲れてイライラしていた。

「静岡」と書かれた標識の距離が近づく程、今来た道を帰る距離が頭に浮かんだ。こんな所で余計な時間をかけず、早いとこ目的地に辿り着いてすぐにでも引き返したかった。

座り込んでいるツヨシの元に全員で引き返すと、ツヨシは泣いていた。

「少し休んだらいけるか?」

心配そうに聞くコースケに、ツヨシは「痛い」とくぐもった声で答え、首を横に振った。

「どこが痛いんだ? 足? 太もも? ふくらはぎ?」

矢継ぎ早に質問を投げかけるリーダーに対し、黙ったままのツヨシは、口を開く代わりにズボンを脱いで白いブリーフ姿になった。

急に目の前に現れた理解不能な光景に皆とまどっていると、ケイゴが大きな声で「血だ! 血が出てる!」とブリーフを指差した。

ケイゴの言う通り、よく見るとツヨシの白いブリーフの左足の付け根部分が赤く滲んでいた。

泣き止んだツヨシから事情を聞くと、はじめのトンネルを過ぎた後から漕ぐたびに股が擦れて痒くなり、進むにつれてヒドくなったので我慢できずに直接爪を立てて引っ掻いたところ、急に激痛を感じペダルを踏めなくなってしまったらしい。

血に染まった白いブリーフを目の当たりにして、俺のイライラは一気に吹っ飛んだ。

面を食らったのは周りのメンバーも同じようで、皆、この事態にどう対処してよいのか分からずにツヨシを取り囲むようにして立ち尽くしていた。

「だいじょうぶだぁ」

しばらくその場に沈黙が続いた後、突然耳に入ってきたのは、志村けんのあのセリフだった。

反射的に振り向くと、輪の外にいたリーダーは持っていたボストンバッグを「ポンポン」と叩き、笑顔を見せた。

この緊迫した状況で志村けんが出てきたのにもビックリしたが、もっと驚いたのは彼の準備の良さだった。

リーダーは、アスファルトの上に置いた大きなバッグから消毒液とバンドエイドを取り出し、ぎこちない手つきながらも、しっかりと患部を止血した。

普段の彼のイメージから懸け離れた姿がとても意外で、リーダーの一連の動きを凝視していると、その視線に気付いた彼は、得意げにバッグの中の物を次々と取り出し、座っているツヨシの前に綺麗に整列させた。

そこに並べられたのは古めかしい応急処置キット。頭痛薬に正露丸、マスクに湿布、それにタイガーバームまであった。年季の入ったリーダー自慢の品々を眺めていると、川崎に住むおばあちゃんの家の焦げ茶色をした薬箱を思い出した。

「家にあったのを全部持ってきたから、何があっても、だいじょうぶだぁ」

あくまで志村けんのフレーズにこだわるリーダーに用意周到な訳を尋ねると「一輪車少年のリュックに入ってたから」という答えが返ってきた。

一体どれだけ一輪車少年はリーダーに影響を与えたのだろう。でもそのテレビ番組のお陰でこのハプニングを切り抜けられたのだから、まさに一輪車少年様様だ。

 

標識に出ていた距離によると、目的の静岡県はもう少しのはずなのだが、ツヨシがこんな状態では先へ進めない。

幸いにも近くにスーパーがあったのでそこまで行き、コースケが公衆電話でツヨシの家に電話をし、対応した爺さんに事情を説明して、車で迎えに来てもらうように頼んだ。

「もしかしたら、もう俺ら静岡に着いてるのかもしんねーぞ」

ツヨシの爺さんを待っている間、タオルで額の汗を拭いながらリーダーが独り言のように呟いた。

気持ちは分かる。

あれだけ時間をかけて自転車を漕いだのだから、ここが静岡県でも何もおかしくはない。

「まだ、ここは神奈川だよ」そう諭すアイカを無視し、「店に入って聞いてくる」と言い残してヨタヨタとリーダーは歩き出した。

確率的には圧倒的にアイカが正しいのだと頭では分かっていても「こんなに走ってきたんだ」という俺の体自身がリーダーの言葉を支持していた。

店から出てきたリーダーは、入って行った時よりもさらに遅いスピードで戻ってきた。

「ここ、静岡じゃねぇ。アイカの言う通り、まだ神奈川。ミナミアシガラってとこだ。静岡県に入るまで、ここから自転車では2時間位かかるって。あ、しかもこの後、山道だって」

公衆電話の脇の階段に座っていたメンバーの内の何人が、あの時点で先に進む意志を持っていたのかは分からなかったが、リーダーが見るからに意気消沈した顔で教えてくれた話の中の「2時間」及び「山道」という単語を聞いて、みんなの気持ちが「帰宅」という二文字に固まったのは分かった。

俺達が約6時間かけた道のりを、ツヨシの爺さんはたった1時間15分程でやってきた。間に何度か休憩を入れていたとはいえ、この明白な結果の違いは、すぐには受け入れられない事実だった。

「ツヨシが迷惑をかけて、すまなかった」深く頭を下げた爺さんが運転する白い軽トラックが走り去るのを見送ってから、リーダーは唯一腕時計を持っているアイカに時間を聞いた。

「もうすぐ4時」そう報告を受けたリーダーは、ボストンバッグから黒飴を出して全員に配り、かしこまって皆の前に立った。

「静岡は遠い。俺がいけなかった。帰ろう」

真面目な顔をしてこちらを見たリーダーは、ツヨシの爺さんがしたように俺達に頭を下げた。

それは、俺が覚えている限り、出会ってから初めて目にする彼の謝罪だった。

 

日焼けした肌の痛みと肩の凝り、足の付け根からつま先までヒドく重くて自分の物じゃないような感覚になっていたが、俺は必死に自転車を漕いだ。

まるで永遠にペダルを踏む機械になったように一定のリズムで足を回転し続け、2回取ったトイレ休憩の間以外は、みんな何も会話をせず、ただひたすら帰りを急いだ。

全身を覆う疲労と、日が落ちた後の暗闇が作り出す不安が、一刻も早く見慣れている風景に辿り着きたい気持ちに拍車をかけた。

真っ暗の中、俺達が団地の入り口に着いた頃には、アイカの腕時計は午後9時40分を回っていた。帰りたい思いがスピードを速めたのか、行きよりも少し短い時間で何とか帰還を果たした。

「一輪車少年はバケモンだった。もう、絶対に自転車で遠くに行くのは止めような」

解散の際にリーダーが見せた引きつり笑顔を最後に、五厘クラブの第1回サマーキャンプとクラブ史上、最初で最後の自転車旅行は幕を閉じた。

 

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(小説の本編には入らないストーリー。この話も、その内の1つです。読んでいただけたら、嬉しいです)

十八時に聞こえるサイン

頭の中

タン タン タン

タン タン タン

 

響くリズムは祭りの太鼓

 

タン タン タン

 

つられて覗くプールの脇

 

夕暮れの枠に収まって 思いを投げる黒い影

はじっこの世界で映える オレンジ色したD号ボール

コンクリートにぶつける球は 息をのむほど速かった

 

「何?」

 

視線が合って拍子が止まる

 

「球、速いね」

 

「速いよ」

 

「見てていい?」

 

「いいよ」

 

タン タン タン

タン タン タン

 

振りかぶらない美しいフォーム

グローブを持たない放課後のエース

白い帽子もないけれど 

校庭を牛耳る猫背のピッチャーなんかより 

よっぽどサマになっていた

 

「帰らないの?」

 

校舎のてっぺんで威張る時計は十八時を指す

 

「帰らないよ」

 

前だけを見た黒い影は 灰色に向けて腕を振った

 

タン タン タン

 

「帰らないの?」

 

重ねられた質問の答えは決まっている

 

「帰らないよ」

 

首から下げた真鍮の鍵

手垢でくすんだ赤いお守り

 

こいつを回せば 

鉄の扉はいつでも開く

でも

急いで帰って何になる

 

食器洗いも洗濯も 

フロ掃除も何もかも

明るい内にやりたくないんだ

 

日没前に手をつけると 時間を盗られた気分になる

 

タン タン タン

 

「火曜日と水曜日は母さんの友達が来てるから 早く帰っちゃダメなんだ」

 

輪郭だけになった影は 言葉を吐いて振り向き

真上にオレンジを放り投げ 背中で夜をキャッチした

 

タン タン タン

タン タン タン

 

祭りの太鼓が聞こえない

 

タン タン タン

 

気になり覗くプールの脇

地べたに散らばる漫画にお菓子

胡座をかいて座る影は まるでダルマのようだった

 

マウンドを降りた放課後のエース

相棒のD号ボールは くたびれた壁に寄り添ったままだ

 

「これやるよ」

 

宙を舞うビックリマンにプロ野球チップス

フラフラに漂う袋では 太鼓のリズムは刻めない

 

「面白い人たちと会ってさ」

 

「欲しいモノが手に入るんだ」

 

「お前も来るか?」

 

真新しい野球帽が こちらを見つめて笑っている

 

「帰らないの?」

 

遠く広がる天上に 青黒い幕が下りている

 

「帰らないよ」

 

「もう 帰らないんだ」

 

影が消えた はじっこの世界

ズボンに詰めたお菓子が重いから 

岩で叩いて潰してしまえ

 

タン タ タ

タン タ タ

 

手に馴染まないオレンジのボール

地に足ついたコンクリートは いちげんの球など弾かない

 

タン タ タ

タン タ タ

 

不揃いな調べはモールス信号

誰かに気付いて欲しくて 送り続けるモールス信号

 

夕暮れと夜を繋ぐ十八時

 

窓を開けて耳をすませて欲しい

 

誰もいない校庭の隅

暗くなった公園

高架下に駐車場

 

きっとわずかでも聞こえるはず

家に帰れない子供達のサインが

 

青黒い幕が下りる十八時

 

あの子に会ったら伝えて欲しい

あなたのサインは届いていると

 

あの子が泣いたら伝えて欲しい

四年と五ヶ月かかるけど

きっとあなたを迎えに行くと

 

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(買い物帰りの駐車場。端の端まで追いかけて、無くなる前にパシャりです)

決まらない男

カナダ 海外生活

もしもこの世界を「決まる人、決まらない人」の2タイプに分けるならば、自分は間違いなく後者に分類されます。

 

「決まる人、決まらない人」

この言葉の定義を考えると「もっている人、もっていない人」と共通点があるように思えますが、両者は似て非なるものです。

勝手な解釈ですが、自分が思う「決まる人、決まらない人」の決定的な違いは、物事をスマートにこなせるか否かです。

 

例えば、バレンタインデー当日の学校。

例年通り1つも貰えないという結果は同じだとしても、決まる人はサラッと風のように自分の机の中や下駄箱をチェックできます。

言動に焦りがなく、無駄にソワソワもしていないため、誰も彼の「ちょっとトイレに行ってくる」という見え見えなはずの言い訳を疑いません。

しかし、決まらない人の場合は3回下駄箱に行ったとしたら3回とも漏れなくチェックしている姿を友達に目撃されます。

3分の3。驚異の100%です。

無理もありません。

泳いだ目で言う「ちょっとトイレ」は、もはやフリ以外の何物でもなく、「押すなよ、押すなよ」と同じ枠に収まる言葉になっています。

 

ちょっと近所のコンビニへ、というシチュエーションでも同じです。

家から歩いて3分の距離にあるローソン。

いつもは最低限、外に出れる格好で行くのに、(もう夜中近いし、からあげクンを買うだけだし)と油断をして、絶対に家でしか着ない、着心地最高デザイン最低の上下ワンちゃんトレーナーをチョイスした時に限ってクラスの気になるあの子に会う、という奇跡を決まらない人は起こします。

決まる人は、たとえワンちゃんトレーナーに身を包んだとしてもコンビニの店員以外には会いません。

なので翌日の教室で、バウバウトレーナーマンなどという裏ネームを囁かれる事もないのです。

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口にしてはいけない蜜

頭の中

それは 口にしてはいけない蜜

人の心を掻き立てて 

気持ちを揺さぶる甘い蜜

 

三階のおばさんが暗躍し 

団地の噂が素早く回る

甘ったるい蜜の配達に 電子機器など必要ないのだ

 

(勤めていたパルプ工場が倒産し 父親が家を出た)

 

回覧板のように届けられる話

尽きることのない好奇心は

鉄製のドアをもすり抜ける

 

「つまらなそうだから 行かない」

 

キャベツ太郎にハートチップル

修学旅行のお楽しみを残らず開けてしまった君は

団地公園のブランコを強く蹴った

 

目の前でしおりを破った君は 嘘をついている

何にも知らないフリをしている僕も 嘘をついている

 

僕らは 嘘つきだ

 

「ドライブインのカツカレーは美味しかった?」

「華厳の滝に幽霊はいた?」

「まくら投げはやった?」

 

興味はないと言ったのに 

君の質問は止まらない

 

カツカレーはマズかった 

滝は綺麗じゃなかった

まくら投げはやらずに寝た 

 

心が騒ぐから

僕は事実と反対の言葉を並べた

 

お土産の提灯を渡すと 

君はやけに喜んで

「楽しかったんだね」と 

いつもの顔で笑った

 

頬を張られた気分になり

視線は床に張り付いた

 

僕は君に嘘をつき

君は僕に笑顔を見せた

 

「ごめんね」

 

あの時

僕は顔を上げられなかった

 

君の不幸は蜜ではない

どんなに舐めても ただただ苦く

くすんだ灰色が心を占める

 

君の不幸は蜜ではない

本当の甘い蜜は 

きっと

悲しみからは生まれない

 

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(アルゴンキンのトレイル。遠くまで、ずっと広がる緑の海でした)

私は知っている

大切なもの 頭の中

私は知っている

いつも近くで見てたから

あなたや君を知っている

 

私は知っている

五時の鐘が鳴るまで校庭で時間をつぶしていた君を

お楽しみ会に参加しなかった君を

給食費のことで先生と話していた君を

「楽しみだ」と言ったのに転校前日に「行きたくない」と泣いた君を

 

私は知っている

喧嘩ばかりだった両親の仲を取り持っていた君を

家の鍵を首にかけ家事を押し付けられていた君を

気が触れたと噂されていた近所の老婆に挨拶をする君を

ゲームのコントローラーを持つ友人の応援ばかりしていた君を

 

私は知っている

オモチャ売り場で一度も駄々をこねなかった君を

劇の配役よりも小道具作りに精を出していた君を

お弁当を隠して食べていた君を

ローレル指数を気にしていた君を

 

私は知っている

毎回遠足を休んでいた君を

親の秘密を背負わされた君を

のけ者にされて笑われていた君を

それでも笑っていた君を

 

私は知っている

不安と戦ってもがいていた君を

学校に良い思い出なんか一つもなかった君を

卒業アルバムで一人別枠に収まる君を

卒業式の夜に制服を燃やした君を

 

ボロボロの茶色いお道具箱

机にあった無数の傷

君を想うと 泣きたくなる

 

私は知っている

決められたキャラクターを演じていたあなたを

周りに上手く溶け込めないで悩むあなたを

それでも孤立を恐れなかった君を

「また居場所がなくなった」と微笑むあなたを

 

私は知っている

「バカは終りだ」そう言って就職したあなたを

劣等感にさいなまれていたあなたを

生きるためにとにかく働いたあなたを

本当は夢を捨てていなかったあなたを

 

私は知っている

押し入れの奥に十二冊のノートを隠していたあなたを

「なんでこんなに生きにくいの」と顔をグシャグシャにしたあなたを

「もう私には何もない」そう言って膝をついたあなたを

夜明け前に部屋を抜け出すことが多くなったあなたを

 

私は知っている

道路脇にうずくまっていたあなたを

黄色い線の内側に踏みとどまったあなたを

屋上の柵をまたいで戻って来たあなたを

「ありがとう」という文字でコピー用紙を埋めていたあなたを

 

国道に架かる歩道橋

ラジオから流れたスタンドバイミー

あなたがいたから 今の私がある

 

私は知っている

人のずるさを

人の冷酷さを

そして

人の素晴らしさを

 

私はこれからも 私が知り得たものを抱えながら

一番近くで あなたや君を見続けよう

 

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(とても不思議な空でした。見たこともない空でした。あの日以来、こんな空は撮れていません)

高橋名人チルドレンよ、永遠に

頭の中

 

高橋名人チルドレンよ、なぜ呼び出してくれなかったのだ?

私のツーコンのマイクは、常にオンにしておくと言ったのに

 

まぁ、いい

こうしてまた顔を見せてくれたんだ

細かい事は言いっこなしだ

さぁ、早いとこファミコンのコントローラーを握ってくれ

 

高橋名人チルドレンよ、時は確実に進んでいる

手始めに、そのシャネルズみたいなメイクを落とそうか

なんなら、その手首に付いたジャラジャラしたモノも外そう

君たちはもう、アムラーでもシノラーでもない

 

高橋名人チルドレンよ、流行など一瞬の夢だ

その煌びやかな幻は、まさに青いカセットのアイスクライマー

脇目も振らず氷を砕き、必死の思いでクリアしても

その先にあるのは、見覚えのある1面だ

そんな終わりの見えない無限ループに流されてもよいが、惑わされてはいけない

 

高橋名人チルドレンよ、年齢は気にしなくていい 

年をとったら落ち着こうなんて、誰かが勝手に決めたルールだ

人様に迷惑をかけるのが、若さの象徴ではない

  • ドラえもんドンジャラで、初めて役が揃ったトキメキ
  • 夜通しプレーしたUNOで、最後の最後に来たワイルドドロー4後の握り拳
  • 桃鉄で桃太郎ランドを購入した達成感
  • パラダイス銀河を真似て踊った高揚感

こういった衝動を引っ括めたのが、きっと若さだ

それは年を重ねて枯れるものではない

 

何? そんなものは無くなってしまったって?

バカを言っちゃいけない

1度味わった感情は、消え去ることはない

大丈夫

今はコンクリートと同化して見えなくなっているだけだ

チュッパチャプスを舐めて息を吹きかければ、たちまち輝き直すはずだ

 

高橋名人チルドレンよ、無理に笑顔を振りまく必要はない

君の周りを囲む人達に、どうにかして合わせようとしなくていいんだ

その人のことが嫌いなら、嫌いなままでいい

ただ、距離を保つだけでいい

いがみ合い、足を引っ張り合う先に待つものは

チョロの首吊りだ

そんなドラマの結末は、これっぽっちも望んではいない

視聴率が20パーセントを越えようとも

そんな最後は見たくない

私が求めているのは「ぼかぁ死にぃましぇん」と叫び、顔中を分泌液まみれにしている中年の美しい泣きっ面だ

 

高橋名人チルドレンよ、これから先も生きていこう

確かに、月9のような毎日は続かない

ユージ・オダ主演ドラマのような、分かりやすい立身出世も無いかもしれない

でも、思い出してみよう

私たちが子供の頃に見ていた物語を

  • キン肉マン ドラゴンボール ときめきトゥナイト
  • お金がない 17才 101回目のプロポーズ
  • グーニーズ バックトゥザフューチャー 星の王子 ニューヨークへ行く

そう、私たちはハッピーエンドで育った

途中で困難や挑戦があっても、最後は決まってハッピーエンドだ。

 

何? 人生そんなに甘くないって?

確かにそうかもしれない

でも、あのノストラダムスも世紀末の予想を当てられなかった

どうせ見通せない未来なら、あの日のハッピーエンドを描いてみたい

 

高橋名人チルドレンよ、私は喋りすぎた

君の希望通り、この辺でおいとましよう

でも、最後にもう1つ

しつこいようだが、忘れないでほしい

私が必要になったなら、ファミコンのツーコンを手に取ってくれ

私のマイクのスイッチは、常にオンだ

 

私は言葉を届けたい

 

溜めに溜めた思いがある

繋ぎ続けたストーリーがある

終わることのない想像がある

 

だから、呼びかけてほしい

その声が聞こえたなら、セーターを肩にかけ素足のまま革靴を履いて、君に言葉を届けよう

 

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(初代ファミコンは素敵なゲーム機。僕らに不親切な分、想像力との相性はバッチリです)

今も、何か書いてる?

頭の中

その白い指は 確かに舞った

 

氷上を滑るフィギュアスケーターのように

何の面白味のない無機質なホワイトボードの上を

エッジを効かせて駆け抜け

息をのむ美しい文字を残した

 

あの時 

心は持っていかれたんだ

 

イチョウ並木に足を止める余裕もなく

ひっ叩いても 体は素直に動かない

家を出て 大学のある駅まで着くので精一杯

泣いても怒っても それが自分の限界なのだ

 

教室の代わりに足を向ける図書館

言い訳を探すために座る哲学書の資料室

もう うんざりだった

 

背中を押してもらう理由を探す日々

頭を灰色が覆うから 

白い指を求めた

 

ドイツ文学に興味はない

ただ 白い指を眺めたかった

 

巨大スクリーンに映し出される細長い指

期待を裏切らずに舞う白い指

大好きな映画よりも 90分が短く思えた

 

時間と共に失っていく 存在していた自分の意思 

付きまとってくる鬱憤を 

何かに

どこかに

誰かに

ぶつけたかった

 

白い指から出された課題は

エンデの「モモ」

お決まりの題材に 頭の中を捧げようと決めていた

 

ストーリーは終わらない

登場人物の「その後」を追った ルポルタージュ

 

モモ 

ベッポ 

ジジ 

ニノ

ニコラ

マイスターホラにカシオペイア

 

可能な限りインタビューを敢行し

当時を振り返る形で話をしてもらった

 

時が経って 新たに繋がる物語

 

スコアは気にしない

堅苦しいものにはしたくなかった

 

「読み物として面白かった」

 

白い指にかけられた声 

背中が熱く 苦しくなった

 

誰かが読んで 感情をくれる

 

その時から 書き物の意味が大きく変わった

 

頭にしっかりと録音した言葉

曲のリフレインのように 

何度も何度も繰り返し

消え入る自尊心に光を当てた

 

「今も 何か書いてる?」

 

研究室に顔を出すようになった私に

あなたはいつも 問いかけてくれた

 

初めて会話を交わした日から 鞄に入れた詩集

 

「見てもらえますか?」

 

何遍も練習した台詞は けっきょく口に出せなかった

 

あなたが敬愛していた 

オトフリートプロイスラーも 横浜ベイスターズも

正直 あまり惹かれはしなかったが 

とにかく 話が聞きたかった

 

「好きだったら 書き続けなさいよ」

 

中退の報告を済ますと

あなたはそう言って 白い指を差し出した

ずっと憧れていた白い指

 

あの日の握手が 最初で最期

あなたに触れた 最初で最期

 

「今も 何か書いてる?」

 

はい 

書いています

生きるために何も手をつけない時期もありましたが

今こうして 思いを注いでいます

 

「今も 何か書いてる?」

 

やっと 

そのままを出せるようになりました

もう 書くという行為にすがってはいません

劣等感を埋めるためには 書いていないのです

 

ただ 書きたいから

心の底から 書き続けていきたいから

ありがたく もがいております

 

あなたがくれたリフレイン

しがみついていたリフレインは 

もう聞こえません

 

だから

さようなら

 

白い指をした人

 

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(休みの散歩は4時過ぎ出発。大好きな色に染まる4時過ぎ出発)

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